エピソード 4ー6 ターニングポイント

 パーティーが開催されるまでの数日。俺は外出を著しく制限され、貸し与えられた客間で悶々とした日々を過ごすことになった。

 俺がこっそりクレアねぇを探しに行くとでも思われたのだろう。

 ちなみに、みんなが事情を教えてくれないのも、悶々とした日々を過ごす理由の一つだったりする。この数日間でみんなから聞き出せたことは、クレアねぇは間違いなく正気で、今でもちゃんと俺のことを考えている――って話だけだからな。


 クレアねぇが相手じゃグランシェス家の権力は役に立たないし、アリスがいるので力業も無理。あげくはソフィアに心を読まれるので、裏を掻くことすら出来ない。

 味方だと頼もしいけど、敵に回したら本当に厄介だ。どうあがいても勝てる気がしない。

 でも……パトリックとかクレインさんとか、そんな集団に喧嘩を売ったんだよな。なんと言うか、それだけで尊敬してしまいそうだ。


 なにはともあれ、お見合いパーティーの当日。俺が部屋でそわそわしていると、真っ赤なドレスを身に纏うクラリィが訪ねてきた。

「迎えに来て上げたわよ」

「あぁ……うん、ありがとう」

「あら、今日は貴方の晴れ舞台なのに、なんだか元気がないわね」

「晴れ舞台って……」

「言ったでしょ、私はクレアお姉様の幸せを願っているって。だから、貴方には頑張ってもらわなきゃいけないのよ」

「それは分かってるけどなぁ」

 クレアねぇが助けを求めてるのなら、全力で手を差し伸べるだけだ。それこそお見合会場に乱入して、クレアねぇは俺のだって叫んだって良い。

 でも、クレアねぇの目的が見えてこない。なにをするのがクレアねぇのためになるのか、それが分からなくて非常に動きにくい。


「らしくないわね」

 煮え切らない俺の態度に業を煮やしたのか、クラリィが不満げに言い放った。

「……らしくないて、クラリィは俺のことを知らないだろ?」

「そうでもないわ。クレアお姉様からは毎日のように貴方のことを聞かされていたもの。優しくて頼りになる、可愛い弟くんだって」

「クレアねぇが、そんなことを?」

 意外……とまでは言わない。最近はクレアねぇの方がしっかりしていて、俺の方が頼る機会が増えた。そんな言葉を聞くのは……少し懐かしい。


「だけど、お姉様がお見合をするって言うのに、このていたらく。お姉様が自慢するから、どれだけ格好いい殿方かと思ってたけど……正直、期待はずれね」

「……言ってくれるなぁ」

 抗議の声を上げたものの、とても弱々しい口調になってしまった。俺自身、今の自分が情けないと理解しているからだ。


「だいたい貴方、クレアお姉様の思惑がとか色々考えてるみたいだけど、貴方自身の気持ちはどうなのよ? クレアお姉様が他の誰かとお見合して平気なわけ?」

「そんな訳ないだろ!」

「ふんっ、だったら、やることは決まってるんじゃない」

「それは……けど、クレアねぇの思惑を邪魔したら」

「それがおかしいって言ってるのよ。クレアお姉様に思惑があったとして、それを邪魔したらいけない?」

「良くはないだろう?」

「そうね。でも自分の思惑と違ったらしょうがないじゃない。それともなに? クレアお姉様は、貴方の思惑を邪魔しないようにすることだけを考えて生きていたの?」

「そんなことは……」

 ……ないな。クレアねぇはいつだって俺のことを考えてくれていたけど、俺の意に添うことだけをしてた訳じゃない。

 そもそも、だ。

 姉弟での恋愛なんてありえない。そう言い放った俺の意に反し、クレアねぇは俺に言い寄ってきた。そこからして、俺の意に添っていなかった。

 ……そう、か。クレアねぇを大切にすることと、クレアねぇの意思に添うように行動するのは別の問題なのかもしれない。


「ありがとう、クラリィ」

 俺は自分の頬を叩いて気合いを入れる。

「ようやく目が覚めたようね」

「ああ。おかげさまでな」

「ふふん。ならあたしに感謝するのね。そしてその感謝の印として、クレアお姉様の胸を弄ぶ権利をよこすと良いわ」

「……ぶれないなぁ。まあ……考えておくよ」

「――えっ!? 本当に?」

「取り敢えずは考えるだけな」

 ノエル姫殿下の筆頭侍女という立場を考えれば、俺に協力なんてしない方が良いに決まっている。それなのにこんな風に発破をかけてくれるのは、クレアねぇを思ってのことだろう。

 どの程度の危険を冒しているのかは知らないけど……クレアねぇが笑って許せる範囲であれば、許可しても良いかなと思ったのだ。

 もちろん、クレアねぇを無事に連れ戻すことが出来たら、だけどな。


「それじゃ、お見合会場に案内してくれるか?」

「ええもちろんよ――と言いたいところだけど、まずはこれに着替えなさい」

 手渡されたのはいわゆる礼服。しかもアリスブランドの最高級品だった。

「……なんでこんな服をクラリィが持ってるんだ?」

「用意したに決まってるでしょ。いくらアリスブランド製とは言え、平服でお見合パーティーには出席出来ないわよ?」

「いや、俺が聞きたいのはそういう意味じゃなくて……」

「つべこべ言わずにさっさと着替えなさい。じゃないと、お見合パーティーの開催に間に合わなくなるわよ? なんなら、着替えるのも手伝って上げようか?」

「いらんわっ。すぐ着替えるから、廊下で待っててくれ」

 俺はクラリィを部屋から追い出し、渡されたスーツに手早く着替える。驚いたことに、スーツのサイズは、俺のために用意したかのようにぴったりだった。



 礼服に着替えた俺は廊下へ。そこにはクラリィの他に、アリスとソフィアが揃っていた。

 アリスはシースルーの生地を使用した幻想的なドレスを身に纏い、ソフィアはベルベット生地を使用したゴシック調のドレスを纏っている。

 凄く似合っているけど、まるでパーティーに出席するかのような服装に、俺は少しだけいやな予感を覚える。


「……二人とも、その恰好はどうしたんだ?」

「ソフィア達もリオンお兄ちゃんと一緒にお見合パーティーに出席するんだよぉ」

「お見合パーティーに出席って……」

 まさか二人まで、クレアねぇみたいなことを言い出すんじゃないだろうなと焦る。だけどそんな俺の内心を察したのか、アリスが俺を安心させるように微笑んだ。

「大丈夫。他の誰かとお見合をする訳じゃないよ。そもそも、私達は身も心も貴方のモノなんだから、他の人とお見合いするはずがないでしょ?」

「お、おう……」

 誤解だと分かってほっと息を吐く。だけど、身も心も俺のモノって、なんか生々しい気がするのは……俺の気のせいなんだろうか?

「あ、ソフィアちゃんはまだ心だけだったね」

 気のせいじゃなかった。生々しいわっ。


「ええっと、クレアねぇを連れ戻す手伝いをしてくれるのか?」

「そっちはリオンの頑張り次第だと思うけど……邪魔をするつもりはないから安心して」

「それなら、まあ……良いか」

 なにか起こっても、二人なら安心――と言うか、二人が一緒にいた方が、なにか起こっても安心だ。でもそれは俺の都合なので、構わないかとクラリィを見る。

 クラリィは最初から了承していたのか、「もちろんよ」と即答してくれた。


「それじゃ、会場に案内するわ。ついてきなさい」

 言うが早いか、クラリィはスタスタと歩き始める。俺達はその後に続いた。

 そうして王城の一階へと移動し、一度建物の外へ。屋根のある渡り廊下を歩き、別の建物へと向かう。規模がまるで違うけど、目的地は敷地内にある離れのような建物らしい。


「……秋の長雨だね」

 廊下を歩いていると、隣を歩いていたアリスが声をかけてきた。アリスの言う通り、ここ数日はずっと降り続いている。今年は本当に雨が多い。

 屋根のある廊下とは言え、外と隔たる壁のようなモノはない。視線を向ければ、中庭に出来た水たまりに、無数の波紋が浮かんでいた。


「水不足も困るけど……雨が降りすぎるのも困るんだよな」

 治水工事を施しているとはいえ、完璧なわけじゃない。それに日照時間が減ると、農作物の育ちが悪くなる。あまり好ましい状況ではない。

 というか……ここ最近、問題が起きるときは必ず雨が降っている気がする。なんだか不吉を象徴しているかのようで嫌な感じだ。


「大丈夫だよ、止まない雨はないんだから」

 まるで俺の心を読んだかのように、アリスがぽつりと呟いた。

「それに、雨降って地かたまるとも言うでしょ?」

 ……どうやら、実際に俺の心を読んでいるらしい。ソフィアがなにかを伝えた素振りはないから、たぶん表情かなにかから予想したんだろう。

 アリスが凄い――と言うより、今回は俺が分かりやすすぎなんだろうなぁ。


 しかし……雨降って地かたまる、か。

 俺はクレアねぇに惹かれながらも、姉弟であることを理由に躊躇していた。

 だけど、クレアねぇがずっと側にいるとは限らないと気が付いて、クレアねぇを失いたくないと強く思うようになった。今の俺にはちょうど良い言葉かもしれない。

「リオンお兄ちゃん、その意気だよ。クレアお姉ちゃんにちゃんと捕まえられてね」

「それじゃ逆だろ。俺がクレアねぇを捕まえるんだ」

 色々と回り道をしたけど、もう迷わない。クレアねぇが俺の腹違いの姉だろうがなんだろうが、俺にとって側にいて欲しい女の子であることに変わりはない。

 この気持ちは同情なんかじゃない。俺がクレアねぇを好きだから、クレアねぇには恋人として俺の側にいて欲しい。そう心から願っている。

 だから――と俺は覚悟を決め、パーティー会場へと向かった。


 そうしてたどり着いた離れ――と言うには立派すぎる建物の入り口。クラリィが受付らしき人に話しかける。

 イザベラ王妃から受け取っていた招待状は俺が持っているんだけど、受付はクラリィを見るやいなや「どうぞお通りください」と恭しく頭を下げた。

 いくらノエル姫殿下の筆頭侍女とは言え、顔パスは凄すぎである。


「さて、リオン。貴方に一つ謝らなくてはいけないことがあるの」

 クルリと振り返ったクラリィが、少し申し訳なさげな顔で俺を見る。この状況でそんな態度を取られるとか、はっきり言って嫌な予感しかしない。

「……なんだ?」

「さっき、急がないとパーティーの開催に間に合わなくなると言ったけど……あれは嘘よ。実は、もう始まっているわ」

「……は?」

「実は、もう始まっているわ」

「いやいや、聞こえなかったんじゃなくて。もう始まってるって、どういうことだよ?」

「始まっているというのは、パーティーが既に始まっているという意味よ」

 混乱する俺をよそに、クラリィは分かりきっていることを繰り返す。どうやらまともに答えるつもりはないらしい。

 こうなったら問い詰めるより、会場に入った方が早い。それを理解した俺はクラリィとの会話を強引に打ち切って、パーティー会場への扉を開け放った。

 

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