エピソード 1ー4 クレアねぇはお見通し
二週間ほど過ぎて一月の下旬。
俺はクレアねぇと話をする為に執務室に向かった。元々は俺の為に作った部屋だけど、今や名実ともにクレアねぇの仕事場と化している。
そんな執務室を訪れると、ティナが出迎えてくれた。
「やぁティナ、元気にやってるか? クレアねぇにこき使われてないか?」
「リオン様、こんにちは。物凄く忙しいけど、クレア様は優しいですよ」
「なら良いけど。クレアねぇに付き合って倒れたりするなよ」
「――聞こえてるわよ、弟くん?」
部屋の奥からクレアねぇの声が届く。俺は苦笑いを浮かべて部屋の奥へと向かった。
「いらっしゃい、弟くん。今日はどんなご用なの?」
クレアねぇが座るシステムデスクには、様々な資料が積み上げられている。やりがいを感じてるって言うのは判るけど、ホントにちょっと働き過ぎじゃないかなぁ。
クレアねぇはしっかりしてるとは言え、ようやく今年で十六歳の女の子なのに……なんて、当主代理を押しつけた俺に言う資格はないけどな。
「……弟くん?」
「あっ、ごめん。なんか書類の多さに圧倒されちゃって」
「あぁそれね。来期からミューレ学園に入学希望者のリストよ」
「………………へ? これ、全部?」
うっそだろ。全部併せたら分厚い辞書が出来そうな紙の束だぞ。
「リゼルヘイム全国の領主から、農民を入学させたいって送られてきたリストの合計が四百人。そのほか商人や、その子供を通わせたいって連絡してきたのが百人ほど」
「全部で五百人かぁ……そんなに受け入れられられるのか?」
教師は、全国をまわっている卒業生を呼び戻せばなんとでもなる。だけど、実習に使う土地や、学生寮の部屋等々。さすがに五百人は許容範囲外じゃないかな。
「限界まで頑張って四百五十ってところね。ただし、グランプ侯爵の枠は削れないし、現在予科生の子達は来年も通う。外部から受け入れられるのは実質三百人ってところね」
「五百人から二百人を削るのか……来年にまわすとしても、かなり不満が出そうだなぁ」
「いいえ、四百人から二百人よ。商人なんかの枠は削れないモノ」
「削れないって……なんで? 先着順とかにすれば良いだろ?」
商人にとって一年の遅れは大きいかも知れないけど、そこは早い者勝ちだからしょうがないと思うんだけどと言ったら、クレアねぇにジト目で睨まれた。
「弟くんのせいよ」
「……へ?」
「入学希望者の大半が、リオンに宣伝を頼まれたって人達経由なのよ。ウェルズって名前に聞き覚えがあるでしょ?」
あぁ~。そういや、リゼルヘイムで宣伝お願いしますとか言ったなぁ。
あの人、百人近く集めてくれたのか。うぅん、確かにそれは断れない。いや、断れなくはないけど、後々を考えると断らない方が良いだろう。
「でも、各領主の希望人数から半分を削るって大丈夫なのか?」
「大丈夫な訳ないでしょ。今領地の規模によって人数を設定したり、人数を減らす代わりにうちの卒業生を貸し出す交渉をしたりと大忙しなのよ」
「……なんかすまん」
俺はクレアねぇに謝りつつ、リストに目を通していく。全国の領主ごとに分類されていて、その中にはロードウェル家の名前もある。
もちろん、パトリックと関わる気はないけど、ロードウェル家にだけ技術提供をしないのはあまりに可哀想と言うか、恨みを買うのが目に見えてるからな。グランプ侯爵が取りなしたという形で、生徒だけは受け入れるようにしたのだ。
その代わり、パトリックはロードウェル家を勘当されたらしいけどな。
それはともかく、だ。
クレアねぇはむちゃくちゃ忙しそうだ。そして、クレアねぇに領主代理を押しつけたのは俺で、今回の仕事を増やしたのも俺……
ダ、ダメだ。とてもじゃないけど、アリスに青春をさせたげたいから、ちょっと手回ししてくれないかな? とか軽く言える雰囲気じゃない。
……仕方ない。アリスの件は日を改めて頼もう。
「クレアねぇ、なにか俺に手伝えることはないか?」
「ん? ありがと。でも今のところは大丈夫よ」
「そっか……それじゃ、なにか手伝えることがあったら言ってくれ」
俺はそう言って踵を返そうとする。
「あら、待ちなさいよ弟くん、あたしになにか用事があったんじゃないの?」
「いや、それはもう良いんだ」
「ん~? あぁ、そう言うこと」
なにがそう言うことなのか、クレアねぇは作業を止めて席から立ち上がり、俺の前まで歩み寄ってきた――と思ったら首に腕が絡んでくる。
そして、なにをと思う暇もなく、ぐっと引き寄せられた。
「――っ」
首を引かれて前のめりになった俺は、とっさに足を前に――だそうとした瞬間、その足を払われた。
為す術もなく倒れ込む。そんな俺を、クレアねぇの胸が受け止めた。
「なにやってるの、危ないわよ?」
「あ、危ないのはクレアねぇの方だろ!?」
慌てて離れようとするけど、ギュッと胸に押しつけられていて動けない。
今年で十六歳と言うだけあって、クレアねぇは色々と成長してる。なのに、俺を自分の胸元に抱きしめるのは色々まずいと思うんですが!?
「ひゃんっ。……こーらっ、あんまり動いちゃダメよ」
逃げようともがいた瞬間、クレアねぇが甘い声を上げる。それによって俺は動きを封じられた。
「ク、クレアねぇ?」
「ふふっ、気を使っちゃって。弟くんは可愛いなぁ」
「いや、あの。なんのこと?」
「あたしが気付かないと思ってるの? お姉ちゃんに頼み事があるんでしょ? 構わないから、言ってご覧なさいよ?」
「い、いや、さすがにこの状況で頼み事は出来ないって」
「それはどっちの意味かしら。抱きしめられてるから? それとも、あたしを気づかってるから、かしら?」
「両方の意味でだよっ! と言うか、恥ずかしいからそろそろ離してくれ!」
力尽くでなら振りほどけるけど、クレアねぇにそんなの出来るはずない。と言うか、なんかむちゃくちゃ柔らかいし、良い匂いがするし、頭がくらくらしてきた。
「そうねぇ……お姉ちゃんにお願いしてくれるなら、離してあげても良いわよ?」
「……判った、話すよ。話すから離してくれっ」
テンパってるせいでなに言ってるか判らなくなってきたぞって思ったら、クレアねぇがようやく解放してくれた。……あれ、なんかちょっと寂しいような?
いやいやいや、気のせい! 気のせいだから!
「弟くん? なにを一人で百面相をしてるの?」
「なんでもないよっ!?」
「そう?」
「うんうんっ。それより、ホントにこんな時期に頼み事なんてして良いのか?」
「大好きな弟くんの頼みだもの。何においても優先してあげるに決まってるじゃない」
「その気持ちは嬉しいけど……」
それで無理とか無茶はして欲しくないって言うのが俺の本音なんだけどなぁ。
「弟くんは心配性ね。確かに忙しいけど、どうにもならないほどじゃないわ。それに、あたしがこうして頑張ってるのは、弟くんと一緒にいる為でもあるのよ? それなのに、弟くんを無下にしたら意味ないじゃない?」
「クレアねぇ……」
あぁ、なんだろうこの気持ち。生きてる時間だけなら、クレアねぇは俺の半分程度のはずなのに、今じゃすっかり頼れるお姉ちゃんって感じだ。
なんかこのまま甘えてしまいたくなるなぁ。……って、イヤイヤ。頼み事があるのは事実だけど、甘え過ぎるのはダメだ。ちゃんとしっかりしないと。
と言うことで、実は――と、俺はアリスを学校に通わせたいって話をした。
「アリスを学校に通わせてあげたい、ねぇ?」
「やっぱり枠がキツイか?」
「うぅん。アリス一人くらいなんの問題もないわ。ただ、どうしてアリスを学校に通わせてあげたいって思ったの? あの子に授業なんて必要ないでしょ?」
「まぁな。だけど、アリスを通わせたいのは、勉強をさせたい訳じゃないんだ」
「どういう意味?」
「俺やアリスに前世の記憶があるのは知ってるだろ?」
俺はそんな前置きを一つ。前世でのアリスは病弱で、制服を着て学校に通うのに憧れていたことを話した。
「前世での願いを叶えてあげたい、か。弟くんらしいとは思うけど……学校に通うのはアリスだけ、なのよね? 弟くんは?」
「……俺は通うつもりはないよ」
本音を言えば、アリスと一緒の学園生活は楽しそうだって思うけどな。
だけど俺はグランシェス伯爵家の当主だ。いくら身分を隠したとしても、どこかで貴族だとバレる可能性は否定出来ない。
そんな俺と一緒にいたら、アリスが普通の女の子として学校生活を送れなくなる。だから、俺はアリスのサポートにまわるつもりだ。
「……まぁね? 弟くんが決めたのなら、あたしは口出ししないけどね。あたしは」
「なにその意味深な言い回し」
「べっつにぃ~。ただ弟くんはなんでも知ってるくせに、女心は判ってないんだなぁと思っただけよ。そんな調子だとそのうち、『リオンって鈍感だよね』とかコメントされちゃうんだからね?」
「なんの話っ!?」
なに? なんなの? 屋敷でアンケートでも採ってるのか? それとも……いや、深くは考えないでおこう。
「と、取り敢えず、アリスの枠を用意して貰っても良いかな?」
「ええもちろんよ。ちゃんと
「ありがと、クレアねぇ」
後は、アリスにいつ教えるかだけど……どうせならサプライズで驚かせたいよな。そうだな……四期生の卒業記念パーティーがもうすぐ開催される。
あれには俺達も出席するから、その時に教えて驚かすことにしよう。
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