エピソード 4ー5 決着

 いかんいかん。散々迷惑を掛けられたから、つい私怨に走りそうに。目的はパトリックへの仕返しじゃなくて、グランプ侯爵との和解だ。

 それを忘れないようにしないと。

 いや、決してソフィアにどん引きされて焦ってる訳ではない。


「話を戻します。学校は俺の護るべき場所なので差し上げることは出来ません」

「ふむ、交渉は決裂という訳か?」

「いいえ。こちらの条件を呑んで頂けるのであれば、貴方の領地が抱えている問題の解決方法を提供しますよ」

「……解決方法だと? もう少し具体的に話せ」

「製鉄技術や農業のノウハウです」

「技術提供というわけか。その服を作れるほどの技術であれば興味はあるが……その二つはいかほどのモノなのだ?」

「製鉄技術があれば、青銅に必要なスズ不足に悩む必要はありません。加工が難しくて余ってる鉄鉱石を使って、青銅より丈夫な道具を作れますから」

「ほぅ……青銅よりも丈夫か」

「ええ。そして農業のノウハウがあれば、数年で今の倍は収穫が期待出来るでしょう」

「倍と来たか……まるで夢のような話だな」

「すぐには信じられないでしょうね。ですから、片鱗をお見せしましょう」

 スフィール家での失敗は二度と繰り返さない。

 俺は部屋の外で準備していたアリスへと合図を送る。それから程なくアリスとティナ、それにグランプ侯爵家のメイドか様々な品を持って部屋に入ってきた。

 ……って、なんかメイドさんがプルプル震えてるんだけど。


「なあアリス、あのメイドさんはどうしたんだ?」

「あぁ、あのメイドさん? 何か手伝えることはありませんかって言ってくれたから、運ぶのを手伝って貰うことにしたんだよ」

「そうじゃなくて、様子がおかしいぞ? 体調が悪いんじゃないか?」

「さすがグランプ侯爵様のメイドさんだよね」

 意味が判らないと思いつつ、もう一度メイドさんを見た俺は理解した。ガラス製品がいくつか載ったトレイを持っているのだ。

 たぶん、教養があるせいで価値がなんとなく判っちゃったんだろうなぁ。ガラスは脆いし、そりゃ持ちたくないわな。

 ……って、それを知ってて持たすって、イジメかよ!

 俺は慌てて、そのメイドさんの元に行ってトレイを受け取る。その直後、メイドさんはへなへなと崩れ落ちてしまった。


「ご、ごめんな。アリスが無茶させて」

「い、いえ、とても貴重な体験をさせて頂きました。……はふぅ」

「そ、そう? だったら良いんだけど……」

 メイドさんの表情がどことなく恍惚としている気がするけど深くは追求しない。俺はトレイにのったガラス製品をテーブルの上に並べていく。

 アリスやティナも鉄製品や和紙、それに最高級の絹織物などなど。あまりかさばらないモノを中心に、この世界ではうちでしか作れない品物を並べていく。

 そしてそれに比例するように、グランプ侯爵の口があんぐりと開いていく。


「こ、これはなんだ? 見たことがないものばかりだぞ!?」

「グランシェス領で作った品物です。どうぞ、手にとってご覧下さい」

「こ、これだけの品を自分で作っただと!?」

「持ってきたのは、ほんの一部だけですけどね」

「一部っ!? これで一部だというのか!?」

「全体で言えば、一割くらいじゃないですかね」

「――なっ」

 グランプ侯爵は大口を開けて絶句してしまった。

 まあどれか一つでも領地の収入が倍加するような技術らしいから、驚くのも無理はないけどな。そんなに大口を開けて、顎が外れたりしないか心配だ。


「ぎ、技術があるのは理解した。これほどの技術を持っているのなら疑う余地はない。お前の言う技術があれば、うちの領地の問題を解決するのは造作もないのだろう」

「では取引に応じて頂けますか?」

「そ、それは条件次第だと言わざるを得ない。これほどの技術、一体どんな交換条件を突きつけてくるつもりだ」

「別に複雑な条件じゃないですよ。今回の件でうちに責任追及をしないことが一つです」

「それは無論だな」

「もう一つは、ロードウェル家の件です。謝罪とかどうでも良いので、今後一切うちに干渉させないで下さい」

「それも無論だ、二度と干渉させないように言っておこう」

 その言葉は、俺が渇望していたモノだ。

 色々とやきもきさせられたけどようやく、ようやく目的を達成することが出来た。これで、ソフィアやみんなを護ることが出来る。


「それで本題は何だ?」

「……え?」

「惚けるな。これほどの技術を見せつけたんだ。もっと他に要求があるのだろ」

 ……………あ、れ? さっきのが本題だったんだけどな? なんだろ。もう一つくらい、何かお願いしても良いんだろうか?

 とは言っても、別になにかあるわけじゃないし……そうだ。


「ロードウェル家みたいに干渉してくる家は今後も出てくるでしょう。なので、良ければうちの後ろ盾になってくれませんか?」

「それもむろん問題ない。だから、だから早く本題を話せ。いつまで俺を焦らすつもりなんだ!」

 あるぅえ? 今のは本命どころか追加要求だったんだけどな。この上なにかとか言われても、何も思いつかないぞ?


「どうした、早く言え! いや、言ってくれ!」

「ええっと……いえ、今ので要求は全部ですけど?」

「な、に……?」

「ですから、俺達の要求はさっきの三つだけです」

「……本当か? 本当に要求はさっきの三つだけなのか? 後から何か追加するつもりじゃないだろうな?」

「大丈夫ですよ。他に要求なんてしませんから。なんなら、書面にしても良いですよ」

「本当か? 本当にさっきの条件を呑めば、製鉄技術と農業のノウハウを教えてくれるんだな!?」

「ん? いえ、さっきの条件を呑んで頂けるなら、うちの技術は全て提供しますよ?」

 グランプ侯爵の顎が外れた。



「ほ、本当に全ての技術を提供してくれるのか?」

 顎をはめ直すのに一騒動。復帰したグランプ侯爵が詰め寄ってくる。最初は高圧的だったのに、なんかすっかり下手に出てくるようになってしまった。

 とは言え、数百年先の技術だからな。価値が判る人間なら当然の反応かもしれない。むしろパトリックがおかしいんだ。あいつはうちの技術を見ても反応がなかったからな。


「お望みの技術は全て提供します。もっとも、技術者が余ってるわけではないので、そちらの技術者に出向いて貰って、伝授するという形になりますけど」

「それくらいは覚悟しているが……本当に良いのか? これほどの技術、独占すれば凄まじい利益を上げられるだろう」

「そうかも知れませんけどね。初めから独占するつもりはないんです」

「独占するつもりがない? つまり、技術を金で売り渡すと言う事か?」

「それも違います。これらの技術は全て、うちの学校で習得出来ます。そして生徒は、うちの領地以外からも受け入れるつもりです」

「ばかなっ、これらの技術を独占すればどれだけの利益があるか判っているのか!? この国を経済的に支配することさえ可能なレベルだぞ!?」

「だからこそです。技術を独占すれば、多くの敵を作ることになりますから」

 これだけの技術。下手をしたら、国そのものだって敵に回すかも知れない。そうしたら、グランプ侯爵だってどうにも出来ないはずだ。

 だから、技術の独占はしないと決めている。


「……しかし、独占出来ないのであれば、意味がないのではないか? せめて、一つ二つは独占するべきだ」

「普通なら、そうするべきでしょうね」

 技術を放出すれば、数ヶ月で模倣品が出回ることになる。そして数年も経てば、オリジナルに匹敵する品が出てくるだろう。

 もし一から研究、開発していた場合、開発費の分うちが損をするだろう。だけど俺達が作るモノは、地球に存在した技術の模倣。

 開発費という意味では、後続の者達と変わらない。

 そして――


「今後十数年にわたって新しい技術を出し続けるのなら、一つ一つを独占する理由なんて、何処にもありませんから」

「な、なに? それは、どういう意味だ?」

「今ここにある品は、うちで作ったモノの一割程度だと言いました。ですがそれ全てですら、今後開発する技術の一部でしかありません」

 例えば製鉄技術があれば、俺やアリスはそれで作れる様々な道具を知っている。だから、製品の開発は止まらない。

 一つ一つの差は小さくても、重なっていけばその差は明らかだ。五年もすれば、うちは他者の追随を許さないほどの影響力を得るだろう。

 しかも、技術は提供し続けるので、多くの味方を得ることが可能だ。それにやらかす規模を考えれば、敵だって最小限に抑えられる。

 この世界の誰も知らない技術を何百と持っているからこそ出来る手段だ。


 ――とは言え、口で言うほど簡単じゃないのも理解してる。

 急な改革は混乱を生むし、仕事を奪われる民も出てくるだろう。そしてそれらを上手く処理して国が豊かになったとしても、今度は近隣諸国との格差が生まれる。

 少し考えただけでも問題は山積みだ。

 そして他にも、俺達が想像もしていないような問題が発生するかもしれない。


 だけど、だ。

 俺達の目的は一番になることじゃない。自分達が幸せに暮らせるだけの環境を手に入れたら、余剰は全て他の人の支援にまわしたって構わないのだ。

 どんな問題が発生しても、みんなと一緒なら、きっとなんとかなると信じている。


「は、ははは……これほどの技術を無数に提供し続けるだと? リオン、お前は一体何者なのだ? それほどの技術を保持しているのは何故だ?」

「それは……」

 うぅん……なんて答えるべきかな? 今なら異世界からの転生者だって言っても信じられそうだけど、さすがにそれを言うつもりはない。

 下手に隠して探られるのも面白くないけど、納得させるような理由なんて……


「――それは、私がリオンに全てを託したからです」

 不意にアリスが名乗りを上げ、俺が止めるまもなく銀の髪留めを外してしまった。紋様魔術が解除され、アリスの右目が金色に輝く。

「その瞳は……まさか、ハイエルフなのか!? ……そうか、ハイエルフの知識を引き継ぐという恩恵。お前は古代の知識を引き継いでいるのだな?」

「私は遙か昔の記憶を引き継いでいます」

 なるほど、前世の記憶を引き継いでるから嘘じゃないな。グランプ侯爵は絶対古代の記憶だって誤解してるけど。


「ハイエルフだって打ち明けて良かったのか?」

 アリスに小声で尋ねる。

 事実とは違うけど、技術の出所がアリスだと思われてしまった。最悪、グランプ侯爵に狙われるって可能性もあるんだけど……と、侯爵を見たら目が合ってしまった。

「心配するな。一度交わした約束は違えんよ。貴族とは誇り高き生き物だからな」

 なお、ついさっき、利益の為に親戚を切り捨てた男のセリフである。

 ……いやまぁ、ロードウェル家は自業自得だと思うけどな。どっちかって言うと、利益の為に仕方なく付き合ってた感じだったみたいだし。


 アリスになにかあったら嫌だから、念のために警戒はしておくけど……まあ大丈夫だろう。今のところ、うちと敵対する理由はないはずだからな。

「グランプ侯爵の言葉を信じます。それと、アリスがハイエルフだってこと、皆には黙っておいてくれますか?」

「もちろんだ。決して他言しないと侯爵家の名誉に懸けて誓おう」

「ありがとうございます」



 その後、細かい話し合いの結果、こちらは一期生のメンバーを臨時で派遣すること、来年から生徒を受け入れること。そして将来、学校に全国から入学希望者が押し寄せてきても、グランプ侯爵用に一定の枠を確保することが決定した。

 そうして得たのは、グランプ侯爵家という大きな後ろ盾。

 早い話、もうソフィアも他のみんなも、誰かに怯えるような生活はする必要がなくなったってこと。ようやく、俺達は本当の意味で自由を勝ち取ったのだ。

 

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