エピソード 4ー7 子供の頃の願い

 ダンスパーティーという名目のお見合会場。真っ赤な絨毯の敷かれたフロアに、百人にも及ぶんじゃないかという規模の人々がひしめいている。

「……お見合という割りには、出席者の年齢が高そうだな」

 クレインさんのような例もあるから判らなくはないんだけど……それにしては少々中年層の比率が高い気がする。

「今日のパーティーは特別だからね」

「……特別?」

「あ、ごめんなさい、言い間違ったわ。カップルの仲介をしている家の者達が多いせいよ」

「……仲人みたいな感じか」

 なんか気になる言い方だったけど、言ってることは理解できる。カップルの仲を取り持つことで、他家との繋がりを深めているという意味だろう。

 ノエル姫殿下もそれが目的って話だしな――っと、推察は後回しだな。まずはクレアねぇを探さないと……と、あれ、かな?


 会場の中央に、なにやら人だかりが出来ている。

 中心にいる人物の顔は見えないけど……と、近くまで歩み寄ると、見えた。人だかりの中心で、純白のドレスを身に纏ったクレアねぇが悠然と微笑んでいた。


「――すみません、少し通して下さい」

 俺は人混みを掻き分け、その中心へ。周囲からこぼれる苦情の声に謝罪しながら、クレアねぇの目の前に立った。

「……あら、弟くん、ずいぶんと早かったわね」

 クレアねぇはまるで予定調和であったかのように微笑む。それを聞いて、周囲の人間は俺が誰かを知ったのだろう。会話を遮るようなことはせず、話を見守るように一歩引いた。


「早かったわね――じゃないだろ。一体どういうつもりなんだ」

「あら、聞いてない? みんなには言っておいたはずなんだけど」

「お見合をするとは聞いたよ。だからこそ、どういうつもりだって聞いてるんだ」

「それも言ったはずよ。婚約をするって」

「――本気、なのか?」

「ええ、本気よ。あたしは今日、この場所で婚約を成立させるつもり」

 翡翠のように澄んだ瞳が、真っ直ぐに俺を射貫く。

 クレアねぇの言葉に、俺は動揺を抑えきれない。なんだかんだ言っても、クレアねぇは俺が止めに入るのを望んでるって思い込んでいたからだ。


「……どうしてだ?」

「え、理由? そうねぇ……弟くんが好きだから?」

「なんだよそれ、意味が判らない。俺が留守にしてるあいだになにがあったんだよ」

 ノエル姫殿下とのあいだになんらかの取引があったことは想像に難くない。そして、それが俺のためだってことも予想どおりだ。けど、それで誰かと婚約する意味が判らない。

 なのに――

「別に、特になにもないわよ」

 クレアねぇは平然と言い放つ……けど、それは嘘だ。

 もしなにもなければ、俺が留守にしているあいだに王都に行って、俺以外の誰かとお見合をするなんてありえない。そうせざるを得ないだけのなにかがあったはずだ。

 なのに、この状況になっても隠すのは……言えないほどの理由があるから、なのか?

 確証はない……けど、俺を好きだと言いながら、他の誰かと婚約すると言う。

 そんな理由は他に考えられない。


「……クレアねぇが俺のことを考えてくれてるのは分かった。けど、クレアねぇが自己犠牲で俺を護ったって、俺はちっとも嬉しくなんてない。だから俺は、そんな行動は許さない」

「許さなければ……どうするって言うの?」

「そんなの決まってるだろ。クレアねぇのお見合をぶっつぶす」

「無理よ、弟くんには出来ない」

「無理じゃない、俺は本気だ」

「そうみたいね。でも……無理よ。弟くんには絶対、あたしの婚約を阻止は出来ないわ」

 クレアねぇはキッパリと断言する。


 原因は分からないけど、クレアねぇは俺のために婚約をするといっている。それを理解した上でクレアねぇの好意を台無しにするなんて、俺には出来ないと思い込んでいるんだろう。

 だから、俺はそんな勘違いをただすために。クレアねぇは俺のモノだってこの国の連中に見せつけるために――覚悟を決める。


 ブレイク兄さんがアリスに不埒なマネをしようとしたとき、俺はアリスが既に自分のモノだと見せつけることで、ブレイク兄さんを撃退した。

 そして、それを知ったクレアねぇが、自分のお見合もそんな風に壊して欲しいと言った。


 あの頃は、そんなの出来るはずがないと答えた。気持ち的にも、権力的にも、あらゆる意味で不可能だったからだ。

 だけど――今は違う。いまの俺には、それを成し遂げるだけの権力がある。

 クレアねぇがそれを望んでいるかは分からないけど……そんなのは知ったことじゃない。だって、いまこの瞬間、俺自身が、そうしたいと思っているから。

 だから――と、俺はクレアねぇの腕を掴んで自らの腕の中に抱き寄せた。そうして、クレアねぇのまわりに集まっていた連中に視線を向ける。


「誰がクレアねぇのお見合い相手か知らないけどさ」

「お、弟くん、あたしは――ひゃっ!?」

 クレアねぇのセリフを遮り――俺は周囲に見せつけるように、その豊かな胸を鷲掴みにした。そうしてその柔らかな胸が形を変えるほどに揉みしだく。

「ひゃんっ、ちょっ、ちょっとっ、おおおっ弟くん!? なな、なにやって、んくっ。お、弟くん、いくらなんでもやり過ぎよっ、みんなが、見て――んんっ」


 なおも抗議の言葉を紡ごうとする。クレアねぇの艶やかな唇を、自らの唇でふさいだ。更には口内に舌を割り込ませて蹂躙していく。

 ほどなく、俺を押しのけようとしていたクレアねぇの体から力が抜け、逆に俺にしがみついてくる。そんなクレアねぇをしっかりと抱き返し、俺はゆっくりと唇を離した。

 そして――


「悪いな。見ての通り、クレアねぇは身も心も俺のモノなんだ」

 この場にいるすべての人間に対し、俺はクレアねぇが俺のモノだって見せつける。それに圧倒されたのか、周囲は無言。クレアねぇの甘い吐息だけが聞こえている。

 俺はもう一度クレアねぇに視線を戻した。


「はぁ……っ。もう、弟くんってば……容赦なさすぎ……よ。今のがあたしのファーストキスだって、分かってる、の?」

「もちろん、分かってるよ。だから、ちゃんと責任も取るつもりだ」

「……責任? どう、責任を取って……くれるのかしら?」

 ようやく自分を取り戻したのか、俺を試すように見上げ来る。そんなクレアねぇはいまだに腕の中で、俺ににしがみついたままな訳だけど……心地良いから黙っていよう。

「責任って言ったら、責任だよ。お見合を台無しにした責任も取るし、ファーストキスを奪った責任も取るよ」

「それはつまり……あたしと婚約してくれるって意味かしら?」

 かろうじて息を整えたクレアねぇが、期待するようなまなざしで俺を見上げる。俺はその思いに応えるように、しっかりと頷いた。


「もちろん。誰がなんと言っても、クレアねぇは俺のモノだ。他の誰にも渡さない。だって俺は、クレアねぇが好きだから。……だから、俺と婚約してくれ」

 断るなんて許さない――と、そんな口調で言い放つ。

 けど内心は、断られないか不安で一杯だった。だってクレアねぇがなにを考えているのか、いまだに分かっていない。もしかしたら、俺のために断ると言い出すかもしれない。

 そんな風に心配していたのだけど、


「……ええ、もちろんよ。凄く、凄く嬉しいわ」

 クレアねぇはそんな俺の不安を吹き飛ばすかのように微笑んだ。それは幸せそうな、見ているだけでこっちまで満たされるような微笑み。

 クレアねぇのエメラルドのような瞳から、ひとしずくの涙がこぼれ落ちる。


「おめでとう、クレア。良かったね!」

「クレアお姉ちゃん、おめでとう!」

 静まりかえっていたパーティー会場。アリスとソフィアの声が響く。そしてその直後、思いだしたように周囲から拍手が鳴り響き、お祝いの言葉が乱れ飛ぶ。


 ……ええっと。なんだこの反応。いきなり乱入して来て、クレアねぇを奪った人間に対して好意的すぎないか?

 そんな風に戸惑っていると、俺達を囲んでいた人だかりが真っ二つに割れていく。

 そうして出来た道から悠然と姿を現したのは、真っ赤なドレスを纏った金髪ツインテールの少女。ノエル姫殿下の筆頭侍女であるクラリーチェだった。

 ……って、どうしてクラリィがこのタイミングで出てきたんだ?

 クラリィは筆頭とは言えただの侍女。ホールで給仕をしているのなら分かるけど……今にして思えば、俺を迎えに来たときからずっと、真っ赤なドレスでめかし込んでるし。

「リオン、やってくれたわね」

 吊り上がった蒼い瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。その顔に張り付いているのは笑顔だが、なんというか……怖い。


「……なんでそんなに怒ってるんだ?」

「あら、怒ってなんていないわよ。やってくれたわねって感謝してるじゃない」

「……感謝のセリフだったのかよ」

 やりやがった的な意味だと思ったよ。

「ええ、もちろんよ。ただ少し、ほんの少しだけ、お姉様を奪われてイラッとしてるだけよ」

 ……うん、そうだと思った。だって、なんか呪い殺されそうな感じだし。


「それにしても……そんなことを言っても良いのか?」

 手放しではないと言え、ノエル姫殿下の計画をぶちこわしたことを歓迎している。主人の不興を買ってもおかしくないはずだけど……

「それなら心配ないわよ。全ては計画通りだから」

「……計画、通り?」

 なんとなく嫌な予感。そう言えばさっきから、周囲の反応がおかしい。乱入を果たした俺に対しても好意的だし、今も俺とクラリィの会話をみんなが見守っている。

 まさかと思った瞬間――いまだ俺にしがみついたままだったクレアねぇに唇を奪われた。


「ちょ、クレアねぇ――むぐっ!?」

 離れようとするが、さっきの仕返しとばかりにもう一度唇を奪われる。そして数十秒を経て、クレアねぇはようやく俺から唇を離した。

 そうして甘い吐息を一つ。俺を真っ直ぐに見上げた。


「弟くん。あたしと婚約してくれるって言ったわよね? 嘘じゃないわよね?」

「それは――もちろん、嘘じゃないよ」

 分からないことだらけだけど、クレアねぇへの想いは本物だ。だから――と、俺は咳払いを一つ。クレアねぇの澄んだ碧眼を覗き込んだ。

「俺はいままで、クレアねぇを家族として愛していると思ってた。だけど……」

 クレアねぇにたくさんお見合いの話が来ていると聞かされて嫌な気持ちになった。クレアねぇがお見合いを受けたと聞かされて、絶対に失いたくないと思った。

 そんな風に感情を揺さぶられて、俺は思い違いをしていることに気がついた。


「俺は一人の男として、クレアねぇを愛してる」

「……ありがとう弟くん。あたしも愛しているわ。――という訳ですわ、ノエル姫殿下。あたし達の婚約、祝福して頂けますか?」

「――ええ、もちろん。あたし、ノエル・フォン・リゼルヘイムの名に懸けて、リオン・グランシェス、並びにクレアリディル・グランシェスの婚約がここに成立したことを認めます」

 姫殿下を名乗った少女が、凛とした声で宣言する。直後、会場を喝采が埋め尽くした。

 だけど――


「……どう、して?」

 俺は信じられない思いで声の主を見つめる。

 俺達に祝福の言葉を告げたのは、真っ赤なドレスを身に纏う金髪ツインテールの少女。姫殿下に仕える筆頭侍女であるはずの――クラリーチェだった。

 

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