エピソード 4ー5 入り交じる嘘と真実

 イザベラ王妃――ノエル姫殿下の母親であり、リズの育ての親でもある。協力者という意味では申し分ない。彼女を味方につけることが、ノエル姫殿下にも対抗できるだろう。

 という訳で、俺は協力を求めることにした。

「私が王都に来たのは他でもありません」

「――娘さんを下さいって、わたくしに挨拶をしに来たのよね?」

「ち が い ま す!」

 反射的にいつものノリでツッコミを入れる。

 やらかしたと思ったのは一瞬。俺が暴言を謝罪するより早く、イザベラ様は「それじゃまさか……目的はわたくし!?」とか、訳の分からないことを言いだした。


 この国の王妃で、年齢は三十半ばくらいだろうか? 黙っていれば品があって美しい女性だとは思うけど……色んな意味でありえない。

 ありえないから、リズも「お母様にはお父様がいるじゃないですか!?」とか、真面目に答えるのは止めような。と言うか、話がややこしくなるから少し黙ってような。

 取り敢えず……イザベラ様のぼけはスルーして話を進めよう。


「イザベラ様、聞いてください。私が王都に来たのは――」

「知っていますよ。クレアリディルを連れ戻しに来たのでしょう?」

「……………は?」

 想像もしていなかった言葉に惚ける。

 なんで王妃が、クレアねぇの状況を知ってるんだ? いやそれ以前、知らないからリズの話を誤解したんじゃなかったのか?

「貴方の考えていることはなんとなく分かります。リズにお見合パーティーへの出席許可を与えなかったのは、貴方に会いたかったからです」

「私に、ですか?」

 問い返すと、イザベラ様は豊かな金髪を指で掻き上げ「貴方に、です」と繰り返した。


「リズの母親のことを聞いていますか?」

「リズが幼いときに亡くなっていると聞きました」

「そのリズの母親は、わたくしの妹なのよ」

「そう、だったんですか」

 なるほど。この国の王は姉妹に手を出したと、そういうことか。ちょっとは自重しようぜとか言いたいけど、お前が言うなとか言われそうだから黙っていよう。


「妹はぽわぽわっとして手間のかかる子だったけど、わたくしにとってはとても可愛い妹だったわ。だから、リズはわたくしにとって、実の娘も同然というわけね」

「……つまり、リズの義兄となった相手の人柄を見るために、こちらから会いに来るように仕向けたと、そう言うことですか?」

 王妃様に呼び出されて無視するとかありえないけど……リズがお見合パーティーに出席する許可をもらっていたら、俺はそっちを優先していた可能性は否定出来ない。

 俺を呼ぶための交渉材料だったという訳だろう。そしてそんな俺の予想どおりに、イザベラ様はその通りだと頷いた。

 ただし――


「レール設置を止めた件だけでも十分だとは思ったのだけどね」

 続けられた意味が理解出来ない。だけどイザベラ様は混乱する俺には気付かずに続ける。

「貴方がクレアリディルの件を優先して、わたくしに会いに来ない可能性もあったから、念には念をと小細工をさせてもらったのよ」

「ちょ、ちょっと待って下さい」

 状況が飲み込めない俺は慌ててイザベラ様の言葉を遮った。それから慌てて、その言葉の意味を考える。そうして導き出された答えは――


「レールの設置を反対していたのは、イザベラ様と言うことですか?」

「そうですが……何故そのようなことを聞くのですか?」

「いえ、まさかイザベラ様がかかわっているとは思わなかったもので」

 正直に応えると、イザベラ様は不思議そうに首をかしげた。

「なにを言っているのです? 書類にもちゃんと、許可が欲しければわたくしの元に、貴方が直々に挨拶に来るようにと書いてあったはずですが?」

「………………」

 もちろん、そんなことは初耳だ。と言うかあの時、ティナは間違いなく、誰が止めているのかは分からないと言っていた。

 だけど、イザベラ様の言葉が事実なら――と言うか、そんな嘘を吐く理由はないので事実だろう。だとすれば、ティナが嘘を吐いたことになる。

 ……いや、すべてが嘘という訳ではないな。あのときのティナはちゃんと、お見合いとは関係のない話だと言っていた。明らかに怪しい態度こそが演技だったのだろう。

 ……本当に徹底している。


「リオンさん? 急に黙り込んでどうしたのですか?」

「あぁいえ、申し訳ありません。どうやら身内に一杯食わされたようです」

「身内に? それは感心しませんね。身内の心はちゃんと掴んでおくものですよ?」

「……お恥ずかしい限りです」

 ホントに恥ずかしい――というか、自分が情けない。今回の件を引き起こしたのは間違いなく、クレアねぇを何年も待たせたのが原因だからな。


「ともあれ、わたくしの目的は果たせました。レール設置については、わたくしが許可しておきましょう。後ほど正式な許可証をお送りいたしますわ」

「ありがとうございます。それと、すみません。協力して頂きたいことがあるのですが……」

「クレアリディルの件ですね?」

「はい。姉に会いたいと思っているのですが。どうも面会をさせて頂けないようで。イザベラ様の名前で許可を頂けないでしょうか?」

 第一王女であるノエル姫殿下の命令とは言え、王妃であるイザベラ様の許可があれば、クレアねぇとの面会は可能となるはずだ。そういう思惑で頼んだのだけど――

「申し訳ないけど、そのお願いは聞けませんわ」

 あっさりと協力を断られてしまった。


「それは、その……ノエル姫殿下にそのように頼まれているから、と言うことですか?」

「いいえ、わたくしにお願いしてきたのは、クレアリディルよ」

「クレアねぇ――姉が私と会いたくないと言ったのですか?」

「ええ、その通りね」

「なら……そこを曲げて頂けませんか?」

「それは無理な相談ね」

「グランシェス家当主としてのお願いだと言ってもですか?」

「貴方には申し訳ないけど、わたくしはクレアリディルに協力するつもりです」

「……その理由をお聞かせ頂いてもよろしいですか?」

「わたくしがクレアリディルに協力する理由はただ一つ。それは……」

 イザベラ様は一度言葉を切った。決して揺るがぬ強い意志を秘めた翡翠の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめる。俺はその雰囲気に気圧され、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「アリスブランドの新作が欲しいからです」


「……は? そ、そんな理由ですか?」

「そんな理由とはなんですか! アリスブランドの新作。それを着ているだけで、社交界で誰よりも輝けるのですよ!?」

 あぁ……うん。そうだよね。今のグランシェス家の持つカードを駆使すれば、王族にすら対抗できると言ったのは俺だ。俺なんだけど……まさかクレアねぇがそれを使って、俺に対抗してくるとは夢にも思ってなかった。


「イザベラ様。一応言っておくと……グランシェス家の当主は私で、アリスブランドの創設者であるアリスは、私の恋人なんですが?」

「もちろん知っていますわ。ですが、クレアリディルはこう言ってましたわ。『今回の件、アリスはあたしの味方ですから』と」

「うぐ……」

「そういう訳ですから、わたくしは彼女に逆らえません」

 王族を手駒のように使ってくるとか、なんという理不尽。クレアねぇ、敵にまわすと厄介すぎるぞ。対抗手段がまるで思いつかない。

 とは言え、ここで諦める訳には行かない。クレアねぇ自身と交渉したいんだけど……


「事情は分かりましたが、どうにか姉に会わせて頂けませんか?」

「残念ですが、お見合が始まるまでは会わせられません」

「……始まるまでは? 終わるまでは、ではなく?」

「お見合が始まる直前までは、貴方をクレアリディルに会わせないというのが、彼女と取り交わした約束なのです」

 ……レールの件が無関係となると、クレアねぇの目的はなんだ?

 お見合会場で俺に自分を攫わせるのが目的なら、そのタイミングに合わせるのは分かるけど、クレアねぇはお見合を成立させるつもりだという。その理由が分からない。


 例えば、お見合いの相手が実は俺――なんて展開なら、クレアねぇの行動は説明がつく。

 そして、俺を敵に回すことなく、クレアねぇのお見合いを仲介したという実績を作るという、ノエル姫殿下の目的とも一致する。

 ――だけど、だ。

 ノエル姫殿下はアルベルト殿下の政敵だと、クレインさんが言っていた。

 つまりは、ノエル姫殿下に荷担すると言うことは、アルベルト殿下を敵に回すと言うことになる。そんな判断を、クレアねぇが俺に相談もせずにするとは思えない。

 だから、なにか別の、俺には思い至らない事情があるはずなんだけど……その理由が思いつかないんだよなぁ。


「ずいぶんと悩んでいるようですね。そういうときは、初心に立ち返るべきだと思いますわ」

「……初心に、ですか?」

「ええ。貴方はクレアリディルを連れ戻しに来たのでしょう? なら、その目的を達成することだけを考えるべきではありませんか?」

「なるほど……」

 たしかにその通りだ。俺の目的は、クレアねぇを連れ戻すこと。穏便に済ませるって言うのは、あくまで二の次だからな。こうなったら、手段は選んでられない。


「……イザベラ様にお願いがあります」

「分かっています。お見合パーティーへの招待状ですね。後ほど部屋に届けさせましょう」

 今度の要望はすんなりと受け入れられた。少し――と言うか、だいぶ意外だ。

「……良いんですか?」

 俺の目的は、クレアねぇの奪還。もちろん無闇にコトを大きくするつもりはないけど、仲人的な立場であるはずのノエル姫殿下の面目を潰す可能性は高い。

「あら、ノエルのことを心配しているの? それなら、大丈夫よ。あの子は……そうね、私に似て、とってもお茶目だから」

「はぁ……そうですか」

 よく分からない。分からないんだけど……招待状をもらって困ることはない。だから、このときの俺は深く考えなかった。

 もっとも、深く考えていたとしても……結果は変わらなかっただろうけどな。

 

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