エピソード 1ー2 足湯メイドカフェ『アリス』
グランシェス領に帰還した数日後。
リゼルヘイムのお祭りはそれなりに楽しめたけど、やっぱり前世の記憶がある俺達には少し物足りない――主に甘さ的な意味で。
ようするに、ケーキ的なモノが食べたくなったのだ。
アリスに作って貰っても良かったんだけど……ミューレの街に新しいお店が出来たって話を聞き、俺はアリスとミューレの街に繰り出していた。
「しっかし、この町も発展してきたよなぁ」
俺は街並みを眺めながらしみじみと呟いた。
両サイドに立ち並ぶのは、レンガ造りの建物――に見せかけた、鉄筋コンクリートのお店。オープンカフェや、雑貨屋さん。そのほか色々な店が建ち並んでいる。
その通りはレンガの石畳が敷き詰められたメインストリートで、事故なんかが起きにくいように、馬車が通る道の左右に歩道が設けられている。
そしてそんな歩道を歩くのは、ゴシック調の制服を身に纏った学生が大半で、次に日本人と見紛うような洋服を身に纏っている人々が多い。
「……って言うか、いつの間にあんなに服を量産したんだ? シルクやカシミヤとかはまだ量産出来ないんじゃなかったのか?」
「あれは木綿や麻なんかで作った安価な量産品だよ」
「おぉう。いつのまに」
と言うか、安価な量産品の素材が麻なのか。この世界じゃ安いんだろうけど、天然素材としてはかなりの高級品だよな。
なんて考えながら隣を見ると、一緒に歩いていたはずのアリスがいつの間にかいなくなっている。あれっと思って振り返ると、アリスは足を止めて何処かを見つめていた。
「……アリス?」
どうしたんだと視線をたどった先には……カフェテラス? いや、カフェテラスでおしゃべりをしてる学生達、か?
「あ、ごめんね」
俺の視線に気付いたアリスが小走りに駆けよってくる。
「どうかしたのか?」
「うぅん、なんでも無いよ。それより、今日は何処のお店にする?」
ごまかされてる……よな? でもまぁ良いか。なんとなく予想は出来るし、今は追求しないでおこうと俺は気持ちを切り替える。
「目的地なんだけどさ、足湯カフェなるモノが出来たってクレアねぇから聞いたんだ」
「リオンは足湯が好きだねぇ」
「冬に足湯に浸かりながらケーキって、コタツにみかん、みたいで楽しくないか?」
残念ながらこの世界にコタツはないけど、足湯はそれに匹敵すると思うんだ。
「人前で靴下や靴を脱いでお湯に浸かるのって、結構恥ずかしいんだよ?」
「そうか? みんな結構平気で入ってないか?」
屋敷の足湯に浸かって作業をしてる時を思い返す。クレアねぇにソフィア、それに他のみんなも、話のついでに足湯に浸かっていくことが多い。
「この世界では、男女一緒に水浴びなんて風習も残ってるくらいだからね。貴族はさすがにそんな事はないみたいだけど、それでもあんまり気にしないのは一緒だと思う」
「ふむ。つまりアリスが恥ずかしいってことか……」
そう言うことなら足湯に浸かりながらデザートはまたの機会かな。
足湯カフェ、言ってみたかったなぁ。残念だなぁチラチラって、アリスを見ると、深いため息をつかれた。
「……仕方ないなぁ。今回は特別、他に男の人がいる時は嫌だからね?」
少し頬を染めるアリスが可愛い。
と言うか、俺だけ特別って言われた感じがして、なんかドキっとさせられる。俺はそんな内心を誤魔化すように先に歩き始めた。
そうしてやって来た足湯カフェ。何故か店員さんはメイド姿で、お帰りなさいませご主人様、お嬢様と出迎えられてしまった。
メイドカフェかよっ!
と思ったら、ホントに足湯メイドカフェらしい。
ちなみに、各テーブルごとに簡単な敷居がしてあって、ちょっとした個室みたいになっている。その一室の足湯に浸かり、アリスは完全にリラックスしていた。
ここに来る前は、あんなにイヤイヤっぽかったのになぁ。
「はふぅ……足湯気持ちいいねぇ……」
「恥ずかしいとか言うセリフは何処行ったんだよ?」
「ん~? 今だって少し恥ずかしいよ?」
「どの辺がだよ」
「だってさ、足湯ってようするにお風呂でしょ?」
「それはそうだけど、服は普通に着てるだろ?」
男はズボンの裾をまくったりするけど、アリスなんかはミニスカートだから靴とハイソックスを脱いでるだけ。恥ずかしがるような恰好じゃないはずだ。
「服を着てても、リラックスして無防備な気持ちになるのは一緒だから、感覚的には混浴みたいなモノじゃない。だから、やっぱり少し恥ずかしいよ」
「むむ……」
そう言われると、なんか一緒に足湯に入るのが背徳的な行為に思えてくるな。と言うか、お湯で暖まったのか、頬が少し赤くなってるアリスの姿がなんだか艶っぽい。
しかも、しなだれかかったテーブルに豊かな胸が押しつぶされて、アリスが動く度にその形を変えている。
……なんか見てるこっちの方が恥ずかしくなってきたぞ。
「でもね。そんな私を見てリオンがドキドキするのなら、それもありかなぁって思って」
――って、見透かされてるうううううう!? ちくしょう、俺はまたもやアリスの手のひらの上なのか……なんか悔しい。
「ふふっ、リオンもすっかりお年頃だね」
ぐう、なんて答えれば良いんだよ。おかげさまですっかり二次成長も終わって、女性を意識するようになりました、とか? 言えるはずがない。
ちなみに、女性を意識って言うのはちょっとオブラートに包んだ表現だ。精神的には生まれ変わった時から、女性を意識してた。
ただ以前はずっと賢者モードのような感じだったのが、二次成長が終わって女性を意識した時に頭が沸騰するというかなんというか……そんな感じだ。
そろそろ、アリス達への思いにも答えを出すべきかもしれないな――と、そんな風に考えていると、不意に通路から聞き覚えのある声が届いた。
「こ~ら、アイシャ。あんまりはしゃがないのよ。他のお客さんに迷惑でしょ」
「でも先輩、メイドカフェっすよ? メイドさんが給仕してくれるんっすよ? 私達一般市民には一生掛かっても不可能なはずの体験が出来るんっすよ!?」
「うぅん……でも私は、リオン様のお屋敷にたまにお呼ばれしてるからなぁ」
「く~羨ましい。先輩ばっかりズルイっすよ」
アイシャと呼ばれている女の子の声に聞き覚えはないけど、先輩と呼ばれている女の子の声には聞き覚えがある。
俺は席の衝立から顔を出して声の方向を見る。そこには予想通りリアナの姿があった。
「やっほ、リアナ。こんなところで奇遇だな」
リアナは二期生代表として学校を卒業してからは、ミューレ学園の教師をしている。
今年で十七歳。入学した当初から可愛さの片鱗を見せていたけど、成長して更に可愛くなっている。
なので、入学してきた男子生徒に告白されまくって大変なんだってさ――とは、クレアねぇからの情報である。
「あれ、お久しぶりです。ミューレの街に戻ってたんですね」
「数日前にな。リアナは元気してるか?」
「ええ、私は元気ですよ」
「――先輩せんぱーい、この生意気な口調の男の子は誰っすか?」
アイシャとか呼ばれてた女の子が、ぽんぽんと俺の頭を叩く。その瞬間、リアナの顔が真っ青になった。だけどアイシャは気付かず、俺の顔を覗き込んでくる。
そんなアイシャは……リアナの一つ下くらいだろうか? この辺りでは珍しい緑色の髪に黒い瞳。ショートヘヤーの活発そうな女の子だ。
リアナを先輩と呼んでるってことは、三期の卒業生で新米教師なんだろう。それなのに俺を知らないのは、俺が最近学校に顔を出してなかったからだと思う。
一応、三期生の卒業記念パーティーには出席したから、すれ違う程度はしてると思うんだけどな。
「ふむふむ。顔は合格点っすね。でもね少年。リアナ先輩に憧れるのは判るっすけど、そんな風に大人ぶっても、先輩のハートは射抜けないっすよ?」
むむ。考え頃をしてたら、なんか好き勝手に言われてるな。
と言うか、アイシャがリアナの後輩なら、良くて俺より一つ上。ほとんど年齢が変わらないはずなんだけどな。
「どうして黙ってるんっすか? 図星で言い返せなくなっちゃったんすか? うりうり」
止めろ頬を突っつくな――とか言う場面な気がするけど、俺にこんな反応をする人は今まで周りにいなかったからちょっと新鮮で悪い気はしない。
「アアッアイシャ! ダメよ、止めなさい! その方は――」
「……この子がどうかしたっすか?」
リアナは俺の正体を明かそうとして、寸前でその言葉を飲み込んだ。
アイシャがリアナの方へと振り返った隙に、俺が人差し指を唇に当てて、黙っているように指示したからだ。
俺はある目的の為に、アリスが伯爵家の関係者だと知る生徒の卒業を待っていた。
教師であるアイシャに名乗るのは構わないんだけど、周囲にはミューレ学園の生徒がいる。と言うか俺達が騒いだせいで、何事かって顔を出してる生徒が一杯いる。
せっかくアリスが伯爵家の関係者って知ってる生徒がみんな卒業したのに、こんなところで名乗って、アリスと一緒にいるのを見られるのはまずいからな。
「その子は……ええっと……」
「俺はリオ。この間、困ってるところをリアナに助けて貰ったんだ」
「そっ、そうなの。私がリオくんを助け――ふえぇぇっ!? 私が助けたんですか!?」
「え、助けて貰ったよな?」
「ぎゃ、逆だった気がするんですが……」
「なに言ってるんだよ。俺がリアナに助けて貰っただろ」
「そ、そうですね。私が助けたような気がします」
なんか脅迫してるみたいな感じになったけど、リアナ達の頑張りで領地の食糧難が解決したのは事実だからな。助けて貰ったって言うのは嘘じゃないぞ。
「へぇ、そうなんだ。それでリオくんはリアナ先輩に憧れちゃったんっすね」
「まぁ、そんなところかな?」
「ふえぇぇっ!? リオ――くんが、私に憧れてるんですか!?」
リアナ慌てすぎ。と言うか、敬語はバレるからマジで止めてくれ。
「なるほどっす。頑張れって応援してあげたいところっすけど、リアナ先輩はここの伯爵様に憧れてるからハードルは高いっすよ?」
「アァァっアイシャ!? なななななんてことを言うのよ!?」
「なにって、事実っす。リアナ先輩、こういうのはちゃんと最初に教えとかないと、後で傷つくのはこの子なんっすよ?」
「そうじゃなくてっ! そうなんだけどそうじゃないのよ!」
「ええっと……どっちなんすか?」
……取り敢えず、アイシャは俺を心配してくれてるっぽいな。ちょっと口が軽い感じだけど、悪い子じゃなさそうだ。
そんでもってリアナの方は……うん、聞かなかったことにしてあげよう。なんかものすっごいテンパってて可哀想だし、取り敢えず話を逸らしてあげるか。
「リアナがリオン伯爵に憧れてるのは初耳だなぁ」
「ふえぇっ!? そ、それは、アイシャが勝手に言ってるだけですから!」
「なんだ、嘘か。まぁリオン伯爵って、別に憧れるような相手じゃないしな」
「そんな事はありません! 私に凄く優しくして下さいましたし、凄く決断力があって、そんなリオン様は私にとって――」
「……私にとって?」
「な、なんでもありません!」
リアナは頭から蒸気でも出しそうなくらい顔を真っ赤にして俯いてしまった。
……え? 話を変えるんじゃなかったのかって? いや、慌てるリアナを見てると、ちょっとからかって見たくなって。
ほら、みんなから憧れのお姉さんが、自分だけには可愛らしい一面を見せてくれるとか、ちょっとぐっと来たりしないか? ちょっとした優越感、見たいな。
なんてな。さすがに可哀想だから、そろそろ許してあげよう。
「リアナ。引き留めてごめんな。友達とケーキを食べに来たんだよな?」
「あっ、そ、そうですね。それじゃアイシャっ! 席に移動しましょう!」
「え、でも、リオくんと同じ席でもっと話を」
「い、い、か、らっ! ほら、移動するよ!」
「ちょ、先輩! 押さないで、押さないでくださいっすっ!」
「それじゃリオくん。また今度会いましょう!」
と言う訳で、リアナはアイシャを強引につれて、少し離れた席の方へと移動していった。それを見送り、俺は個室の中へと体を戻す。
――と、ジト目のアリスと目が合った。
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