エピソード 4ー1 調査開始

 シロちゃんがイヌミミ族と人間の両方から虐められている。その情報を入手した俺はすぐさま、グランシェス家に関わる主要なメンバーを足湯のない会議室へ招集した。

 メンバーは、シロちゃんとマヤちゃんを除いたグランシェス家に深く関わるメンバー全員。

 そう、全員である。

 グランシェス家を支えるみんなに、ミューレの街を支配する商人(アカネ)。リゼルヘイムのお姫様(リズ)や、ザッカニア帝国のお姫様(オリヴィア)と聖女(ヴィオラ)が集合している。

 俺はそんなみんなに向かって、単刀直入に要件を告げる。


「急に呼び立ててすまない。実は……シロちゃんが虐められているらしい」

 事実を口にした瞬間、既に事情を知っているヴィオラとソフィア以外がガタッと立ち上がり、一斉に声を荒らげて叫んだ。口調や語尾はそれぞれ違うけど、『シロちゃんが虐められているって、どういうことなの!?』といった感じの内容で、殺気がもれている。


「……弟くん、説明、してくれるわよね?」

「言葉どおりだ。どうやら……学園で虐められているらしい」

「……それは本当なの? あたしのところに情報が入ってないわよ?」

「その理由は分からないけど……恐らくは事実だ。ヴィオラと、マヤちゃんが証言している」

「そう……ヴィオラとマヤちゃんが。それで……犯人は特定できているの?」

「いや……ただ、虐めてるのは人間だけじゃなく、イヌミミ族も関わっているらしい」

「イヌミミ族まで!? そんな……なんてこと」

 相当にショックだったんだろう。クレアねぇを筆頭に、みんなが一斉に息を呑んだ。

 ……だけど、それは一瞬だった。シロちゃんが虐められていたことに対する悲しみは、虐めた者に対する怒りに変わり、理不尽に抗う明確な意志が皆の顔に浮かんだ。


「それじゃ、その愚か者達をあぶり出し、ミューレの街から追放しましょう」

「いや待て、クレアねぇ。少し冷静になれ」

 クレアねぇの言葉を遮る。その瞬間、リズが後に続いた。

「――そうですわ。追放なんて生ぬるい、殲滅ですわっ! わたしくがアルベルトお兄様やノエルお姉様に頼んで、ミューレの街に騎士団を派遣してもらいますわ!」

「だぁっ、リズもさらっと皆殺しにしようとするなっ!」

 クレアねぇより過激ですよ、このどじっ娘! なんて突っ込む暇もなく、

「首謀者はザッカニア帝国の民ですわよね? あたくし、帝国の民がリオン兄様達に迷惑をかけたら、独断で裁いて良いと言われていますの。すぐに一族郎党皆殺しにしましょう!」

「あぁもうっ、待てって言ってるだろ!? オリヴィアも落ち着けっ!」

 俺は声を張り上げ、口々に恐ろしいことを口にするみんなを落ち着かせる。みんながシロちゃんを可愛がってるのは知ってたけど、ここまで我を忘れるとは計算外だ。

 冷静なのは……事前に知っていたソフィアとヴィオラくらいだな。

 ヴィオラが最初にその事実を知ったときどう思ったか知らないけど……ソフィアは俺の横で聞いてたときも、比較的冷静だったんだよな。一番怒り狂いそうなのに。


「ソフィアは、リオンお兄ちゃんのやり方を知ってるから大人しくしてるだけだよ。事を荒立てず、シロちゃんにも気づかれないように、こっそり障害を排除するつもり、なんだよね?」

「そ、そうだな……」

 そうなんだけど、ソフィアの思ってる排除と、俺の思ってる排除の意味が同じかどうかが気になってしょうがない。いや、恐いから確認はしないけど。


「リオン……事を荒立てずにって言うけど、既にシロちゃんが虐められてるんだよ?」

 アリスが静かな口調で尋ねてくる。けど、落ち着いて見えるのは表面上だけだろう。アリスの怒りに精霊が呼応してか、周囲に風が渦巻いている。

 だけど、取りあえずはこちらの言葉を聞こうとしてくれているようだ。だから今のうちにと、俺はみんなに向かって説明を開始する。

「シロちゃんが苦しんでるのは分かってる。だから、絶対に解決する。最終手段としては、ソフィアの恩恵で犯人を特定して、一人残らず社会的に抹殺するのもやぶさかじゃない」

「最終手段なんて悠長なこと言わないで、今すぐ実行するべきだよ!」

 アリスが声を荒らげ、ほかのみんながそうよそうよと続く。


「だーかーらー、落ち着けって! そんなことしたら、シロちゃんが悲しむだろ!」

 俺の一喝に、みんなの声が一瞬で消え失せた。俺の苛立った声に怯えたのではなく、シロちゃんが悲しむという言葉に反応したようだ。

 その証拠に、みんなは神妙な表情で、俺の言葉を待っている。会議室に静寂が唐突に訪れて、俺は思わず生唾を飲み込んだ。ここで説得を失敗したら、本当に血の雨が降りそうだ。

 俺は慎重に、極めて慎重に言葉を選んで説明を続ける。


「イジメっ子達を見つけて排除するのは簡単だ。グランシェス領から追放するくらいなら、すぐにだって出来る。だけど、そんなことをしてシロちゃんが喜ぶと思うか?」

 皆の返事を聞くまでもなく答えは否だ。喜ぶはずがない。

 だってシロちゃんは、イヌミミ族と人間が仲良く暮らせるようにって頑張ってる。それなのに、自分のせいでみんなが……なんてことになったら悲しむに決まってる。


「だから、俺達の目的はイジメっ子達を罰することじゃない。シロちゃんが虐められてる原因を取り除き、イジメっ子達が改心して、シロちゃんと仲良くするように仕向けるんだ。決してシロちゃんに気づかれないように。だから、誕生祭に水を差すのも絶対にダメだ」

「シロちゃんに気づかれないように……って、シロちゃんは嘘を見抜く恩恵があるでしょ?」

 クレアねぇの問いかけに、俺はこくりと頷いた。

「シロちゃんは恩恵持ちだけど、相手の嘘を感じる程度の力でしかない。ソフィアが相手なら無理だけど、シロちゃん相手なら隠し通せるはずだ。いや、隠し通さなきゃいけない」

 心優しいシロちゃんを悲しませるなんて許されない。だから、シロちゃんを悲しませずに解決するには、シロちゃんに秘密裏に事を運ぶしかない。

 そんな俺の言い分を理解してくれたのだろう。みんなはこくりと頷き、俺の言葉を待つ。


「まずは……みんなそれぞれ、自分の関わってる範囲での聞き込みだ。派手に動いたら、シロちゃん達に気づかれるから注意しろよ? ソフィアも、学園には近づいちゃダメだぞ」

 学園の魔女の異名を知る者は減っているけど、ザッカニア帝国の民を受け入れる際のチェックで、ソフィアの恩恵は知られてしまっている。ソフィアが学園で生徒達に接触なんてしたら、シロちゃんにバレるのはもちろん、生徒達にも警戒させてしまう。

 そう思っての指示だったんだけど――

「うん、分かったよ。学園には・・近づかないようにするね」

 ソフィアは正しく理解した上で、独自に調べるつもりみたいだ。あまり、ソフィアに悪人の心を読ませたくないんだけど……今回は仕方ない。

 それに、シロちゃんのためには必要なのも事実。なので、頼むと答えておいた。


「次に期限だけど――出来れば誕生祭最終日の、午前中には解決したい」

「最終日? あぁ……三日目の午後に、シスターズのコンサートがあるからね?」

 クレアねぇの問いかけに、俺はそういうことだと答えた。

 シロちゃんはイヌミミ族と人間が仲良くなれるように頑張っている。そして、シロちゃんはコンサートに、イヌミミ族の代表的な立場で出場する。

 それなのに歌やダンスで失敗したら……シロちゃんは間違いなく落ち込む。あのモフモフのミミや尻尾がしょんぼりするなんて、あまつさえ毛艶がなくなったりするなんて、この世界の損失だから許されない。なので、期限は誕生祭三日目の午前中までだ。


「ここまでで、なにか質問はあるか?」

 既に、自分がやるべきことを理解したのだろう。俺の問いかけにもみんなは無言。だから、俺は最後の締めの言葉を口にする。

「それじゃ、明後日。誕生祭二日目の夜に、もう一度ここに集合しよう。それまでに、シロちゃんが虐められる原因を見つける。――シロちゃんのために!」

「「「シロちゃんのためにっ!」」」

 俺のかけ声に、みなが一斉に答えた。それはまるで、秘密結社のようなノリだけど……幸か不幸か、そのノリに疑問を抱くものは、ただの一人もいなかった。



 翌日――つまりは誕生祭初日、俺達はさっそくシロちゃんが虐められている理由についての調査を開始した。とは言え、それはあくまで内密。誕生祭のイベントに参加、もしくは運営に関わっている女の子達は派手に動くことが出来ない。

 なので、主に調べ回るのは俺のお仕事だ。


「まずは……ミューレ学園に紛れ込んで、実際に周囲の声を集めてみるか」

 誕生祭の真っ最中だけど、農業なんかの実地もあるミューレ学園は休講に出来ない。なのでミューレ学園は、午前中だけ授業をおこなっているのだ。

 ちなみに、学園に頻繁に出入りしたり、シスターズとしてコンサートを開催してるみんなが学園に顔を出したら即バレするだろう。けど、俺はあまり顔を知られていないので大丈夫だ。

 ……もっとも、顔バレしてないせいで、前回は不審者扱いされたんだけどさ。

 という訳で、俺は前回の反省を活かしてミューレ学園の男性服を身に纏い、更にはアリスの作り出した紋様魔術で髪の色なんかを変えて変装。ミューレ学園に潜入した。

 そうして向かうのは、選択授業の実地現場だ。ちょうど、ヴィオラの白魔術教室が開催されていたので、その教室へと紛れ込んだ。


 教室――と言っても、場所は先日コンサートのリハーサルがおこなわれた実技室。俺はヴィオラの講義を後ろの方で聞きながら、ほかの生徒達の様子を窺う。

 この世界には写真の類いがないから事前に顔を確認することは出来なかったんだけど……シロちゃんと同じクラスから出てきた女の子は何人か確認している。

 俺は魔力素子(マナ)から魔力を生成する実技が始まったタイミングで、シロちゃんと同じクラスの女の子の一人に接触を図った。


「ごめん、ちょっと良いかな?」

「……えっと、なんですか?」

 俺が少し年上だからだろう。女の子はいぶかるように俺を見上げる。けど、商人の子供なんかは、俺と同い年くらいの子供もいる。堂々とすればバレないはずだ。

「実は俺、まだ選択授業が決まってなくてさ。この授業は、今日が初めてなんだ。だから、少し教えてくれないかなと思って」

「あぁ、そうなんですね。良いですよ、なにが聞きたいんですか?」

 ……うん、さすがエリートばっかり集めたクラスの女の子。見た目は小学生くらいなのに、ずいぶんとしっかりしている。……なんて、先生であるヴィオラも、似たような年齢だけど。


「あの?」

「あぁ。ごめん。聞きたいって言うのは、魔力素子(マナ)から魔力を生成するコツなんだけど」

 俺は無難な会話をしつつ、女の子の警戒心を解いていく。そうして頃合いを見計らい、「ところで、この教室にはイヌミミ族もいるんだな」と話題を振った。

「……そうですけど、それがなにか?」

 っと、話題が話題だけに、一発で警戒心が戻っちゃったか。俺は少し慌てたそぶりを見せて「誤解しないでくれ」と続けた。


「別に差別意識があっての質問じゃないよ。ただ、俺が今まで受けた教室にはいなかったからさ。どんな感じなのかなって聞きたくて」

「どんな感じ、ですか。そうですねぇ……身体能力は高いみたいですけど、基本的には人間と同じですよ?」

「そうなんだ? なんか、嫌われてる子がいるとか聞いたけど」

「あぁそれは……シロのことですね。あの子はイヌミミ族とか言う以前に……って、どうしてそんなことを聞くんですか?」

 女の子の瞳に、はっきりと警戒の色が浮かんだ。

 しまったなぁ……踏み込みすぎたか。ごまかさなきゃいけないけど、はてさて、なんと言ってごまかすか――と、全力で頭を回転させる。そのとき、


「はい、そこ、私語は慎んでくださいね!」

 ヴィオラが、俺達に向かって注意を飛ばす。俺に気づいての援護なのか、ただの偶然なのかは分からないけど、ナイスだヴィオラ――

「とくに、そこの男の子。質問するフリをして、女の子を口説かない。今は授業中ですよ?」

「んなっ!?」

 慌てる俺に対して、周囲から笑い声が上がる。


「取りあえず……そうですね。罰として、前に出てきて実演してもらいましょうか」

「いや、その、俺は……」

 必死に、俺だよ、リオンだよ! と目配せをする。

「はい、そんな目をしてもダメですよ、早く出てきてください」

 ニヤニヤと。ニヤニヤと言っても差し支えないくらいの笑みで、俺に呼びかける。このドS聖女様、絶対に俺がリオンだって気づいてる。気づいた上で、俺の窮地を救ったついでに、虐めて楽しんでる! 酷いイジメっ子だ!

 あぁ、ちなみに、ヴィオラいわく、自分は強者をイジメて楽しんでいるだけなので、いたいけな少女をイジメて楽しむ人とは一緒にしないで欲しいとのこと。

 ……その理屈は分からなくはないけど、出来れば勘弁して欲しい。なんて思いつつ、俺はヴィオラの前へと進み出た。


「はい。それじゃ、魔力素子(マナ)から魔力を生成してみてください」

「……分かりました」

 ええっと……授業が始まって二ヶ月ほどか。じゃあ、まだ上手く魔力を生成できる生徒なんていないよな。不器用な感じで、少しだけ魔力を生成してみよう――と、俺はたっぷり時間をかけて、少しだけ、ほんの少しだけ純度の低い魔力を生成する。

 直後、周囲がどよめいた……って、あれ?


「素晴らしいですね。普通は一年たっぷり訓練を重ね、ようやく魔力を生成できるレベルなのに、たった一度わたくしの説明を聞いただけで、魔力を生成できるなんて天才ですわ」

 がふぅ。そ、それはまずい。なんとかごまかさなきゃ! って焦っていると、ヴィオラが露骨にため息をついた。


「……なんて、冗談はこれくらいにしておきましょう」

「え、冗談?」

 首を傾げる。そんな俺に対し、ヴィオラはわたくしに任せてくださいと呟いた。

「彼――リオさんは、わたくしの親戚のお兄さんなんで、白魔術の使い手なんです。だから、最初から魔力を生成できたんです」

 ヴィオラが説明した瞬間、みんなから「なぁんだ」と言う声が上がった。


「という訳でリオさん、わたくしの授業の見学にかこつけて、生徒の幼い女の子を口説かないでくださいね?」

「えぇっ!?」

 なんでそこに落とすの!? 普通にヴィオラの様子を見に来ただけで良いだろ!?

 なんてことを、小声で訴えると、それだと女の子に声をかけた理由が説明できないではないですかと返されてしまった。

「良いですね、リオさん」

「……はい」

 という訳で、俺はなんだかナンパしにきた男として、みんなから避けられてしまった。

 もっとも、疑われてた時点で情報収集は打ち切るしかなかったし、素性を問い詰められるよりはマシだけどさ。もうちょっとこう……方法があったと思う。


 ともあれ、イヌミミ族ではなく、シロちゃん個人が虐められていることは確認した。

 今日は誕生祭の初日だから、午後からは……武術大会か。ソフィアとアオイが出場してるはずなので、話を聞きに行ってみよう。


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