第三章

プロローグ リゼルヘイム

 リゼルヘイム――建国から400年の歴史を誇る由緒ある王国で、俺がグランシェス伯爵として籍を置く国でもある。

 そんなリゼルヘイムの王都は、グランシェス領より馬車で北に向かって五日ほど揺られた位置。大きな川に添って広がる平原に存在している。


 その王都で年の初めに大きなお祭りがあると聞き、俺達――俺とアリスとクレアねぇとソフィアの四人は世話係のメイドなんかを連れて、王都リゼルヘイムを訪れていた。


 と言ってもただ遊びに来た訳じゃない。グランシェス領の開拓に役立つモノがないか、お祭りや街並みの調査を兼ねているのだ。

 そんな訳で、王都にたどり着いた俺は周囲の様子を眺める。

 道の大半は踏み固められた土で、周囲には石造りの家屋が建ち並んでいる。まさに中世のヨーロッパ初期の様な街並みがそこにあった。

 そしてそんな街並みの見渡す限りに人がごった返している。国を挙げてのお祭りって話だけど、さすがに派手すぎじゃないかな。


「凄い人の数だけど、毎年こうなのか?」

「今年はリーゼロッテ様が十二歳になったお祝いも兼ねてるそうよ」

 クレアねぇが教えてくれるけど……誰だっけ?

「リーゼロッテ・フォン・リゼルヘイム様。弟くんは知らないかしら?」

「リゼルヘイムって……この国の名前だろ。お姫様か何かか?」

「王位継承権十二位となる国王の末娘。穏やかな性格で見目麗しく、その歌声は大陸一と噂されてる。国王や第一王子に可愛がられていて、王都じゃ絶大な人気を誇るお姫様よ」

「なるほどね。その姫様の、十二歳のお披露目か」

 この世界の子供は成長が早いこともあり、十二歳になると成人扱いとなる。人気のある姫様のお祝いを兼ねてるから、お祭りの規模が大きいんだろう。


 ちなみに、前回の騒動から二年近く経っているので、ソフィアが今年の末で十二歳。お姫様と同じ歳の生まれになる。

 それでなんとなく判って貰えると思うけど、成人とは言っても実際にはまだまだ幼さの残るお年頃。見た目的にも日本の中高生くらいで、実際には子供扱いされることが多い。


「なんでも、お城の広場ではお姫様の歌声が披露されるらしいわよ?」

「へぇ……歌声ね、それは興味あるな」

「行くのはやめておいた方が良いわ。お城の二階から、広場に向かって歌うそうだから、歌声なんてほとんど聞こえないはずよ。姿が遠目に見られたら運が良いレベルね」

「なにそれ。開催する意味あるのか?」

「コンサートを開くほどに歌が上手だって自慢出来るでしょ?」

 ……なるほど、対外的なパフォーマンスか。

 歌姫って響きには興味があったんだけど、そんなんじゃ行くだけ無駄だな。歌を聴くのは諦めて、露店や王都のお店なんかを見て回ろう。



 そうしてやって来たのは、街の中心にある王城へと続くメインストリート。

「ふあああっ、凄い、凄いよリオンお兄ちゃん! 見渡す限りに露店が並んでるよ!」

「はしゃぐのは良いけど、はぐれるなよ~」

 両手を広げてくるくると回るソフィアを、お世話役としてついて来てくれたミリィ母さんが追いかけていく。その光景を眺めながら、俺は苦笑いを浮かべた。

 二期生が卒業してから二年弱。年の暮れに十一歳になったソフィアは、以前よりずっと明るくなった。

 初対面の相手でも物怖じしなくなってきたし、良い傾向なんじゃないかな。


「ソフィアちゃん、すっかり元気になったね」

「そうだなぁ……って、アリス? それは何だ?」

 アリスの手にいつの間にか、お肉の串焼きが握られていた。見るからにジューシーで、香ばしい匂いもただよってくる。

「あぁこれ? ホーンラビットの串焼きだよ。さっきそこの露店で買ったの」

「ホーンラビット?」

「この辺りに生息する魔物だよ」

「……魔物のお肉って食べられるのか?」

 なんかお腹壊しそうなんだけど。


「この世界の魔物って言うのは、大気中の魔力素子(マナ)の影響を受けて変異した動物だからね。普通の動物より美味しいんじゃないかな」

「マジで? 初耳なんだけど」

「美味しいって言うのはみんなの体験談。魔力云々は、私が調べて出した結論だよ」

 驚きの事実だけど、アリスが言うなら事実なんだろう。と言うか、アリスの口ぶりからすると、普通に食べられてるっぽいな。

 グランシェス領付近には魔物がほとんど生息してないから全然知らなかった。


「繁殖力が高くて、戦闘力はほとんどないから狩りやすくて、お肉の味も一流だから大人気なんだって。ホーンラビット専門の猟師がいるらしいよ」

「へぇ……確かに美味しそうだな」

「一口食べる?」

 返事は無言でアリスの腕を掴んで引き寄せ、その串にかぶりついた。

「ちょっ、リオン?」

 ……うん。肉汁がたっぷりで、かと言って油っぽくもない。焼きたてって言うのもあるんだろうけど、この世界に来てから食べるお肉では一番美味しいかも知れない。


「……もぅ、行儀が悪いよ? せっかく、あーんって、してあげようと思ったのに」

「そんなことだろうと思ったから、自分からかぶりついたんだよ。と言うか、ホントに美味しいな」

「リゼルヘイムの名物なんだって」

「へぇ……ホーンラビットだっけ? 家畜にしてグランシェス領で増やせないかな」

「残念だけど、グランシェス領は暖かすぎて、餌になる草が育たないと思う」

「むぅ……じゃあ王都からうちに輸入するか……」

「それも無理じゃないかな?」

「え、なんで?」

「だって、王都からうちまで馬車で五日ほどかかるんだよ? 冬ならともかく、夏とかは腐っちゃうよ」

「ぐぬぬ……」

 この世界には美味しいお肉が無いと思ってたから我慢出来てたのに、こんなに美味しいお肉があると知ったら我慢出来ないじゃないか、どうしてくれる。


「――はっ、そうだっ! ホーンラビットが生息する地域に街を作り直そう!」

「どれだけ気に入ったのさ。そんなこと言ってると、クレアに怒られるよ?」

「大丈夫、クレアねぇなら判ってくれる!」

「そうねぇ。美味しい食材の為なら、街の一つや二つ――とか言う訳無いでしょ?」

 話を聞いていたのだろう。前を歩いていたクレアねぇから乗り突っ込みが飛んでくる。


「いやでも、クレアねぇ。この串を食べてみてくれよ。確かに街の移動は冗談だけど、それくらい美味しいぞ?」

「ホーンラビットの肉でしょ? 確かに美味しいけど、同レベルのお肉なら、他にも結構あるじゃない」

「え、マジで?」

「あ、私も知ってるよ。動物型の魔物って、結構美味しいのが多いよね」

 ……あ、れ? アリスまで知ってるのか? と言うか、知らないのは俺だけ?

 二人ともなんで知ってるんだ――って思ったら、アリスは旅をしていた時、クレアねぇは他の領地に出向いた時に食べたらしい。


 ようするに、この世界には冷蔵庫的なモノが存在しないので、ナマモノ系の特産品は現地でしか食べられない。

 そしてグランシェス領には美味しいお肉が存在しないので、グランシェス領にずっといた俺だけが知らないってことらしい。

 なにそれ悔しいっ!


「アリス、領地に帰ったら冷蔵庫を開発してくれ!」

「うん、無理だよ?」

「えぇぇぇぇっ!? 制服に気温調整機能までつけるアリスチートが、冷蔵庫は作れないってなんで!?」

「だからチートじゃないってば。……ええっとね。まず紋様魔術だけど、これは使用者の体内に自然発生する微量の魔力を使って起動してるの。だから、設置物には使えないし、その効果はとても小さいんだよ」

「な、なるほど……」

 言われてみれば、制服の温度調整は二、三度だけ。しかも肌に触れてる部分だけだもんな。それが限界だって考えると、どうやっても冷蔵庫は無理か。


「でもさ、魔術とか精霊魔術なら可能だよな?」

「術師が付きっ切りでいればね」

「付きっ切りじゃないと無理なのか?」

「例えば黒魔術は、変換した魔力をそのまま使うから効果は一瞬だけ。精霊魔術は、変換した魔力を代償に精霊にお願いするから、少しだけ持続時間があるけど……それでも数秒がせいぜいだね」

「アリスでも?」

「うん。精霊魔術の行使を止めたら数秒で止まると思うよ」

「そっかぁ……」

 アリスならもしかしてって思ったけど、さすがに無理か。仕方ないから、帰りにお肉を冷凍して持って帰るので我慢しよう。

 でもって今後は、うちの領でも飼育出来るなにかを探して育ててみよう。なんて考えながら街を歩き回ること数時間。俺達は王都のお祭りを満喫した。


 ちなみに露店に並んでいるのは、ホーンラビットの串焼きなどを初めとした食い物が中心だ。民芸品っぽいのも存在はしてるけど、俺達の目を引くようなモノは見当たらない。

 面白そうな品があれば交易をとか思ってたんだけど、ちょっと当てが外れたかな。


 そんな訳で、真新しい発見もなくなり、そろそろ帰る準備を始めようかと思い始めた頃。ソフィアが洋服店の前で足を止めた。

「リオンお兄ちゃん、あのお店に行ってみたい!」

「え、あの店に……行きたいのか?」

「ウェルズって書いてあるでしょ? ウェルズの洋服店は大陸でも最先端を行く最高のお店だって、クラスの女の子が言ってたの!」

「ふむ……」

 たぶん、王都の噂だけを聞いた女の子が、知ったかぶりでソフィアに教えたのだろう。

 ウェルズは最先端と目を輝かすソフィアは、服飾の技術や生地共に、この世界の数百年は先を行くワンピースを身につけている訳だけど……

 どうするよと、アリスやクレアねぇに視線を向けると目をそらされた。

 

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