エピソード 4ー4 グランプ侯爵の思惑

 確認を取る時間が欲しいというグランプ侯爵の申し出を受け入れ、話し合いは小休憩を挟むこととなった。

 そしてティナは話を聞きたいといわれてグランプ侯爵の元へ。アリスは交渉材料について準備をすると席を立った。

 そんな訳で、今この場に残っているのは、俺とクレアねぇとソフィアの三人だ。


「しかし……ティナを一人で行かせて良かったのかな?」

「あたし達にやましいことはないから平気よ」

 いやいや、クレアねぇ。そういう意味じゃなくて、ロリコンと幼女を二人っきりにして大丈夫かなって話なんだけど……さすがに聞きづらいな。

 とか思ってたら、ソフィアに袖を引かれた。


「大丈夫だよ、リオンお兄ちゃん」

 大丈夫って、ティナのことか? 何でそんなことが……って、

「もしかして、恩恵を使ってるのか?」

「相手の感情を読み取るくらいだけどね」

「そっか……それならティナは安心だな。でもソフィア? まだ完全に平気になった訳じゃないんだろ?」

「正直言うと、まだ少し怖いよ」

 だったら無理しない方が良いって俺のセリフは、首を横に振るソフィアにやんわりと遮られた。

「ソフィアはリオンお兄ちゃんの為に頑張りたいの。だから、ソフィアに協力させて」

「……判った。そこまで言うならお願いするよ。でも無理だけはしちゃダメだからな」

「うん、ありがとうリオンお兄ちゃん!」

 飛びついてくるソフィアを慌てて抱き留める。それから少しだけ話し合い、相手が嘘を吐いてる時は、袖を引いて知らせて貰うことになった。


 それから程なく、ティナが戻ってきた。

「お帰り、どうだった?」

「パトリック様のことや、学校のことを聞かれたので正直に答えておきました。……それで良かったんですよね?」

「うん、それで良いよ、ありがとう。それで、グランプ侯爵は?」

「話の裏を取ると、誰かとお話をしてました。少ししたら来るそうです。私は、アリスさんの方の手伝いに行ってきますね」

「ん、そっか。それじゃ行ってらっしゃい」

 とまぁそんな感じのやりとりを終え、待つこと数分。グランプ侯爵が戻ってきて、話し合いを再開することになった。



「さて。パトリックの行動についてだが、ある程度の確認は取れた。お前の領地で噂を流したのがパトリックという話も、あながち嘘ではなさそうだ」

「では……?」

「ああ、今回の被害者はお前達だ。その点については謝罪しよう」

 グランプ侯爵が軽く頭を下げる。


「そうですか。では今回の件は不問として頂けますね?」

「悪いがそれは出来ん。あのバカが自分から、お前に恥を掻かされたと言いふらしているからな。誰かに責任を取らさねば、俺のメンツが立たんのだ」

 うわぉ、なんて身も蓋もないセリフ。ある意味で誠実と言えなくもないかもしれないけど、そんな理由で責任を取らされたらたまったものじゃない。


「うちは関係ないと思うんですけど」

「ふっ。だがお前がパトリックに大恥を掻かせたのは事実だろう?」

「まぁ……そうですけどね。虚言を広めてるパトリックの方をどうにかするべきじゃありませんか?」

「それが出来れば楽なんだがな。お前も知っていると思うが、ロードウェル家はうちの分家だからな。あまり無下にも出来んのだ」

 ――と、ソフィアに袖を引かれた。今のは嘘があったって合図だよな? でも……嘘って何だ? ロードウェル家が分家なのは事実だろ?

 ……うぅん。もう少し探らないと判らないな。


「ちなみに、責任を取らせるというのは、どんな内容なんですか?」

「まずはロードウェル家への謝罪。それにソフィア嬢をパトリックに差し出せ」

「話になりませんね」

「ならば、クレア嬢を俺の嫁によこせ。そうすれば取りなしてやる」

「それもお断りです。二人ともグランシェス領に必要な存在ですから」

「あれも無理、これも無理。そんなことが通用すると思っているのか?」

 何この理不尽なやりとり。初めから、うちと交渉するつもりがないのか?

 そう思ってグランプ侯爵の顔をのぞき見る。だけど怒っているようには見えない。それどころか、なにかを期待するような表情が見え隠れしている。

 ……なにか別の思惑があるのか?


「他に選択肢はないんですか?」

「そうだな。……ならば、あの学校を俺によこせ。そうしたら、ロードウェル家のことは俺がなんとかしてやろう」

「……学校、ですか?」

「ああ。そうだ。生徒や先生を連れてきたのは、学校の有用性をうちに売り込むつもりだからじゃないのか?」

「……学校に興味がおありですか?」

「噂を聞いていた時は眉唾だったがな。お前達の着ている服は素晴らしい。興味は十分にあるぞ」

 へぇ……学校を差し出せば許してくれるんだ。

 いや、学校を差し出すつもりはないけど、そう言う系統の交渉は通用しないと思ってたからちょっと意外だ。

 貴族のメンツがどうのという状況では意味がないと思ってたんだけど……あれ、もしかしてさっきの嘘って、‘分家だから無下に出来ない’って部分が嘘なのか?

 ちょっと探ってみるか。


「そう言えばここに来る途中、山賊の集団と遭遇したんですよね」

「山賊の集団?」

「ええ。なんでも、不作のせいで生活が立ち行かなくなった農民だそうですよ?」

「……そうか。それで、全員殺したのか?」

「生死が気になるんですか?」

「まさか。山賊がどうなろうと知ったことじゃない」

 再びソフィアに袖を引かれる。今のセリフも嘘、か。


「山賊は全員捕らえて、うちの領で犯罪奴隷として働かせることにしました。問題ありませんよね?」

「言っただろう。山賊なんぞ、うちの領民でもなんでもない。好きにするが良い」

「そうですか、ありがとうございます。……あぁちなみに、身分は犯罪奴隷ですが、扱いは悪くしないつもりですよ」

「そう、か」

 うぅん。素っ気なくも聞こえるけど、安堵してるようにも見えるな。

 さっきの嘘と併せて考えると、グランプ侯爵は無理に税を取り立てておいて、路頭に迷った村人の行く末を心配してるってことになる、のか?

 ん~良く判らないな。取り敢えず、判ってることを纏めよう。


 まず、グランプ領はここ数年不作が続いている。そして一部の領民から無理な取り立てをしておきながら、その行く末を心配をしてる。さらに、ロードウェル家を切り離せない理由がある。そんなグランプ侯爵はロリコン。

 ……もしかして、侯爵領は財政難なのか?


「そう言えば……ロードウェル領って、スズの鉱山があるそうですね? 青銅の材料として需要があるにもかかわらず、この辺ではあまり取れないって言う」

「……それが何だと言うんだ」

「いえ、もしかして利権に関わってるのかなと思いまして」

「ふんっ。確かに絡んではいるがな。些末な利益にしか過ぎんよ」

 その瞬間、ソフィアに袖を――引かれない。

 あ、れ……? 今のは嘘じゃない? ロードウェル家の後ろ盾をしてるのは、利権が理由だと思ったんだけど……俺の勘違いなのか?

 いや、でもそれじゃ辻褄が合わない。何か見落としてるのか――と、そう思ったその時、クレアねぇが口を開いた。


「グランプ侯爵様。先ほど些末な利益だとおっしゃいましたが、今のグランプ領には、その些末な利益が欠かせないのではありませんか?」

 ……あ、そうか。それがグランプ領に欠かせないのだとしても、全体から見て些末な利益でしかないのであれば、さっきのセリフに嘘はない。

 さすがクレアねぇ、俺の代わりにグランシェス領を管理してるだけあるなぁ。


「何を言うかと思えば、うちの領地が逼迫しているとでも言うつもりか? バカらしい。そんな事あるはずがなかろう」

 そして今度こそ、ソフィアが俺の袖を引いた。

 間違いない。グランプ領は食糧難が切っ掛けで窮地に陥っている。一部の村の税率を戻したのは、そうしないと全部の村が共倒れになるからだろう。

 ……ふむ、俺が原因だった訳じゃないんだな。良かった――と言うには、少し理由があれだけど、俺を陥れる為とかじゃなかったのは少し安心した。


 ともかく、グランプ侯爵がロードウェル子爵の後ろ盾をしているのは血縁だからじゃない。不作による貧困で、ロードウェル家が所有する鉱山の利権が必要だからだ。


 だとすれば話は簡単だ。ロードウェル家より、グランシェス家と手を組んだ方が得だと理解させれば良い。

 ただそれだけだ。

 そして、うちには利益へと繋がる様々な技術がある。その技術は元から独占するつもりなんてなかった。だから、優先的に提供するくらい何の問題もない。

 つまり、グランプ侯爵を味方に引き込む為のカードはいくらでもあるってこと。


「ありがとうソフィア。それにクレアねぇも。お陰で解決の糸口が見つかったよ」

 く、くくくっ。覚悟しろよパトリック。散々苦労させられたけど、今からロードウェル家とグランプ家の関係を徹底的に叩き壊してやる。

 そして、俺の生徒や領民に手を出したことを後悔するがいい!

「うわぁ……リオンお兄ちゃんの心が真っ黒に……」

 心を読んだソフィアにどん引きされて我に返った。

 

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