エピソード 3ー4 普通の女の子
翌日、俺はイヌミミ族の街を建設している現場へと顔を出した。
イヌミミ族と人間が共同で建築をおこなっている。本来なら、一番イヌミミ族と人間の争いを警戒しなきゃいけないんだけど……この場を指揮しているのはリアナ。
最初は開墾地だけで指揮を執ってもらっていたんだけど、思った以上に適任だったようで、ティナの補佐として、建築の現場指揮も執ってもらっているのだ。
なお、リアナは非常に優秀で、トラブルも起きていないと聞いている。なので、ほかの危険そうな場所を優先して、訪問を後回しにしていた。
けど、おおむねほかの場所は回り終えたので、今日は様子を見に来たという訳だ。
「リオン様、今日はどうされたんですか?」
「むしろ、リアナがどうしたんだ?」
俺は街の建築現場で指揮を執っていたリアナを見て呆気にとられてしまった。
ミューレ学園を卒業。その後は先生として学園に通い、今は現場の総監督として出向いている。そんなリアナが、ミューレ学園の制服を身に纏っていたのだ。
「あぁ、この制服ですか? 私みたいな小娘が――って感じで文句を言う人が多かったので、ミューレ学園の卒業生であることを証明するために制服を身に纏っていたんです」
「そう、なのか……?」
イヌミミ族が俺の派遣した指揮官に文句を言うとは思えないので、小娘がと侮ったのは人間と言うことになるんだけど……リアナは学園の教師として知名度が高い。
わざわざ制服を着るまでもないはずなんだけど……
なにはともあれ、今は問題なさそうだから良いけどな――と、俺はあらためて、リアナの制服姿に目を向ける。コルセット風のブラウスに、赤いチェックのスカート。黒いニーハイソックスとのあいだに見える絶対領域がまぶしい。
とっくに学園を卒業しているとは言え、リアナは現在十八歳。年齢的にはまったく問題がないというか、年相応の姿が素晴らしく似合っている……って、あれ?
あの頃も可愛かったけど、今は色々と成長している。言ってみれば、中学生の制服を、高校生が着ているようなものだ。にもかかわらず、サイズがぴっちりという風には見えない。
「なぁリアナ。その制服、妙にゆったりしてないか?」
「リオン様的には、ぱっつんぱっつんの制服を着てる方がお好みですか?」
「いやいや、そういう意味じゃないぞ?」
「じゃあ見たくないんですか?」
「……それはそれで見たいけど。当時の制服なら、もっと小さいはずだろ?」
「ええ。だからこれは、新たに作った制服です。リオン様は制服が好きだと聞いてるので」
「あ、はい」
なるほど……俺の趣味に合わせて制服を作ってたのか。急に現場指揮をすることになって、小娘と侮られたから服を着たという話なのに、良く新しい制服を作る暇があったな。
……なんて、そんな無粋なことは突っ込まないけどさ。
ともあれ、さっきから目が釘付けになってるので、その効果は絶大だと思う。と言うか、コルセット部分の柔らかそうな生地に飛びつきたい……じゃないな。いかんいかん。
制服リアナの魅力に目的を忘れるところだった。
「すまん、話が脱線してた。ここに来たのは、イヌミミ族と人間が上手くやってるか、その辺りの話を聞くためだよ」
「あぁ、その話なら聞いてます。なんでも、イヌミミ族の男性が、人間の女性を口説こうとして、人間の男性と喧嘩になったんですよね?」
「そうそう。それで、街の建築現場は大丈夫かなって」
「もしかして、心配して、様子を見に来てくれたんですか?」
「まぁな。報告では問題ないって聞いてるんだけど、報告書には書けないような問題もあるかもしれないと思って」
「そ、そうですか」
リアナがツイと視線を逸らす。そんな態度が珍しくて、俺はおやっと首をかしげた。
そうして、俺はあらためて作業現場に視線を向けた。イヌミミ族と人間が分担して作業をしているんだけど……なんとなく、ピリピリしているように見える。
ここは大丈夫だって聞いてたんだけど……多少の影響はあるんだろうか?
「なにかあったのか?」
「い、いえ、別に問題とかは起きてないですよ。それは本当です」
「……それは?」
「な、ななな、なんでもありません」
「なんでもないように見えないんだけど……」
なんと言うか……見ていて不安になることはない。むしろ、慌てふためく制服リアナが可愛いくて仕方がない。なんて思っていたら、作業していたイヌミミ族の少年が近づいてきた。
「あんたがリオンだよな、ちょっと良いか?」
イヌミミ族の少年がぶっきらぼうに言い放つ。その直後、作業をしていた人間やイヌミミ族の気配が変わった。やはり、なにかあるのかもしれない。
それを聞こうと思ったんだけど――
「こらっ、リオン様にそんな口の利き方をしちゃダメでしょっ!」
リアナがイヌミミ族の少年を叱り飛ばし、俺はタイミングを逸した。
そして、叱られた少年はうめき声を上げ、シュンと項垂れてしまった。なんと言うか……ブリーダーとワンコって感じである。
ミミと尻尾は見事な毛並みだけど……普通は親しい人にしか触らせないらしいので、自重しておく。というか、俺はシロちゃんをいつでもモフれるしな。
「えっと……リオン様? ちょっと、話をしても良いか、ですか?」
「取りあえず、今日に限っては普段どおりのしゃべり方で良いぞ」
「リオン様……」
リアナが教育的に良くないという顔をする。それには同意するけど、今は下手な敬語の練習相手に付き合っている暇はない。
付き合いの長いリアナなら、そんな俺の内心も察してくれるはずなんだけど……何故か「うーうーうー」と唸り始めた。意味が分からない。
「リアナ、さっきからどうかしたのか?」
「それは、えっと、その、実は……なんでもないです」
視線を思いっきり彷徨わせた後、少し困った顔をする。憂い顔なリアナに『実は……なんでもないです』とか言われて、あぁそうなんだと納得するはずがない。
詳しく聞こうとしたのだけど、そこへイヌミミ族の少年が割り込んできた。
「リオン、普通にしゃべっても良いんだよな?」
「お? おお、かまわないぞ? それに、言いたいことがあるのなら、ちゃんと言ってくれ。礼儀作法なんかより、イヌミミ族の生の声を聞く方が重要だからな」
ここしばらくは、人間の不満を取り除くことを中心に奔走していた。だけどイヌミミ族だって、人間に放逐されたり迫害されたりした被害者なのだ。
人間の意見と食い違うかもしれないけど、イヌミミ族の忌憚のない意見を聞くのも重要だからと、リアナの心配は後回しにして、イヌミミ族の少年に続きを促す。
「だったら……だったら言わせてもらう」
イヌミミ族の少年は言葉を切り、覇気のある表情を浮かべてビシッと俺を指さした。
「俺の方が、お前なんかより絶対に強いんだぞっ!」
「……はい?」
意味が分からない――と言う余裕はなかった。近くで話を聞いていたイヌミミ族の男連中が一斉に詰め寄ってきて、「俺の方が強い!」「いや、俺だ!」と争い始めたからだ。
本気で意味が分からない。
しかも、途中から俺を置いてきぼりで、誰が一番強いとかの話になってしまったし。一体なにがどうなってるんだと首をかしげると、頭を抱えているリアナが視界に映った。
「……リアナ?」
「いえ、あの、違うんです!」
「俺はまだなにも言ってない訳だが?」
「はうぅぅ……」
……リアナが自滅とか、なにがあったんだろうかと心配になるレベルなんだけど。本当になにがどうなってるのか、説明してもらわないことには話が進みそうにない。
俺は言い争っているイヌミミ族は後回しにして、リアナの顔をじっと見た。
「リアナ、説明してくれ」
「えっと、その……お、怒りませんか?」
「怒られるようなことをしたのか?」
「そ、それはその、そんなこともあるような、ないような」
どっちだよと突っ込みたい衝動に駆られたけど……たぶんそれをしたらリアナが萎縮しそうだったので自重。代わりに、リアナの顔を覗き込んだ。
「……リアナ。良く聞いてくれ。たとえこの状況を引き起こした原因がリアナだったとしても、俺がリアナを許さないなんてことは絶対にない。だから、なにがあったか話してくれ」
「リオン様。分かりました……」
リアナは少し視線を彷徨わせた後、俺の視線をまっすぐに受け止めた。
「実は……私、ここにいるイヌミミ族のみなさんに告白されてしまって」
「……告白?」
「はい、告白です」
「……みなさんに?」
「は、はい。みなさんです。その……十人くらい」
「十人くらい……」
さすがリアナというか、なんと言うか。十人くらいって言うけど、この場にいるイヌミミ族の男性は十人くらい。つまりは、ここにいるほぼ全員に告白されたと言うことなんだろう。
いや、リアナがモテるのは今に始まったことじゃない。可愛くて頼りになるお姉ちゃん的な存在として、学園でも告白されまくっていた。
イヌミミ族に告白されるのは予想の範囲内だ。予想の範囲内、なんだけど……
「リアナは断ったんだよな?」
どうしても気になったので聞いてしまう。
いつもなら、『リオン様、気になるんですか?』くらい返してきそうなのに、リアナは困った顔で「そうなんですけど……」と再び視線を彷徨わせた。
「実は、その……私は、えっと……リオン様を好き、だから……って」
恥ずかしそうに目を伏せるのは、制服姿のリアナ。なんと言うか、破壊力がありすぎである。そりゃ、周囲の男達が全員陥落させられるはずだ。
そして、何故こんなことになってるのかもようやく分かった。
イヌミミ族の男性は強いほどモテる。だからイヌミミ族の彼らは、自分が俺より強いと証明すれば、リアナに振り向いてもらえると思ったのだろう。だけど……
「人間の女の子は、強さだけに惹かれるわけじゃないって否定しなかったのか?」
「えっと……その、リオン様は優しいだけじゃなくて、強くて格好いいって……その……」
消え入りそうな声。なんと言うか、可愛すぎて最後まで言わせたいけど、可哀想なのでイジワルはしないでおく。
「リアナ、分かった。分かったから大丈夫だ」
安心させるように、ポンポンと肩を叩く。
「リオン様……その、怒ってないんですか?」
「当然。リアナが反省することなんて、なに一つないからな」
俺はリアナの気持ちに応えられないと言った。だけどそれでも、リアナは俺を好きでいると言って、俺はその気持ちを受け止めると答えた。
それに、これは良い機会だ。
だから――
「心配するな、リアナ」
俺はリアナの青みがかった髪を優しく撫でつけた。リアナが自分から俺のもとを去るというのなら止めることなんて出来ない。けど、そうじゃないのなら、リアナは誰にも渡さない。
俺はいまだに自分が一番強いと言い争っているイヌミミ族に呼びかける。
「おい、お前ら! リアナは俺のモノだ。文句があるのなら、全員纏めてかかってこい!」
――なぜか、近くにいた人間の作業員にまで襲われた。
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