エピソード 3ー5 両種族が手を取り合うために

「弟くんはなにをやってるのかしらね~?」

 リアナ争奪戦に勝利して屋敷に帰ると、エントランスでクレアねぇに捕まった。なんだか緑色の瞳がジトッと三角形になってるんだけど……可愛いとか言ったら怒られるだろうなぁ。

「ただいま、クレアねぇ」

「お帰り、弟くん。それで、なにを、してたのかしら?」

「なにって……イヌミミ族と人間の価値観の違いについて……ええっと?」

 俺はクレアねぇの様子がおかしいことに気づいて言葉を飲み込んだ。ジト目が可愛いとか暢気に考えてたけど、なんか睨まれているみたいだ。


「弟くんは価値観の違い――イヌミミ族は強いかどうかで魅力が決まるけど、人間はそうじゃない。その認識の違いをなんとかしようとしてるのよね?」

「そうだけど?」

「だったらどうして、リアナを力で奪い合ってるのよ? 弟くんがイヌミミ族の流儀を肯定してどうするのよ? どうせなら、あたしを奪い合いなさいよ!」

「本音が漏れてる漏れてる」

 俺は思わず苦笑いを浮かべた。『私のために争わないで!』的なイベントは、いつの世でも女の子の憧れみたいだな。

 ……しかし、リアナ争奪戦を完封してからまっすぐ帰ってきたのに、お屋敷にいたクレアねぇがそれを知ってるのか。あいかわらず、ミューレの街にあるクレアねぇの情報網は謎だ。


「弟くんは、どうしてイヌミミ族の価値観を認めるようなマネをしたのよ?」

「認めるもなにも、最初からイヌミミ族の価値観は間違ってないぞ?」

「……どういうことよ?」

「人間だって、強さに魅力を感じる女の子は一杯いるだろ? イヌミミ族は、それ一辺倒なだけなんだよ」

 よくよく考えたら、考え方自体は珍しいことでもなんでもない。クレインさんはロリ巨乳にしか興味がなく、フルフラット侯爵はツルペタ幼女にしか興味がない。好みに偏りがあるという意味でなら、強い男にしか興味がないイヌミミ族となんら変わりはないと言うこと。


「だから問題は、相手がそうじゃない可能性を考えなかったことだな。たぶんイヌミミ族には当たり前すぎて、そうじゃない者がいるとか想像してなかったんだろ」

 さっきの例で言えば、ゴマをすろうと巨乳のお姉さんに接待させて、フルフラット侯爵のひんしゅくを買う――とかだな。価値観の違いと考えてずいぶんと警戒してしまったけど、知っていればなんとかなる部類だと思う。


「そういう訳だから心配するな」

 クレアねぇにそう言って、休憩がてらリビングに向かおうとする。だけどすれ違いざまに、クレアねぇに腕を捕まれてしまった。

「……ええっと、なんだ?」

「なんだ、じゃないでしょ~? ねぇ弟くん、イヌミミ族の価値観が、人間とまるで違う訳ではない。ということは分かったわよ?」

「だろ? だから――」

「――だからって、リアナを力で奪い合う必要はないわよね~?」

「………………」

 バレた――と、俺は明後日の方向を――向こうとしたところで、クレアねぇの両手のひらで顔を挟まれてしまった。そして、強制的に真正面を向かされ、顔を覗き込まれる。

 翡翠のような瞳が、まっすぐに俺を見つめていた。

 これは……あれなんだろうか? いわゆる焼き餅、なんだろうか? いつもシスターズを増やそうとしたり、妾を持たせようとするから、嫉妬とは無縁だと思ってたんだけど。


「……クレアねぇ、焼き餅か?」

「羨ましいとは思うけど、別に焼き餅で怒ってるんじゃないわよ?」

 真っ向から聞いてみたんだけど違うらしい。

「じゃあ、どうしてそんなに突っかかってくるんだ?」

「こ~ら、話をすり替えようとしないの」

「むぅ、バレたか」

 おどけた瞬間、俺の顔を挟んでいたクレアねぇの手に頬をむにょんと引っ張られた。たいして力は入ってないので、痛くはないんだけど……


「……そんなに、あたしには言いたくないの?」

 寂しげな表情を浮かべる。

「ズルいなぁ……クレアねぇにそんな顔をされて、だんまりなんて出来るわけないだろ」

「ふふっ。ありがとう。それじゃ……教えてくれるかしら?」

「いいよ。一つ目は――」

 俺がその言葉を口にすると、クレアねぇは「本気?」と呆れるような顔をした。


「自分でも強引だとは思うけどな。他に方法も見つからないし、それが一番かなぁって」

「まあ……弟くんが決めたのなら、あたしは止めないけどね。それで、二つ目は?」

「そっちは、たいした理由じゃないよ。近くに人間もいたから、イヌミミ族の価値観が、人間と掛け離れたものじゃないって理解してもらいたかったんだ」

 そのために芝居を打って、女を賭けての決闘――的な感じに持っていったのだ。だから、人間の男にまで襲われたのは予想外だけど、ある意味嬉しい誤算でもあった。


「うぅん……理由は分かったけど、今後似たようなケースが発生しないかしら?」

「それは心配しなくて大丈夫だと思う。俺が決闘を受けたのは今回だけ。相手が受けなければ、強制したらダメだって言い含めておいたから」

「でも、弟くんに対しては、その前例を作ったのよね? あぁ……だから」

「そういうことだ。争っている種族を仲良くさせる、常套手段だからな」

 あんまり賢い方法じゃないけどな。俺にとって重要なのは、イヌミミ族と人間が手を取り合うこと。だから、それ以外のことは二の次としたのだ。


「……ふぅん、そのためにリアナを利用したの?」

「人聞きが悪いな。リアナの気持ちを受け止めるって言ったのは本心だよ。もっとも、気持ちを受け止めても、応えるつもりはないんだけどな」

 クレアねぇ達と同列にするつもりも、妾にするつもりもないと言うこと。

 なので、気持ちを受け止めるのなら、責任を持って手を出しなさいよ! とか言われるかもと思ったのだけど――

「なんだ、そんなことを心配してたの? あたしは別に、それでもいいと思うわよ?」

 返ってきた答えは、俺の予想とは違っていた。

「……そうなのか?」

「だって、気持ちを受け止めてあげるのよね? それなら、リアナも報われると思うわ」

「そう、かなぁ……」

 俺はリアナをちゃんと振った。だから、その上でリアナが俺を好きでいるのは勝手だと思う。思うけど……俺はその気持ちを受け止めると言ってしまった。

 俺としては、冷たく突き放すのも優しさだと思うんだけどな。とか言ったら、クレアねぇはダメな弟を見るような目で俺を見た。なんと言うか……ちょっとショックだ。


「弟くんは今まで、リアナ達の好意に気づきながらも、気持ちに応えられないからって、逃げ回ってたでしょ? それから考えたら、受け止める方が良いに決まってるじゃない」

「なる、ほど……?」

 分からなくはない。分からなくはないけど……良いのかなぁ。まあリアナ達が納得してるのなら、俺がどうこう言うことじゃない、のかなぁ。



 ともあれ、クレアねぇとの話を終えた俺は、休憩がてら食堂へと顔を出したんだけど……そこではなんと、トレバーとソフィアがお菓子を食べながらおしゃべりをしていた。

「……なんか、すっごい珍しい組み合わせだな」

 思わずそんなことを口にする。それくらい珍しい組み合わせだった。

「あ、師匠っ!」

「リオンお兄ちゃんっ!」

 俺に気づいた二人に呼ばれて、二人がいるテーブルへ――近づいた瞬間、ソフィアに腕を掴まれ、引き寄せられた。

「お兄ちゃんはソフィアの隣だよー」

 自分の隣の椅子をポンポンと叩く。その直後、どこからか現れたメイドが、その椅子を引く。なんだかよく分からないけど――と、俺はその席に座った。


「二人はなにを話してたんだ?」

「イヌミミ族と人間のあれこれについて話してたんだよ~」

「ふむ?」

 それはグランシェス家が総出でかかっている問題……だけど、なんでソフィアとトレバーが話し合ってるんだろうと首を傾げる。


「ほら、今回のトラブルって、俺が原因だろ? だから、なにか出来ることはないかと、色々と考えてたんだ」

「それを知ったソフィアが、相談に乗ってたんだよ~」

 トレバーの言葉にソフィアが続く。それで二人が話してた理由は分かったけど……

「まだ気にしてたのか? 言っただろ、トレバーが気にする必要はないって」

 たしかに、切っ掛けはトレバーかもしれない。だけど時間差でほかのトラブルも起きているし、そうでなくても時間の問題だった。トレバーが責任を感じる必要はないだろう。

 だと言うのに、トレバーは首を横に振った。


「悪気がなかったとは言え、恩人である師匠に迷惑をかけたのが許せないんだ。だから俺は、自分になにか出来ることがあるならしたいんだ」

「まぁ……手伝ってくれる分にはありがたいけどな。なにか良い案は浮かんだのか?」

「ああ。実は、ソフィアちゃんがヒントをくれてな」

「ソフィアが? なにを言ったんだ?」

 俺は隣に座るソフィアに顔を向ける。


「あのね。知らない相手を恐れるのは、その相手がどう動くか分からないから、だと思うの」

「ふむふむ」

 大体分かるけど、もう少し詳しく頼むと、俺は視線で促した。

「ソフィアは恩恵で人の心を読めるから、自分と違う人がいるのはよく知ってるよ。でも、それで恐いと思ったことはなかったの。恐いと思ったのは……」

「恩恵で人の心を読めなくなったときか」

「うん。人の心を読むのが恐くなって……恩恵が使えなくなったでしょ? あの頃は、お兄ちゃんに嫌われたらどうしようって、恐くてなにも出来なかったから」

「なるほどなぁ……」

 もちろん、例外はいくらでもある。でも、知っていれば大丈夫。そう言うパターンであれば、たしかにソフィアの考えは当てはまると思う。

 と言うか、俺も似たようなことは考えていたから、ソフィアの意見には全面的に同意だ。問題は、だからどうするかと言うことなんだけど……


「ソフィアの意見をヒントにしたってことは、トレバーはなにか対策を思いついたのか?」

「バッチリ、名案を思いついたぜ!」

「ほうほう。して、その名案って言うのはなんなんだ?」

「それは……」

「それは?」

「――イヌミミ族と人間でお見合いパーティーを開催することだ!」

 『どやぁ?』と聞こえそうな表情で言い放つ。そんなトレバーから視線を外し、俺は窓の外を眺めた。空には青空が広がっている。


「なぁソフィア、今夜はなにが食べたい?」

「ソフィアはお兄ちゃんが食べたい!」

「……いや、夕食の話だからな?」

 だから、意味不明なことを即答した上で、『もちろん夕食の話だよ?』みたいな感じで小首をかしげるのは止めなさい。俺は前菜でもメインディッシュでもないから。

「ちょ、師匠! 俺の話をスルーしないでくれよ!」

 慌てた様子のトレバーが突っかかってきたので、俺は仕方なく正面へと向き直った。


「トレバーは夕食には興味がないのか?」

「いや、この屋敷で出てくる夕食には思いっきり興味あるが、そうじゃなくてイヌミミ族とのお見合いだ!」

「いや、だから、それはトレバーがしたいだけだろ?」

 そんな欲望丸出しの意見、真面目に聞いてられるとかとため息を付く。けど、「ダメだよ、リオンお兄ちゃん」とソフィアにたしなめられた。


「ダメって……なにがダメなんだ?」

「あのね、リオンお兄ちゃん。会議において、安易に意見を否定しちゃダメなんだよ?」

「む、たしかに。“ブレインストーミング”とか言うのが、そういう法則だったなぁ」

 もとの世界にあった、会議に対する考え方の一つ。様々な意見を取り入れるため、安易に否定せずに、あらゆる意見を取り入れて考えていく方式だ。


「俺もあんまり知らないのに、ソフィアはよく知ってたな? アリスに聞いたのか?」

「うぅん、実体験だよ。穴だらけなアイディアとか、欲望丸出しのアイディアの方が、凄いアイディアを生み出す切っ掛けになったりするんだよぉ」

「……なるほど。穴だらけなアイディアとか、欲望丸出しのアイディアが役に立つのか」

「うんうん。穴だらけなアイディアとか、欲望丸出しのアイディアを否定せず、上手く使いこなすのが重要だと思うよ~」

「師匠もソフィアちゃんも容赦ないな……」


 トレバーがなにやら遠い目をしているけど、穴だらけで欲望丸出しなアイディアなのは事実だと思う。と言うか、どう考えてもイヌミミ族とお見合いがしたいだけだと思う。

 だけど……たしかにソフィアの言うとおりだ。否定せず、それを別の方面から考えれば、なにか新しいアイディアが生まれそうな気はしないでもない。

 そもそも――だ。今回のトラブルは、両種族における恋愛に対する価値観の違いが原因だった。だとすれば、お見合いでお互いを知るというのは、原因を取り除くことになるだろう。

 もちろん、だからって集団お見合いを開催するのは危険すぎるけど……


「そう、だな。お祭りなんかはどうだ?」

「お祭りって……イヌミミ族のお嬢さんと仲良くなれるのか?」

 そこから離れろと言いたいところだけど……と、俺はため息を一つ。

「仲良くなれるイベントを用意すれば良いんだ」

 例えばミスコンやミスターコンテスト。それに料理対決などを開催し、イヌミミ族と人間でそれぞれ採点。価値観の違いを知ってもらおうという試みだ。

 取りあえず、一考する価値はあるだろう。


「それだったら、シスターズのコンサートも良いんじゃないかな。人間とイヌミミ族が仲良くしてるのをアピール出来ると思うよぉ~」

 ソフィアが追加の意見を出してくれる。それは良いんだけど……

「シスターズのコンサートで、人間とイヌミミ族の仲の良さをアピールってどういうことだ? 歌の歌詞に、種族間の平和でも盛り込むのか……?」

「え、別にそんなことする必要ないよ? シスターズにはシロちゃんもいるんだし、仲良く歌えば十分じゃないかな?」

「あぁ、なるほど……って、待て待て。ちょっと待て。シスターズにシロちゃんもいる?」

「うん。シスターズの一員だよ? あと、ヴィオラちゃんとオリヴィアお姉ちゃんも」

「マジですかぁ……」

 また知らないあいだにシスターズが増えてるじゃないですか、ヤダー。

 いや、まぁね? シスターズは俺の姉妹みたいな存在であって姉妹ではない。言うなれば、ソフィアが主催するサークルの一員みたいなものだから別に良いか……


「あれ、リオンお兄ちゃん、聞いてないの?」

「え、なにが?」

「シロちゃんは、リオンお兄ちゃんの義妹だよ?」

「……はい?」

「だから、シロちゃんは、リオンお兄ちゃんの義妹」

「聞いてないんですけど!?」

「そうなの? ミリィお義母さんが手続きをしてたよ」

「マジか……」

 ミリィ母さんってば、いくらシロちゃんが可愛いからってそんな勝手に。せめて事前に相談くらいはして欲しい。……いやまぁ、ミリィ母さんに相談されたら断らないけどさ。

 それはさておき――今の出来事を“それはさておき”と流せるようになった自分がちょっとあれだけど、それはさておき、重要なのは、お祭りをするとして、どんなことをするか、だ。

 ほかのみんなも呼んで、どんなお祭りにするかを話し合おう。

 

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