エピソード 4ー3 孤立無援

 翌朝、俺達はクレアねぇを連れ戻すため、馬車で王都に向かって旅だった。俺達――とは、アリスにソフィアとリズ。そこに使用人と護衛を加えたメンバーである。

 クラリィは先に帰ると、早朝のうちに王都へと出発している。

 正直に言うと、クラリィがなんらかの妨害工作を……なんて可能性も考えたんだけど、そう言ったこともなく、俺達はなんの問題もなく翌日の夕方にリゼルヘイムへと到着。

 そのままリズの案内で入城を果たし、客間にまで案内された。


「さて……これからどうしよう?」

 最終手段は城内を勝手に探し回ってクレアねぇを確保することだけど、出来れば穏便に済ませたい。なのでどうすれば良いかとリズに向かって尋ねる。

「そうですわね……まずは正攻法を試すのが良いと思いますわ」

 言うが早いか、リズはハンドベルを一振り。すぐに部屋の外からメイドがやって来た。

「お呼びでしょうか、リズお嬢様」

「二日ほど前に、お姉様――グランシェス家の当主代理である、クレアリディルが王城に来てますわよね? ここに来るように呼び出して頂けますか?」

「……申し訳ありませんが、それは出来ません」

「出来ないとはどういう意味ですの?」

「ノエル姫殿下のご命令で、誰とも会わせることは出来ないのです」

「そう、ですの……」

 残念ではあるけど、それは半ば予想していたことだ。なので俺は次の手段を取ってもらうために、リズに目配せをする。


「では、アルベルトお兄様に、わたくしが会いたがっていると伝えて下さいですわ」

「アルベルト殿下は現在、留守にしております」

「留守に、ですの? ええっと……ではいつ帰って来ますの?」

「申し訳ありません。私はただ、出かけているとしか聞かされておりませんので、その質問にはお答えしかねます」

「そうですの……」

 困ったリズが、どうしますかとばかりに視線を向けてくる。

 クレアねぇに会えないのは予想の範囲内だけど、アルベルト殿下が留守なのは予想外だ。どうするのが最善かなと考えを巡らす。

 いつ帰ってくるか分からない以上は、アルベルト殿下の助力は期待出来ない。そうなると、直接ノエル姫殿下と会うしかないかな――と考えていると、メイドが口を開いた。


「リズお嬢様。国王陛下と王妃様にお会いしてはいかがですか?」

「お父様とお母様に、ですの?」

「お嬢様がお帰りになったと知り、時間のあるときに顔を出して欲しいと仰っていました」

「そうですの? でしたら、今から顔を出すことにしますわ。お父様なら協力して下さるかもしれませんし。リオンお兄様もそれでよろしいですか?」

「……え? あぁ、うん。それは良いんだけど……」

 今の‘時間があるとき’というのは、普通に考えたら国王陛下に時間があるときと言う意味だよな? リズは、自分に時間あるときと受け取ったみたいだけど……大丈夫なのか?

 そう思ってメイドの顔色をうかがうと、ばっちりと目が合ってしまった。


「陛下はなんと言いますか……リズお嬢様を溺愛――コホン。とても大切にしてらっしゃいますので」

 あ、なんか察した。アルベルト殿下もそうだったし、リズはみんなに愛されてるんだな。たぶん、手のかかる子ほど可愛い的な意味で……

 ともあれ、国王陛下の協力を得られるのなら心強い。陛下が自ら動くなんてことはないだろうけど、必要な許可とか情報は貰えるかもしれない。

 なので俺は、その方向で頼むとリズを送り出した。


 そうしてリズが両親の元へ向かってから半刻あまり。俺は客間で待ちぼうけていた。

「まだかぁ、リズはまだなのかぁ~」

「久しぶりの再会だから、話が弾んでるんじゃないかな? ……と言うか、さっきから同じこと言ってるよ。もう少し落ち着いたら?」

 テーブルに突っ伏する俺に、アリスが容赦のないツッコミを入れてくる。確かにアリスの言う通り、久々の再会だ。少しくらい時間がかかっても仕方ないだろう。

 だけど、だけど、だ。


「分かってても、クレアねぇが心配なんだよ。誰とも会えないって話だし、どう考えてもどっかに閉じ込められてるだろ?」

「まあ……隔離はされてるんだろうけど、あのクレアだよ? そんなに心配しなくても大丈夫なんじゃないかな?」

「俺だって普段ならそう思うよ」

 ノエル姫殿下がどんな人物かは知らないけど、暴力に訴えるとは思えない。そして権力なら、クレアねぇが――グランシェス家が一方的に負けるとも思わない。

 けど、事実として、クレアねぇはお見合をするために王都にまで出向いている。つまり、俺の予想外のなにかが起きていると言うこと。クレアねぇだから安心だとは言えない。


「そんなにクレアお姉ちゃんが大切なら、しっかり捕まえておけば良かったのに」

「うぐ……」

 ソフィアまで容赦のないツッコミを……正論すぎて反論できねぇ。

 だけど、だ。世の中にはタイミングとか、切っ掛けというモノがある。今回のようなことがなければ、俺はクレアねぇを誰にも奪われたくないと断言することは出来なかったと思う。


「まあまあお二人とも、そんな風にリオンをイジメないで下さい。リオンだって、もう覚悟は決まっているのでしょう?」

 城の使用人からもらってきたのだろう。ミリィ母さんが、トレイに乗せた紅茶のセットを、俺達の前に並べていく。

 というか……恋愛ごとで母親にフォローされる俺。なんて情けない。俺は自分を叱咤するために、自らの頬をぱんぱんと叩く。

「もちろん、覚悟は決まってるよ。アリスやソフィアの言うことも理解してる。どうしてクレアねぇがお見合を受けたのかは分からないけど……俺がしっかりしていればこんな状況にはならなかった。だから、俺はクレアねぇにちゃんと想いを伝えるよ」


 思いだすのは、まだ俺達が子供だった頃のやりとり。

 ブレイク兄さんがアリスに不埒なマネをしようとしたとき、俺はアリスが既に自分のモノだと見せつけることで、ブレイク兄さんを撃退した。

 そして、それを知ったクレアねぇが、自分のお見合もそんな風に壊して欲しいと言った。


 あの頃は、そんなの出来るはずがないと答えた。気持ち的にも、権力的にも、あらゆる意味で不可能だったからだ。

 だけど――今は違う。

 今の俺なら、相手が誰だろうとクレアねぇを守ることが出来るはずだ。そしてなにより、俺自身がクレアねぇを誰にも渡したくないと思っている。

 もちろん、クレアねぇが望まないのなら、強引になんてマネはしない。けど、そうじゃないのなら、俺のためにお見合をしようとしているのなら、クレアねぇを強引にでも連れて帰る。

 たとえ、それでこの国を敵に回すとしても、だ。


「……だって。どうしよう、ちょっと焚きつけ過ぎちゃったかな?」

「ん~でもリオンだからね。これくらいがちょうど良いんじゃないかな?」

「かもだけど、リオンお兄ちゃんって、時々突っ走っちゃうじゃない?」

「たしかに……やりすぎたら困ったことになるかもね」

 なにやらソフィアとアリスがひそひそ声が聞こえてくる。

 どうやら、俺の思考をソフィアの恩恵で読み取って、その内容について議論してるみたいだけど……その内容がなにやらおかしい。


 ……いまにして思えば、ティナからクレアねぇがお見合いをすると聞かされたとき、二人は妙に静かで、ただ話を聞いているだけだった。

 ソフィアが親しいティナの心を読まないのはまだ分かる。けど、クラリィを前にしても、ソフィアはずっと沈黙を守っていた。

 アヤシ村での一件があったから、俺から恩恵を使ってくれとは言わなかった。けど……いつものソフィアなら俺が言うまでもなく、クラリィの心を読んで教えてくれただろう。

 それにアリスだって、クレアねぇを親友と呼んでいるのになにも言わなかった。慌てることもなく、怒ることもない。あのときの二人の行動は、どう考えても不自然だ。


 そして、今の二人のやりとり。クレアねぇを心配するのではなく、俺がやりすぎないかを心配している。その理由は――

「二人とも、もしかして……クレアねぇがお見合をするのを知ってたのか?」

 それ以外に考えられないと尋ねる。その問いに対する二人の答えは肯定だった。

「街道の調査に出掛ける前に、クレアから事情を聞かされてたからね。だから、お見合をする理由も知ってるよ」

 こともなげに答えるアリスの横で、ソフィアやミリィ母さんがこくこくと頷いている。


 ……あぁ、なんかだんだん分かってきたなぁ。

 アリスとソフィアは、あらかじめクレアねぇのお見合の件を知っていた。だとすれば、クレアねぇの右腕とも言えるティナだって知っていたのだろう。

 前もって知っていたのなら、雨の下でずぶ濡れになるほど取り乱す理由なんてない。


 あーあーあー。

 そう言えば、俺がお風呂に入れって言ったときも、ティナはなんでか分からないみたいな反応して、アリスに体が冷えてるでしょって指摘(フォロー)されてたな。

 そもそも俺はずぶ濡れのティアを見て、バケツの水を被ったみたいだと思った。

 たぶん――と言うか、ほぼ間違いなく、あれは雨に打たれて濡れたんじゃない。俺の不安を煽るための演出として、俺を出迎える前に文字通りバケツかなにかで水を被ったんだろう。

 ……というか、水であるかも怪しいな。身体が冷えていなかったと言うことは、温泉でも被ったんじゃないだろうか。


 それに、アカネも報酬の二重取りがどうとか言っていた。俺が報酬を渡していないのに、既に誰かから貰っていると言うこと。

 だとすればその相手は、クレアねぇくらいしか考えられない。もしかしなくても今回の件、俺以外はみんなグルだろう。

 ……あぁいや、たぶんリズは別だな。あの嘘を吐くのが下手なドジっ娘が、隠し事なんて出来るはずがない。と言うか、俺の前世についても、ぽろっとアカネにばらしていた。

 たぶんそういう理由で、知らされていなかったのだろう。


 それはともかく、だ。みんなが知っているのに、クレアねぇを止めなかった理由。

「もしかしてクレアねぇがお見合を受けたのは、俺に止めさせるのが目的か?」

 この世界の一般的なお見合は、社交パーティーという名の集団お見合いとなっている。一度目で破談になったりしたときに、プライドを保つためなどなどが理由だけど……詳細は割愛。

 表面上は合コンのような形式で、事前に誰と誰をくっつけるかが決まっているのだ。

 そして、ノエル姫殿下が関わるお見合パーティー。さぞ名のある者達が参加しているのだろう。そんな会場に俺が乗り込み、クレアねぇをかっ攫う。

 一発で、俺とクレアねぇの関係は既成事実となるだろう。

 恐らくはそれが目的。クレアねぇには振り回されっぱなしだからな。さすがに学習した。もう騙されたりはしないぞ――と、そう思っていたから、


「違うよ。クレアはお見合を成立させて、そのまま婚約するつもりだよ」


 アリスの言葉を受け入れられない。

 俺は意味が判らず「……は?」と間の抜けた声を漏らしてしまう。そうしてたっぷり数十秒ほど考え、ようやくその意味を理解した。

「成立させるつもりって……冗談キツいぞ。参加するだけでもありえないのに、クレアねぇが他の誰かとなんて……あるはずない、だろ?」

 意味を理解したとしても、納得は出来ない。俺は呆然とアリスの言葉を否定する。

「……分かってるはずだよ。クレアはリオンのためなら、どんなことだってするって」

「それは……」

 たしかに、クレアねぇはそういう女の子だ。もしクレアねぇか俺、どちらかが犠牲にならなきゃいけない状況なら、クレアねぇは迷わず自分を犠牲にするだろう。

 それは分かってる。

 だけど、だからこそ、そうならないための環境を作り出した。作り出した――はずだ。なのに、クレアねぇがお見合に出席、あまつさえ婚約する?

 意味が判らない。


「……クレアねぇは一体なにを考えてるんだ?」

「もちろん、リオンのことだけを考えてるよ」

「はぐらかさないでくれ。クレアねぇの目的は一体なんなんだ?」

「クレアは大好きな人のために一生懸命なんだよ? それなのに私が教えると思う?」

「俺の気持ちは知ってるだろ? クレアねぇが、みんなが幸せじゃなきゃ、俺は自分が幸せだなんて思えないって」

「リオンが幸せなら、クレアはきっと自分も幸せだって言うはずだよ」

「~~~っ」

 その理屈は分かる。俺だって逆の立場なら、同じように考える。

 けど、俺のためにクレアねぇが犠牲になろうとしている。それを知ってしまって、引き下がるなんて出来るはずがない。

 アリスがダメならと、俺はソフィアに視線を向ける。


「ソフィア、クレアねぇがなにを考えてるのか教えてくれ」

 ソフィアとは逆の立場で、似たような経験がある。

 ソフィアなら大丈夫だから、ちゃんと教えて欲しい。――そう言われて、俺はその秘密を打ち明けた。だから、ソフィアなら俺の気持ちが分かってくれると思っていた。

 なのに――


「ごめんね、リオンお兄ちゃん。ソフィアも、クレアお姉ちゃんの味方なんだ」

「どうして、どうしてだよ? クレアねぇを犠牲にして、俺が幸せになれるとか、本気で思ってるのか?」

「クレアお姉ちゃんは、自分が犠牲になるなんて思ってないよ」

「それは、分かってるよ。でも……それは、俺の望んでる未来じゃない」

 俺だって逆の立場なら、きっと同じことをする。だから、身勝手と言えば身勝手なのかもしれない。けど、嫌なモノは嫌なんだ。


「……ごめんね、リオンお兄ちゃん。でも今回は、どんなにお願いされてもダメ。たとえリオンお兄ちゃんに嫌われたとしても、ソフィアは話さないよ」

「どうしてそこまで……」

 たとえ話だとしても、ソフィアがそこまで言うなんて信じられない。けど同時に、本気で言っていることも理解した。理由は分からないけど、これ以上の追求は不可能だろう。

 俺は一縷の望みを託して、ミリィ母さんに視線を向ける。


「もちろん、私も教えないわよ?」

「……どうしてもか?」

「どうしてもよ。ただ……そうね。私達は今回の真相を教えるつもりはない。けど、リオンの行動を止めるつもりもないわ」

「そう、なのか?」

「ええそうよ。だからこそ、ここまでみんなで来たんですもの」

「ふむ……」

 良く判らないけど、クレアねぇのお見合を壊す分には問題ないらしい。それとも、俺が乱入しても、問題なくお見合を成立させる自信があるのか?

 分からないけど……みんなが邪魔をしないのなら勝算はある。まずはクレアねぇに会って、その真意を聞いてみよう。

 ――と、先行き不安ながらも方針がまとまった頃、ようやくリズが戻ってきた。


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