エピソード 3ー6 モフモフならセーフ
みんなで話し合った結果、お祭りは約一ヶ月後。六月の十六日から十八日までの三日間、開催されることになった。
ちなみに、最終日である十八日は俺の誕生日である。お祭りを開催するにしても、どんな名目にするのか――と、そんな議題が上がり、俺の誕生日が選ばれたという訳だ。
ホントを言うと、俺だけじゃなくて、アリスも同じ誕生日なんだけどな。アリスの誕生祭をやると、クレアねぇやソフィアの誕生祭もやらないとおかしい。
そして、そこまでやったら、リーゼロッテやオリヴィアの誕生祭も――と収拾が付かなくなりそうなので、今回のお祭りはグランシェス家当主の誕生祭と言うことになっている。
アリスの誕生日でもあるのに、俺の誕生日だけを祝うというのはあれだけど、アリスは個人的にお祝いをするつもりなので許してもらおうと思ってる。なんて、アリスは「リオンに祝ってもらえるなら十分だよっ」って、まるで気にしてないみたいだけどな。
それはともかく――誕生祭の準備を進めている、ある日の昼下がり。お屋敷のサロンに顔を出すと、エイミーとアリスがなにやらあーだこーだ話し合っていた。
はて? エイミーは結婚がどうとか言って、王都に戻っていったはずなんだけどな。
「あ、リオン様、こんにちは。……あ、私がプレゼントした服を着てくれてるんですね!」
「ん? あぁ……うん。大事に着させてもらってるよ」
エイミーに早めの誕生日プレゼントだと言って渡された洋服のことだ。時々は着せてもらってるけど、当然ながら毎日着てる訳じゃない。それをこのタイミングで着ているのはただの偶然……ではなく、俺の世話係をしているメイド――ミリィ母さんの気遣いだろう。
「それで、今日はどうしたんだ?」
「お祭りまでにイヌミミ族の洋服をってことで、予定を繰り上げてきたんです」
「予定を繰り上げ……結婚してきたってことか?」
「いえ、結婚はお祭りが終わったらします。ソフィアちゃんが、結婚の前にシスターズとしてコンサートに出場しようよって言ってくれたので」
「あぁ、なるほど」
シスターズとは、ソフィアが代表のサークルみたいなものだけど、同時に俺の妾候補なんて噂もある。周囲から誤解を招かないように、結婚前に脱退するのだろう。
「そういうことなら、最後のコンサート、思いっきり楽しんでくれな」
人生には何度か転換期がある――と、俺は思う。エイミーにとって最初の転換期はミューレ学園への入学で、二度目の転換期が今回の結婚なんだと思う。だから、エイミーにとって、シスターズに参加していたことが良い思い出になることを願って、そんな風に告げた。
「ところで、その謎の布は、コンサートの衣装だったりするのか?」
俺はテーブルの上に広げられた衣装――なのかな? と首を傾げたくなるような布を眺めながら、エイミーに向かって尋ねた。
ちなみに、アリスではなくエイミーに尋ねたのは、比較的まともな答えが返ってきそうな気がしたから、なんだけど――
「これですか? 変身機能を搭載の服、ですよ」
返ってきたのは、よく分からない答えだった。仕方なく、俺は隣にいるアリスに視線を向ける。それを予想していたのだろう。アリスはなんと言うか……得意げな笑みを浮かべていた。
「えへへ。紋様魔術で色が付く布があるでしょ? あれを重ね着して、発動させる紋様魔術を切り換えることで、色の付く部分が変わるようにしたの」
「……ええっと、取りあえず、紋様魔術の切り換えってなんだ?」
そのまま受け取ったら、AからBの紋様魔術へ切り換えって意味だけど……普通に考えて、それはありえない。紋様魔術は、魔力を持つ人間が触れた時点で勝手に発動するからだ。
だと言うのに、アリスは「開発したんだよっ」と、こともなげに言い放った。
「開発って……どうやって?」
「紋様魔術が発動するのは、正しく紋様が刻まれているときだけでしょ? だから、紋様の一部をスライドさせることで、発動しないようにしたんだよ!」
「……な、なるほど」
魔法陣の一部を消してしまえば、魔法陣は機能しない――的な考え。まるでコロンブスの卵のような技術だけど、その利益は計り知れない。
例えば、ランプ代わりに光を放つ紋様魔術を使う場合、手に持っている場合は光る。テーブルの上に置いたら消えるという感じでオンオフを切り換える必要があった。
だけど、アリスの新しい理論を使えば、手に持ったままで紋様魔術のオンオフが出来る。まさに、エネルギー革命の始まりだ。
「……アリスは、そんなとんでもない発明をして、一体どんな衣装を作ったんだ?」
「え? だから、切り換えで可視化する部分が変化させるの」
「ええっと……それで?」
「それで、スイッチ一つで、普段着から魔法少女の姿に変身っ、みたいな?」
「……………………………………………………へえ」
「あれ、どうしたの? 凄いアイディアだと思うんだけど?」
「いやまぁ、たしかに凄いアイディアだとは思うよ」
思うけど、紋様魔術のオンオフは、発電機が発明されたのと同じくらい世紀の大発明だ。それなのに、魔法少女の変身を再現……もう少しほかにあると思う。
「ん~? リオンは気に入らなかった? すっごくリオン好みの可愛い衣装だよ?」
「――俺好みの可愛い衣装?」
「うん。どんな衣装でも対応が可能だけど、今は大人しめな衣装から、胸の谷間や絶対領域を強調した、ちょっと大人びた衣装へ変身! とか、考えてるんだけど」
「アリス、開発頑張ってくれ!」
「うんっ、任せて!」
……いやほら、技術は戦争とエロで発展するって言うだろ?
取りあえず、オンオフを取り入れた紋様魔術の新たな使い道は、そのうち考えることにしよう。エネルギー革命なんかより、絶対領域の強調の方が大切だからなっ。
そんな訳で、アリスとエイミーが服のデザイン……というか、いかに俺好みの衣装を作るか、話し合っているのを見学していると、ミューレ学園の制服に身を包んだシロちゃんとマヤちゃんが顔を出した。
「二人とも、どうかしたのか?」
ここはグランシェス家のお屋敷にあるサロン。別にシロちゃんやマヤちゃんなら顔パスでかまわないけど、偶然通りかかるような場所ではない。
そう思って聞いたんだけど、引っ込み思案のマヤちゃんは口ごもっている。そして、こういうときに真っ先に答えそうなシロちゃんは、なにやらしょんぼりとしているように見える。
「私が採寸のために呼んだんだよーっ」
見かねたのか、アリスが代わりに答えてくれた。
「あぁ、コンサートの衣装か」
そういや、イヌミミ幼女のシロちゃんや、着た服で性格が変わるマヤちゃんも、この大人びたデザインの衣装を身につけるのか……。なんか色々大丈夫なんだろうか?
まあ、俺が心配してもしょうがない。それよりも、引っ込み思案のマヤちゃんが、人の多いこの場所で無口なのはともかく、シロちゃんはどうしたんだろ。
もしかして、両種族の関係がギクシャクしているのを気にしてるのかな?
「リオン~? 二人をそんなにじっと見つめて、なんだかいけないことを考えてない?」
「え、別にそんなことは考えてないぞ?」
アリスに疑惑の目を向けられた俺は、心外だとばかりに反論する。
「イヌミミ幼女のシロちゃんがミニスカートで、スカートの下からモフモフ尻尾が出てるところや、押しに弱そうなマヤちゃんが、大人びた服を着て大胆になる様を想像してただけだ」
「そっか、それなら問題ないね」
俺の理論に、アリスが同意する。マヤちゃんが真っ赤になって、エイミーがなにやら言いたげな顔をしてるけど気にしない。可愛いは正義なのだ。
「ところで……なんだっけ。採寸? それじゃ、俺がシロちゃんの採寸を手伝ってあげよう」
「リオン様、それはいくらなんでも犯罪です……」
エイミーがジト目で俺を見る。だけど、アリスが「それじゃリオンに任せるね」と答えたことで、目を見開いた。
「アリスさん、なにを言ってるんですか!?」
「だって、シロちゃんは別に嫌がってないし」
答えて、アリスはシロちゃんに視線を向ける。やっぱりシロちゃんはなにやらぼんやりしている。アリスも俺と同じで、シロちゃんの様子がおかしいことに気づいているのだろう。
「嫌がっては……ないかもしれませんけど、その、なにか過ちが起きたりとか」
「リオンはモフモフしたいだけだと思うよ。それに、なにか起きたら起きたで、リオンが責任を取ればいい話だしね」
「責任を取れば良い……って、あれ? もしかして、みなさんに遠慮せずに押しまくれば、なんとかなかったのかな? もしかして私、早まったのかな?」
なにやらエイミーが混乱してるけど、それは気のせいである。少なくとも、そうやって押しまくって、俺の妾になった女の子はいないからな。
……正妻に収まった女の子は三人もいるという事実は置いといて。
なにはともあれ、エイミーは混乱しているようなのでそっとしておく。そして俺は、シロちゃんの両脇の下に手を差し入れて抱き上げた。
「……わ、わふぅ!?」
抱き上げられて我に返ったのだろう。シロちゃんが驚きの声を上げる。けど、いくら力が強いイヌミミ族でも、小柄なので持ち上げてしまえばこっちのものである。
と言うことで、部屋の隅にあった衝立(ついたて)の影で、シロちゃんの制服を脱がし始める。
「リ、リオンお兄さん、どうしてボクの服を脱がそうとしてるの!?」
「制服のままだと、さすがに採寸が難しいからな。大丈夫、下着は脱がさないから」
「い、意味が分からないよ!?」
なんかシロちゃんは慌てているけど、俺はロリコンじゃないので問題はない。
まあ……ソフィアくらい育っていたら話は別かもだけど、シロちゃんは見た目年齢十歳くらいで、実年齢はもっと下。おまけに胸もツルペタなので問題はない。
むしろ俺が気になるのは……
「ひゃあん!? きゅ急に尻尾を触ったらダメだよ!」
「すまん、手が滑った」
「絶対わざとだよっ!?」
「うん、実はその通りだ」
「認めてもダメ――わふぅ、だ、だから、急に尻尾をモフモフしたらダメだってばっ!」
「分かった。なら、次はイヌミミを触るから」
「ふえええええっ、宣言してもダメぇ、ダーメーなーのーっ」
俺はシロちゃんの制服を脱がしつつ、イヌミミやモフモフな尻尾を、モフり倒した。
最初は抵抗していたシロちゃんだけど、俺やクレアを始めとしたモフリスト達にモフモフされまくっているせいで、モフモフ依存症になりつつある。
そんな訳で、モフモフしまくっていると、シロちゃんは徐々に従順になっていった。そうして大人しくなった下着姿のシロちゃんを、ささっと採寸してしまう。
……うん、イヌミミと尻尾の触り心地が最高だ。思わず服に必要な採寸のほかにも、耳や尻尾のサイズまで測ってしまった。
「ところで、シロちゃんはどうして元気がないんだ?」
ぐったりしたシロちゃんにスカートを履かせ、向かい合わせのお膝抱っこで座らせた。そうして、制服を着せてボタンを留めながら尋ねる。
「わふぅ……リオンお兄さんが、ボクを一杯モフったからだよぉ……」
俺にその身を寄りかからせたシロちゃんが不満げに呟いた。
それに対して俺は「それはモフりたくなるような毛並みのシロちゃんが悪い」と、まるっきり犯罪者のような言い訳を呟く。
「――じゃなくて、採寸を始める前から元気がなかっただろ? もしかして、イヌミミ族と人間がギクシャクしてるから落ち込んでるのか?」
「え? それは、その……なんでもないよ」
原因があって、それを隠そうとしているのだろう。途端に挙動不審になってしまう。だから俺は、そんなシロちゃんを抱きしめるように背中に手を回し、尻尾を存分にモフモフする。
「ほらほら、白状しないと止めてあげないぞ。モフモフモフモフ」
「わ、わふぅ~。なんでもないよ、本当になんでもないからぁ――っ」
その身を固くしながら、なんでもないと言い張る。なかなか強情なイヌミミ幼女である。
シロちゃんは人に迷惑をかけまい内に溜め込むタイプだから、強引に話すしかない状況を作るのが良い――と思ったんだけど、失敗だったかな?
俺はモフモフしていた手を止めて、シロちゃんを籠絡する次の一手を考える。はてさてどうしたものかと考えていると、膝の上でシロちゃんが身じろぎをした。
「リオンお兄さん、ホントになんでもないんだよ?」
シロちゃんはそう言って、俺の顔を覗き込んだ。と言うか、だ。本当になんでもない人は、そんな風に、なんでもないとは言わない気がする。
「ホントにホントだよ。だから、そんなにモフモフしても、なにも話さないんだよ?」
「う、うん?」
「だ、だけどね。モフモフしないと、絶対の絶対に話さないんだよ?」
……ええっと。これは……あれか? もしかして逆効果だった?
「シロちゃん」
「な、なに? どれだけモフモフされたって、なにもないって言ったら、ないんだからね?」
「なにがあったか教えてくれなきゃ、もうモフモフしてあげない」
「……え?」
「だから、どうして落ち込んでるのか教えてくれないなら、もうモフモフしてあげない」
「そ、それは、えっと……ふえええぇぇぇっ、お兄さんがイジワルだよぉ」
顔を真っ赤にして、俺の胸に顔を埋める。予想どおり、シロちゃんはもっとモフモフされたくて黙っていたらしい。完全にモフられ依存症である。
さすがにモフり過ぎだよな……とか思いつつ自重しないんだけどさ。
「それで……シロちゃんはなにを落ち込んでいたんだ?」
「それは、えっと……」
話してくれなきゃモフモフしないよというメッセージを込めて、イヌミミではなく頭をなでなでする。よほど話したくないことなのか、はたまたモフモフしてもらえないからか、シロちゃんは泣きそうな顔をしている。
「学園はどうだ? イヌミミ族と人間がギクシャクしてたりするのか?」
「それは……うん。ちょっとピリピリしてるみたい」
シロちゃんが、少し寂しそうに呟く。
「やっぱりか。それで元気がなかったんだな」
「えっと……うん。そう、だね。みんな仲良く出来たら良いのにね」
「そうだな。でも、そういうことなら心配しなくて良いぞ。イヌミミ族と人間がわかり合って仲良く出来るように、お祭りを開催するんだからな」
「それで、みんな仲良く出来るかな?」
「――出来る。と言うか、してみせる。そのために、俺達は全力を尽くすよ。だから、シロちゃんは心配しなくて良いんだよ」
「……うん、ありがとう、リオンお兄さん」
少しだけ笑みを零す。俺はそんなシロちゃんのイヌミミを優しくモフモフした。
だけど――イヌミミ族と人間の不仲が原因で落ち込んでいるのなら、シロちゃんがここまでかたくなに隠す必要はなかった。シロちゃんが隠していたのは別のこと。俺がそれに気づいたのは、もう少し後になってからだった。
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