エピソード 4ー2 いざグランプ侯爵領へ
グランプ侯爵に呼び出された期日まであと二週間足らずに迫った、あるうららかな午後。俺達は馬車に乗り込んでグランプ領を目指して出発した。
ちなみに乗り物は、俺とアリスが自重無しに設計した馬車だ。
紋様魔術で少しなら温度調節が利くし、サスペンションまわりも強化、タイヤもゴムに近い素材を使って揺れを軽減。従来と比べるとかなり快適な馬車になっている。
その馬車に乗るのは、俺、クレアねぇ、アリス、ソフィア、ティナの五名。そのほか、馬車の外で護衛を勤める騎士が六名いる。
……あれ?
当事者の俺とクレアねぇ。恩恵でサポートを予定してるソフィアに、学生代表として来ているティナ。それに護衛の騎士達は判るけど……
「なぁアリス? お前はなんで一緒に来たんだ?」
「……ねぇ、最近私の扱いが酷くないかな?」
ジト目で睨まれた。
「じょ、冗談だよ冗談。ただ、アリスが学校を護ってくれたら安心なのにって思って」
「学園は騎士団が護ってるから大丈夫だよっ」
「まぁそうなんだけど。結構長く留守にするから心配かなぁって。その点、アリスなら臨機応変に対応してくれるだろ?」
「……リオンのばか。そしたら、リオンと一ヶ月近く会えないじゃない。大好きな人とそんなに会えなくなるの、私は……嫌だよ」
「――っ」
ま、まさかの直球だと!? 少し拗ねたような瞳の威力が高すぎる!
落ち着け、落ち着け俺。
大丈夫だ。ここは馬車の中。向かいの席にはソフィアとクレアねぇとティナがいる。こんな状況で甘い空気が続くはずがない。
「ねぇねぇクレアお姉ちゃん、あれが正攻法なの?」
「ええそうよ。普段あけすけな女の子が、不意に弱い一面を見せると威力が倍増って言う基本にして王道のわざよ」
「勉強になります」
止めろよっ、なんで見学してるんだよ!? それからティナ、勉強になりますじゃないだろ!? 誰に使うつもりかは知らないけど、絶対相手が困るからマネするな!
「……リオン?」
「あぁもう、俺が悪かったよ。ちょっと学校が心配だっただけなんだ。俺だってアリスがついてきてくれた方が嬉しいに決まってるだろ」
「ふふっ、よかったぁ」
まったく、嬉しそうに笑いやがって。何処まで本気なんだか。
「リオン様、少しよろしいでしょうか?」
不意に馬車の外から女性の声が届く。見れば護衛についていた赤髪の女騎士が、自らの馬を馬車に横付けして併走していた。
「なにか問題か?」
「いえ。今のところ周囲は穏やかで問題はありません。ただご挨拶がまだだったので」
「そう言えば見ない顔だな」
「はい。この度クレアリディル様より、護衛部隊の隊長を仰せつかりました。エルザと申します。以後お見知りおきを」
「へぇ、まだ若いのに凄いんだな。よろしく頼むよ」
俺がそう言うと、エルザは軽く驚く様な表情を浮かべた。
「どうかしたのか?」
「あぁいえ。年齢や性別で不安がられるのではと思っていたものですから」
「年齢に関しては俺やクレアねぇも人のことは言えないからな。でもって性別は……」
と、俺はアリスに視線を送る。
「ほう、彼女は強いんですか?」
「精霊魔術の使い手だからな。賊とかが襲ってきても、アリスに任せれば瞬殺だ」
「ふふっ、それは心強いですね。ですが、目的地まで護衛するのが我々の仕事。どうか戦いは我々にお任せ下さい」
「その時は頼りにさせて貰うよ。……でも、この辺って魔物とか出たりするのか?」
「街道ですから、魔物が出ることはまずないでしょう。ですが、賊なんかは時々出たりしますよ」
「賊か……」
「心配は無用ですよ。騎士が護衛する馬車を襲う賊なんていませんから」
それ言っちゃダメなセリフだ――っ!
――一週間後。グランプ領の山岳地帯で、俺達は二十人くらいの山賊に囲まれていた。
……うん。フラグっぽい気はしてたんだ。
「殺されたくなければ、金目のモノを置いていけ!」
「貴様らっ、我らがグランシェス伯爵一行と知っての狼藉か!」
「だったら尚更だ! 良いから金目のものを置いていけ!」
「くっ、交渉の余地は無しか。……お前達! 決して賊を馬車には近づけさせるな!」
エルザの指揮の下、部下の騎士五名が馬車を護るように陣形を組む。
「なぁエルザ? もしかして厳しそうか?」
俺は馬車から顔を出してエルザに尋ねる。
「リオン様!? 顔を出してはいけません、弓で狙われます!」
「あぁうん。気を付ける。と言うか、やばそうなのか?」
「心配いりません! 我ら最後の一騎となろうとも、必ずやリオン様達を護り通して見せますっ!」
むちゃくちゃピンチだった。
「その意思は立派だけど……いや、立派だからこそ、こんなところで死んで貰っちゃ困るんだよ。と言うことで――半分任せて良いか?」
俺は馬車から飛び降り、アリスへと視線を向ける。
「全方位で大丈夫だよ。生け捕りで良いのかな?」
「え、うん。……って、全方位を一人で生け捕り?」
どうするんだと思ったら、アリスはひらりと身を翻して馬車の幌へと飛び乗った。
「聞きなさい、山賊達!」
アリスは高らかに叫び、そのままクルリとターンした。
その瞬間、全方位に可視化された風の刃が放たれた――って、うぉい!? 聞きなさいと言いつつ攻撃するって鬼畜か!?
と思ってるうちにも、アリスが放った風の刃は周囲の木々を全て伐採した。ただし、誰一人として傷つけることなく。
「「「…………へ?」」」
見晴らしの良くなった空間に取り残された山賊達があんぐりと口を開く。そして状況を理解すると共に、その顔が一斉に蒼くなっていく。
「逃げようとしたら体が上下にお別れします。抵抗したら全身が消し炭になります。どっちも嫌な人は武器を捨ててその場に跪きなさい」
――全員降伏した。
……いや、うん。デモンストレーションで恐怖を煽って降伏させるって手際は良いんだけどさ。……エルフが自然破壊して良いのか?
あ、前世は人間だから問題ないですか、そうですか。
「あの……リオン様。アリス様は、その……伝説の勇者か何かなんでしょうか?」
エルザが呆然とした面持ちで尋ね来る。
「あれはアリスチートだから気にしたらダメだ」
「は、はぁ……」
「それより、降伏した山賊を捕らえてくれ。話も聞きたいしな」
「そ、そうでした。すみませんっ、直ちに! ――お前達、山賊に縄を掛けろ!」
我に返ったエルザが部下に指示を出し、素早く山賊を縛り上げていく。
「さて、お前達のリーダーは誰だ?」
縛られた状態で並ばされた山賊集団に向かって問いかける。僅かな沈黙の後、一人の男が名乗りを上げた。
「あんたが山賊のリーダーか」
「だったらなんだって言うんだ?」
「いやなに、少し話を聞かせて貰おうかと思ってさ。さっき騎士がうちの家名を名乗った時、‘だったら尚更’って言ったただろ。それがどういう意味か教えてくれ」
貴族なら尚更なのか、グランシェス伯爵なら尚更なのか、それによって意味はまったく変わってくる。
「……一つ頼みを聞いてくれるのなら、質問に答えても良いぞ」
「――貴様っ、自分の立場が判っているのか!」
エルザが声を荒げる。
「エルザ、良いからここは俺に任せてくれ」
「しかし……いえ、リオン様がそうおっしゃるのであれば」
エルザが一歩下がるのを見届け、俺は再び山賊へと視線を向ける。
「頼みって言うのはなんなんだ? さすがに逃がしてくれとか言われても聞けないぞ?」
「判っている。だから、希望者をこの場で殺して欲しいんだ」
「……理由を聞いても良いか?」
「どうせ殺されるなら、苦しまないで死にたいと思っただけだ」
どういう意味だって思ったら、賊が捕まれば犯罪奴隷となり、死ぬまで過酷な環境で働かされるとエルザが教えてくれた。
「言い分は理解した。でもそこまで判ってて、どうして賊になったんだ?」
「そんなの、そうしなければ生きていけなかったからに決まってる! グランプ侯爵が、俺達の村から根こそぎ食料を持って行きやがったんだ!」
そうして怨嗟のごとく吐き出された山賊リーダーの言い分を纏めると、彼らはつい最近まで近くの村で暮らしていたそうだ。
ただ、ここ数年は不作が続いていて、税の支払いが厳しい状況だった。
例年通りなら税を下げてくれたのだけど、今回は従来通りの税を要求されて立ち行かなくなり、山賊へと成り下がったらしい。
ちなみに、グランプ領が不作だったというのは事前の調査で調べがついているので、言ってることは恐らく事実だ。
なので、さっきの‘尚更’って言うのは、貴族ならって意味だろう。
だけど……
「税が従来通り要求されたのは、全ての村なのか?」
「いや、少なくとも隣の村は税を下げて貰ったと聞いている。俺達はたぶん……見捨てられたんだ」
「そうか……」
いや、本当にそうなのか? 支払えない額の税を請求されて賊に落ちた集団が、ちょうど俺達の通り道にいた?
……ちょっと偶然にしては出来過ぎじゃないか? いやでも、狙って俺にぶつけるのは無理だよな。それに、さすがにそんな理由で村を潰したりしないだろう。
それなら、スフィール家がやったみたいに、賊に装った騎士とか……
「一応聞いておくけど、実は騎士だったりしないよな?」
「……なにを言っているんだ?」
山賊達は首をかしげる。……この反応は違うっぽいなぁ。
と言う事は、本当にただの偶然? それとも、グランプ侯爵の策略か何かなのか?
……うぅん。パトリックならやらかしそうだけど……グランプ侯爵の人柄は良く判らないんだよなぁ。評価も人によって両極端で掴み所がないし。
「お前達、今から聞く俺の質問に正直に答えろ。今までに人を襲ったのか?」
「あ、あぁ。キャラバンを二組ほど襲った」
「むぅ……じゃあ、殺したのか?」
「いや、奪ったのは金品の半分だけだから、誰も死んでないはずだ」
何で半分って思ったら、商隊から品を全部奪ったら、商人を殺すのも同然だからと言う理由らしい。
いやまぁ、奪わなきゃ生きていけないからってのと、罪悪感の狭間で揺れた結果なんだろうけど……なんだろうな、この半端な感じは。
根っからの悪人ではないけど、罪はしっかり犯してるって言うのは判断に困るなぁ。
「取り敢えず、その言葉に嘘はないんだな?」
「どのみち犯罪奴隷に堕とされる運命は変わらないんだ。そんな嘘は言わないさ」
「ふむ、そう言うものか」
納得する素振りを見せながら、他の連中の表情を伺う。けど、嘘を吐いてるような感じはなさそうだ。
これならまぁ……情状酌量の余地あり、かな。
「お前達に三つの選択肢をやる。一つはお前達の願い通り、ここで苦しまずに死ぬこと、二つ目は従来通り犯罪奴隷に堕とされること。そして三つ目は、俺の領地で犯罪奴隷として暮らすことだ」
「……その三つ目は、普通に犯罪奴隷となるのと何が違うんだ?」
「奴隷契約の刻印を刻むのは変わらない。ただ生活レベルが普通の奴隷並み……いや、多分あんたが住んでた村よりは良い環境になるんじゃないか?」
奴隷契約の刻印が刻まれると、奴隷は主人に基本的に逆らえない。だから過酷な環境でも働くほかにないんだけど……俺ならそんな風に使い潰したりはしないと言う訳だ。
「村人より良い暮らしの出来る犯罪奴隷だと? そんな環境あるはずがない。俺達を騙してどうしようって言うんだ!」
「いや、事実なんだけど……あぁ~そうだ、ティナ。ちょっと出てきてくれるか?」
馬車に向かって声を掛ける。程なく、ティナがおっかなびっくり馬車から降りてきた。
「ごめんな、山賊の前に出るなんて怖いよな」
「い、いえ。リオン様のお役に立てるなら大丈夫です」
「ありがと、それじゃこっちに来てくれ」
俺はティナを横に並ばせ、山賊達に向き直る。
「お前達、この娘を見てどう思う?」
「ああ? 貴族様のご令嬢か何かだろ? それとも、どこかのお姫様とでも言うのか?」
「どっちも外れだ。ティナは平民の女の子だ」
「……平民、だと? その見た目でか? もしかして、お前のお気に入りか何かなのか」
「いや――」
そう言う訳じゃないと言おうとした瞬間、ティナの視線を感じて口を閉じた。なにその、期待するような眼差し。
「あ~えっと。……確かにティナはお気に入りだけど」
と言った瞬間、隣にいるティナがギュッと握り拳を作った気がするけどスルー。
俺は山賊達に向かって話を続ける。
「彼女の服装はそれが理由じゃない。うちの領にはこんな感じの子が数十人いるからな」
「にわかには信じられんな。そもそも仮にそれが事実だとしても、平民と奴隷には扱いに大きな開きがあるはずだ」
「でもこの子、もとは奴隷として身請けされた女の子だぞ?」
「……はぁ? う、うそ、だろ」
「本当です。私は口減らしで売られた後、リオン様に救って頂いたんです。そしてそれは私だけじゃありません。リオン様はみんなに手を差し伸べてくれる優しい方です」
「……マジで?」
「はい、リオン様は最高の領主様です」
――グランシェス領に行きたいと全員に泣きつかれた。
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