エピソード 3ー2 価値観の違い

 お迎えを追い返した日から十日ほど過ぎたが、リズは酷い有様だった。

 実家からの迎えというプレッシャーを掛けられたせいで、結果を出さなきゃと焦っているんだろう。はやる気持ちで作業に取りかかって盛大に失敗する。失敗するからますます焦ってまた失敗と言う、負のスパイラルにはまっている。


「はうううぅ。わたくしがこんなに不器用だったなんて、思ってもいませんでしたわ」

 ある日の昼下がり。

 リズは昼食もろくに食べず、ぱたりと机に突っ伏した。青みがかった銀髪が日差しを受けてキラキラと輝いているけど、リズの心は対照的にどんよりとしているようだ。


「不器用って言うか……」

 ここ一ヶ月ちょっと一緒に行動した結果から見るに、リズは手先が器用とは言えず、運動神経も良いとは言えない。

 だけど――だ。持てる限界を超えた量の荷物を運ぼうとして、転んで豪快にぶちまけたりはそれ以前の問題だと思う。

 ……あれ? それってつまり、性格も不器用って話?


 ………………ま、まぁとにかく、リズが失敗する一番の理由は焦るから。

 焦らないように環境を整えれば、上手く――人並みには……いや、人より少し不得手くらいにはこなせるはずだ。

 だからここは焦って適性のあるモノを探すのではなく、リズのメンタルケアをするのが先決だろう。

 と言う訳で、俺は落ち込むリズを横目に席を立ってアリスを探す。けど……あれ? いないなぁ。さっきまで教室にいたと思ったんだけど。


「アリスが何処にいるか知らないか?」

 俺は近くの机で友達と談笑をしていたエイミーに問いかけた。俺自身はエイミーと親しい訳じゃないけど、同じ服飾を選択するアリスとは仲が良いのでその繋がりだ。

「アリスさんなら、先生に呼ばれてどこかに行ったよ?」

「そっかぁ」

 今日は服飾に顔を出すって伝えておきたかったんだけどな。……そうだな。エイミーに頼めば、アリスには伝わるか。


「あのさ、午後からの選択授業、服飾に顔を出そうと思うんだ。アリスに会ったら、よろしく言っておいてくれないか?」

 何気ない一言。だけどそれを聞いた瞬間、エイミーは眉をひそめた。

「えっと……ごめん、なにかまずかったか?」

 俺の問いかけにエイミーは沈黙する。だけど俺が答えを待っていると、やがて小さなため息をついて口を開いた。

「あのね。私の実家って洋服店を経営してるんだ」

「……らしいな」

 なんでいきなりそんな話をと思いつつも相づちを打つ。


「ウェルズの洋服店って知ってるかな」

「最高品質の洋服を提供する、大陸一のお店だろ?」

「ありがと。けど、それも今は昔の話だよ」

「……この街で新技術を使った洋服が販売され始めたからだよな?」

「うん。今はまだ大丈夫だけど、このままじゃ遠くない未来、うちは潰れちゃう。だからね、私はそうならないように、この街でしっかりと技術を学ぶ必要があるんだよ」

 ようやく話の意図が判ってきた。ようするに、貴族の暢気な遊びで、真剣な自分達の邪魔をするなって言いたいのだろう。


「もちろん、私が貴方たちに口出し出来るとは思ってないよ。でもね、もし貴方達に他人を思いやる気持ちがあるなら、少しだけ考えて欲しいの」

 エイミーはそんな風に言い捨てて、逃げるように立ち去ってしまった。俺はそんな彼女をただ見送るしか出来なかった。

 もちろん、ぜんぜん迷惑を掛けてないなんて思ってない。けどまさか、あんな風に拒絶されるほど迷惑がられてるとは思ってなかったのだ。


「にーさん、あんまり気にせぇへん方が良いよ?」

 いきなり声をかけられて振り向くと、隣にアカネがいた。なんか神出鬼没だな。

「気にしない方が良いって言われてもなぁ。俺達の行動が、みんなに迷惑を掛けてるのは事実なんだろ?」

「うぅん……まぁにーさん達というか、リズちゃんのほうやね」

「リズだけ? どうしてそうなるんだ。失敗してるのは確かにリズだけど……俺がリズをあちこち連れ回してるんだぞ?」

「せやけど、実習を引っかき回してたんはリズちゃんや。にーさんは謝って、そのフォローして回ってたやろ? だからみんな、リズちゃんを厄介に思ってるんよ」

「あぁ……」


 確かにリズは失敗をする度にふさぎ込んでしまっていた。

 だから、必然的にフォローをするのは俺の役目になってたんだけど……そうか。それがみんなの目には、リズの我が儘に写ってたのか。

 ――と、そこまで考えていた俺は自分の顔が強ばるのを自覚した。アカネの背後、こちらを見て今にも泣きそうなリズを見つけたからだ。


「リ、リズ、今のはその……っ」

「わたくし、その――ごめんなさいっ!」

 リズは止めるまもなく、身を翻して教室を飛び出してしまった。俺は慌ててその後を追おうとするけど、寸前でアカネに腕を捕まれた。

「ちょい待ち、まだ話は終わってへんよ」

「後にしてくれ」

 去り際のリズの目に涙が浮かんでいた。さすがに放っておく訳にはいかない。


「気持ちは判るけど、まだ話は終わってへん言うてるやろ。リズちゃんの話の続きやよ」

 俺はその言葉が気になってアカネへと向き直る。

「続きって……どういう意味だ?」

「確かにね、ここ最近のリズちゃんのおこないは褒められたモノやないよ。せやけど、にーさんが上手くフォロー入れてたから、最近まではそれなりになんとかなってたんよ」

「……それはみんなの我慢の限界を超えたって意味じゃないのか?」

 俺の問いかけにアカネは首を横に振り、肩まである紅いストレートヘアを揺らした。


「ここ数日、急にもう一つ噂が流れて始めたんよ。リズちゃんは貴族の娘で、親の決めた結婚が嫌やって我が儘を言うて、この学園に逃げてきたって、な」

「――っ」

 なんで、それを……って、そうか。リズを迎えに来た騎士を追い返した時、それなりの数の目撃者がいた。あの時のやりとりから、そんな憶測が流れたってことか。


「……でもさ、親に決められた結婚を拒絶するのが我が儘なのか?」

「まぁ……貴族の結婚って言うとね。断りたい言うんも、なんとなく想像出来るよ?」

「だったら――」

「せやけどね。平民の子供はみんな、親が自分を育てるのにどれだけ苦労してるか知ってる。……まぁ口減らしに売られる子供もおるけどな。ここにおる子はみんな、そうならへんように、親がここに通わせてくれたんよ」

「……だから、親の言いなりになれって言うのか?」

 それはいくらなんでも同意出来ないと、少しだけ怒気を込める。だって今の俺達があるのは、そう言ったしがらみに立ち向かった結果だから。


「言いなりになれとは言わへんよ。せやけどな、立場が違えば意見も変わる。農民の子供を捕まえて、俺の妾になれって言うてみ? どれだけの子が断ると思う?」

「それは……」

 正確な数は判らないけど、きっと俺の予想よりずっと多い子供が妾になる道を選ぶって意味なんだろう。

 いつ口減らしに売られるかも判らないと怯える子達にとって、衣食住に困らない生活は、それだけで幸せな環境だって思えるから。


 ……そういや地球でも、国王がハーレムに入れる娘を選ぶお祭りで、各地から数百人だか数千人の娘がハーレム入りを夢みて集まるなんて話があったな。

 そりゃそんな感覚からしたら、リズの行動は我が儘そのものだろう。


 でもなぁ……だからって、リズが間違ってるとは思わない。リズの行動を贅沢だって言ってる子達だって、選べるだけの余裕があれば同じ行動を取るはずだ。

 ――って、そんなことを言えば、火に油を注ぐ結果になるのは目に見えてるけどな。


 うぅむ、どうしたものか。出来る対策は……みんなの誤解を解く? いや、価値観が違うだけで誤解じゃないからなぁ。

 ……しょうがない。取り敢えずはリズを慰めてから考えよう。


「アカネ、教えてくれてありがとな。取り敢えずはリズの様子を見てくるよ」

「そうやね。噂については、うちが可能な限りなんとかしとくよ」

「それはありがたいけど……良いのか?」

「うちはほら、自分が技術を身につけるのとは違うから。頑張る方向が違うんよ」

「ほむ……」

 なんか、俺達に貸しを作るのが目的って言われてる気がするなぁ。俺の方見てにやりと笑ってるし間違いない気がする。

 でもまぁいいか。実際ありがたいしな。と言う訳で、俺はアカネにお礼を言って、リズを探すべく教室を飛び出した。

 

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