エピソード 2ー2 主人公補正ではありません
入学式の後、俺はクラスの振り分けに従って自分の教室へとやって来た。
ちなみに教室は高校的な作りじゃなくて、大学の講義室のように長いテーブルがいくつもあるタイプにしてある。
授業方針等々いくつか理由はあるけど、一番の理由は小さな机を量産するのが大変だったからだ。
そんな訳で、俺は真ん中より少し後ろ。日当たりが良さそうな席の真ん中に座る。そうしてぼーっと教室を眺めていると、皆は思い思いの場所を陣取っていく。
商人枠で入学した者には、良い年をした大人も居るはずなんだけど……このクラスは全員子供ばっかりみたいだな。多分だけど、クレアねぇが気を使ってくれたんだろう。
そんな彼らを眺めていると、前世で学校に通っていた頃のことを思いだした。今日、この瞬間から、俺達の穏やかで普通の学園生活が始まったのだ。
「ようっ、隣り良いか?」
不意に投げかけられた若い男の声に思わず身構える。
俺と同い年くらいかな? ブラウンの髪に緑の瞳といった容姿だけど、さっきアカネから聞いた判別方法で見ると貴族っぽい。
俺が今までに知り合った若い男性って、ろくな相手がいなかったんだけど……第一印象は悪くなさそうだ。
「何処に座っても自由だから、好きにすれば良いと思うぞ?」
「お前の隣が開いてるかって意味だったんだがな。まぁそう言う事なら座らせて貰うぜ」
言うが早いか俺の隣りに座ると、にんまりと笑みを浮かべた。いきなりなんなんだ。
「俺はトレバー。ただのトレバーだ。よろしくしてくれよな」
「お? おぉ、俺はリオ。こちらこそよろしくな」
わざわざ‘ただの’って付けたってことは、やっぱり身分を隠した貴族ってところか? クレアねぇに聞けば判ると思うけど……わざわざ隠してるのを暴く必要はない、か。
「なぁなぁ、お前はどう思う? 凄いと思わないか?」
むっ、これはさっきアカネの時に引っかかった質問。まさかこいつも、アカネ級に油断のならない奴なのか?
だがしかし、タイミングが悪かったな。さっきは勘違いして貴族と見破られる切っ掛けとなったけど、今度は間違えたりしない。
「確かに、この街の技術は凄いよな。むちゃぐちゃ驚いたよ」
「ばっかっ、そっちじゃねぇよ。女の子だよ、女の子、むちゃくちゃレベルが高いだろ」
えええぇ……凄いってそっちかよ。って言うか、俺の素性を探ろうとか、そう言う意図じゃなかったのかよ。もしかして、こいつはただのナンパな男なのか?
いやいや、これも策略かも知れない。まだ油断は出来ないぞ。そもそもレベルが高いって言っても、外見とは言ってない。
「確かに、この学校は女子の方が多いもんな。文字の読み書きや計算が出来る女の子がこんなに一杯いるなんて驚きだよ」
「だーかーらーっ、なんでお前はそっち方面で考えるんだよ。容姿だよ容姿。見ろよ。あの子とか、むちゃくちゃ可愛くね? まだ幼さが残る容姿だけど、将来性のあるスタイルだし、どっかのお姫様かよ!? ってくらい可愛いぞ?」
ソフィアである。
「それにあっちの子も見ろよ。さすがエルフって感じの美貌だよな。スタイルも抜群だし、肌は珠のよう。桜色の髪もサラサラし、なんだよあれ。美の女神か何かか?」
アリスである。
ちなみにクラスは全部で十クラス。俺とアリスとソフィアの三人が同じクラスになったのは、1%の奇跡――ではなく、クレアねぇのサービスだ。
「かぁ~あっちの子も可愛いし、あっちの子は光る原石だな。良いよなぁこの学園はパラダイスだ。お近づきになりたいぜ」
さっきのぽわぽわっとした女の子に……アカネか。
と言うか……うん。こいつはあれだ、ただのお調子者だ。そして、悪い奴じゃなさそうだ。もしかして、初めて同年代で同性の友達を作るチャンスじゃないか?
と思ったら、いきなり肩を掴まれてがくがくと揺すられた。
「おおおおっおい! みみろ!」
「むおおお、揺らすな、 落ち着け。みみろってなんだ?」
もしかして見ろってことかと、揺すられながらトレバーが見ている方を見ると、ソフィアがこっちに向かってくるところだった。
おいおい。ここでは他人のフリをして、後で知り合う予定だっただろ。いきなり来てどうするつもり――と思っているうちに、ソフィアは俺達の前までやって来た。
ちなみに、ソフィアの存在は他の男女からも注目されてたみたいで、皆の視線が俺達に集中する。そんな視線をモノともせず、ソフィアはふわりと微笑んだ。
「初めまして、私はソフィアって言います。お名前を聞いても良いですか?」
おぉ、すまし口調のソフィアが新鮮だ。
「お、おおお俺はトレバーって言うんだ。末永くよろしくお願いしますソフィアさん!」
「あ、はい。よろしくです。それでお兄さんの名前は?」
ソフィアはトレバーのぶっ飛んだ挨拶を華麗にスルー。俺に名前を聞いてくる。
「俺はリオだけど……なにか用か?」
今はまだ他人の設定だぞと言う意味を言外に含めて尋ねる。
「随分と楽しそうに話してる人たちがいるなと思って、少し興味を持ったんです」
なるほど。楽しそうに喋ってるのを見たから、仲間に入りたいってアプローチか。
入学式の後で楽しそうな輪の中に誰かが入っていくっていうのは、良くある光景だし、悪くないだろう。
けど、さすがに女の子を評価してたとは言えないから、ちょっと世間話をしてただけだよと無難に返す。
「世間話ですか! とっても素敵ですね。貴方が気に入りました、お兄ちゃんって呼んでも良いですか?」
――うぉいっ! 自然なアプローチは何処行った!?
って、なにその、これで良いんだよね、お兄ちゃんとか言いたげな顔は! ぜんっぜん、これっぽっちも自然じゃないからな!? チョロインも真っ青なチョロさだぞ。
「ダメ、ですか?」
「いや、それはその……」
考えろ、考えろ俺。冷静になって考えるんだ。
俺が求めてるのは、自然な形での交流。だけど、先ほどのやりとりをなかったことには出来ない。ここでダメだと答えたら、より状況が悪化するだけだろう。
し、しかたない。
「ダメじゃ、ないよ」
「ホントですか!? ありがとう、お兄ちゃん! それじゃ隣に座るねっ」
一瞬でおすましモードが終わったソフィアは、尻尾があればぱたぱた振りそうな調子で俺の隣に座った。
「えへへっ、お兄ちゃん、よろしくね」
俺の腕にしがみつき、スリスリと頬をすりつけてくる。もはや、自然な出会いは欠片も残ってない。当然クラスはどよめいている。
……でもまぁしょうがないか。ソフィアは最近親友が出来ないって言ってたし、俺と一緒に通うのを楽しみにしてたんだろう。
どのみちこんな風になっちゃうなら、どんなに自然な知り合い方を演出しても、不自然に見えるのは確定だしな。
それならいっそ、これくらいインパクトのある出会いの方が良いだろう。怪しすぎて、逆に怪しまれないかも知れないくらいの意味で。
「お、お前……」
ふと気付けば、トレバーが神妙な顔で俺を見てた。
そういやこいつの存在を忘れてた。しまったなぁ。厄介なことにならなきゃ良いけどと思った瞬間、俺の空いている手を捕まれた。
「師匠と呼ばせてくれ!」
「……は? なに、師匠?」
「ああ。お姫様級の美少女をたった一言でメロメロにするその神がかったカリスマ! まさに俺が目指す理想の姿!」
……いやまぁ、さっきのやりとりだけで女の子がこんな風になるなら、確かに神がかってる。異世界転生者のチートも真っ青なレベルだ。
でも、実際はさっきのやりとりでソフィアが俺を気に入った訳じゃないからなぁ。
「俺のマネをしても、ろくなことにならないと思うぞ?」
一応忠告をしておく。トレバーは悪い奴じゃなさそうだし、勘違いで変な道へ進んだら可哀想だからな。
「判っている。確かに、師匠のマネをするのは困難だろう。一生掛かってもたどり着けない領域かも知れない。だが、それでも! 俺にとっては師匠が理想の自分なんだ!」
「そ、そうか。ならまぁ……頑張れ?」
残念ながら手遅れだった。まぁ……あれだ。そのうち目を覚ますだろう。
「おう、任せてくれ師匠! うおおおぉっ、師匠と同じカリスマをこの身に!」
そして暑苦しい。
……そうか、お調子者だから、乗せれば熱血にもなるんだな。今度から気を付けよう。
「取り込んでるところごめんね。少し良いかな?」
おもむろに鈴が鳴るような美しい声が降って下りた。顔を上げてみれば、トレバーに女の子が話し掛けて――って、アリスだった。
ちょ、まさか! この展開は――嘘だろ。それはっ、それはダメだ! そう思って止めようとするけど、トレバーが先に口を開いてしまう。
「はっ、はい! 俺になにか用でしょうか!? と言うか、貴方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか、美しいお嬢さん!」
「私はアリスティアだよ。それで、実は貴方に少し身勝手なお願いがあるんだけど……」
「何なりと、何なりとお申し付けください! このトレバー、アリスティアさんの為ならどんなお願いでも叶えて見せましょう!」
「ありがとう。それじゃ申し訳ないんだけど、彼の隣を譲ってくれないかなっ」
「――がふっ」
うわああああああっ、トレバアアアアアアアアっ! しっかりっ、しっかりしろっ! 傷は――致命傷だけど心の傷だ! 大丈夫、闇落ちしても生きていけるぞ!
「……し、師匠。俺は修行の旅に出ます。また会いましょう……」
「お、おう?」
学校はどうするんだと思ったら、トレバーは少し席を移動して、別の空いてる席に座り直した。旅って、この席から旅立つって事かよ、距離短いな!
と思ってみてたら、トレバーにアカネが近づいていった。
そしてアカネが二言、三言話し掛け、トレバーがぶんぶんと頷く。そんなやりとりを経て、アカネはトレバーの横に座った。
そしてトレバーは、俺に向かってびしっと親指を立てる。
うんうん、良かったな。
でもな、トレバー? アカネは半分くらい、お前の家柄とか人脈が目当てだと思うぞ、気を付けろ?
なんて思ったけど、トレバーが幸せそうなのでびしっと親指を立て返しておく。アカネも悪い奴じゃなさそうだし、大丈夫だろ。
「なにをやり遂げたみたいな顔をしてるの?」
「アリスが酷いことをするからだろ?」
「あら、初めて会う貴方に愛称で呼ばれるいわれはないよ――って、普通なら言うんだけどね。貴方が気に入ったから、特別に愛称で呼ばせてあげるねっ」
だ~か~ら~、これなら自然だよねって言いたげなドヤ顔は止めろ。どう考えてもチョロインの領域だから。見ろというか、聞け。教室がむちゃくちゃどよめいてるぞ。
……と言うか、普通の女の子として、普通の学校生活を送らせてあげる為に、ここ三年ほど頑張ってあれこれしてきたのに……一瞬で普通の枠から外れたぞ?
アリスが良いなら文句なんてないけどさ。俺の苦労はなんだったんだろうなぁ。
とまぁそんな感じで、穏やかで普通の学園生活は終わりを告げた。
そしてついでに、俺やトレバーはハーレムに加える女の子を探しに来た貴族の放蕩息子だって噂が広まった。
……ちくしょう、言い返せない。
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