エピソード 2ー6 学生寮にご招待 後編
学生寮をお屋敷だと思っていた生徒達の誤解を解消して、みんながその驚きから冷めるまで待つこと暫し。彼女らはようやく落ち着きを取り戻した。
「それじゃみんな、今から制服を配るから順番に受け取ってくれ」
俺はみんなにそう言って、アリスに制服を配るように頼む。
ちなみに制服って言うのは、ブラウスにスカートが夏服と冬服のツータイプ、それにローブとニーハイソックスに、上履き外履きのセットだ。
「それじゃみんな列になって。身長に合わせた制服を配るから、サイズが合わないとかがあれば後で言いに来てね」
アリスは一人一人に制服を手渡していく。そうして程なく、皆に学生服が行き渡ったのだけど、みんなは受け取った服を見てざわめいていた。
「あの……リオン様? この服はなんなんでしょう? 物凄く、ものすっごく手触りが良いんですけど」
リアナが不安げに俺を見る。驚くのは判るけど……なんで不安げなんだ?
「学生服って言って……んっと、うちの学校の生徒である証明みたいなものだな」
「それは、その……もしかして、購入しなくてはいけないんでしょうか?」
「ん? あぁごめんごめん。それはプレゼントするから心配しなくて良いぞ」
「「「――え?」」」
みんなが一斉に信じられないといった感じで俺を見た。
「あ、あああの、リリリオン様? この服、も、物凄く高価だと思うんですけど」
「あ~どうなんだろ?」
俺は制服の制作者であるアリスへと視線を向ける。
「え、制服の価値? そうだね……王様のお召し物なんて目じゃないくらい高価かな」
「そそそっそんな恐ろしいモノ受け取れませんんんんんんんんんっ!」
パニックに陥ったリアナが制服を突き返そうとしてくる。
「待った待った。って言うか、アリス!? それは希少性って意味だろ? これから量産すれば、そこまで高くないだろ!?」
「え? そうだね……普通の服も販売する予定だし、値段はそのうち落ち着くかな」
「だろ? と言うわけだから、リアナ、それに他のみんなも。その服はちゃんと受け取ってくれ」
「ほ、本当に良いんでしょうか?」
「大丈夫だ、問題ない。それに原価はそんなに高くないから」
「初期の費用を含むと、村人一人が数年は遊んで暮らせる程度だね」
「やっぱり受け取れませんんんんんんんんんんっ!」
「ちょ――っ!? って言うかアリス!?」
服飾関係の全てはミューレの街で作られている。だから、かかる費用と言えば人件費が大半。原価はそんなに高くないはずだ。
それなのに村人数年分って、どう考えても織機や施設にかかった費用も含まれてる。
なので、いいかげんにしろとアリスを軽く睨み付ける。アリスは予想通りクスクスと笑っていた。まったく、自重しろって言ったのはアリスだろうに。
「ごめんごめん。えっと……リアナちゃんだっけ?」
「は、はい。アリス様、でよろしいでしょうか?」
「様なんて要らないよ。私は別に貴族じゃないからね」
その代わりハイエルフだけどな――って言ったらみんな卒倒しそうだな。いや、自重するといった手前、そんな事は言わないけどな。
「えっと、それじゃアリスさん。さっきのは、冗談なんですか?」
「うんうん、ちょっとふざけただけよ」
「じゃあ……えっと、価値の話も?」
「それは本当だよ」
「あわわわわっ」
イジメかっ! さすがにやり過ぎだ。……って、あれ。アリスの奴、優しげな笑みは浮かべてるけど、遊んでるような感じじゃないな。
そうなると、なにか目的があって、からかってるんだろうか? ……あれ? どっちにしても、からかってるのは変わりない?
ま、まあ、もう少しアリスに任せて様子をみよう。
「あのねリアナちゃん。その生地の製法はここにしかないの。だから、今はまだその服はとても高価だよ。でも、数年もすれば貴族なら手が出せるようになる。そして十年もしないうちに、貴方のお父さんやお母さんが着られるようになる」
「う、うちは貧乏なんです。だから、いくらこの服が安くなっても、購入するなんてとても出来ません」
「今のままなら無理かもね。でも、いつかそれが出来るようになる。……うぅん、出来るようにするの」
「出来るように、ですか?」
「そうだよ。村人達が飢餓に苦しむことなく、子供達の未来を嘆くこともない。大切なみんなが笑って過ごせる平和な世界を作る。それが、私達、そして貴方たちのお仕事だよ」
「みんなが笑って過ごせる世界……」
リアナがぽつりと呟く。それを切っ掛けに、他の子供達にざわめきが広がっていく。それは、そんな風になれば良いけど、出来るはずが無いという意見が大半だ。
アリスはそんなざわめきに耳を傾けていたけど、おもむろにスッと手を上げる。刹那、それに気付いた子供達が口を閉ざし――続いて他の子供達も沈黙する。
僅か数秒、フロアは完全な沈黙に包まれた。
「そんなの出来るはずない。そう思う気持ちは良く判るよ。でもね、ここに来るまでに見たモノを思いだしてみて。今までに見たこともない光景が広がってたでしょ?」
「そ、そう言えば、ここに来るまでの道が凄かったです」
「なんだか見たこともない建物が一杯あったよ」
「案内してくれたお姉さんが、この街では好きな時にお湯で体が洗えるって」
「あんなのが作れるのなら、もしかしたら――」
みんなが次々に声を上げる。
だけどそのざわめきは長く続かなかった。誰かの『もしかしたら』と言う言葉を切っ掛けに、皆がアリスに注目したからだ。
「私だけじゃ無理。リオンの持てる全てでも届かない。だけど、みんなが手伝ってくれるのならきっと実現する。だから、ね? 私達に力を貸して。必ず実現してみせるから」
アリスの言葉に、生徒達の瞳に希望の光りが宿り始める。そしてみんなの意思が一つになった時、アリスは静かに続けた。
「その制服は仲間の証だよ。大切なみんなが笑って暮らせるよう、一緒に頑張ろうね」
「「「――はいっ!」」」
完全にアリスの独壇場である。
もうなんというか、俺じゃなくてアリスが主人公をやれば良いんじゃないかな。
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