エピソード 1ー3 ノブレス・オブリージュ

 

 足湯メイドカフェのテーブル席。偶然出くわしたリアナと挨拶をして席に視線を戻した俺は、何故かアリスにジト目で睨まれていた。


「なんだ、どうかしたのか?」

「浮気だ……リオンが堂々と他の女の子を口説いてた。浮気する気だ」

「ちょ、人聞きの悪いことを言うなよ!?」

 ちょっとリアナをからかったりはしたけど、そんなつもりはないぞ。

 って言うか浮気ってなんだよ。俺は別にアリスと付き合ってる訳じゃない――って言い訳はさすがに苦しいと思うけどさ。

 だけど、だ。

 別にリアナに手を出そうとなんて思ってないけど、今まで散々クレアねぇとかソフィアをけしかけたアリスに、他の女の子と話しただけで浮気とか言われるのは納得いかない。


「あのねリオン。リアナちゃんは、リオンのお姉ちゃんでも妹でもないでしょ?」

「まあそうだけど……それがなんだって言うんだよ?」

「姉妹以外に手を出すのは浮気でしょ?」

「なにその基準!?」

 ぜんっぜん意味が判らないんですが。義理でもなんでも姉妹なら良くて、それ以外はアウトって基準がおかしい――って言うか、普通は逆だろ。


「そもそもアリスの言い分だと、まるで手を出すのなら、義理の姉にしてからにしろって聞こえるぞ?」

「え、そう言ってるつもりだけど?」

「……おかしいよな? その基準、おかしいよな?」

「あのね、リオン? 貴族にはノブレス・オブリージュって言葉があるんだよ?」

「それは聞いたことあるけど……」

 確か地位があるモノには責任が生じる的な意味。

 貴族の場合は、才能ある一般市民を養子とかにして支援、その才能を伸ばす手助けをするとかって話が有名だったはずだ。


「だったら判るでしょ? 貴族であるリオンは、自分を慕っている女の子を義理の姉妹にして、ハーレムに加える義務があるんだよ?」

「そんなノブレス・オブリージュがあってたまるかっ!」


 と言うか、これはあれか?

 前にアリスが言ってた、義理でもなんでも姉妹に手を出したら、前世の妹に手を出しやすくなる云々とか言う話が続いてるのか?

 もうアリスを拒むつもりなんてないし、今更そんな根回しする必要ないと思うんだけどなぁ……なんて、言ったらやぶ蛇になるから言わないけどな。

 ――と、そんな風に考えていると、メイドさんがトレイにケーキをのせてやって来たので話はうやむやになった。と言うか、これ幸いとうやむやにした。


「お待たせいたしましたご主人様、お嬢様。ご注文のイチゴのショートとミルクティーでございます」

 おぉう。ホントにどこからどう見てもメイドカフェだな。これなら、日本にあっても違和感がない……

 あ、れ? よく考えたら異世界にメイドカフェっておかしいよな。そもそもこの街が出来るまで、この世界にカフェなんてモノは存在しなかったはずだ。

 それがいきなりメイドカフェ。どう考えてもアリスが関係してるだろ。


「ご注文は以上ですね?」

「――あっと、うん」

「それではごゆっくりおくつろぎ下さい」

 メイドさんは膝を曲げて挨拶すると、スカートの裾を翻して立ち去っていった。


「なぁアリス。このメイドカフェってもしかして……」

「ここのお店の名前見なかった? 足湯メイドカフェ『アリス』だよ?」

「やっぱりか――って、え? 店の名前がアリスなの? アリスがここの経営者?」

「うん。私がここのオーナーだよ。と言うことで、今日は私の奢りだからね」

「あぁうん、ありがとう……って言うか、なんで異世界にメイドカフェを?」

「異世界風のカフェを一つ作って欲しいってクレアに言われたから。それならメイドカフェかなぁって。……驚いたでしょ?」

 驚くって言うか、ポカーンってなったわ。……いや、嘘だ。最近この町は発展しすぎてて、メイドカフェを見ても、なんでメイドカフェなんだよくらいにしか思ってなかった。


「リオンはメイドカフェ好きだと思ったんだけど、気に入らなかった?」

「足湯カフェって発想は素晴らしいけど、メイドは見慣れてるからなぁ」

 メイドカフェって言うのはとどのつまり、本物のメイドに憧れた人達の欲求の捌け口だと思うんだ。つまり、本物のメイドが屋敷に一杯いる今の俺には必要ない。


「ふむふむ。つまり、リオンとしては学生服カフェの方が良いってこと?」

「学生も学校に行けば一杯いるじゃないか」

 ――って、別にそんな目的で学校を作った訳じゃないけどな。

「そう言えば、リオンの趣味で制服を作ったんだったね」

「なっ、なにを言ってるんだ。制服を作ったのはアリスだろ?」

「でも、作ろうって言い出したのはリオンだよね?」

「…………」

「そうなると他は……和装ゴス? それとも、スクール水着かな?」

 無言で明後日の方向を向く俺に、アリスがつらつらと色々な衣装をあげていく。俺の頬を一筋の汗が流れた。

「メイド服で文句ないから、人の性癖を順番に暴露するのは止めてくれませんかね?」

 ホント、なんで俺の趣味を詳しく知ってるんだろうな、前世の妹様は。入院がちだったから、そんなの知る機会なんて無かったはずなのになぁ。


 半ば呆れ気味に、俺は注文のケーキをひとかけら口にした。上品な甘さの生クリームが口の中に広がった。

 ハッキリ言って美味しい。生まれ変わって随分立つから断言は出来ないけど、多分日本のちゃんとしたお店に匹敵するくらいの出来映えだ。


「リオン、味の方はどう? 一応私が監修したんだけど」

「文句なしで美味しいよ。ホント、アリスは色んなコトに手を出してるなぁ」

 アリスブランドを立ち上げて、色々な洋服を作ってるのは知ってたけど、まさかカフェの経営にまで手を出してるとは思ってなかった。

 そのうち、街がアリスブランドのお店で埋まるんじゃないか?


「クレアに頼まれると、ついつい引き受けちゃうんだよね」

「助けて貰った恩があるからか?」

 クレアねぇがいなければ、アリスは別の誰かに奴隷として売られてた。だから恩を感じてる――とは、アリス本人から聞いたセリフだ。

 だからそんな風に聞いたんだけど、アリスは笑って首を横に振った。


「友達だから、だよ。クレアはこの世界で出来た初めての親友だから」

「そっか。そう言う理由なら良いんだけどさ。前にも言ったけど、アリスも自分がしたいことをして良いんだぞ」

「ありがと。でも大丈夫だよ。リオン達と一緒にこの街を豊にするのが、今の私の目標だから。無理なんてちっともしてないよ」

 そう言って微笑んだアリスの言葉は嘘じゃないだろう。


 だけどアリスはここに来る途中、近くにあったカフェに熱い視線を向けていた。あれはきっと、楽しそうにはしゃいでいた学生達が羨ましかったから。

 二年前にも言っていたけど、アリスは――紗弥の生まれ変わりである彼女はきっと、今でも学校に通いたがってる。


 もう少し我が儘を言っても良いと思うんだけどな。

 でもアリスが言い出さないなら、俺が気を回せば済む話だ。ってな訳で、俺はアリスを普通の女の子として、学校に通わせる計画を密かに進めている。

 この二年間、学校の生徒とアリスを会わせないようにしたのもその一環だ。お陰でアリスを知る生徒は今やソフィアだけ。

 今なら普通の女の子として、アリスに普通の学校生活を送らせてあげられる。前世では手に入れられなかった、普通の学生としての青春を過ごさせてあげられる。

 後はクレアねぇに頼んで、入学の手続きをして貰うだけだ。

 

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