エピソード 4ー8 祝福

「ふふっ、驚いてくれたようでなによりだわ」

 リゼルヘイム王城の敷地でおこなわれている、お見合パーティーの会場。ノエル・フォン・リゼルヘイムを名乗った女性――クラリィが悠然と微笑んでいる。

「……まさか、キミが――いや、貴方がノエル姫殿下なのですか?」

「ええ、その通りよ」

 マジか……。たしかに始めて会ったときも、アリスブランドの最高級品を着てるから、貴族かなにかだとは思ってたけど……まさか姫殿下本人がメイドのフリをしてるとは。

 ……って、あれ? クラリィが姫殿下? だとしたら、姫殿下は自分でクレアねぇをお見合の席に引きずり出しておきながら、俺を使ってそれを阻止したってこと?

 でも……今さっき、俺とクレアねぇの婚約がどうとか言ってたな。

 ――まさか。


「ようやく気付いたようね。今回のお見合パーティーは最初から、クレアお姉様とリオン、貴方を結びつけるために開催したものなのよ」

「マジですか……」

 たしかにそれなら、クレアねぇとノエル姫殿下の利害は一致する。

 だけど、ノエル姫殿下はアルベルト殿下の政敵だ。俺になんの相談もせず、アルベルト殿下を敵に回すようなマネ、クレアねぇがするとは思えなくて除外していたんだけど……

 俺の予想が外れていたと言うことなのか?


「くくっ、だから言っただろう。お前はもう少し勉強するべきだと」

 笑いながら姿を現したのはクレインさんだ。そして、俺はその言葉で察する。ノエル姫殿下がクラリィと名乗ってうちの屋敷に顔を出したことを、クレインさんは知っていたのだ。

 俺はクレアねぇから身を離し、クレインさんへと向き直る。


「まったく、知ってたのなら教えて下さいよ」

「馬鹿を言うな。お前に味方をして、クレア嬢達を敵に回すなど、そんな恐ろしいマネが出来るモノかっ」

 ……わりと真剣な口調で詰め寄られてしまった。

「グランシェス家の当主は俺なんですけど?」

「ならお前は、周囲にいる娘達を敵に回せるのか?」

「すみません、俺が間違っていました」

 即答である。クレアねぇや他のみんなを敵に回すとか無理すぎだ。

 今回の件で、それを心から理解した。


「ふっ、さすがのお前も、我が妹にはしてやられたようだな」

 続いて姿を現したのはアルベルト殿下だった。彼の姿を見て、俺は少し焦る。だって今回の一件は間違いなく、アルベルト殿下の不興を買ったはずだ。

 クレアねぇがどういうつもりかは知らないけど、俺はまんまと思惑に乗ってしまった。

 そんな失態を犯した俺に対して怒りを抱いている――と思ったのだけど、アルベルト殿下は不機嫌そうに見えない。

 それどころか――

「ありがとう、これも兄様のおかげよ」

「ふっ、気にするな。我が妹よ」

 なんか、むっちゃ仲、良さそうです……


「……クレインさん、あれはどういうことなんですか?」

 俺は王族二人を横目に、クレインさんに尋ねる。

「うむ。仲良きことは美しきかな、だな」

「そうですけど、そうじゃなくてっ。あの二人、権力争いをしてたのでは?」

「なにを言っている。二人の仲は見ての通り良好だぞ。誰にそんな嘘を吹き込まれたのだ?」

 あんただよ、あんた! と言う苦情は寸前で飲み込んだ。

 証拠があるわけじゃないし、仮に証拠を突きつけたとしても、勘違いだったようだとか言われて終わりに決まってるからだ。

 だけど、クレインさんはそんな俺の内心に気付いているのだろう。ネタばらしをする子供のように笑みを浮かべた。


「リオン。俺はあのときこう言ったはずだ。二人の仲が良いとは言えない――と。本当は教えてやりたかったのだが、口止めされていてな」

「口止めどころか、逆のことを言ってるじゃないですか?」

「いやいや、それは誤解だ。俺とお前の仲だからな。せめて口止めされていることを教えてやろうと思い、『仲が良いと、俺には言うことが出来ない』と伝えたのだよ。くくくっ」

 そ、そうだったのか――とか言うか、こんちくしょう。ぜえええええったい、俺が誤解するのを期待しての言い回しだろ。まったく、覚えとけよ。


「それよりリオン、婚約の儀はまだ終わっていないぞ?」

「……はい?」

 乗せられたとは言え、クレアねぇに伝えた言葉は本物だ。そしてそれをノエル姫殿下が祝福した以上、婚約は成立している。もうやることは残っていないはずだ。

 そう思っていたら、俺の前にソフィアが進み出てきた。

 パーティー仕様のゴシックドレスに、俺が贈った髪飾りをワンポイントとしている。精巧なビスクドールのような彼女が、俺を前に恥ずかしそうに頬を赤らめている。


「……まさか?」

「そのまさかだよ、リオンお兄ちゃん。ソフィアも、リオンお兄ちゃんが好き。だから、ソフィアをリオンお兄ちゃんの婚約者にしてください」

「それ、は……」

 もちろん、嫌なはずない。嫌なはずはないけど、クレアねぇと婚約したこの席で、他の女の子とも婚約する。そんなことが許されるのかと周囲を見回した。

 けど、周囲の人間が浮かべるのは笑顔。少しばかり嫉妬っぽい視線や、若干ニヤついている視線も感じるけれど、おおむね好意的な雰囲気だ。

 まさか……ここまで全て計画通り、なのか?

 そんな疑問を抱きつつ、クレアねぇへと視線を移す。今日の主役であるはずの彼女は、一歩引いた場所で俺達を見守っている。

 どうやら、それが答えのようだ。


 ……まいったなぁ。ホントに自重しない女の子ばっかりだ。

 でも……そうだな。今まで散々ヤキモキさせてきたんだ。ちゃんと想いに答えよう。今まで流されてきた分、男らしく振る舞おう。

 だから――と、俺は覚悟を決めて、ソフィアの両肩を掴んだ。

「俺もソフィアが好きだよ。少し甘えたがりで可愛くて、でも強くて優しい。そんなソフィアが大好きだ。だから、俺と婚約してくれ」

「……うん。リオンお兄ちゃん」

 最高に幸せそうな微笑みを一つ。ソフィアはつま先立ちになって瞳を閉じる。俺はそんなソフィアの願いに答えるように――唇を重ねた。


「クレイン・グランプ侯爵の名に懸けて、リオン・グランシェス、並びにソフィア・グランシェスの婚約がここに成立したことを認める」

 今度はクレインさんが高らかに宣言し、周囲から拍手が鳴り響く。

 それから一呼吸置き、ソフィアが一歩、二歩と後ろに下がった。そしてクレアねぇとは対象に退き、俺の正面を空ける。

 つまりは――そう言うことなのだろう。


 俺の正面に進み出てきたのは、若葉色の幻想的なドレスを纏う少女。片方だけ丈の長さが違うスカートから、ストッキングを吊り上げるガーダーベルトが見え隠れしている。

 リオンは絶対領域が好きでしょう? と言わんばかりの大人びたファッションである。


「……あの娘は? エルフのように見えるが、何者なのだ?」

「アリスブランドの創設者らしいぞ」

「ほう、あのアリスブランドの。しかし……平民。それも異種族か。身分を考えると、いささか他の二人よりも劣るのではないか?」


 どこからともなくそんなやりとりが聞こえる。

 イラッと、自分の中で怒りがわき上がるのを自覚する。だけど俺は、それを爆発させることはなかった。アリスが満面の笑みを浮かべていることに気付いたからだ。

「――リオン。私は貴方が好き。子供の頃からずっと愛してた。そしてこれからも。永遠にも等しい一生を、貴方とグランシェス家に捧げるよ」

 アリスは澄んだ声で宣言。偽装の紋様魔術が刻まれたシルバーの髪飾りを取り払った。すぐに右の瞳が金色に染まっていく。

 それは即ち――


「……ハイエルフ。あの瞳は、ハイエルフではないか?」

「ハイエルフだと? 遥かいにしえより生きると言われる伝説の種族か!?」

「そうだっ。ハイエルフと契約せし者は領地を繁栄させ、姉妹ハーレムを作り上げると語り継がれる、あのハイエルフだ!」

 そんな伝説は聞いたことないぞ!?

 ……って言うか、さっきから説明口調で変なこと言ってるのは誰だよ? そう思って横目で見ると、クレインさんとフルフラット侯爵だった。

 ……あ~、あれか? さっきの身分がどうとか言うところから全部、仕込みか? なんて思っていると、アリスが俺に抱きついてきた。


「アリス?」

「……ごめんね。でも、みんな思ってたはずだから」

「それは……」

 そうかもしれない。

 いや、間違いなく、平民、しかも異種族と、差別する考えを持つ者はいただろう。

 ソフィアは……スフィール家のしでかしたことを知る者がいない以上、俺との婚約に異を唱えるものはいないはずだ。

 だけど、クレアねぇは俺の実の姉。俺の周りがあれだから忘れがちだけど、この国は決して近親婚を推奨している訳ではない。ただ、禁止していないだけ。

 王族が祝福したという事実でもなければ、陰口をたたく連中は必ず現れただろう。

 互いが好きなら、身分や近親であることなんて関係ない。誰もがそんな風に思ってくれる訳じゃない。それを理解しているからこそ、俺も表舞台に立つ覚悟を決めた訳だしな。

 その愁いをこの場で断ってくれた。そんなみんなの行動に感謝こそすれ、怒る理由なんて存在しない。俺はありがとうと、アリスを抱き返した。


「俺も、アリスが好きだよ。いつからかは……分からないけど、気付いたら好きになってた。これからもずっと、俺の側にいてくれ」

「うん。もちろんだよ、リオン」

 アリスの両腕が俺の首に回され、そっと引き寄せられる。俺は自らも顔を寄せ、アリスと口づけをかわした。


「アルベルト・フォン・リゼルヘイムの名に懸けて、リオン・グランシェス、並びにアリスティアの婚約がここに成立したことを認めよう!」

 アルベルト殿下が高らかに宣言し、喝采が三度鳴り響く。それから一呼吸を置いてアリスが俺から離れる――寸前、俺はアリスをもう一度抱きしめた。


「ひゃんっ。……リオン、どうかしたの?」

「もう少しこのままで」

「このままって……私は嬉しいけど、ダメだよ。私だけ特別扱いしたら、せっかく分散したパワーバランスが崩れちゃうよ?」

 あぁやっぱりそんな思惑があったんだなと納得する。

 アルベルト殿下の要請を受けて、一大事業を引き受けた。それで傾いていたバランスを、ノエル姫殿下やクレインさんを使って分散させる意味があったのだろう。

 それは、分かる。分かるんだけど……

「そういう意味じゃなくて……」

「……どうしたの?」

「いや、その……アリスを放したら、次の女の子が現れたりしない、か?」


 三人と婚約しておいて、今更だって言われるかも知れない。

 でも俺は見境なく手を出した訳じゃない。出会い方が違っていれば、三人のうち誰か一人と添い遂げていただろう。そう思えるほどに大切な女の子達だから重婚を決意した。

 だから、ほかの誰かと婚約するつもりはない。

 だけど――この状況でシスターズの誰かが現れたらさすがに断りづらい。そういう意味で警戒していると理解したのだろう。アリスはおもむろにプルプルと身を震わせ始めた。


「も、もうっ、なにを心配してるかと思ったら。ふふっ、大丈夫、だよ」

「ホントにホントか?」

 ティナやリアナはミューレの街にいるはずだけど、エイミーは王都にいるはずだし、リズに至っては王城のどこかにいるはずだ。

 しかも、宣言する方もフルフラット侯爵などが残ってるし……アリスが一歩下がり、代わりにリズが前に――なんて展開が否定出来ない。


「大丈夫だって。私達がリオンを騙したりすると思う?」

「……今回、思いっ切り騙されたわけだが?」

 嘘も嘘。リズ以外のすべてがクレアねぇに味方し、俺に嘘をついていた。それも王族まで巻き込んで、だ。さすがにアリスの言葉に説得力はない。

「もぅ、疑り深いなぁ。リオンの想いをねじ曲げるようなマネは絶対にしないよ。今回だって、結果的にはそうだったでしょ?」

「それはまぁ……な」

 騙されたのは事実だし、不安な気持ちにもなった。だけど結果を見れば、誰にも文句を言わせないかたちでの婚約。俺の望んだ幸せがそこにはあった。

 今回の一件も、俺がクレアねぇを信じていればなんの問題もなかったんだろう。


「……俺は空回りばっかりだな」

 ため息混じりに呟く。だけどアリスは少し意外そうな顔で俺を見た。

「そんな風に思ってたの? リオンは空回りなんてしてないよ」

「そうかなぁ?」

「そうだよ。今回のクレアの行動だって、リオンが迎えに来てくれるって信じたからこそ、なんだよ? そしてその信頼は、リオンが積み重ねてきた行動の結果でしょ?」

「そう、だと良いな」

 振り回されてるのはいつものことで、空回りも事実だと思う。

 だけど、アリスが、みんながそう思ってくれているのなら悪くない。そんな風に思った。


「それより、リオン。そろそろ離れないと、みんながどうしたのかと思って見てるよ?」

「っと、そうだな」

 俺は抱きしめていた腕の力を抜く。それから一呼吸ほど置いて、アリスが何処か名残惜しそうに俺の腕から抜け出した。

 その直後、アリスが正面を空け、そこからリズが――と言う展開には、幸いにもならなかった。リオンも心の底では、ハーレムを望んでるはずだよ! なんて言われる可能性も警戒してたんだけど……さすがに自重してくれたらしい。


 ――これは後から聞いた話だけど、今回の催しの目的は最初から俺と三姉妹の婚約発表であり、出席者はアルベルト殿下とノエル姫殿下を支持する有力貴族だったそうだ。

 そんな訳で、俺達はホールの正面に祭壇の上に案内された。そしてあらためて、皆からの祝いの言葉を頂く。

 こうして俺は、三人の少女と正式に婚約を果たした。

 祝福の鐘が鳴り、大きな天窓から無数の光が差し込む。見上げると、長らく隠れていた太陽が、雲の隙間から顔を出していた。

 天使の梯子と呼ばれる現象。

 どうやら秋の長雨は、ようやく終わりを迎えたようだ。

 

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