エピソード 2ー5 学生寮にご招待 前編
三月の終わり。
一期生の大半は卒業。学んだ技術を伝えるべく、グランシェス領各地へと護衛の騎士に連れられて旅立っていった。
連作障害の対策を初めとした農業の知識に、成長の早い作物の準備。基本的な対策が中心だけど、グランシェス領の食糧難を改善する切っ掛けとなってくれるだろう。
一方、学校は新たな始まりを迎えていた。
学生寮となる建物のフロア。俺の両サイドにアリスとクレアねぇ。それにミリィとミシェルが整列している。
そして向かいには、来月から正式に始まる学校の生徒――新たに募集した子供三十名と、卒業せずに残留を希望した、ソフィアを含めた六名。合計三十六名が並んでいた。
ちなみに、何故か新規の三十名も全員女の子だったりする。
俺としては男子生徒も欲しいんだけど、こればっかりは求人に応えてくれる相手次第だからしょうがない。
口減らし感覚で女子供から順番に選ばれてるんだとしたら、来年辺りは男子も入学してくるんじゃないかな。
それはともかくと、俺は来週から生徒となるみんなを見回す。
さすがに去年からいるみんなは落ち着いてるけど、新たに連れてきた三十名は勝手が判らないからか、かなり緊張しているっぽい。
ちなみに、一番の不安要素。ソフィアは残留組の輪に混じっている。最初はなかなか馴染めなかったみたいだけど、この一年でだいぶと打ち解けてくれたみたいだ。
「さて、みんなに集まって貰ったのは他でもない。みんなにはこれから学生として生活して貰うので、それに対する説明なんかをする為だ。とは言え、そんなに大した話じゃないから気負わなくて良いぞ」
主に三十名に向かって語りかける。だけど、誰一人として身じろぎすらしない。
「ええっと……ホントに気楽にしてくれて良いんだぞ? って言うか、どれだけ緊張してるんだよ?」
「いえ、あの……リオン様? いきなりこんな立派なお屋敷に連れてこられて、貴族様達と向き合ったら、緊張して当然だと思うんですけど……」
ティナがおずおずと突っ込みを入れてくる。
なるほど、そう言うものか。ティナ達の時は緊張と言うより、絶望してた感じだったからなぁ。どうしたものか……
「あ、あの、き、貴族様にお、お聞きしたいことがあります」
そんな声が聞こえ、二期生の中から一人の女の子が進み出てきた。
年の頃は十二、三。クレアねぇと同い年くらいかな? 青みがかった髪は少しぱさついているけど、磨けば光りそうな女の子である。
「聞きたいことって、なにかな?」
「は、はい。で、ではお聞きします。私達は、その……これから、貴族様のな、なぐ、慰み者にされるんでしょうかっ!?」
「ふぁ!?」
いかん、変な声が出た。
と言うか、なに? 緊張してるように見えたのはそれが理由ってこと?
「そ、そんな為に子供を集めたわけじゃないぞ」
「そう、なんですか? でも、お父さんお母さんが――」
女の子の話を要約すると、妾になって気に入られれば一生安心して暮らせる。辛いこともあるかもしれないけど、一生懸命ご奉仕してきなさいと言われたらしい。
……ご奉仕?
「ク、クレアねぇ?」
どういうことだとクレアねぇに視線を飛ばす。
「あ、あたしはちゃんと『教育を施して働かせる為に、領地で子供を募集している。子供の生活費一切はこちらが負担するし、将来は給金も支払うので心配しなくても良い』って知らせたわよ?」
「それでなんでこんな勘違いをされてるんだよ?」
「あ、あたしにも判らないわよ」
揃って首をひねる。
「あ、あの。恐らく、ですけど……その教育が、夜のお仕事だと解釈されたんじゃないでしょうか? 実は、その……私も最初はそうかもって思いましたし」
ティナが再びおずおずと進言してくれる。
……もしかして、最初の絶望した雰囲気は、奴隷として売られたせいだけじゃなくて、そう言うことをされると思ってたからなのか?
うわぁ……その事実は知りたくなかったなぁ。
「あれ? でもさ、俺は男女ともに募集したんだぞ?」
「それは、あの……そう言う人もいらっしゃいますので」
「な、なるほど……」
確かにそう言う貴族は多いらしいけど……それじゃ俺は、小さな男の子や女の子にしか興味がない、ヘンタイ伯爵だと思われてた訳か……って、待てよ?
集まったのが女の子ばっかりなのって、もしかしてそう言う理由?
……頭が痛くなってきた、早く否定しよう。
「えっと、さっきのキミ、名前は?」
「わ、私はリアナって言います」
「それじゃ、リアナ。それに他のみんなも。親にどんな風に言われてここに来たかは知らないけど、夜のお勤めなんかは一切無いから心配しなくて良いぞ」
俺の発言に、みんなが一斉にホッと息をつく。
この反応、どうやら一人残らず、その手の心配をしてたみたいだな。次に募集する時は誤解されないようにしないと。
「それでは、あの……私達は、なにをすれば良いんでしょう?」
「農産業について学んで貰うんだけど……細かいことは授業で教えていくから心配しなくて良いよ。それと、不安ならティナ達に聞くと良い。あの子達は既に二年目だからな」
俺はそう言いつつ、ティナ達のいる方を示す。
「わ、判りました。貴族様の言うとおりにします」
「あ~それと、貴族様は止めてくれ」
「な、なにかお気に障りましたか?」
「そうじゃなくて。ここでは貴族とか平民とか考えず、出来るだけ対等に接するようにしてるんだ」
ちなみにティナ達一期生は既に奴隷から解放しているので平民に戻っている。
卒業した一期生をグランシェス領各地に派遣した際、奴隷のままだと不便そうだったので、給料の前払いとして解放したのだ。
なので、残留組もついでに解放したわけだ。
奴隷から解放したら、態度が変わったりするかなという心配もあったんだけど、それは杞憂だった。ティナなんかは、以前より慕ってくれてるようにすら思える。
「そんな訳で、俺のことはリオンで良いから」
「リオン様、ですか?」
「様も要らないんだけど……まぁその辺は好きにしてくれて良いや。――という訳だから、他のみんなも気楽にな」
後半は他の二期生に向かって言う。さすがにハイそうですかとは行かなかったようだけど、それでも最初と比べると随分と緊張はほぐれたようだ。
よし、この調子で用件を終わらせてしまおう。
「さてさて、みんなが普段生活するところなんだけど、昨日まではグランシェス家の旧屋敷に預けられてたんだよな?」
「は、はい。とても立派なお屋敷で凄かったです」
「そんなに快適だったのか?」
「はい。この新しいお屋敷に比べれば、さすがに霞んでしまうんでしょうけど……私には本当に夢のような空間でした」
ここと比べたらという言葉に思わず笑ってしまう。
「あの屋敷から学校に通うと、毎日馬車で片道一時間は掛かってしまう。だから寮に引っ越しをして貰う予定なんだけど……」
「お聞きしてます。雨風さえ凌げるのなら、どんなところでも構いません」
「それは大丈夫だと思うぞ。なにしろ、みんながこれから住むのはここだから」
刹那、みんなが一斉に硬直した。
「…………え? このお屋敷って、リオン様のお屋敷……ですよね?」
「いや、ここは学生寮、みんなの住むところだよ」
「え、あの……冗談、ですよね?」
「いや、事実だよ。一階には食堂と温泉もあるから好きに使ってくれ」
「しょ、食堂? 温泉? あの、何度も聞きますけど、冗談……ですよね?」
「そんな嘘は吐かないって」
「ほ、本当に? 本当に私達がここに住んで良いんですか?」
「そうだよ。今日から、ここがキミ達の家だ」
気に入って貰えただろうかと思ってみんなを見るけど、誰も反応がない。あれ? みんなどうしたんだと、リアナに視線を戻すと彼女は口をぱくぱくしていた。
そして僅かな沈黙。
「「「えええええええええええええええええええっ!?」」」
皆が一斉に驚きの声を上げた――って、なるほど。驚きの余りに声が出なかったのか。
「……リオン、忘れてるみたいだから言っておくけど、この世界の平民の住むところって、すきま風が吹くような木造家屋か、石を積んだお家だからね? 高級ホテルみたいな鉄筋コンクリートの建物は、王都にだって無いからね?」
アリスがぼそりと呟く。
「わ、判ってるよ。でもこの学生寮は、アリスと自重云々の話をした時にはもう完成していたからしょうがないだろ。これからはちゃんと自重するって」
「……やっぱりフラグっぽいなぁ」
「そんなこと無いって」
いや、ホントに。
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