エピソード 3ー3 手を取り合うために
イヌミミ族と人間のあいだに出来た溝。それを埋めるために俺達は行動を開始。ミューレの街に住む人間達に理解を求めるために、各所を練り歩いた。
最初に俺が向かったのは足湯メイドカフェである。
足湯メイドカフェには、アリスの教育を受けた美少女達が揃っている。イヌミミ族に口説かれる可能性が高いと考えたからだ。
だから決して、バイトをしているシロちゃんモフモフ! とか、そう言った理由ではない。
「……あれ、リオンお兄様、今日はどうかしたんですか? シロちゃんなら、安全のためにお休みさせてますよ? ……って、あれ? リオンお兄様?」
リズから衝撃の事実を聞かされた俺はあまりのショックにくずおれ、床に両手をついた。
「……ええっと、リオンお兄様? わたくしで良ければ、一緒に足湯につかりますわよ?」
「え、なにそれ。そんなこの店にはサービスがあるのか?」
「いえ、シスターズによる、リオンお兄様限定の隠しメニューです」
「なんとも怪しげなメニューだなぁ。……って、そうじゃなくて。今日はみんなに話があってきたんだ」
「話……ですか? では、足湯には浸かりませんの?」
「浸かりながら話をしよう」
――という訳で、俺とリズは奥のVIPルームへと移動した。
「昨日のことだけど、リズはなにか聞いてるか?」
「ええっと……はい。喧嘩があったって話は既に噂になってるみたいですね。ほかのメイドの子達もお客さんから聞いて、イヌミミ族が恐いって心配してました」
「……やっぱりか」
情報収集なら酒場というイメージがあるけど、ミューレの街に限っては足湯メイドカフェも同じ役割をしているのだろう。予想どおり噂が広がっている。
なので、かくかくしかじかと、イヌミミ族と人間の価値観の違いをリズに伝えた。
「……あぁ、そう言えば、昨日来てたイヌミミ族のお客さんが、やたらと力が強いことを自慢してましたわ。あれは、そういうことだったんですのね」
「む? それは、リズが口説かれてたってことか?」
「……そうなんですの? わたくしは特に興味がなかったから聞き流してましたわ」
「さすがリズ。どじっ娘なだけじゃなくて、鈍感だったか」
「リオンお兄様にだけは言われたくないですわよ!?」
リズがテーブルに身を乗り出して、むーっと唇をとがらせた。ちなみに、豊かな胸がテーブルの上に乗っている。なんか、最近また成長しているのではないだろうか。
それはともかく、リズは、俺がリズの気持ちに気づいてないと思っているみたいだけど、俺は気づいた上でスルーしているだけである。だから、やっぱり鈍感なのはリズだけだ。
「ともかく、戸惑う部分もあると思うけど、基本的に悪い種族じゃないんだ。だから、同じミューレの街の住人として、普通に接してやってくれないか?」
「……それは、心配しなくても大丈夫ですわ。ここに来るお客さんはみな紳士的ですし、わたくしも被害を受けた訳じゃありませんもの」
「そう、だよな……」
言われて気づく。リズはどじっ娘だ。それもぽやぽやっとした、押しに弱そうなどじっ娘である。そんなリズが、イヌミミ族に言い寄られてなにも起きなかった。
これは、ミューレの街の民を安心させる材料になるんじゃなかろうか?
「……なんだか、とても失礼なことを考えていませんか?」
「そんなことは考えてないぞ。ただ、リズがどじっ娘で良かったなって考えてただけだぞ」
「考えてないと言いつつ、思いっきり失礼ですわよねっ!?」
「いやいや、本当だって」
「……この人、やっぱり自覚がないですわ」
むーっと、俺を睨んでくる。そんなリズに、本当に失礼なことを言ってる訳じゃないんだぞと、優しく語りかける。
「聞いてくれ、リズ。街のみんなは、イヌミミ族が脅威かもしれないって思い始めてる。だけど、そこに、押しに弱そうなどじっ娘が、『イヌミミ族は恐くありませんでしたわよ?』とか言えば、みんな安心すると思わないか?」
「それは、まぁ……危なっかしい子でも大丈夫なら、大丈夫と思うかもしれませんが……と言うか、押しに弱そうなどじっ娘って、わたくしのことですの?」
ジト目で睨まれるけどスルー。
「だから、な。みんなの不安を取り除くために、どじっ娘のリズが必要なんだ!」
「どじっ娘の、わたくしが?」
「そう、どじっ娘のリズが!」
「――分かりましたわ、リオンお兄様。どじっ娘のわたくしが、みなの不安を取り除いて差し上げますわ――とか、乗せられませんからね?」
「ダメかぁ?」
「ダメですわ」
「ダメかぁ……」
勢いに任せれば乗せられると思ったんだけどなぁと、ため息を吐く。そんな俺に向かって、リズは「ですが……」と微笑んだ。
「リオンお兄様が、わたくしを頼ってくださるのなら、わたくしはそれに答えて見せますわ」
「……え?」
「わたくしが、イヌミミ族は恐くないと、みんなを説き伏せれば良いんですわよね?」
「えっと……そう、だけど」
「まずはメイド達を説き伏せ、常連のお客さん達に噂を流すようにお願いします。だから、ね。リオンお兄様、わたくしにお任せください」
そう言って悠然と微笑む。リズが頼もしく見えて、俺は少しだけ動揺した。
「……あれ、おかしいな。リズが頼もしく感じる」
「それ、わざわざ口にする必要ないですわよね!?」
「いやなんか、口にしないと不安で」
「もぅ……リオンお兄様は、わたくしに手伝って欲しいんですの? 欲しくないんですの?」
「手伝って欲しいです」
「だったら、余計なことを言わないで、お願いって言えば良いんですわ」
「頼む、リズ。俺に協力してくれ」
「……リオンお兄様。――はい。お任せください、ですわっ!」
とびっきりの笑顔で答える。リズがいつもより可愛く見えたのは……なんだか悔しいので口にしないでおく。
足湯メイドカフェを皮切りに、俺はミューレの街の各所を周り、イヌミミ族は危険な種族ではないとみんなに訴えた。
その結果、みんなはひとまずは納得してくれた。
けど、グランシェス家当主で、ミューレの街を統治している俺に対して、面と向かって反論するような者はいない。だから、内心で不満を抱えているものは多いだろう。
それでも、俺は地道に訴えるしかないと、イヌミミ族が関わる場所を中心に練り歩いた。
そうして一週間ほど経ったある日。俺が向かったのは、ミューレの街からリゼルヘイム王都へと続く街道。カリーナ達がレールを設置している現場だ。
「リオン様じゃないか、今日はどうしたんだい?」
「イヌミミ族が上手くやってるか気になってな。様子を見に来たんだ」
「そうなのかい? 心配しなくても、イヌミミ族はよく働いてくれてるよ。力も強いし、レールの設置もはかどってるね」
「ふむふむ。それじゃ……ここでは問題は起きてないか?」
「……問題? なにかあったのかい?」
レールの作業現場はミューレの街から離れている。カリーナ達は近くの村で宿を取ったりしているはずなので、ミューレの街での出来事は知らないのだろう。
なので、かくかくしかじかと、イヌミミ族と人間の価値観の違いについて話した。
「あぁ……そう言えば、あたいも口説かれたね」
「む、それで、大丈夫だったのか?」
「ああ。なんか腕力がどうとか言ってたけどね。あたいを惚れさせたきゃ、腕力じゃなくて作業であたいをうならせてみなって、言ったのさ」
「それで……イヌミミ族は納得したの?」
「結果は見ての通りだね」
カリーナの視線をたどると、なにやら鬼気迫る勢いでレールの設置作業を続けている。もしかして……カリーナを振り向かせるために頑張ってる感じなんだろうか?
ちなみに、鬼気迫る感じなのはイヌミミ族だけじゃなく、人間も同じっぽい。なんかイヌミミ族に負けてたまるかとか叫びながらレールを設置している。
と言うか、その集団の中に、カリーナの妹分だとか言ってた女の子が混じってる……と言うか、一番鬼気迫ってる気がするんだけど。
「……なんだい、その顔は。たしかに人間とイヌミミ族が喧嘩をしてるように見えるかもしれないけど、あれはライバル視してるだけだよ?」
「あぁいや、それは分かってるよ。ただ、カリーナの妹分がえらくやる気だなと。カリーナに気があったりするのか……?」
キマシタワー的な感じなのだろうかと問うと、呆れるような視線を返されてしまった。
「あの子はジェイに気があるんだよ」
「ジェイ……?」
たしか、俺が始めて作業現場に顔を出したときに突っかかってきた青年だったな――と、再び作業現場に視線を戻せば見覚えのある青年がいた。
なにやら、物凄い必死な感じでレールを設置している。
「……なるほど、三角関係か。大変だな」
「リオン様ほどじゃあ、ないけどね」
軽くからかうと、ブーメランになって返ってきた。
……やめよう、この手の話題は不利すぎる。
「――コホン。話を戻すけど、ここのイヌミミ族は人間と馴染んでるんだな?」
「ああ、それに関してはあたいが保証するよ」
「そっか、それなら安心だ」
ミューレの街と離れているので、こっちはこっちで別のトラブルが――なんて可能性を心配してたんだけど、大丈夫だったな。
カリーナの恋愛に対する価値観は、一般的な人間と比べて少し変わっている。作業で結果を出せというのは、イヌミミ族にとっても受け入れやすかったのだろう。
「ところで、一つ頼まれてくれないか?」
「あたい達になにをさせようって言うんだい? レールを敷いたり、物を作ったりするのは得意だけど、それ以外のことは期待されても困るよ?」
「難しいことを頼むつもりはないよ。俺と話したようなことを、宿泊してる村や、旅人とかで広めて欲しいんだ」
「ああ……なるほど、そういうことかい」
「引き受けてくれるか?」
「まぁ、それくらいで良ければ、あたい達に任せな」
「ありがとう、恩に着るよ」
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