エピソード 3ー1 リズの家庭内事情
リズの怒鳴り声を聞きつけた俺は、慌てて声の方へと視線を向ける。俺とアリスより先行していたリズとソフィアは、寮の前で騎士風の男に詰め寄られていた。
俺は急いで駆けより、リズと騎士風の男の間に割って入る。
「リズ、どうしたんだ。なにがあった?」
「そ、それはその……」
リズはしどろもどろになって顔を伏せてしまう。怯えてる……とは少し違うか? なにか言いにくそうにしてる?
うぅん。取り敢えず……相手に話を聞くか。
「すみませんが、何処のどなたでしょう? 騎士のように見えますが」
「そう言う貴方はどなたですかな?」
「失礼しました。私はリオ。彼女の友人です」
「そうですか。自分は……彼女のご実家の命令で、リズ様のお迎えに上がった者です」
なんか妙な間があったけど、リズが反論する様子はない。だとしたら、さっきの間は……リズの家名を出しかけて誤魔化したってところかな。
そうなると、お迎えというのは事実。リズは婚約が嫌で家を飛び出してきたって話だし、家出娘を連れ戻しに来たってところだろう。
リズに協力するといった手前、助けてあげたいけど……家出娘を連れ帰ろうとする保護者の邪魔をするのもなぁ。
なんて思ってたら、リズが俺の横に進み出てきた。
「わたくしは帰らないと申しましたわ。お兄様にはそう伝えて下さい」
「そうはいきません。リズ様がなんと言おうと、婚約は進んでいるんです。帰って頂かなければ困ります」
「ですから、わたくしは――」
不毛な言い争いになりそうなのを察して、リズのセリフを手で遮る。そうして、再び二人の間へと割って入った。
「横から失礼します。彼女はなにやら嫌がってるようですが?」
「……これは家庭の問題です。部外者は首を突っ込まないで頂きたい」
「家庭の事情だというのなら事情は聞きません」
「では、退いて頂けますかな?」
口調こそ丁寧だけど、引っ込んでいろというニュアンスが感じられる。だけど俺はそれに気付かないふりをして続ける。
「――ただ、リズが怯えているので、今日のところはお引き取り頂けませんか?」
俺はそう言いながら、意味ありげに寮の方へと視線を向けた。
騒ぎを聞きつけたのだろう。そこには数人の生徒と、寮や屋敷の見回りをしていたであろうグランシェス家の騎士がこちらを伺っている。
強硬手段に訴えるのなら、騎士に助けを求めますよってニュアンスを含ませたのだ。
もちろん、それはハッタリだ。
彼女の家柄がうちと同程度か、それ以上の可能性が高いというだけでなく、リズは結婚が嫌で家出をしてきたと言う負い目がある。
正式に抗議をされたらどう考えても分が悪い。
けど、リズのお迎えの人は、どうやらリズの素性を隠したがってるみたいなので、そこにつけ込んでみた訳だ。
結果――
「………判りました。いったん出直しましょう」
男はため息まじりに言い放った。どうやら俺のもくろみは上手くいってくれたらしい。
この人が理性的で助かった。パトリックみたいな性格だったらアウトだったからな。
「――リズ様、今日のところは失礼いたします」
俺の背後に隠れるリズに向かって一礼、騎士風の男は立ち去っていった。
俺は騎士風の男が完全に視界から消えるのを確認、リズへと向き直る。
「リオさん、ありがとうございますわ。それで、その……」
リズは言いよどんでる。事情を聞かれたくないってところだろう。まあリズは最初からずっと身分を隠したがってたからなぁ。
「なぁリズ。出しゃばって追い返しちゃったけど、迷惑じゃなかったか?」
「――え?」
「やっぱり、迷惑だったか?」
「いいえ、まさかっ。凄く助かりましたわ」
「そっか、それなら良いんだ」
俺はなにも気にしてないかのような素振りで言い放ち、それじゃ帰ろうかと続けた。
「え、あの。リオさん?」
「ん? まだなにかあるのか?」
「いえ……その、なんでもないですわ。ありがとうございます」
そうして、俺達は学生寮へと戻ったのだけど、もちろんそのままにするつもりなんてない。リズを問い詰めなかったのは、拒否されるのが分かっていたから。
それに俺にはもっと確実なルートがあるからな。
と言う訳で、俺は学生寮にある自室――と言っても偽装用で、大半は屋敷の方で暮らしてる――から抜けだし、お屋敷の執務室へと向かった。
そうしてたどり着いた執務室の前。
ノックの返事を聞いた俺はバーンと扉を開け放った。
「教えてクレアねぇ!」
「もちろん、あたしが大好きなのは弟くんよ。ちょっと鈍感だけど、みんなのために一生懸命になれる、優しいところが好きよ。他には――」
「ちょおおおおおお!? なにを言い出すんだ!?」
「弟くんがいきなり主語抜きで教えてとか言うからでしょ」
「……ごめんなさい」
いや、悪のりしたのは事実だけどさ? 普通ノータイムで愛の言葉が返ってきたりはしないと思うんだ。正直、かなりびっくりした。
「それで弟くんはなにしに来たの? もしかして、お姉ちゃんのブラのサイズ
「違うしっ」
……と言うか、今‘も’って言ったぞ。こぇえよ。なんで俺が他の娘のサイズを入手してしまった事実を知ってるんだよ。
……………ま、まぁ良いや。深く考えるのは危険すぎる。
「実はさっき、寮の前で――」
「リズさんのお迎えが来たんでしょ?」
ホントなんで知ってるんだよ……って、そうか。さっきは目撃者もいたからな。騎士の誰かが報告してるだろうし、クレアねぇが知っててもおかしくないか……こっちは。
なんにしても、知ってるのなら話は早い。
「今日は帰って貰ったけど、またそのうち来ると思うんだ。なんとか出来ないかな?」
「グランシェス家の権力でって意味ならダメよ。冷たく聞こえるかもしれないけど、あくまで家庭の事情だからね」
「む、むぅ……」
悔しいけど、正論すぎて反論出来ない。
実際に権力が及ぶかどうかはともかく、そちらの娘の結婚話を破談にしないなら、うちの技術提供しないからな――とか言うのはさすがに、な。
「もちろん、あたしも出来ることはするつもりよ? けど、最初に言ったでしょ。最終的には本人次第よ」
「それは逆に言えば、結果を出せばなんとかなるって意味だよな?」
じゃなきゃ、俺が手伝うように仕向ける意味がない。だからそれは疑問じゃなくて確認的な意味だったんだけど、クレアねぇは難しい表情を浮かべた。
「その通りよ……って言いたいんだけどね。本音を言うと良く判らないのよねぇ。リズさんの家族のことは少しだけ知ってるけど、娘を溺愛しているって噂よ」
「娘の嫌がる縁談を組むとは思えない、ってことか?」
「あたしも親しい訳じゃないから、絶対とは言えないけど、ね」
ふぅむ……なら政略結婚の道具って線は薄そうだな。他に考えられるのは……
「パトリックみたいに、結婚相手が圧力を掛けてるとか?」
「それもないと思うんだけどね」
「そうなのか? と言うか、リズの結婚相手ってどんな奴なんだ?」
「そうねぇ……弟くんに匹敵するくらい女性に人気があるわ」
「……コメントに困る言い方するのは止めて欲しいんだけど」
否定すれば相手が大したことないと貶すことになるし、肯定したら自分がモテると自画自賛することになる。
まあ、分かった上で、俺をからかおうとしてるんだろうけどさ。
「それで、性格とか年齢はどうなんだ?」
「野心家で策を弄するタイプの青年よ。野心家で女の子を道具みたいに見てる感じはあるけど、そこまで逸脱した考えの持ち主じゃないわ。むしろ、弟くんには学ぶべき部分もあるわね」
「学ぶべき部分? 野心家なところとかか?」
「当たらずとも遠からずかしら? 正確には……まぁ良いじゃない」
クレアねぇは一瞬溜めたあと、サラッと話を逸らしてしまった。
「そんな言い方されたら気になるんだけど?」
「そのうち判るわよ。それより話は以上かしら?」
言われて、クレアねぇが話をしながらも、ずっと作業をしていることに気付く。
「ごめん、忙しかったのか?」
「領主代理としてのお仕事でしばらく出かけるから、今のうちに終わらせときたいのよ」
「え、どっか出かけるのか? 聞いてないんだけど?」
「だからいま言ったのよ。心配しなくても、そんなに長くはならない予定よ」
「だったら良いんだけど……」
クレアねぇがどこかの領地に行くことは時々ある。幼少期の頃はお見合いとかで出かけていたし、最近は内政のお仕事で出かけたりしてた。
不満に思うような話じゃないはずだ。ないはず、なんだけど……
「ふぅん。お姉ちゃんが出かけたら寂しい?」
「そりゃな。最近は俺が学園に通ってて会える時間も減ってるしさ。クレアねぇに会えないってなると寂しいよ」
「そ、そっか。弟くんは、あたしがいないと寂しいんだ」
……なんで今更になって動揺してるんだ? もしかして、自分から言いよるのは平気だけど、相手から迫られると焦るタイプなのか?
……言われてみれば、今までもそうだった気がする。クレアねぇの意外な弱点を発見だな。いや、弱点というか、可愛いところ?
「まっ、まあそんな訳だから、リズさんの件はしばらく弟くんに任せるわ。今のうちになにか聞いておきたい話はある?」
「そうだなぁ……あ、そうだ。結局、リズって何処の家の娘なんだ?」
「…………え?」
なにを今更みたいな顔をされた。
「ええっと……俺、クレアねぇから聞いてないぞ? リズにも教えて貰ってないし」
「それは、うん。判ってるわよ? ただ、察しの良い弟くんなら、とっくに気付いてると思ってたから少し意外だなって思って」
……うぅん? 俺なら気付いてると思ってた?
それってつまり、俺が知ってる誰かって意味だよな? 俺が知ってる家って言うと、グランプ侯爵家、スフィール伯爵家、ロードウェル子爵家。くらいなんだけど――あっ!
「実はグランシェス家の隠し子とか!」
「だったらリズさんに結婚を強要してるのは弟くんってことになるわね。自分でなんとかしなさいよ?」
「……ごめんなさい、ちょっとした冗談です」
いや、だって本気で判らないんだからしょうがないだろ。そりゃ知り合いって意味なら、学園の卒業生の親とか、ウェルズさんとかいるけどさ。
クレアねぇが目上に対する話し方をするような相手となるとやっぱり思いつかない。
「弟くんにしては珍しく察しが悪いわね。そもそも、リズさんの名前は愛称よ?」
「それがなんだって言うんだ?」
「……ふぅ」
うぉぉ、なんかため息をつかれた。判らないことより、クレアねぇに呆れられたことの方が精神的にキツイ。
「まぁそのうち本人が教えてくれるでしょ。それまで我慢しなさい」
「むぅ、判ったよ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます