エピローグ 可愛いは正義

 三人と衝撃的な婚約を結んでから一ヶ月と少し。リゼルヘイム王都では、大晦日から新年を祝うお祭りが開催されていた。

 国全体が年々豊かになっているからだろう。お祭りの規模も以前とは比べものにならないほどに大きくなっている。その中でもひときわ注目を浴びているのが目の前の光景。

 夜の帳の中でひときわ輝く特設会場。そこでおこなわれているのは、国中から集められた著名な吟遊詩人や歌姫によるコンサートである。

 俺はそれを――何故か王族専用のVIP席で観賞させられていた。一般席に向かっていたところをノエル姫殿下に捕まり連行されてしまった。

 断ろうとしたんだけど、権力を笠に迫られ断れなかったのだ。


「ふふん、足湯に浸かりながら眺めるコンサートは最高でしょ?」

「足湯、良いですよねっ!」

 ……………………いや、違うんだ。足湯にほいほい釣られた訳ではない。

 温泉が欲しいとノエル姫殿下に相談されたのだが、あいにくとリゼルヘイム王都周辺は平原で、温泉を掘り当てるのは不可能に近い。なので、なにか特別なときだけという約束で、ミューレの街の温泉を馬車で輸送することになったのだ。

 つまりなにが言いたいかというと、姫殿下の誘いを受けたのは、ミューレの街から献上した温泉の品質をたしかめるため。決して自分が足湯に浸かりたかったからではない。

 ……まあそんな言い訳はともかく、


「ノエル姫殿下はどうして私を誘ったんですか?」

「口調が堅苦しいわね。もう少し砕けた口調で構わないわよ」

「いや、そう言われましても」

「あたしが、許すと言っているのよ?」

 ……あれだ。俺も普段、似たようなノリで砕けたしゃべり方で良いとか言ってるけど、自分が相手の立場になると、すっごい反応に困るな。

 でもまぁ……ノエル姫殿下は侍女に扮してたくらいだ。少しだけ砕けた口調くらいなら構わないだろ。そう思って話し方を変えることにする。


「そうですね……ノエル姫殿下は、どうして俺を誘ったんですか?」

「貴方に謝りたかったからよ」

「……謝りたかった?」

「ええ。本当はすぐにでも謝るべきだったのだけどね。婚約の儀が終わった後、貴方たちはさっさと帰ってしまったでしょ? だから、謝る機会がなかったの」

「……謝るって、なにについてですか?」

「そんなの、貴方に話を通さず、勝手にお見合を仕組んだことに決まってるでしょ? 不快な思いをさせてごめんなさい。心からお詫びを申し上げるわ」

 そう言って頭を下げる。そんな姫殿下の姿に軽い驚きを覚えた。王族がそんな風に軽々しく頭を下げるなんて想像もしていなかったからだ。

 ……ちなみに、普段からドジを踏んで謝り倒している姫様もいるらしいが、アレは例外だ。


「頭を上げて下さい。他の誰かにみられたら問題になります」

「……そうね、ごめんなさい。……謝罪すら自由に出来ないなんて、王族というのは不自由な生き物ね」

「……いや、身分を偽って好き勝手してる人のセリフじゃないでしょ」

「それはそれ、これはこれよ。なんにしても、貴方に対する謝罪は本物よ。それだけは信じてくれると嬉しいわ」

「本気で謝罪されてるのは分かりますけど、別に怒ってないですよ?」

「……そうなの?」

「ええ」

 たしかに俺は騙された形だけど、ノエル姫殿下からクレアねぇにはちゃんと話が通っている。もし俺が怒るとしても、まずはクレアねぇに対してだろう。

 ――と、ノエル姫殿下は予測したのだろう。


「待って。もしクレアお姉様を恨んでいるのなら筋違いよ。前回の一件は、あたしの都合で、クレアお姉様に協力をお願いしたんだから」

「それでも、受けたのはクレアねぇの意思でしょ」

「それは、そうだけど……」

 ノエル姫殿下は責任を感じているのだろう。その表情は暗い。だから俺はそんなノエル姫殿下に向かって「だけど――」と続けて見せた。


「たしかに怒るのならクレアねぇ達だとは思ってますけど、そもそも俺は怒ってませんよ」

「そう、なの?」

「ええ。クレアねぇ達にもさんざん謝られましたけどね」

 特にアヤシ村の一件は偶然だったようで、追い打ちをかけるようなマネをしてごめんなさいと、クレアねぇには何度も何度も謝られた。


 でも、あれくらいの切っ掛けがなければ、俺はなんやかんやと尻込みしたかもしれない。

 それにクレアねぇに告白したとしても、周囲を納得させる舞台はどのみち必要だった。そう言った意味で、クレアねぇの用意してくれた舞台は全ての条件を満たしていた。

 ようするに、俺があの三人と円満に結ばれるには、必要な舞台だったと思っているのだ。

 だから実のところ、俺はあまり気にしていない。


 それに俺がもっとも恐れていたのは、クレアねぇが別の誰かとお見合いをすること。

 たとえ俺のためだったとしても、クレアねぇが自分の意思でほかの誰かとお見合いをするのが凄く嫌だった。だから、お見合い相手が俺だと分かって、怒るよりもほっとした。

 それになにより、あの三人が自重しないのは今に始まったことじゃない。その行動を受け止めてあげるのは俺の役目かな――なんて思うのだ。


「と言うか、普段はお姉ちゃんぶってるクレアねぇが、俺に告白してもらうために、あれこれ頑張ってたんですよ。ノエル姫殿下が俺の立場だったら、クレアねぇに怒りますか?」

「それは……」

 クレアねぇがそんな態度を取るのは俺に対してだけ。よく言えば、クレアねぇは俺のことを信頼している。そして悪く言えば、クレアねぇは俺に甘えている。

 どっちにしたって可愛すぎだ。それで怒るとかありえない。

 だから、ノエル姫殿下が俺の立場なら怒るはずがない。むしろ――


「羨ましいだろ? でも残念だったな。クレアねぇは俺のだからあげないぞ」

 俺はにやりと笑う。俺に一杯食わせたノエル姫殿下に対するささやかな仕返しである。そして、それ以上の仕返しはしないという意味でもある。

 それが分かったのだろう。ノエル姫殿下は苦笑いを浮かべた。

「やっぱりあたしは貴方のことが嫌いよ。ほんと、羨ましいったらないわ」

 肯定も否定もしにくい言葉。最後までイジワルな返答をする辺り、ノエル姫殿下は本当に一筋縄では行かない気がする。まあ……言葉遊びだけどな。


「これ以上謝罪が必要ないって言うなら、無理には謝らないけど……説明もいらない?」

「ええ、クレアねぇから聞いてるので」

 ちなみに、クレアねぇから説明を受けた内容はこうだ。

 いきなり並外れた技術力を見せ始めたグランシェス家は当初、国王から警戒されていた。

 だが予想に反して、グランシェス家は技術を独占することもなく、王位継承権第一位であるアルベルト殿下の手を取った。

 それによって、うちに対する警戒は解かれた――はずだった。


 しかし、全国の街道整備を支援するなど、うちはさらなる影響力を持ち始めた。このままでは権力が偏り、アルベルト殿下とグランシェス家の決定に誰も逆らえなくなる。

 ――と、ノエル姫殿下の派閥が騒ぎ始めたのだ。


 実際のところ、二人はとても仲が良く、国王も彼らの意見を公平に取り入れているので杞憂でしかないのだけど……放っておけば暴走する者が出てくるかも知れない。

 そして実際に、レリック領で起きたような問題はいくつか発生していた。

 それを危惧したノエル姫殿下がアルベルト殿下に相談し――その結果が先日の婚約の儀。グランシェス家と結びつきの強いのはアルベルト殿下だけではないと知らしめた訳だ。


「ともかく俺としても望んだ結果ですし、納得もしています。問題ありませんよ」

「そう言ってくれるなら……借り一つにしておくわ」

 ――なんて話をしていると、特設会場から歓声が上がった。何事かとみれば、特設会場のステージに、アルベルト殿下が上がっている。

 ……姿が見えないと思ったら、ステージの方にいたのか。

「さて、皆の者。今年最後の――そして年明けを祝うメインイベントだ」

 アルベルト殿下の声が、会場全てに響き渡る。殿下の声量が大きい訳ではなく、リズの精霊魔術による効果である。

 ちなみにこの世界に詳細な時間を計る手段はない。

 なので当然ながら日付変更の時間も大雑把。年越しの時間にイベントを併せたのではなく、イベントが年越しの合図となる。


「それでは、紹介しよう。我が愛すべき妹――リーゼロッテがリーダーをつとめる」

「――お、お兄様。リーダーはわたくしではないですわよっ!?」

「なんだと!? 可憐なお前がリーダーではない、だと? では一体誰なのだ!?」

「ソフィアちゃんですわ」

「ソフィア……むぅ、あの娘か」

 なんか個人的なやりとりまで会場に響き渡ってるんだけど大丈夫なのかこれ。と言うか、アルベルト殿下、まだソフィアが苦手なんだな。

 いや、更に苦手になったと言うべきか。再戦を挑んで秒殺されたらしいからなぁ……十本くらい。あんな可憐な幼女に剣術でフルボッコとか、苦手意識を抱いてもしょうがないな。


「――こほん。ともかく、だ。年越しを知らせるメインイベントをおこなうのは、我が妹も参加する合唱団。その名もシスターズだ!」

 アルベルト殿下が高らかに宣言。音楽と共に会場に並ぶのはお揃いのドレスで着飾った八人の少女。それを見た観客から歓声が上がる。

 だが、俺はその光景を、うつろな目で眺めていた。


 シスターズがコンサートを開催することを知らなかった訳ではない。ちゃんとリズから申請を受けて、俺が直々に受理している。

 それなのに、どうして呆然としているのか? その理由は会場に並ぶ八人の少女にあった。

 アリス、ソフィア、クレアねぇ。

 そしてリズ、ティナ、リアナ、エイミー。

 俺の記憶にあるシスターズは今上げた七人。しかし会場に並ぶのは八人。


 ――一人、増えている。


 青みがかった髪の幼女がシスターズの大胆な衣装を身に纏い、堂々と手を振っている。

 だ、誰だあれ。

 なんかマヤちゃんっぽいけど……あの子ってたしか引っ込み思案だったよな? そうなると、双子の片割れ、とか?

 いや、そんな話を聞いたことはない。そもそもクレインさんの話からしても、俺のもとに来るとしたらマヤちゃんだろう。

 ……もしかして、コスプレをしたら性格が変わるとか、そういう属性の子なのか?


「ねぇリオン、一つ聞きたいことがあるんだけど良いかしら?」

「な、なんですか?」

「シスターズは全員、貴方のハーレム要員だって聞いたけど……事実なの?」

「――ぶっ!?」

 思いっ切り吹いた。ノエル姫殿下の名の下に婚約をした直後とか、女性に対して不義理な行動うんぬん以前に、あのメンバーの中にリズがいるからだ。

 もしかしてアルベルト殿下のときの二の舞!? なんて焦ったんだけど、そんな俺の心境を察したのか、ノエル姫殿下は苦笑いを浮かべた。


「心配しなくても、文句がある訳じゃないわ。ただリズの姉として、あの子にも報われる可能性があるのか聞いてみたかっただけだから、ね」

「それは……」

 なんというか、まだ責められた方が楽だった。むちゃくちゃ答えにくい。

「もしかして……そのつもりはないのかしら?」

「俺は……その」

「ふふっ、そう。分かったわ」

 俺はまだなにも答えていないのに、ノエル姫殿下はクスクスと笑った。

「……あの? 分かったって、どういう意味ですか?」

「そのつもりはない――と、即答出来ない程度には迷いがある。そう言うことでしょう?」

「――むぐっ」

 見抜かれているなぁ。


「可能性がゼロじゃないなら良いわ。後はあの子の頑張り次第だもの。それ以上のお節介をするほど、あたしは野暮じゃないから」

「そう、ですか……」

「それよりあたしとしては、あの子達の衣装の方が気になるわね」

「……衣装がどうかしたんですか?」

「なんか、以前ミューレの街でコンサートを開いたときは、すっごい大胆な衣装だったんでしょ? だから楽しみにしてたんだけど……思ったより大人しいのね」

「あ、あぁ……そ、そうですね……」

 俺は明後日の方向を向く。

 彼女たちが身に纏うのは、フリフリのアイドル衣装。かなり可愛らしいデザインだが、スカートはロングだし、肌の露出も少ない――と、ノエル姫殿下には見えているのだろう。

 彼女たちの衣装に刻まれた紋様魔術を打ち消す服を着ている俺には、ミニスカでヘソ出しの衣装に見えている訳だが。

 ……これ、バレたら殺されるんじゃないだろうか?


「なんか顔が青いけど、どうかしたの?」

「な、なんでもないですよ! それより彼女たちのステージが始まりますよ!」

 言うが早いか、伴奏が流れ始めた。なんだかピアノのような音源まであって、明らかに前回よりもパワーアップしている。

 そんな伴奏に乗せて、リゼルヘイムの首都にシスターズの歌声が響き渡った。

 前回は完全にアニソンのような曲だったんだけど……今年は年越しのイベントを意識しているからなんだろうか? 穏やかで美しい旋律が流れている。

 俺はその音色に耳を傾けつつ、瞳を閉じてあれこれと思いをはせる。


 ――最初は、紗弥との約束を果たすために、幸せな人生を送るのが目的だった。

 そしてそのために、大切な人々が幸せである必要があると考え、皆の幸せを願い始めた。そして、その範囲は徐々に広がり、ついにはこの国全体の平和を願うようになった。

 そうして、ようやくここまで上り詰めた。

 まだ問題は残っているけど、それはきっとみんながいれば乗り越えられる。みんなと一緒なら、このまま平穏……とは違うかも知れないけど、幸せな人生を送れるだろう。

 俺の願いは、ようやく……




「――ご報告します」

 不意に、シスターズが紡ぐ旋律にノイズが走った。瞳を開いてノイズの主を探すと、ノエル姫殿下の側に、一人の騎士が跪いている。

「ちょっと、良いところなのよ。邪魔しないで」

「申し訳ありません。この案件は出来るだけ早くお耳に入れるべきだと判断しました」

「……言ってみなさい」

「リゼルヘイムからミューレの街へと続く街道を騒がしていた盗賊ですが、調査の結果、背後にいる者の正体が分かりました」

「背後にいる者ってどうせ、勝手に暴走したあたしの派閥の誰かなんでしょ? いまはそんな話を聞きたくないわ」

「いえ……背後にいるのはザッカニア帝国。グランシェス家の技術を狙うのは、海の向こうの大国にございます」

 ――どうやら、俺が穏やかで幸せな日々を送るのは、もう少し先になりそうだ。

 

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