エピソード 4ー4 リズのお母さんなのに

「ただいま戻りましたわ……って、どうかしたんですの?」

 俺達の微妙な空気を感じ取ったのか、リズが不思議そうに首をかしげる。

「おかえり、リズ。なんでもないよ。それより、国王陛下との話はどうだった?」

「それが……イザベラお母様に怒られてしまいましたの」

「え、なんでだ?」

「それが……貴方はリオン様の元へ嫁ぐのでしょ。それなのに、お見合パーティーに参加したいとは何事ですか! って、言われてしまいましたの」

「ええっと……」


 ツッコミどころが多すぎる。取り敢えず嫁ぐのでしょってなんだ。養子に来ただけで、嫁ぐとかそう言う話じゃないぞと突っ込むべきか……

 それとも、何故お見合パーティーに参加したいという話になったのかと突っ込むべきか。

「リズは相変わらずだなぁ……」

 悩んだ末に、一言に纏めて突っ込んだ。

「なんだか酷いことを言われた気がしますわ!?」

「酷いというか……俺に嫁ぐってなんだよ?」

「え? それはその……な、なんでもありませんわよ!?」

「…………………そっか」

 どう考えてもなんでもないはずないんだけど、俺はだったらいいやとスルーした。問題の先送りにしかなってない気もするけど、とりあえず今は考えたくない。

 なので、そっちはおいておくとして、


「お見合パーティーに出席したいって言うのは?」

「いえ、その……ノエルお姉様やクレアお姉様に会えなかった場合、パーティー会場に乗り込むことになるじゃないですか?」

「そうだな。それで?」

「そ、それで……パーティーに出席する許可を下さいってお願いしたんですの。そうしたら、イザベラお母様に怒られてしまったんですわ」

 ……ホントにもう、どこから突っ込めば良いのやら。

「取り敢えず……あれだ。出席を求めてるのは俺だって話したか? そもそも、クレアねぇを連れ戻すためだって事情は話したか?」

「あっ」

 もうやだこの子。なんでこんな当たり前のツッコミに『目から鱗ですわ!』みたいな表情を浮かべてるんだよ。

 そして、なに一つとして問題が好転していない。残された手段は……ノエル姫殿下に直接会って話すか、アリスの恩恵でクレアねぇの居場所を突き止めて連れ戻すか、かな。


「リオンお兄様。実はイザベラお母様から伝言があるんですの」

「……王妃様が俺に?」

「はいですわ」

 ……さっきの話から考えて、王妃様はリズが俺の元へ嫁ぐと誤解してる人だよな。その人から俺への伝言とか、どう考えても嫌な予感しかしない。

 けど、ここで聞かないという選択肢は……ないよなぁ。放置しておいて誤解が加速しても困るし……仕方ない。その伝言とやらを聞いてから対策を考えよう。

「その伝言の内容は?」

「なんだか良く判らなかったんですけど……既成事実として発表されたくなければ、いいかげん、挨拶くらいしにきなさい。だそうですわ」

「――確信犯!?」


 ちなみに俺が叫んだのは、悪いと知りつつも罪を犯す誤用的な意味の方――なんだけど、本来の政治的に正しいと信じて罪を犯す意味でも、間違ってない気がする。リズと俺をくっつけるのが、この国のためと信じてそうな辺りが。

 そんでもって、俺が会いに行かなければ既成事実にされる、と。伝言を聞いてから対策を考える予定だったけど……どう考えても選択の余地がない。

 正直……信じられない。

 リズのお母さんなのに、こんな策略を使ってくるなんて。リズのお母さんなのにっ!


「……リオンお兄様、なんだか失礼なことを考えていませんか?」

「そんなことは思ってないよ。ただ単純に、リズのドジっ娘は遺伝じゃなかったんだなって驚いてただけだから」

「さらっと失礼なことを言ってるのにまるで自覚がないですわ!?」

「そうはいっても、リズがドジっ娘なのは事実だからなぁ……」

「うっ、それは……わたくしも強くは否定出来ませんが。リオンお兄様は、一つ大きな誤解をしていますわよ?」

「うん?」

「イザベラお母様は、私を産んだお母様ではありませんから」

「あぁ……そっか」

 リズはアルベルト殿下の腹違いの妹だ。そしてアルベルト殿下は第一王子であり、王妃の息子でもあるはずなので……リズとイザベラ王妃に血の繋がりはないと言うこと。

 ……なんか、ちょっと安心した。


「いやでも、だったら王妃様が俺になんの用事なんだ? リズのお母さんなら、俺と会いたいって言うのは判らなくもないけど」

「誤解、二つ目ですわ。イザベラお母様はわたくしを産んだ母親ではありませんが、幼くして母を亡くしたわたくしを、実の娘のように可愛がってくれているんですのよ」

「そう、だったのか……」

 幼くして母親を亡くした、か。前世の俺やアリスと同じ境遇と聞くと、なんだか親近感を抱いてしまう。ドジっ娘だと思ってたけど、意外と苦労してるんだな。

 それはともかく、だ。

 結局のところ、イザベラ王妃は、リズの母親として俺に会いたいってことなんだろう。なんか嫌な予感はするんだけど……しょうがない。

 それに俺が王妃様にお会い出来るのなら、クレアねぇの件について協力を求めることも可能だ。取り敢えず会いに行くのはありだろう。

 と言う風に自分を言い聞かせて、俺は王妃様にお会いすることにした。



 ――王女の母親に、挨拶に来いと呼び出された。

 両親の揃った謁見の間で、二人に見下ろされながらかしこまる。――そんな状況を予想していたのだけど……俺が通されたのは、十畳くらいのリビング。

 二人がけのゆったりとしたソファに、リズと並んで腰掛けていた。

 そして……俺は少し下を向いたまま、向かいの席を上目遣いで観察する。そこに座るのは、三十代半ばくらいの女性。

 アリスブランドの最高級品を身につけた、品格のありそうな……と言うか、どう考えてもこの人が王妃様だ。そんな彼女は、さっきから俺をマジマジと観察している。


「……あの、王妃様。伝言をお聞きして参上したのですが……」

 本来なら王妃様に直接話しかけるのは憚られる気がするんだけど……部屋にいるのは三人だけ。仲介する人間がいない以上は直接話すしかないと、俺は恐る恐る王妃様に尋ねた。

「あら、私のことはイザベラお母様と呼びなさい」

「は? いえ、あの……何故ですか?」

「王妃としての命令です」

 に、二の句がつげねぇ。

 今の質問。もちろん、どうしてお母様と呼べなんて言われたかは判りきっている。リズを義妹に、そしてゆくゆくは俺の嫁にと言う意味を含んでいるのだろう。

 だからこそ、それを否定するためにあえて質問したのに、返ってきたのは王妃の命令だという理不尽。それは誤解です――と、用意していた言葉は封じられてしまった。


「どうしました? わたくしのお願いは聞けないと言うことですか?」

 さっきは命令って言ったのに、今度はお願いかよ。殊更に断りにくい状況を作るとか、なんてめんどくさい。なんでこんな人に育てられて、リズみたいなドジっ娘が育つんだよ。

 ええい、仕方がない!

「王妃様に逆らうなど滅相もない。ただ、リーゼロッテ様が義妹になったとは言え、わたくしはただの伯爵。養子縁組を理由に王妃様をそのように呼ぶなど、恐れ多いことでございます」

「あら、養子縁組だけではないでしょう?」

「なんのことでしょう? 私にはとんと心当たりがありませんが?」

 俺が応えた瞬間、王妃様の目が細められた。嘘は通用しないと言わんばかりの眼差し。そこには、言いようのない圧力が込められている。

 だけど俺は決して目をそらさず、心当たりがないと言う態度を貫き通した。


「……なるほど。わたくしを前に萎縮せずに立ち回るその度胸。グランシェス家を本当に動かしているのはリオン。貴方だという噂はどうやら事実のようですね」

「……恐れ入ります」

 どうやら試されていたらしい。その結果、一定の評価を得られたのはプラスだけど……ほんと、リズを育てた人とは思えないな。


「リオン、気を悪くしましたか?」

「いえ、そのようなことはありません」

「それは本心ですか?」

「様々な噂が出まわっているのは知っています。ですから、娘を養子に出した相手の人となりを確認するのは、母親として普通のことだと考えます」

 とっさに考えた出任せ――ではなく本心だ。俺だってミリィ母さんがどこかに嫁ぐとなったら、相手と血縁者の人となりを徹底的に調べ、領地の様子なんかも調べ尽くす。

 家族としては当然のことだ。


「……なんでしょう。今なんとなく、嫌な感じで一括りにされた気がするのですが」

「気のせいでしょう。それで王妃様」

「――イザベラで構いません。お義母様が無理なら、せめてそう呼びなさい。それと、今は公務ではなく、リズの母親としてここにいます。ですから堅苦しい口調も不要です」

 俺はその言葉の真意を確かめるために、王妃様の顔色をうかがう。

 俺が言ったのなら文字通りの意味。俺のまわりにもそういった考えの人間は多い。けど、素直に従うと怒り出す人は結構いる。

 本当に大丈夫なんだろうか? そう思っていると、隣に座っているリズに袖を引かれた。


「大丈夫ですわよ、リオンお兄様。イザベラお母様はこう見えてお茶目ですの」

「……そう、なのか?」

「そうですわ。もっとも、気に入った相手にしかそう言った面は見せませんから、リオンお兄様のことが気に入ったんだと思いますわ」

 本当かよと王妃様を盗み見る。さっきまでの油断ならない空気は何処へやら。ニコニコと笑顔を浮かべていた。どうやら、リズの言っていることは本当っぽい。


「……分かりました、イザベラ様。これくらいの口調で構いませんか?」

 仰々しい口調から、一般的な丁寧口調に切り替える。その瞬間、イザベラ様はパンとテーブルを叩いた。

「わたくしのそのような無礼な態度、許しませんよ!?」

「えぇ!?」

「――とか言ったりしませんから、安心なさいませ」

「そ、そうですか……安心、しました」

 全力で心にもないことを口にする。……なんと言うか、血は繋がってなくても、この人は間違いなくリズの母親だ。だって、凄くめんどくさい。

 俺はコッソリとため息を一つ、本来の目的に話題を移すことにした。一応は話が通じる相手みたいだし、事情を打ち明けてクレアねぇの奪還に協力してくれるように頼んでみよう。


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