エピソード 2ー3 伝説の木

 学園生活が始まって一週間ほどが過ぎ、ようやく周囲は落ち着いてきた。

 真面目な授業態度が評価されたのか俺の噂も鳴りを潜め、ちらほらとクラスメイトが話し掛けてくれるようになってきた。


「ようリオ、今日は昼飯を一緒にどうだ? もちろん、アリスティアさんやソフィアさんも一緒にな!」

 ――男子達はアリスやソフィアが目当てだけどな!


「リオくん。午後からの実習は私達と一緒にどうかな? あっ、もちろん、アリスティアさんやソフィアさんも一緒にだよ!?」

 ――女子達もアリスやソフィアが目当てだけどな!


 って言うか、なに? なんなの? なんでアリスとソフィアは男女ともに人気があって、俺はそのオマケみたいな扱いなんだ?

 いや、二人が楽しそうだから良いんだけどさ。良いんだけどさぁ!


 なんて思ってたら、今度は男女のペアに話し掛けられた。今度はなんだ――って、アカネとトレバーか。最近、君らは仲が良いな。

「師匠は相変わらずモテモテだな」

「何処がだよ。男子はしょうがないとしても、女子もアリスやソフィア目当てだぞ?」

 俺がため息まじりにこぼすと、二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

「なんだよ?」

「いや、師匠も案外鈍感なんだなと思ってな」

「は? 俺が鈍感? そんなはずないよな?」

 俺は同意を求めてアカネへと視線を向ける。


「嫌やわぁ。うちは嘘なんて吐きたないのに、そないなこと聞かれても困るわぁ」

「ええええぇ……それって鈍感って意味だよな?」

「どうやろねぇ。中心にいたら案外気付かへんモノなのかも知らへんねぇ」

「ん? どういう意味だ?」

「あの二人に勝てる――少なくとも自分でそう思える女の子なんて、まずおらへん言うことやよ。うちかて、あんな強烈な牽制を見せられた後やったら、にーさんによう話し掛けからへんかったと思うわぁ」

 良く判らんと首をひねったら「それがにーさんが鈍感な証拠やん」と笑われた。

 なんか悔しい。


「そうそう。それで、そんな茨の道に挑む挑戦者――かは知らへんけど、にーさんにリズちゃんから伝言や」

「……リズが?」

 リズって言うのは、入学初日にアカネやトレバーが注目していた、ぽやぽやっとした女の子だ。

 ちなみにこの一週間で判ったんだけど、ぽやぽやっとしてるのは見かけだけじゃなくて、性格もだったりする。なんというか、ちょっと不器用な感じなのだ。


「それで、リズはなんて?」

「なんや話があるから、校舎裏に来て欲しいって言うとったで」

「話、ねぇ……」

 他人を使ってこそこそと呼び出してまでする話? リズとは特に仲良くなった訳でも無いし、なんの用か想像がつかないな。

「まるで告白の呼び出しやね」

 なんで日本人みたいな結論に行き着くんだって思ったのは一瞬。すぐにその理由に思い至った。


「アカネはあの噂を知ってるのか」

「これでも商人の卵やからね。うちとしては、にーさんが知ってる方が意外やわ」

「――二人ともなんの話をしてるんだ?」

 校舎裏にまつわる噂を知らないのだろう。トレバーが聞いてくる。


「実は校舎裏に一本の樹が植えられてるんだけど、それが伝説の木なんだ。んで、その樹の下で告白をしたら、二人は幸せになれるって噂があるんだよ」

 俺が説明をしてやると、トレバーはなに言ってるのお前みたいな顔をした。まぁ気持ちは判る。開校五年目の春でそんな話、普通は有り得ないもんな。


「お前の言いたいことは判るけど、勘違いだぞ。俺はそんな伝説があるって言ったんじゃない。伝説の木の下で云々って言う、噂があるって言ったんだ」

「……うん? それの何処が違うんだ?」

「噂はあくまでも噂だ。でも、伝説の樹があるのは事実なんだよ」

 具体的に言うと、校舎裏に樹の苗を植えたのはアリスだ。そしてその苗は僅か三年ほどで、なにやら神々しくて立派な樹へと成長した。

 なので、みんなから伝説の木だと呼ばれている。


 ところで話は変わるけど、アリスはエルフであり、ハイエルフの先祖返りでもある。そして族長の娘だったりもする。

 そしてエルフの里と言えば、世界樹が植えられていたりして、その管理はハイエルフとか族長とかがするのが一般的なお話である。


 ……まぁようするに、そう言う訳だ。さすがアリス、自重しないな。


「まあでも、リズが告白って言うのはないと思うけどねぇ」

「だろうな」

 リズが噂を知ってるとは思えないし、告白されるようなフラグを立てた覚えもない。なにか人に聞かれたくない話があるんだろう。

「それで、行かへんの?」

「はい?」

「だから、リズは先に校舎裏で待ってる、言うとったで?」

「話があるって今かよっ!」

 それを先に言ってくれと思いつつ、俺は慌てて校舎裏へと向かった。



 そうしてやって来たのは校舎裏――と言うにはやたらと景色の良いスペース。

 周囲には草木が植えられて程よく目隠しされた広場で、地面には芝が敷き詰められている。そんな趣のある空間の中央に、一本の世界樹が存在感を示している。

 まるでこの空間の設計者が、ここで告白しろと用意したんじゃないかと勘ぐるような箱庭がそこにはあった。

 そんな世界樹の下。リズが青みがかった銀色の髪を風に揺らしながらたたずんでいた。


「来て下さったんですね」

 紫の瞳を輝かせながらリズが微笑みを浮かべる。そのいかにもなシチュエーションに俺は思わず苦笑いを浮かべた。

「呼ばれたから来たけどな。次から呼び出す場所は別の場所にしてくれ」

「……どうしてですか?」

 きょとんとした面持ちで首をかしげる。


「やっぱり知らなかったか。ここは告白スポットなんだよ。こんな場所に呼び出したら、告白されるって勘違いされても文句は言えないぞ」

「ふえっ? ………ふえぇぇぇぇぇぇ!? ちっ、ちちちっ違いますわよ!? わたくしはそのようなつもりでリオさんを呼んだ訳ではっ! あわわっ」

 慌てたリズは俺に迫ろうとして――草花に足を取られて転けた。……いま、受身を取れてなかったぞ。草花の上とは言え、顔からいかなかったか……?

「あいたたた……息がつまるかと思いましたわ」

 起き上がったリズが押さえたのは――胸。なるほど、自前のエアバッグで無事だったのか。自己紹介の時に十二歳とか言ってたのに凄いな。ソフィアに負けず劣らずなんじゃないか? ……っと、感心してる場合じゃない。


「……大丈夫か?」

 取り敢えず目の前に膝をついて手を差し出してみる。

「あ、ありがとうございま――あ、あああのっ、ここに呼び出したのは、そのっ!」

「大丈夫、大丈夫だから落ち着け。‘勘違いされても’って言っただろ。俺はちゃんと判ってるから」

 かくいう俺も、リズがこんな感じの天然だって知らなかったら誤解してたと思うけどな。天然っぷりは一日一回くらい目撃してるからさすがに慣れた。

 と言う訳で、俺はリズの腕をつかんで起き上がらせてやる。

「怪我は……なさそうだな」

 結構盛大に突っ込んだと思ったけど、顔や足に擦り傷は見当たらない。エアバッグは……さすがに知らん。


「それで、俺になんの用事なんだ?」

「あ、はい。その前に一つお聞きしたいんですが、リオさんがクレアリディル・グランシェス様と懇意だと言うのは事実ですの?」

「誰がそんなことを言ってたんだ?」

 死んでも隠さなきゃいけないって訳でもないけど、出来れば隠しておきたい事実。なので取り敢えずは、その情報の出所を探ってみる。


「去年予科生だった子から聞いたんですわ。卒業記念パーティーにお手伝いで顔を出した時に、クレアリディル様とリオさんが仲良く話しているのを見たって」

 予科生……そうか。去年予科生だった生徒が、あの会場に顔を出していたのか。

 うぅん、どうしたものか。人違いだって言い張るのは簡単だけど、下手に誤魔化したら、やましいことがあるって思われる可能性もあるよな。

 ……そうだな。ある程度は事実を話しつつ、相手の目的を聞いてみるか。


「確かにクレアリディル様とは知らない仲じゃないけど、それがなんだって言うんだ?」

「お願いしますわ! クレアリディル様に会わせて下さいませ!」

「クレア――リディル様に?」

 危ない危ない。気を付けないと、とっさだとクレアねぇって言いそうになる。ボロを出さないようにしないと。


「いくつか聞きたいことはあるけど……取り敢えず、会ってどうするつもりなんだ?」

「相談したいことがあるんですわ」

「その相談内容は?」

「それは……」

 申し訳なさげに口を閉ざす。この場では言えない内容、か。

「なら質問を変えるぞ。どうしてクレアリディル様に相談しようって思ったんだ?」

「それは、その……実はこの学園を紹介して下さった方が、グランシェス家なら力を貸してくれるかも知れないとおっしゃったものですから」

「その紹介してくれた人の名前は?」

 さすがにその名前も言えないのであれば、取り次ぎなんて出来ないと言うニュアンスを込めて尋ねる。まあ実際は、それすら黙ってたとしても、後でクレアねぇに話しくらいはするつもりだけどな。


「それは、その……グランプ侯爵様、ですわ」

「へぇ……侯爵様か」

 なるほど、ね。クレインさんが一枠欲しいって言ってたのは、リズの分だったんだな。

「あの、信じられないかも知れませんが、事実ですわ。クレアリディル様に確認して頂ければ判るはずですわ」

「あぁいや。それは疑ってないよ。ただ、そういう事情なら、自分でアポを取れば良いんじゃないのか?」

「いえ、それがその……色々と事情がありまして」

「ふむ。家の名前が使えない、とか?」

「ど、どうしてそれをっ!?」

「いや、ただの当てずっぽうだったんだけど、今ので確信した」

「はうううう」


 うぅむ。クレインさんがわざわざ手を回すくらいだし、それなり以上の重要人物のはずなんだけど……ただのドジっ娘ぽい。

 もう一つの可能性もあるけど……いや、ないな。と言うか、天然なロリ巨乳だから侯爵が特別扱いしてるだけ――なんてオチはないと信じたい。

 なんにしても、クレアねぇを害するとかそう言う感じじゃなさそうだ。会わせるくらいなら別に構わないだろう。


「それじゃ、放課後に訪ねるってことで良いかな?」

「会わせて頂けるんですの!?」

「会わせるだけな」

「ありがとうございます、それで十分ですわ!」

 飛び上がりそうな勢いではしゃぐリズ。

 喜びのあまり、俺とクレアねぇがどういう関係なのかは全く考えてないみたいだ。あれこれ言い訳を考えてたんだけど……ホントに天然なんだな。



 そんな訳で放課後。俺はリズを連れて屋敷へと帰還した。とは言っても、事前にリオとして訪ねると連絡したので、扱いはあくまでもお客様だけどな。

「いらっしゃいませリオ様、リズ様。どうぞこちらへ」

 そうして案内されたのは執務室じゃなくて応接間だった。

 商談の相手としてではなく、お客様としてお迎え――なんて意味はなく、ただあの散らかってる部屋を見せたくないだけだろう。


「クレア様をお呼びしますので、ここでしばしお待ち下さい」

 そう言って一礼。立ち去っていったのはマリーだ。忘れてる人も多いと思うけど、俺が離れに閉じ込められていた幼少期、ミリィの後任となった無口なメイドさんだ。

 スフィール家に襲撃された事件の後、身請けしてとある商人の家で働いていたんだけど、うちが倍額払って買い戻したのだ。

 最初は俺が鬼畜な子供だと思われてたせいで色々とあったけど、今は普通に仕えてくれている。……俺に対して口数が少ないのは相変わらずだけどな。


「さて、と。もうすぐクレアリディル様が来るけど、その後はどうするつもりだ?」

「どういう意味ですの?」

 意味が判らないとリズは小首をかしげる。

「いやいや。この後クレアリディル様に相談があるんだろ? どうやって切り出すか考えてるのか? それと、俺が聞いても良い話なのか?」

「ええっと……どうすれば良いと思いますか?」

「……帰る」

「うわわわわっ。待って下さいまし! 横にいて、わたくしのサポートをしてくださいですわ!」

 立ち上がろうとしたら腰にしがみつかれた。さすがに振りほどいてまで帰るつもりはなかったので、ため息まじりに座り直す。


「サポートって言われてもなぁ。そもそも俺は、なにを相談するかも知らないんだぞ?」

「その辺は、話を聞きながら頑張って頂ければ!」

「やっぱり帰る」

「そこをなんとかお願いしますわっ」

 再び立ち上がる前に腰にしがみつかれた。はえぇ。鈍くさそうなのに、俺が立ち上がるより先に飛びついてきたぞ。

 と、感心してる場合じゃないな。この体勢はマズい。端的に言うと、ソフィアがお兄ちゃん大好き、ひしっ! って感じで抱きついてるような体勢。

 こんなのをクレアねぇに見られたら――

「随分と楽しそうにしてるわね」

 遅かったか……と、俺はため息をついた。

 

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