エピソード 4ー3 グランプ侯爵とご対面
グランプ侯爵に指定された期日、俺達は侯爵が住む屋敷の門を叩いた。
ちなみに同行していた騎士達は山賊達を連れて帰る為に離脱した。ただしエルザだけは譲らず、俺達の護衛として同行している。
「リオン様とそのご一行様、グランプ侯爵家にようこそおいで下さいました。わたくし、グランプ家の執事を務めるジョセフと申します」
玄関で俺達を出迎えた執事に連れられ、そのままサロンに案内された。ちなみに、護衛のエルザは別室に待機して貰う。
「主人はまもなく到着しますので、少しだけ席についてお待ち下さい」
言われて俺は下座の真ん中の席に。その両隣にクレアねぇとソフィアが座った。だけど、アリスとティナは何故か立ったままだ。
「どうかなさいましたかな、お嬢様方」
「えっと……」
ん? 何で二人は俺を見てるんだ……って、そうか。
「ジョセフさん、その二人は平民なんだけど、どうしたら良いかな?」
「平民ですと?」
ジョセフは驚いたように目を見開く。
「ちょっと訳ありで連れてきたんだけど、ダメだったかな?」
「――っ、失礼いたしました。リオン様のお連れでしたら問題はございません。どうかお席におかけ下さい」
それを聞いて二人は安心したように席に着く。その直後、メイドによってお茶菓子が運ばれてきた。
「それでは、主人を呼んで参りますので、皆さんそれまでおくつろぎ下さい」
ジョセフはそう言って恭しく一礼。部屋を退出していった。
と言うか、主人が来るまでくつろいでろって、主人が来たらくつろげないだろうから。みたいな意味が含まれてたりするんだろうか? いや、それはさすがに考えすぎか。
でもまあ、警戒しすぎて困るってことはないからな。
なんて考えながら紅茶を飲んでいると、ふと肩を叩かれた。何だよと思って、隣りに居るクレアねぇを見るけど、クレアねぇは俺に気付かず紅茶を口にしている。
……あれ? クレアねぇじゃないのか? だったら誰……って、まだ叩かれてる? でも、肩に誰も触れてないんですけど……なにこれ、幽霊?
と思ったら、クレアねぇの向こうでアリスがこちらを見てた。そしてそんなアリスは、自分の肩を叩いている。
……あぁ、感覚を共有か、びっくりした。精霊魔術の練習以外で使うのって随分と久しぶりな気がする。
「なにか用か?」
クレアねぇ越しに問いかけると、誰かがこの部屋の様子をうかがってるって答えが小声で返ってきた。気配察知の恩恵で気付いたみたいだけど……誰かって誰だ?
「たぶん、グランプ侯爵様じゃないかしら。事前に相手を観察するのは常套手段だから」
――とはクレアねぇの言葉。
なるほどねぇ。やっぱり一筋縄じゃ行かなさそうな相手だな。
でもそれは逆に言えば、話が通じる相手とも言える。パトリックはホント、言葉が通じない感じだったからな。
そう考えたら、ある意味やりやすいのかもな。なんて感じで待つこと十分くらい。グランプ侯爵が俺達の前に姿を現した。
元クレアねぇの婚約者。一体どんな男なのかと思ってたけど、思った以上にまともだった。むしろちょっと、渋いおじ様的な雰囲気を纏っている。
ともあれ、俺達は立ち上がって彼の到着を出迎えた。
「待たせたようだな。俺がグランプ家当主のクレインだ」
「お初にお目に掛かります、グランプ侯爵様。わたくしはグランシェス家の当主、リオン・グランシェスと申します」
「その様にかしこまらずとも良い。普段通り話してくれ」
「……では、そうさせて貰います、グランプ侯爵」
さすがにため口とかは有り得ないので、丁寧語に切り替えておく。
「ご無沙汰しておりますわ、グランプ侯爵様」
「おぉクレア嬢か、久しいな。暫く会わぬうちに、ますます美しさに磨きが掛かったのではないかな?」
「相変わらず口がお上手ですわね」
……なんだろう、この背中がむず痒くなる感じ。クレアねぇがお嬢様っぽく話すのって、なんかすっごい違和感あるんだよなぁ。
ずっと見てたら、そのうち慣れるんだろうけどさ。
「それでリオン、そちらのお嬢様方はどなたかな」
「っと、失礼しました。まずは俺の義妹となったソフィアです」
「ソフィア・グランシェスです」
俺の紹介を受け、ソフィアは今日の為にしつらえたドレスの裾を摘んで膝を曲げた。
「ソフィアというと、パトリックがご執心の娘か?」
「ええ。ソフィアはスフィール家の生まれです」
「なるほど、確かに可愛い。パトリックがご執心なのも頷けるというモノだ」
いや、納得するなよ。パトリックは今年十六歳で、ソフィアは九歳だぞ。……と思ったけど、グランプ侯爵は三十一歳で、その元婚約者のクレアねぇは十三歳だった。
「では次に、俺が経営している学校の教師を勤めるアリスティアです」
「お初目に掛かります、グランプ侯爵様」
アリスはティアードスカートの裾を摘んで可憐にお辞儀をしてみせる。いつみても、アリスだけ日本の街にいそうな女の子の格好をしてる。
クレアねぇやソフィアより年上のアリスは、開花を始めた大人の魅力を匂わせているのだけど……グランプ侯爵は特に反応なし。
「ほぅ、お前の経営する学校は、随分技術が進んでいると聞いていたが……なるほど、エルフが関わっていたのか」と普通に感心してる。
種族が違うから興味がないのか? それとも……まさかっ! 十六、七歳の外見は範囲外だって言うつもりなのか――っ。
……いや、やめておこう。なんか追求するのが怖すぎる。
と言うか、俺だって生きてる年数を併せたら、かれこれ三十一歳……いや、もしかしたら三十八歳と言う可能性も有り得るんだよな。
……うん。年齢の話はやめよう。なんかブーメランになって返ってきそうだ。
「最後に、彼女はティナ。うちの生徒の代表として連れてきました」
「お、お初にお目に掛かります、グランプ侯爵様」
少し緊張した面持ちで、ティナが制服のスカートを摘む。……って、いくらなんでもテンパり過ぎだ。ただでさえ短いスカートの裾をそんなに持ち上げてどうする。
さすがに見えるレベルじゃないけど、なんか羞恥プレイみたいになってるぞ。
「おぉ、集めているのは全員が村娘だと聞いていたが、これはなかなか……ごくり」
ごくりじゃねぇよっ! このおっさん、ホントにやり手の侯爵様なんだよな? ただのロリコンじゃないよな!? なぁ!?
「まあ自己紹介はそれで全員か。何故そいつらを連れてきたのかは後で聞くとして……なぁリオン。随分とうちの分家に舐めたマネをしてくれたそうだなぁ?」
――っ。グランプ侯爵の雰囲気が急に変わった。数年前の俺なら、確実に震え上がってそうな凄みがある。
まさか、さっきまでのロリコンっぽい行動は俺を油断させる為の演技か? ……いや、単なる地のような気がする。
「ふんっ、俺に睨まれても臆さないか。なかなか興味深いガキだな。当主が頼りないから、クレア嬢を当主代理に立てるって聞いてたんだがな?」
「俺はまだまだ未熟ですよ。うちがやっていけるのは、周りの人材が優秀なお陰です」
「はん。それだけ口が回るくせに良く言う。だが……まぁ良い。立ち話もなんだ、まずは座れ」
グランプ侯爵はどかっと席に着く。それに続いて俺達も椅子に座り直した。
「さてとリオン。大事なことだからもう一度言わせて貰おう。どういうつもりだ。何故うちの家名に泥を塗るようなマネをした?」
「その質問に答える前に、俺としてはまず、パトリックが一体どんな報告をしたのか聞きたいところですね」
「ふむ。そうだな……良いだろう。パトリックのよこした書状があるから見せてやろう」
グランプ侯爵がそう言った直後、先ほどジョセフと名乗った執事がどこからともなく現れ、羊皮紙を手渡してくれた。
その内容を簡単に纏めると、パトリックはソフィアと同じ学校に通おうと思い、グランシェスの当主に頭を下げて入学させて貰ったらしい。
だが、学校では言われなき差別を受け、更にはこちらが手を出せぬのを良いことに暴力を受けた上に、退学を告げられ恥を掻かされたとのことだ。
それを読み終わった俺は羊皮紙をジョセフに返し、グランプ侯爵へと向き直った。
「どうやら、俺の知ってるパトリックとは名前が同じだけの別人みたいですね。この書面のパトリックは何処か別の学校に通ってたんじゃないですか?」
「ふっ、まぁ予想通りの答えだな」
グランプ侯爵は面白くなさそうに鼻で笑う。
「……書面の内容が真実じゃないと判ってるんですか?」
「あいつは甘やかされて育ったバカだからな。多少の脚色くらいは予想の範疇だ」
脚色って言うか、真実が一つもないんだけどな。
……でも、グランプ侯爵の反応は少し意外だ。パトリックの意見を信じ込んでいる。もしくは嘘だと理解した上で、俺達を脅してくると思ってたんだけどな。
「それで、お前の学校に来たパトリックはどんな奴だった? そこの嬢ちゃんをよこせと乗り込んできたんだろ?」
「ええ。俺や学校にいちゃもんをつけたあげく、それを否定したティナを殴り、怒った俺に散々脅されて尻尾を巻いて逃げ帰るような奴ですかね」
「……それが事実だというのか?」
「あくまで俺の知ってるパトリックの話ですがね。その書状にあるパトリックは知らないので何とも言えません」
「むぅ……」
「あぁそうそう。これは関係ないんですけど、最近うちの領内で誰かが意図的に悪い噂を流してるみたいなんですよ」
「お前の領地で悪い噂が流れていたことは調べがついている。だが、それがパトリックの仕業だと言うつもりか? いくらあいつがバカでも、そこまで愚かではないはずだ」
「パトリックが俺に付けた言いがかりと内容が似てるんですよね。あと、噂を流して扇動した者を何人か捕らえて尋問したんですが、雇い主の容貌がパトリックと酷似してるんです。もちろん、そいつらが嘘を言ってる可能性はありますけどね」
「…………………」
あ、さすがにパトリックがそこまでやってるのは予想外だったのかな? グランプ侯爵は渋い顔で黙ってしまった。
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