エピソード 2ー6 どう足掻いてもドジっ娘
結局、アリスはエイミーと服飾の授業に。ソフィアはアカネと料理の授業に。俺はリズと各種選択授業を見てまわることになった。
そんな訳で、昼休みの終わり。
俺とリズは教室の片隅で、どの選択授業から見てまわるかを話し合っていた。
「選択授業を選ぶ訳だけど、なにか特技とかはあるか? 後はやってみたい科目とか」
「特技はう――」
「……う?」
「うえぇですわ!?」
意味が判りません。
「ふざけてないで、真面目に答えてくれ」
「……ごめんなさいですわ。えっと、護身術は少々、あとは精霊魔術もほんの少しだけ使えます。他は礼儀作法くらいでしょうか? やってみたいことは……なにがあるかも判ってないので、すみません。良く判りませんわ」
「ふむ……」
なるほどね。精霊魔術が使えるのは意外だけど、他は典型的な貴族令嬢って感じか。この調子だと農作業なんて経験もないだろうし、他の分野も同じだろう。
うぅん。成果を上げさせるのは簡単だけど、周囲に認めさせるのはもちろん、本人にも出来れば自信を付けさせる形で成果を出させて上げないとダメだよな。
俺の代わりに褒められてるだけ――なんて、クレアねぇと同じ失敗はしたくない。でもそうなると、なにを選ぶか……取り敢えず、片っ端から見てまわるか?
――そんな訳でやって来たのは、ミューレ学園が管理する農場。リズはその片隅で膝を抱えてめそめそと泣いていた。
何があったかを三行で説明すると――
「お、おい、リズ? そんなに一杯持って大丈夫なのか?」
「大丈夫です。こう見えてもわたくし、力には自信があるんですのよ――きゃっ!?」
「うあああああ、畑に蒔く灰がああああああっ!?」
といった感じだ。
ちなみに一度だけではなく、三パターンくらい。
ぶちまけた灰なんかは俺が精霊魔術で元に戻しておいたけど、みんなの目は冷ややかだった。アカネの予想通り、真剣な生徒達から見たら、俺達は遊び半分で邪魔をする放蕩貴族に見えるのだろう。
そんな訳で、俺はみんなに謝ってまわってからリズの様子を見に来た。
「で、リズはいつまで落ち込んでるんだ?」
食堂で貰ってきた紅茶の入ったコップを差し出しながら尋ねると、リズはのろのろと顔を上げてコップを受け取った。
「……冷たいですわ」
「精霊魔術でちょっとな。ホットの方が良かったか?」
「いえ、感謝しますわ」
リズはそう言って紅茶を一口、こくりと喉を鳴らした。
だけどその後は再び沈黙してしまう。一回失敗して慌てて、そのまま立て続けに失敗したからなぁ。相当にショックだったんだろう。
「……リオさんは、精霊魔術も得意なんですのね」
なんで今そんな話をって思ったけど、その言葉は飲み込んでおく。多分話の切っ掛けが欲しかったんだろうと思ったからだ。
「リズも精霊魔術を使えるんだろ?」
「わたくしのは……その、魔力に致命的な欠点があるそうで……他の二つは天才だって言って貰ったんですけど……」
「あぁ……」
精霊魔術で重要なポイントは三つ。
イメージ精度に、魔力変換速度。そして魔力品質だ。
イメージが鮮明なら、発動する事象の精度や自由度が上がる。アリスが精霊魔術で好き勝手やってるのは、この精度がずば抜けているからだ。
次に魔力変換速度。これが速いほど、短い時間でより多くの魔力を生成し、強力な魔術を使うことが可能になる。
そして最後。魔力品質だ。これはようするに、変換効率だな。品質が高ければ、同じ魔力量でも、より大きな力を使うことが出来る。
魔力に致命的な欠点というのは、最後の一つがダメダメと言うことだろう。
例えるなら、手料理を上げるから精霊さんお願いを聞いてって、凄く美味しそうな料理を作るんだけど、その味は殺人レベル――とか、そんな感じだ。
せめて逆なら。例えば作るのに時間はかかるし見た目はアレだけど、ちゃんと美味しい料理を作れるとかならフォロー出来たんだけどな。
「ちなみに、まったく発動しないのか?」
「いえ、それが……威力が持続時間に変換されるようで、一応は発動するんですが、まるで使い物にならなくて……」
「ほむ……」
アリスですら十数秒とか言う話だし、例え数分もったとしても使い道がないって言うのは判る。けど、威力が下がって持続時間が延びるって言うのは謎だな。
せっかくリズが作った手料理、残す訳にはいかないだろ? とか言って、真っ青になりながらも時間を掛けて食べたりする男前な精霊がいるのだろうか……?
いやむしろ、まずい手料理とかご褒美です! とか言っちゃう、変な精霊が……
「……わたくし、こんなに自分が不器用だなんて知りませんでしたわ」
話が飛んだ――けど、多分、さっきのは前振り。こっちが初めから話したかった内容なんだろうなと思って、リズの話についていくことに、
「今までは……その、失敗とかしなかったのか?」
あれだけのドジっ娘っぷり、普通はもっと早く気付くだろ――と言うニュアンスをオブラートにくるみまくって尋ねた。
「身の回りのことはお付きのメイドがしてくれてましたの。だから、自分が不器用だなんて思ってもいませんでしたわ。やらないだけ、やれば出来るって思ってたんですの」
……あぁ、まさに箱入り娘だったんだな。
「なら実際にやってみて、自分が不器用だって知ったんだな?」
「……リオさんの目から見てもやっぱり、わたくしは不器用なんですのね」
俺はその問いに答えず、無言で畑仕事をする生徒達へと視線を向ける。正直、お世辞でも不器用じゃないなんて言えない。せめて答えないのが、俺の精一杯の気遣いだ。
「……やっぱり不器用なんですわね、ぐすっ」
あぁ余計に落ち込ませてしまった――って、しょうがないじゃん! 今日一日の様子を見て、どう見ても不器用なんだから。
相手の為になるのなら嘘だって吐くけど、後で悲しませるって判ってる嘘はつけない。
「確かにリズは運動音痴だ。手先が器用だって可能性だけなら――今のところは、まだあるけど、それもあんまり期待出来そうにない。リズはハッキリ言ってドジっ娘だ」
「……ドジっ娘。運動音痴。可能性は、まだ……」
「えぇい、落ち込むな。事実なんだから諦めて受け入れろ」
俺はリズの両肩を掴んで神秘的な紫の瞳を覗き込む。
「リ、リオさん、顔が、顔が近いですわ……」
俺に拘束されているリズは俺から逃れようとする。だけど俺はふざけてる訳でも口説いてる訳でもない。真面目な話をしてるのでリズを逃がさない。
やがてリスは諦めたように、赤らめた顔だけを俺からそらした。
「……リオさん、酷いことを言ってる自覚ありますの?」
「もちろんあるよ。でも事実なんだからしょうがないだろ? それとも、大丈夫だよって慰められて、いつまで経っても結果を出せない方が良いのか?」
「それは……嫌ですけど。でも、こんなに不器用なら、結果は同じですわ」
「それは諦めるって意味か? リズが諦めるって言うなら、優しく慰めてあげるよ。でもそうじゃないなら、優しくは出来ない」
「まだ、わたくしに出来ることがあるって言うんですの?」
「判らないから探すんだよ。少なくとも、ここには他に試せる科目が一杯あるからな」
やる気さえあれば、リズに向いてるなにかがきっと見つかるはずだ。……いや、見つけるまで探し続ければ良いだけだ。
「……リオさんは、まだわたくしに力を貸してくれますか?」
「リズが諦めないならな」
どうすると視線で尋ねる。リズは少し視線を彷徨わせていたけど、やがて真っ直ぐに俺を見て頷いた。
「わたくしは諦めませんわ。ですからどうかお願いします、わたくしを導いて下さい」
「あぁ、任せろ。ちゃんと家の人に胸を張れるようになるまで付き合ってやる!」
その日から、俺とリズは日替わりで各種選択授業を受けるようになった。
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