エピソード 2ー8 アリスティアの思い描く日常
そんなこんなで、俺は少女向けの洋服売り場へとやって来た。
アリスの趣味だからだろう。編み上げのブラウスやティアードスカートなどなど、俺好みの可愛い系の服が多い。
……もしかして、アリスの趣味じゃなくて、アリスが考える俺の趣味なのか?
ま、まぁそれはともかく、だ。基本的には高価な服が多いけど、綿や麻なんかで作られたそこそこ安価な服も売り始めている。
それでも、農民なんかが買うにはまだ少し高いけどな。
数が出まわって品揃えが増えればどんどん値下げすると確約してるので、みんな財布と相談で、無理のない値段になったら買い始めているようだ。
ちなみに、段々値段を下げるのは、そうしないとすぐ売り切れになるからだ。
最初は金貨百枚で二十着ほど売りに出したんだけど、一瞬で売れた上に、倍の値段を出すから売ってくれとか言う人がつめかけて大変だった。
まあそんな訳で、農民がここの服を買うのは、もう少し先の話だろう。
「にーさん、こんなところでどうしたん? 女の子へのプレゼントでも買いにきたん?」
聞き覚えのある声に顔を上げると、制服姿のアカネと出くわした。
「俺はアリス達の付き合いだよ」
「そう言う割には一人みたいやけど?」
アカネは周囲も見回しながら尋ね来る。それに対して俺はため息で答えて見せた。
「みんなが下着を選び始めたから逃げてきたんだよ。そう言うアカネは一人なのか? と言うか、なんで休日まで制服なんか着てるんだよ?」
「うちはエイミーの付き添いなんよ。今は別々に行動中やけどね。そんでもって、制服なのは、これが一番着心地が良いからやね」
「……ん?」
割高とは言え、無理すれば買えない値段じゃない。大きな商会の娘であるアカネなら、服の一着や二着は普通に買えるはずなんだけどな。
「市販の服には紋様魔術が刻まれてへんやろ?」
「あ~、そうだったな」
制服にはレーザー級のほかに、一定以上の紫外線をカットや、空調の紋様魔術が刻まれている。一般に販売されてる服にはない機能なので、着心地が段違いなんだろう。
俺の私服はアリスが紋様魔術を刻んでくれてるので、すっかり忘れていた。
「ふぅん……?」
気付けば、アカネが俺のジッと見つめていた。
「な、なんだよ?」
「普通は服を着比べれば、すぐに判るやろ? それやのににーさんは気付いてへんかった。もしかして、その私服にも紋様が刻まれとるんか?」
それを聞いた瞬間、俺はしまったって表情を浮かべてしまう。それだけで十分だったのだろう。アカネはなるほどと笑みを浮かべた。
そして何気なく周囲を見回し、なんでも無いような口調で言い放つ。
「そう言えば、このお店の衣類って、アリスブランドって言うんやね」
今度は顔に出さなかった自信はある。そもそも、アカネは俺から視線を外しているから、俺の反応は判らない。ようするに、なんとなく気になったから聞いたけど、真実を暴くつもりはないって意思表示だろう。
まあアカネになら、アリスがアリスブランドの創設者だって知られても大丈夫だと思うけどな。せっかくの好意だし、ありがたく惚けておこう。
ってな訳で、俺はサラッと世間話として受け流し、別の話題へと移る。
「そういや、アカネはなにか良い商売が見つかりそうなのか?」
「うぅん。それがなかなか上手いこといかへんねぇ」
どうしてと聞いてみると、この街で作られたモノはどれも生産量が少ないので取り扱う商人が決まっていて、新規で介入する余地がほとんどないのがネックらしい。
「生産量が増えたら事情も変わると思うんやけどね。初動で負けたんは痛かったなぁ」
「そうなると可能性が高いのは、新商品の販売に関わること、か?」
「そうやね。そんな訳でにーさん、なにか商売のネタは知らんか?」
「ん~、新商品は放っておいても出てきそうだけど……」
既存のジャンルの新商品は、既に契約してる商人がいるだろう。コネでまわすのは簡単だけど、努力で掴んだ人の契約を取り上げるつもりはない。
そうなると、新たな産業か……もしくは既存の、だけど他の街には出まわってない商品ってことになるけど、そんな都合の良い物は……あぁ、一つだけあったな。
「あえて言えばナマモノ系かなぁ」
この街の商品を取り扱うという趣旨と外れるけど、輸送して貰いたい各地の特産品は無数にある。もしそれが出来るなら、うちのお抱えとしても良いくらいだ。
「ナマモノかぁ。もし腐らせずに輸送出来れば、需要はありそうやね」
「そうだな。冷やして保存すれば日持ちしたりはするけど、そんな手段は限られてるしな。それに今の交通手段じゃ時間が掛かりすぎる」
例えばリゼルヘイムまでは馬車で五日。
馬車は舗装されてない道を通った場合、一日で60km程度だったはずだ。つまり、リゼルヘイムまではおおよそ300kmと言う計算だ。
300kmの輸送で五日。常温でナマモノを運ぶには問題がありまくる。
「なるほどなぁ。輸送手段の改善は……ちょっと思いつかへんけど、冷やして保存言うのは面白そうやな。冷やしたら、日持ちするていうことやんね?」
「ああ。それに、凍らせばもっと保つはずだぞ」
この辺は暖かい地域なので、自然の氷はまず存在しない。けど、この世界には魔術があるからな。氷を作るだけなら不可能じゃないはずだ。
コスト的に考えると……さすがに無理があると思うけどな。
「なるほどなぁ。少し考えてみるわ、ありがとな」
「どういたしまして……って言うか、少し意外だな。無理の一言でバッサリいかれると思ってたぞ」
「否定してたら、商売のネタはみつからへんからね。何事もまずは可能性を考えてみる様にしてるんよ」
「へぇ、しっかりしてるんだな」
「褒めてもなにもでぇへんよ?」
と言いつつ、アカネは少し照れくさそうな笑顔を見せてくれた。
それから二言、三言と世間話をしていると、どこからともなくアカネを呼ぶ声と、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
アカネを呼ぶのはエイミーで、俺を呼ぶのはアリスたちだ。
「それじゃ迎えも来たし、俺はもう行くな」
「そうやね。うちも――っと、その前に一つだけ忠告や。リズちゃんのこと、気を付けたった方が良いよ」
「リズを? どういう意味だ?」
「うちも詳しい事情は知らへんけどね。なんやきな臭い連中が彼女のことを聞いてまわってる見たいやよ」
「ふむ……教えてくれてありがと」
家の者が探してるのか? それとも、別件でなにかあるとか? 分からないけど、取り敢えず気を付けた方が良いだろう。
「気にせぇへんで良いよ。それじゃうちはもう行くわ」
「おう、それじゃまた、学校でな」
アカネと別れてアリス達と再び合流。俺達はそのまま街の探索を再開した。
その後は足湯カフェに立ち寄り、みんなで仲良くお喋りをする。そうして日が傾き始めた頃、みんなで学生寮に帰宅と言う流れになった。
「ん~今日は久しぶりに遊んだね~」
俺の隣を歩いていたアリスが満足気に声をもらす。
「ちゃんと楽しめたか?」
「うんうん。今日はすっごく、凄く楽しかったよ。中学や高校に通ってたら、きっとこんな感じだったんだろうね」
「そうだな……」
俺や紗弥が健康な体だったら、こんな光景が毎日のように続いてたんだろう。前世では叶えられなかったけど、この世界で叶えられたのは凄く嬉しい。
最初はアリスにだけ通って貰うつもりだったけど、俺も一緒に通って良かった。
でも……俺はそんな大切な時間の多くを、リズのために使ってる。もう少しアリスやソフィアの為に使うべきなのかな――と、そんな風に思ったんだけど、
「……良いんだよ」
アリスは俺の内心を見透かしたかのように呟いた。
「リオンはそれで良いんだよ。リオンのやりたいことを、やりたいようにすれば良いんだよ。自由に生きて、幸せになって……って、そう言ったでしょ?」
「それは……でも、俺と一緒に通いたかったから、あんなに怒ったんじゃないのか?」
学校に通うのはアリスだけだと言ったあの日、アリスは理不尽な理論を持って、俺が学校に通うように迫ってきた。
だから、今の状態は不満なんじゃないかなと思ったんだけど……
「私が怒ったのは、リオンが自分の気持ちを押し殺そうとしたからだよ。リオンだって本当は、私やソフィアちゃんと学校に通ってみたいって思ってたでしょ? なのに私のために自分は裏方に回るって言った。だから、怒ったんだよ?」
「そう、だったのか」
予想外……ってことはないな。
今にして思えば、アリスは学校に通いたいって我が儘すら言わなかったのだ。そんなアリスが、俺と一緒に通えないからと言う理由だけで怒るはずがないのだ。
あれは、俺のために怒ってくれてたんだろう。
「それにね、リオン。リオンは穏やかで普通の学園生活を私に――なんて思ってたみたいだけど、私は普通じゃなくて良いの」
「それは……波瀾万丈が良いって意味なのか?」
確かに今までも穏やかな日々とは言えない感じだったけど、平和な毎日の方が良いと思うんだけどなって思ったら、アリスはやんわりと首を横に振った。
「普通かどうかじゃなくて、リオンと学校生活を送ることが大事なの。そして、リオンと一緒にいて普通の学校生活を送れるなんて思ってないよ」
「……酷くないか?」
「だって、現に送れてないでしょ?」
ぐぅの音もでねぇ。
一緒に学校に行って勉強して、昼休みは一緒にご飯を食べて、帰りも一緒に帰る。そんな穏やかな日々を想像していた結果がこれだもんな。
いやまぁ、今上げたようなイベントは適度にこなしてるけどさ。その合間に発生してるリズがらみのあれこれが忙しくて、穏やかな日々という感じがしない。
「そう言う訳だから、これからもリズさんに協力してあげてね」
「……良いのか?」
「私はリオンを束縛したい訳じゃなくて、リオンと一緒に学園生活を送りたいの。だから、リオンがリズさんの手伝いをするのなら、私はそれに協力する。それが、私の思い描く、リオンとの楽しい学園生活だよ」
アリスは穏やかな微笑みを浮かべた。
傾き始めた日差しを受けて、桜色の髪がキラキラと輝いている。その瞬間を切り取って、ずっと保存したくなるような光景。
俺は自分の鼓動がとくんと跳ねるのを意識した。
「それにね。今日一日一緒に行動して、リズさんが凄く一生懸命頑張ってるって判ったから。私もリズさんに協力してあげたいって思ったの。ソフィアちゃんも同じ結論だよ」
悪戯っぽい微笑み。
もしかして、今日リズを誘ったのには、そう言う理由もあったのかな? 一緒に遊んでみて、良い子そうなら協力する、とか。
真相は判らないけど、優しくて頼りがいのある女の子たちなのは事実だ。
リズがなにを出来るのか、どうやって成果を出すかはまだ思いつかないけど、みんなが協力してくれるのならきっと上手くいくだろう。
そんな風に思ったその時、
「触らないで下さいましっ!」
リズの甲高い声が響いた。
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