第六章

エピソード 1ー1 三姉妹との新たな生活

 新年を祝うお祭りから数日。ミューレの街へと帰還した俺は物思いにふけっていた。

 アリスとクレアねぇとソフィア。その三人と同時に婚約をかわした。それに対する葛藤などなど、色々と考えることはあるのだけど……

 今一番の悩みは、海の向こうにあるザッカニア帝国についてである。

 リゼルヘイムとミューレを繋ぐ街道を騒がしていた盗賊団の背後に、ザッカニア帝国の影が見えたからだ。

 とは言え、ザッカニア帝国自身が関わっているのか、はたまたザッカニアの民が関わっているだけなのか、その辺りの詳細は不明。現在調査中である。


 三人と婚約し、領地どころか国も豊かになった。国での地位も不動のものとなり、もはや俺達の生活を脅かす存在はいない。

 これで幸せで平和な人生が送れるって……思ったんだけどな。はてさてどうしたものかと悩んでいると、クレアねぇが呼んでいるという連絡を受けた。


 そんな訳でやってきたのは執務室。ノックをして一声かけると、すぐに中から入ってという声が返ってきた。

「クレアねぇ、俺を呼んだって聞いたけど……もしかして、もう調査結果が届いたのか?」

「いらっしゃい弟くん。今回はその件じゃないわ。実はエルフの族長から書状が届いたのよ」

「ん? それなら、アリスに渡せば良いだろ?」

 アリスはエルフの里に住む族長――つまりは母親と、ときどき文通のようなことをしている。なのになんで俺に言うんだと思ったら、今回は俺宛の手紙だったらしい。


「内容はなんだろう……って、読んだのか?」

 渡された手紙の封が破られているのを見て、クレアねぇをジト目で睨み付ける。浮気を疑う彼女でもあるまいし、勝手に手紙を見るとか止めて頂きたい。

「あら、グランシェス家の当主に宛てた手紙だもの、当然でしょ?」

「まぁ……そうか」

 重要な決定は、俺が皆と話し合って決めているけど、雑務処理なんかはクレアねぇが担当してくれている。アリスの母親からなら私信だって思ったけど、当主宛なら当然の対応だ。


「手紙に書いてあるけど、なんでもエルフの里で問題が起きているらしいわ。それで、グランシェス家当主であるリオンに来て欲しいんだって」

「……問題って、なにが起きてるんだ?」

「そこまでは書いてないわ。来たら直接話すとは書いてあるけどね」

「ふむ……」

 良く判らないけど、アリスの両親にはお世話になった。それに、あれから一度も顔を出していない。アリスと婚約もした訳だし、一度会いに行くのはありだろう。

 それに、アリスが森林破壊に躊躇いがないので忘れがちだけど、エルフと言えば森の守護者的なイメージ。植林について、協力を仰げるかもしれないしな。


「それじゃ、せっかくだからみんなで行ってみるか?」

「みんなって……シスターズも入れたみんな?」

「いや、さすがにそれは厳しいだろ」

 グランシェス領を支えているのはシスターズだけじゃない。父の代から使えてくれているような重鎮達もそれなりに存在する。

 だけど、いまは多くの役職にシスターズのみんなが関わっている。エルフの里はそこそこ遠いし、つい数日前にリゼルヘイムのお祭りでシスターズの全員が留守にしたばかりだ。

 さすがに続けて留守にしたら内政が麻痺してしまう。


「まぁ……そうね。シスターズに入ってない優秀な子達も育ってきてはいるけど、さすがにちょっと不安かもしれないわね」

「だろ。それにせっかく婚約したんだ。四人で旅行がてらって言うのもありかなって。エルフの里に行ってみたいなぁって、クレアねぇも言ってたし」

「……覚えててくれたんだ?」

「忘れるはずないだろ。と言うことで、どうだ?」

「もちろん、あたしに異論はないわ。アリスやソフィアちゃんには……」

「俺が言いに行くよ」

「分かったわ。それじゃ、あたしは留守をティナに任せるよう手配しておくわね」



 そんなこんなで、俺はアリスとソフィアを探して屋敷をうろうろ。二人は剣術の稽古をしているとの情報を得て庭にやって来た。

 ちょうど集団戦闘の訓練をしているようで、アリスとエルザが二人がかりで、幼いソフィアに襲い掛かっているところだった。

 ……いや、言いたいことは分かる。俺も初めて見たときは、なんのイジメだと思った。

 そして事実を知って……やっぱりイジメであることが発覚した。ソフィアがイジメられているのではなく、ソフィアが二人をイジメ抜いているという意味だが。


 アリスは精霊魔術を封印した状態で戦ってる。そんなアリスが近接に特化したソフィアに勝てないというのは分かるんだけど……まさか三人がかりでも勝てないとは思わなかった。

 ……ちなみに、三人目は俺だ。

 前回戦ったときは、真っ先に投げ飛ばされた記憶がある。

 最初の頃は、お兄ちゃんとして負ける訳にはいかない! とか思ってたんだけどな。さすがに最近は諦めた。今では、三人がかりで勝てるようになるのが目標である。

 いい大人の三人が、幼女のソフィアに襲い掛かる図は……凄くあれなんだけどさ。


 ――なんて思っているあいだにも、ソフィアは二人を圧倒していく。そうしてほどなく、ソフィアはそれぞれの首筋を撫でるように短剣を一振り、勝負を決した。

「お待たせ、リオンお兄ちゃん」

 とてとてと駆けよってくるソフィア。さっきまで剣技で二人を圧倒していたとは思えない愛らしさである。と言うか……この子、息が乱れてないぞ。

「軽く流しただけだからね」

 心を読む恩恵を使ったのだろう。ソフィアがさらっと答えるけど……ちらりと見れば、持久力のないアリスはもちろん、エルザも息が上がっている。

 やっぱりソフィアが規格外なだけだと思う。


「それでリオンお兄ちゃんは、剣術の稽古に参加しに来たの?」

「ああいや、二人を誘いに来たんだ」

「ふえ? 夜のお誘い?」

「なんでだよっ。と言うか、二人をって言ってるだろ」

「あっ、そうだよね。夜のお誘いだったら、三人を誘いに、だよね」

「……いや、だからな?」

 そんな非常識なコトするはずないだろ的な反論をしようと思ったんだけど、三人と婚約した身でいうセリフじゃないなと思って飲み込んだ。


「実はアリスのお母さんから呼び出されたんだよ」

「アリスお姉ちゃんのお母さんって……エルフの里に住んでるんだよね?」

「そうだけど」

「――ソフィアも行きたい!」

 それがどうしたと聞き返すより先に、ソフィアが思いっ切り食いついてきた。

「もちろんそのつもりで話したんだけど……なんか食いつきが良いな?」

「だってエルフの里だよ? もしかしたら、まだソフィアが知らない料理とかがあるかもしれないじゃない」

「なるほど。ソフィアはホントに料理が好きなんだなぁ」

「えへへ。だってリオンお兄ちゃんやみんなに、美味しいって言ってもらうの、凄く、すっごく嬉しいんだもん」

「そっかそっか」

 満面の笑みを浮かべる。そんな愛らしいソフィアの金髪を撫でつけ、いまだに息の整っていないアリスへと視線を向ける。


「……アリスは、大丈夫か?」

「……っはぁ。も、もちろん……はぁ、私も行けるよ。お母さん達にも、会いたいし、ね」

「いや、そっちもだけど……息の方は大丈夫なのか?」

「それは……はぁ、大丈夫じゃ、ない、かも」

「そ、そうか……」

 アリスは俺が子供の頃からあまり持久力のつかないタイプだったけど……それでも今は、その辺の鍛えている人と代わらないくらいの体力がある。

 それがこんなにバテてるのは……なんでなんだろうな? と、そんなふうに考えていた俺の視線に気付いたのだろう。少しだけ息を整えたアリスが苦笑いを浮かべた。


「ソフィアちゃんは、こっちの攻撃をすべて読んじゃうからね。読まれても対抗出来ないくらいのスピードで畳み掛けようとしたんだよ」

「それは……」

 心を読んでくる相手に対し、予知できても対応出来ないほどの威力やスピードで攻める。

 王道と言えば王道な対抗策だけど……スピード重視のソフィアにスピードで挑むのはさすがに無謀だと思う。

 もっとも、精霊魔術を使用しない時点で勝ち目はない。スピードに頼ろうとしたアリスの気持ちも判らなくはないけどな。


「……ふぅ、ようやく息が整ってきたよ。エルフの里に行くって言ってたけど……もしかして、娘さんは既に身も心も俺のモノだって宣言してくれるの?」

「それを言うなら、娘さんをくださいだろう……」

 いや、たしかに身も心も頂戴、いたしましたが。ちなみに、変な部分で一息開けた言い回しに意味はない。ないったらないのである。


「じゃあ、娘さんをくださいなら言ってくれるの?」

「いやいや、族長に手紙で呼び出されたって言ってるだろ?」

「言ってくれないの?」

「……言うけどさ」

 ソフィアの母親であるエリーゼさんや、クレアねぇの育ての親であるミシェルには既に挨拶を終えている。アリスの両親にもちゃんと挨拶はするつもりだ。

 アリスママはともかく、子煩悩なアリスパパが許してくれるかは……微妙だけどさ。


「それより族長がなんで俺を呼んだか、アリスはなにか知らないか? エルフの里で問題が起きてるとか書いてあるんだけど」

「このあいだ来た手紙にはなにも書いてなかったけど、エルフと言えば……少子化とか?」

「……勘弁してくれ」

 最近、色んな人に孫はまだかと言われるのだ。呼び出しされてまで、早く孫をとせっつかれるのはさすがに勘弁して欲しい。


「ふふ、冗談だよ。でも……そうなると、なんだろ? 些細な問題なら。わざわざグランシェス家の当主を呼びつけたりしないと思うんだよね」

「そういう配慮って、エルフにはないんじゃないのか?」

 エルフの里は、リゼルヘイムが建国される以前よりずっと存在している。なのでリゼルヘイムの領内で生活していても、リゼルヘイムの民という訳ではない。

 盟友のような形で共存しているので、人間の地位には縛られない存在だ。


「お母さんは人間の地位にも配慮してるよ。失礼な相手には……容赦ないけどね」

「ふむ……」

 配慮自体は悪いことではない。と言うかむしろありがたい話だけど……それが事実なら、エルフの里で起きてる問題はかなりの厄介事ってことだよな?

 みんなで旅行みたいに考えてたけど、果たして平和な旅行を楽しめるのだろうか……


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