エピソード 2ー7 ショッピング
リズと行動を共にしてから、あっという間に一ヶ月が過ぎた。
そんな六月の午後。授業を終えた俺は、屋敷の足湯に浸かってくつろいでいた。
「ふぅ~、やっぱり足湯は最高だなぁ……」
足湯に浸かって疲れた体を癒す。
この世界には前世のような娯楽はないけど、自宅にいながら足湯に浸かれる環境は最高だ。コタツとはまた違った魔力があるような気がする。
これで、後はリズの件が上手く行けば良いんだけど……リズに適性がありそうな選択科目は相変わらず見つかってない。
いや、さすがに最初の日みたいな失敗は……一日に一回くらいしかない。だから、なんとかなりそうな科目だって零じゃない。
人並み――いや、頑張れば人並みにこなせそうなモノはいくつかあった。
どれか一つを一生懸命に頑張れば、いつかは人並み以上に上達すると思うけど、それじゃ多分、卒業までに家の人を納得させるレベルに届かない。
……うぅん。どうしたものかな。俺がさり気なく技術提供する選択肢もあるけど……出来ればそれは最終手段にしておきたいし……なんて考えていると、パタパタ走る足音が近づいてきた。
「リオンみ~っけ」
アリスが俺の腕に抱きつくように座った。そして制服のスカートを軽くまくり上げて足湯にそっと足を付ける。
「アリスはいま帰りか? 結構遅かったな」
「えへ、ソフィアちゃんと料理の研究をしてたんだよ」
「そうなんだ? それじゃ、ソフィアは?」
「ソフィアもいるよ~」
反対側から声が聞こえ、ふわりと俺の隣りにソフィアが座った。そしてやっぱりスカートの裾をまくり上げて、足湯にゆっくりと足を付ける。
スカートの裾をまくり上げた女の子が両脇に……白い太ももがまぶしい。
「二人とも、足にタオルかなにかを掛けた方が良いんじゃないか?」
俺がそう言った瞬間、二人は俺を挟んで顔を見合わせ、クスクスと笑い声をこぼした。
「リオンお兄ちゃん、心配してくれてるんだね。でも大丈夫だよ。このスカートの中は、他の人には見えない仕様だから」
「もちろんそれは覚えてるよ」
アリスの刻んだ紋様魔術で、スカートの中が見えそうになったら謎の光りが現れて見えなくなるのだ。ダークネスの紋様魔術が刻まれている制服を着る俺以外には、な。
……一応言っておくけど、アリスが勝手にやっただけ。俺が頼んだ訳じゃないからな?
「そもそも他の人はいないから、そっちは心配してないよ。だけど俺には見えちゃうから、気を付けなきゃダメだろ?」
「ん~、つまりリオンお兄ちゃんは、ソフィアたちのスカートの中が見たいの?」
「ぶっ!?」
な、なんてことを直球で聞きやがりますかね。
「どうなの、リオンお兄ちゃん?」
「いや、えっと……み、見たいか見たくないかじゃなくて、見えそうなのが問題なんだ」
「つまり、リオンは私達のスカートの中が見えそうで気になって仕方ないんだよね? 良いんだよ、我慢しなくても」
むおぉ、反対側からも攻撃が飛んできた。なにこの状況。足湯で左右に侍らせた美少女に誘惑されるとか、のぼせたらどうしてくれる。
――けど、二人がこんなに直接的な行動を取るのは、そう言うこと……だよな。
「二人ともごめん。けど、大丈夫だから」
俺は自分にしがみついてくる二人の手を握り替えした。二人はそんな俺の行動に驚いて顔を覗き込んでくる。
「……リオン?」
「……リオンお兄ちゃん?」
「みんなで学校に通おうって言ったのにな。最近一緒に遊べなくてごめん。リズにばっかり掛かりっきりでごめん。でも、二人がどうでも良くなった訳じゃないから」
リズ自身が放っておけないって言う気持ちも確かにある。けど俺が一番に考えてるのは、アリス達が楽しい学園生活を送ることだ。
もしリズを放っておいて、アリス達の前でリズが無理に連れ帰られるなんて事態になったら、せっかくの学園生活が色あせてしまう。
それがリズを助ける一番の理由。
「……だから、そんな風に心配しなくても良いよ」
……って、なにを言ってるんだろうな。下手をすれば、いや下手をしなくても、俺が好きなのはお前達だから大丈夫って言ってる様なもじゃないか。
あーあーあーっ、考えたら余計に恥ずかしくなってきた!
そもそも二人が俺をからかってるのだって、不安だからとは限らない。ただふざけてるだけって可能性もあるんだ。なのに心配しなくて良いって、自意識過剰すぎだろ。
「悪い、忘れてくれ」
恥ずかしくなって誤魔化す。そうして「それより、次の休みは三人で遊びに行こう」と切り出した。それに対して二人は顔を見合わせ――アリスが口を開いた。
「三人……ってここにいる三人?」
「ホントはクレアねぇもって言いたいけどな。クレアねぇと一緒に行動すると、俺達が関係者だってバレちゃうからな」
クレアねぇには悪いけど、別の機会を設けて許して貰うつもりだ。
「リオンだって、リズさんの面倒を見なきゃいけないんじゃないの?」
「そうだよ。クレアお姉ちゃんにも頼まれてるんでしょ?」
「リズの件はちゃんとするよ。でもたまの休みくらいは、な」
少しでも早くリズの適性を見つけなきゃという思いはある。けど、あんまり根をつめすぎたって上手く行かないと思うし、二人を蔑ろにするのも嫌だ。
だから、次の休みは三人で遊びに行こうと思ったのだ。
「リオンは優しいね」
「……それ、みんなに優しいって皮肉だったりしないか?」
疑惑の目を向けると、アリスは悪戯っぽい微笑みを浮かべた。そして二人同時に示し合わせたように、俺の耳元に唇を寄せてくる。
「確かに今のはみんなに優しいって意味だよ。だけど――」
「リオンお兄ちゃんは、ソフィア達をちゃんと見てくれる。特別扱いしてくれる」
「そんなリオンが、私達は――」
「「――大好き、だよ」」
左右から響く、甘く囁くような声。
頭に血が上ってクラクラする。いや、違う。ずっと足湯に浸かってたから、のぼせただけだ。断じて二人にのぼせた訳じゃない。……ぱたり。
そんな訳で、俺達は次の休みに出かけることに。そうして訪れた最初の休日。俺とアリスとソフィア。それにリズを加えた四人は、街の広場に集合していた。
……いや、誤解しないでくれ。別に俺がリズを呼んだとか、リズが私も連れて行って欲しいと言い出した訳じゃない。
リズを誘ったのは、アリスとソフィアの二人だ。
二人はリズの事情を知った上で、未だに特技が見つかっていない現状を知ってる。だから、リズにも息抜きをさせるべきだって申し出てくれたのだ。
まあ、それでも少し迷ったんだけどな。結局は二人の好意に甘えることにしたのだ。
「今日はお誘いありがとうございます。よろしくお願いしますですわ」
リズがぺこりと頭を下げる。
「こちらこそよろしくね。いつもリオがお世話になってます」
「うんうん。いつもお兄ちゃんがお世話になってます」
ええい止めろ、お前らは俺の母親かなにかか。そしてお世話をしてるのは俺の方だからな。いや、なんとなく俺の所有権を主張してるんだって言うのは判るけどさ。
リズは絶対、そう言う含みのある発言には気付かないからな。
なんて俺が突っ込みを入れるまでもなく、リズは「そんなっ、お世話になってるのはわたくしの方ですわ」とか慌てている。
少しずれているけど、それ故に険悪な雰囲気にはならない。出来ればそのまま仲良くしてくれと願わずにはいられない。
「挨拶はその辺で良いだろ。それより、まずは何処に行くか決めようぜ。ってことで、みんなは何処に行きたい?」
俺はさり気なく話を変えてみんなに尋ねる。
「私は洋服のお店に行ってみたいかな」
「ソフィアはねぇ、最新のケーキが置いてるカフェに行ってみたいかな」
「わたくしは……ランジェリーショップに興味があります」
アリス、ソフィア、リズの順番で口々に言った。と言うか、若干一名、男の俺がいるのを忘れてるような発言があるけど、出来ればスルーしたい。
「ちなみに俺は――」
「足湯でしょ?」
「足湯だよね?」
「足湯ですよね?」
「――何故判った!?」
呆れられた。そんなに足湯足湯言ってるつもりはないんだけどなぁ。まさかリズにまで言い当てられるとは思わなかったぞ。
「しかし、行きたいところは見事にばらばらだなぁ……」
「そうでもないよ。両方回れば良いんじゃない?」
アリスがこともなげに言い放つ。けど……
「いや、まさか俺をランジェリーショップに連れて行くつもりじゃないだろな?」
「え、そのつもりだけど」
「そのつもりって……」
年頃の男女が一緒に水浴びをするような世界で生まれ育った二人はともかく、前世の記憶があるアリスは自重しろよ。
――って思ったけど、アリスに常識を期待するのが間違いだった。
「……なんか、酷い事を考えられてる気がするよ?」
「気のせいだ。って言うか、俺は外で待ってるからな?」
「うぅん……まぁ、その話は後でしよ? 取り敢えず洋服を選ぶのを手伝ってよ。洋服店になら一緒に来てくれるでしょ?」
「それくらいなら良いけど……絶対ランジェリーショップの中には入らないからな? 絶対だからな!?」
とまぁそんな訳でやって来たのは、大通りにある大きな洋服店。
「騙された……」
俺は店内の絨毯に崩れ落ちて項垂れていた。
ミューレの街にあるアリスブランドのお店。それは洋服に靴、そして下着までを扱った総合店だったのだ。がっくし。
いや、冷静になって考えれば、大きな店を見た時点で予測出来たんだよな。ミューレの街で売ってる洋服はアリスブランドが大半。
洋服だけでショッピングモールのような規模になるはずがない。
「リオンはなにしてるの?」
打ちひしがれているとアリスが戻ってきた。
って言うか、
「リオンって呼ぶな、リズに聞かれたらどうする。あと、簡単に騙された自分の馬鹿さに落ち込んでるだけだからほっといてくれ」
「ふぅん? そんなことより、見て見て?」
「そんなことって、お前なぁ……」
ため息まじりに立ち上がる。そうしてアリスを見た俺は思わず硬直した。アリスが淡いブルーのブラを胸に添えていたのだ。
「この下着、私に似合うかな?」
「ブラを胸元に当てるのは止めれ。想像しちゃうだろ」
しかも、さり気なく――なのかわざとなのか、タグにアンダー65のEと書いてるのが見えてんぞ。バスト推定85かよ。
前から思ってたけどむちゃくちゃスタイル良いな!
――あっ! でもこの世界の単位と地球の単位は違ったはずだ。そうなると、さっきの数字もcmとは違うのか?
「ちなみに、この世界の長さってあやふやだったから、ミューレの街では地球と同じ単位を使ってるよ。メートル原器が存在しないから、長さは私の目測だけどね」
「……そうですか」
タグが見えてるのはわざとだったか。
ちなみにアリスの言ったメートル原器というのは、この長さが1mだって基準となる棒のことだ。それがないから、アリスが目測で1mを決めたって意味だけど……
アリスの目測だろ? この世界の1mと、地球の1mがほぼ同じくらいだって言ってるようなものじゃないか。
つまり、さっきの数字は限りなく正確だってこと。……やっぱり発育良すぎ。
「それで、このブラ、私に似合うと思う?」
「……だからさぁ。そんなのを俺に聞いてどうするつもりなんだよ?」
「え、ここで私が買う下着を見せておけば、私はいま、あの時の淡いブルーの下着を着けてるんだよ? とか言って誘惑出来るじゃない」
「そんな恐ろしいこと考えてるのかよっ!」
そんな風に言われたら、絶対今日の光景とあわさって想像しちゃうぞ。恐ろしい。
「と言う訳で、私はこの淡いブルーの下着と、刺繍入りの黒い下着を購入するね」
「だーかーらー、見せるなって!」
と言いつつも、目はそらせない。子供の時は視線がそらせたのに、最近は二次成長も終わって、体が精神に影響を及ぼしてる気がする。
……言い訳だけど。
「リオお兄ちゃん、聞いて聞いて、ソフィアね、トップが78になったんだよ!」
「わたくしも85ありましたわ。これって、どういう数字なんですの?」
アリスの下着選びに付き合わされていたら、ソフィアとリズも下着を携えて戻ってきた。って言うか……
「だから、な? その情報は軽々しく男に教えて良いものじゃないんだって」
あんまりにも無防備な二人。アリスは判っててやってる節があるけど、こっちの二人は天然っぽいから、こっちが恥ずかしくなる。
いやいや、落ち着け。落ち着いて冷静になれ。
ソフィアのトップが78。トップだけで比べるとアリスよりかなり小さいけど……ソフィアの身長は150cmくらい。更には体型も小柄で、アンダーはたぶん60くらい。
つまり、Dカップはある計算だ。
リズもトップ85とか言ってたから……ソフィアよりは肉付きが良いからアンダー65としてもEカップ。
いくらこの世界の子供の成長が早いからって、二人とも発育良すぎじゃないか? アカネとかが聞いたら泣くぞ、たぶん。
…………って、冷静に検証してどうするよ。
「ふふん、リオってば、なにを考えてるのかな?」
アリスがニヤニヤ言いそうな顔で話し掛けてくる。
「分かってるくせに聞くなよな。と言うか、俺は洋服でも見てくるよ」
「……もしかして、嫌だった?」
答えにくいことを。
そりゃ俺だって男だし、アリスやソフィアを意識してないと言えば嘘になる。だから、この状況が嫌か嫌じゃないかで言えば――大歓迎だ。
けど……
「リズがいるからな。そういうの分かってないみたいだし、俺が気づかうべきだろ」
「……リオン。無理しちゃって」
「うっさい。と言う訳で、俺は席を外すから」
俺はソフィアとリズにも聞こえるように言って踵を返す。だけど寸前で言うべきことを思いだして、もう一度アリスの方を見た。
「……ん? どうしたの?」
「アリスは元が可愛いんだからさ。黒の下着でえっちぃお姉さんっぽく振る舞わなくても、清純な下着で十分魅力的だと思うぞ?」
「ふえぇっ!?」
一瞬でアリスが真っ赤になる。それを見た俺は仕返し完了とばかりに笑って、今度こそ本当に立ち去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます