エピソード 3ー3 やりすぎた者の末路
パトリックの怒鳴り声を聞いた俺はすぐさま声の方へと走る。そしてティナがパトリックに詰め寄られているのを見て、その間へと割って入った。
「落ち着け、何があったんだ?」
俺はティナを背後へと庇って、パトリックを見上げる。
「どうしたもこうしたもあるか! その娘が俺に生意気な口を利いたのだ!」
「そうか。こう言ってるけど、ティナの言い分は――」
意見を聞こうと振り返った俺は、ティナの顔を見て硬直した。
「リオン様が不利になるような証言をしろ。そうしたら金貨をやるって言われたんです」
「な、なにを言う! 俺はそんな風には言ってない! ただ、そいつにされた嫌なことを教えろと言っただけだ!」
「同じじゃないですか! それで私がリオン様はそんなことしないって言ったら、下手に出ればつけあがってって怒ったんでしょ!」
「な、なななっ、き、貴様ぁ……平民の分際で、それが貴族に対する口の利き方か! この場で無礼打ちにしてやっても良いんだぞ!」
パトリックがティナに詰め寄ろうとする。だけどその前に、俺はもう一度割って入った。
「……いい加減にしろよ。俺は身分を振りかざすなって言ったよな?」
「それがどうした。俺は貴族として、平民に教育してやっているだけだ!」
「……お前、最低だな」
「――っ」
俺はパトリックを一瞥し、そのままティナへと向き直った。
「リ、リオン様?」
ティナが不安げに身を震わせる。
――っと、怯えさせちゃったか。俺は出来るだけ優しい表情を浮かべて、ティナの頬にそっと指を這わせた。
「驚かしてごめん。ティナには怒ってないから大丈夫だよ。それよりその頬、パトリックに叩かれたんだな?」
そう。ティナの頬が真っ赤に腫れ上がっていたのだ。思い返せば、パトリックが最初に怒鳴った時、同時に乾いた音を聞いたような気がする。
「これは……その、ごめんなさい。揉めたりしないようにって言われてたのに……」
「そんなのは良いんだ。……いや、俺の方こそごめん。俺が間違ってた」
いつか学園に貴族を受け入れるから、今のうちにテスト――なんて、俺は気楽に考えてた。でも、俺にとってはテストでも、ここに居る生徒達にはそうじゃなかった。
パトリックが学校に通い初めて一週間で、口論の目撃情報が三件あった。つまり、今みたいな状況が最低三回は繰り返されてたってこと。
それなのに、俺は後で話を聞いてケアをすれば良いとか、グランプ侯爵家と揉めないようにするのが大事だなんて、そんなことばっかり考えて……
実際にこの子達がどんな目にあってるか、ちゃんと考えてなかった。
「――アリス」
「うん、どっち?」
「……ティナの頬を見てやってくれ」
「……一人で大丈夫なの?」
「毎日訓練に付き合って貰ってるのは伊達じゃないぞ――って言いたいけど、正直、判らない。でも、これは俺の失態だ。せめて後始末くらいは自分でしないとな」
「ん、判った。それじゃ……ティナちゃん、頬を冷やすからこっちにおいで」
アリスがティナを手招きする。それを見届け、俺はパトリックへと向き直った。パトリックは無視されたことを怒っているのか、顔が真っ赤に染まっている。
「お、お前、どういうつもりだ?」
「どうもこうもあるか。お前はやり過ぎなんだよ」
「な、なにを言ってるんだ! 俺より平民の娘の言葉を信じるのか!?」
「むしろ信用しない理由がないな。それに、今回だけじゃないだろ。お前は問題を起こしすぎだ。問題を起こしたら退学だって言っただろ?」
「ふ、ふざけるな! 俺が退学だと!? そんなはずがあるか!」
パトリックは一気に捲し立て、そこで何かに気付いたように嫌らしい笑みを浮かべた。
「……そうか、判ったぞ。やはり何かやましいことがあるんだろう? 俺にそれを知られたら困るから退学にするんだ、そうなんだろ!?」
俺はそれに答えない。すると何を勘違いしたのか、パトリックは顔を近づけてきた。
「は、はは、図星なんだろ? おい、さっきのを取り消せよ。そして申し訳ありませんでしたパトリック様って土下座して見せろ、そうしたら許してやるからよぉ」
「……せろ」
「あぁ? 聞こえねぇよ」
「――失せろって言ってるんだよっ!」
右手を閃かせ、イヤミったらしく突きつけられたパトリックの頬を手のひらで叩く。
パトリックは驚いたように二、三歩後ずさり、その場に座り込んでしまった。それを見下ろしながら、俺は最後通告を告げる。
「二度とこの学校――いや、グランシェス領に近づくな。それで生徒達にしたことは手打ちにしてやる」
「お、お前……俺を、俺を殴ったな!?」
「お前だってティナを殴っただろ。自分が殴られる覚悟くらいしておけよ」
「あぁそうかよ! だったらお前も殴られる覚悟は出来てるんだろうな!? おい、ギルム! この生意気なガキをぼこぼこにしてしまえ!」
パトリックは連れていた男に向かってヒステリックに叫ぶ。
そういや……居たな。存在感がないから忘れてた。確か……一人は使用人で、もう一人が騎士だったか?
そう思って視線を向けると、体格の良い方が下品な笑みを浮かべて歩み寄ってくる。恐らくはこいつがギルムと呼ばれた騎士なのだろう。
「ははっ、命令なんでな。悪く思うなよ、貴族様」
いやいや、弱い相手を殴れるのが楽しくて仕方がないって顔に書いてあるぞ?
貴族に手を出したのはこっちが先とは言え、伯爵家の当主をぼこぼこにしたらさすがに許されないと思うんだけどなぁ。
それだけグランプ侯爵の後ろ盾を信頼してるのか、はたまた何も考えてないのか……まぁどっちでも良いか。
「泣いて謝るなら今のうち、だぜ!」
ギルムと呼ばれた男は拳を振るう。俺はそれを
たったそれだけで、ギルムは見事に顔から畑へとダイブした。
「――おいおい、ギルム、何をやってんだよ」
「うるせぇぞベイル! ちょっと目測を誤っただけだ!」
ギルムは畑から顔だけ起こし、暢気に背後へと振り返る。だから俺はその顎先をかすめるように蹴り飛ばした。
「――がっ、き、きさ、ま……」
脳しんとうを起こしたんだろう。ギルムは怒りの表情を浮かべたまま崩れ落ちた。人に殴り掛かっておいてよそ見とか、バカじゃなかろうか。
「さて、あんたの護衛は気絶したみたいだけど?」
パトリックへと視線を戻す。
「このっガキが……偶然勝てたくらいで調子に乗るなよ。こうなったら俺が直接消し炭にしてやる!」
パトリックは俺に向かって腕を突き出し、高らかに呪文を唱え始めた。
精霊魔術……とは雰囲気が違うな。もしかして噂に聞く黒魔術って奴だろうか?
ふむ。黒魔術を見るのは初めてなんだよな。基本的な威力は精霊魔術より上。ただし汎用性は低いって話なんだけど、どんなモノなんだろうな。
今の俺でも対処出来るレベルなら良いんだけど…………って、
「おい、いつまで詠唱してるんだよ?」
思わず突っ込みを入れる。あれこれ頭の中で考えてたのは一瞬だから、せいぜい数秒やそこらだろうけど、差しでの勝負中に使う魔術の詠唱としては長すぎる。
「はんっ。パトリック様が使う黒魔術は、威力が高い代わりに詠唱時間が長いんだよ。そんなことも知らないとはお笑いだな。すぐに地獄を見られるから、黙って最後のお祈りでもしてるんだな!」
ベイルが偉そうに講釈をたれるが、詠唱はまだ終わらない。
「ファイヤレイン!」
――と思ったら終わった。当たれば火傷しそうな真っ赤な炎が六つ。それぞれ別の軌道で俺に向かってくる。
それを見た、生徒が悲鳴を上げる。
そして炎が残らず俺に着弾、
「地獄で後悔しやがれ!」
――する寸前、俺はそれら全てを消し飛ばした。
「………………は?」
「地獄で……なんだって?」
「ば、馬鹿な! 不発、だと? 何を、何をやりやがった!」
「別に、精霊魔術で相殺しただけだぞ?」
「ふ、ふざけるなよ! お前は詠唱も何もしてなかっただろうが!」
「……だから?」
アリスが使う精霊魔術の半分でも威力があったら、俺は全力で回避するつもりだった。
そういう意味では結構心配してたんだけど……さっきの魔術やギルムの攻撃を受け流すくらいならなんの問題ない。
精霊魔術を覚えて一年半、さすがに多少は成長しているのだ。
「ま、まさかお前、無詠唱で精霊魔術が使えるのか!?」
「そうだって言ったらどうするんだ?」
「ふざけるな! 無詠唱はほんの一握りの天才しか会得出来ないんだぞ! それをお前みたいなガキに使えてたまるか!」
「そんなこと言われてもなぁ……」
まあ実際のところは、アリスとの感覚共有のお陰だからな。別に俺は凄くもなんともないんだけど……ティナに暴力を振るった奴に教えてやる義理はない。
「まあ上には上が居るってことだろ」
アリスとかアリスとかアリスとか、な――と自嘲気味に笑う。
「こっ、このっ、ふざっ、ふざけるなふざけるなふざけるな! この俺を見下したな!? 良いだろう、最大の魔術でぶち殺してやる!」
俺の内心が聞こえないパトリックは激高。先ほどと同じように詠唱を始める。それに付き合うのは無駄だと、俺は大気中の魔力素子(マナ)から魔力を生成、イメージを精霊に届ける。
――刹那、風を纏った蒼い炎が三十二個、俺を取り巻くように半円状に出現した。
ちなみに、炎の精霊が生み出す炎に、風の精霊に酸素を運ばせて威力を上げるというのは俺のオリジナル――ではない。残念ながらアリスが既にやっていた。
この世界には存在しない魔法と科学の融合! とかお約束をやりたかったのに、アリスばっかりズルイよな。
「なっ、なんだその数は!? そんな数の炎を維持出来るはずがない!」
「安心しろ、倍くらいまでならなんとか制御出来るから」
俺はゆっくりと腕を振るう。
蒼い炎の一つが飛来し、パトリックの側に着弾。蒼い炎は纏っていた風をまき散らし、畑の一部を吹き飛ばした。
「ひいいいいいっ! ま、ままま、まて! 話し合おう!」
「話し合い?」
「そ、そうだ。最近、うちの領地で鉱山が見つかったんだ。その利権の何割かをやるから、ソフィアと交換でどうだ!」
「……もう黙れよ」
そうして放った全ての炎がパトリックの周囲目掛けて一斉に襲い掛かる。パトリックの顔が恐怖に染まった。
「……ふむ。意識はないっぽいけど、大丈夫そう、かな?」
恐怖で気絶したのか、ぴくぴくしてるパトリックを覗き込みながら呟く。
きわどいところに着弾させたから余波が零だったとは言わないけど、怪我をさせるような攻撃はしていない。あくまで恐怖を与えただけだ。
ティナが殴られた分は、俺が自分の手でやり返したからな。
「と言うわけで、ベイルとか言ったっけ?」
「ひぅっ!? な、なんでございましょうか、リオン様!」
なんだよ、その悲鳴は。いくら何でもびびりすぎだろ。しかも、なんか敬語を使い出したぞこいつ。ちょっと脅しすぎたか?
……まぁ良いや、その方が話は早そうだし。
「起きたらパトリックに伝えろ。今日中にグランシェス領を出て、二度と足を踏み入れるな。もしまた見かけたら、今度こそ吹き飛ばすってな」
「はっ、間違いなく伝えます!」
「それと、グランプ侯爵家に泣きつきたければ好きにしろ。その代わり、その時は絶対にロードウェル家を叩きつぶす。……判ったな?」
「はっ、判りました!」
「よし、ならその二人を連れて今すぐ消え失せろ」
「はっ、今すぐ消え失せます!」
ベイルはパトリックとギルムを抱えると、引きずるように走り去っていった。同じくらいの体格の二人を抱えて走るって、結構体力があるんだな。
なんて感じで見送っていると――
「………リ オ ン、ちょっと良いかしら?」
「ひぅっ!?」
突然真後ろからミリィの怒った声が聞こえて飛び跳ねる。そうして振り返ると、こめかみを引きつらせながらも微笑むミリィの姿があった。
「ななななっ、何を怒っていらっしゃるんでしょうか?」
「ふ、ふふふっ、判らないんですか? 畑の惨状を見ても、判らないんですか?」
「畑……」
言われて振り向けば、俺の精霊魔術で見るも無惨な姿になった畑があった。
「なにか、言う事は在りますか?」
「……ちゃ、ちゃうねん」
「リ オ ン さ ま?」
「うわあああ、ごめんなさい! ちゃんと直すから許して!」
その後、俺は半泣きになりながら畑を精霊魔術で耕し直した。
そうして、それを見ていた生徒達の間でミリィ先生だけは怒らせてはいけないという噂が流れ、暫くミリィの授業は張り詰めた空気が流れたらしい。
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