エピソード 2ー4 アリスチートの結末
更に三ヶ月が経過。
子供達には授業の一環として、実際に農作業を開始して貰っている。もっとも時期が中途半端だったので、植えているのは大豆や小麦くらいだけども。
ちなみに買い集めた奴隷を無償で解放すると色々と問題が起きそうだったので、暫くは奴隷のまま扱う方針になった。
とは言え、それは便宜上の話。待遇にはかなり気を使っているので、実際にはその辺の村人よりも生活水準は高いかもしれない。
奨学金で学校に通わせ、卒業後に仕事を与える。そして貢献に応じて対価を払い、自分を奴隷から解放するお金を稼いで貰うと言った流れにする予定だ。
それを教えたので、みんな頑張って勉強をしてくれている。お陰でほとんどの子供が読み書きに加えて、農業の知識をと言う目標は達成されつつあった。
だけど、全部がスムーズに行くかと言えばそんな事はなく――
冬にさしかかろうという頃。実地の授業でやって来た小麦畑の前。子供達は戸惑いの表情を浮かべていた。
俺が育ってきた小麦を踏んで回れと言ったせいだ。
「あの……リオン様、せっかく育ってきたのに、どうして小麦を踏むんですか? 私達の育て方が良くなかったんですか?」
子供達を代表するように一人の女の子が俺に尋ねきた。
彼女の名前はティナ。
黒髪に黒い瞳で日本人っぽい顔立ちだけど、別に転生者というわけではないらしい。俺より一つ年上の十二歳で、一期生となる学生の中では一番のお姉さんだ。
正式に一期生となる生徒は、奴隷の子供にソフィアを加えた十八名。ソフィアはまだ少しぎこちなさがあるけど、なんとかみんなの輪の中に混ざれている。
ちなみに奴隷の子は全員が女の子だった。畑仕事や狩りに向かない女子供から順番に口減らしをして性別が偏ったらしい。
あと、正式にと言ったのは、彼女たちの前に使用人などに連作障害など最低限の知識を詰め込み、グランシェル領各地に派遣しているからだ。
まあそっちは一期というか零期生かな。
「リオン様?」
「あぁ。えっと……別に育て方は悪くないよ。と言うか、順調に育ってると思う」
「なら、どうして踏んでしまうんですか?」
「いくつか理由があるんだけど、定期的に踏んだ方が丈夫になって、実りが多くなるって言われてるんだ」
霜柱で土から離れてしまった根を戻すという理由もあるらしいけど、そっちに関しては温暖な地方なので心配ないと思う。
「踏めば踏むほど強くなるんですか?」
「まぁほどほどだな。正直に言うと俺も加減は良く判らないから、みんなで実験していこう。と言うことで、みんなで踏んでおいで」
「そう言うことなら踏んできます。――みんな、一列に並んで踏んでいくよ~」
ティナが号令を掛け、みんなで麦を踏んで回る。
最初はおっかなびっくり麦を踏んでいた子供達だけど、徐々に楽しくなってきたのか飛び跳ねる女の子まで出てきた。
奴隷商人から買い取った時はみんな暗かったけど、最近では少しずつ笑顔が見え始めている。そういう意味でも、学校を作って良かったと思う。
「ふみっ、ふみふみっ!」
しかし、あれはさすがに踏み過ぎなんじゃないだろうか? いや、体重が軽いし、あれくらいでちょうど良いのか?
……まあ踏んだ感じと、今後の育ち具合で判断しよう。
「んしょっ、えいえい、え~いっ!」
……と言うか、あれだな。
一生懸命に麦を踏みまくる十八人の幼女達。その筋の人が見たら、我々の世界ではご褒美ですとか言って泣いて喜びそうな光景だ。
「リオン様、本当にありがとうございます」
「ふぁ!?」
先生見習いとして横にいたミシェルに、いきなりお礼を言われて変な声が出た。ありがとうございますって……まさか、ミシェルはユリでロリコンだったのか?
いやいや、そんな馬鹿な。あぁでも、前に子供達が奴隷として売られる事に対して凄く焦ってたよな。そう考えると……
「すみません。驚かしてしまいましたか?」
「い、いや、大丈夫だけど……ありがとうって、なにが?」
「この光景のことです」
「ホントにこの光景のことなのか!?」
やばい、どうしよう。
よく考えると、この世界ってなにげにロリコンやショタコンが多いんだよな。政略結婚で年の差が数十歳とかざらだし、お金持ちが若い奴隷を~とかあるみたいだし……
アリスと相談して、教師は生徒に手を出しちゃいけませんとか決まりを作るべきか?
「奴隷として売られた子供達があんなに楽しげに笑ってる。リオン様がいてくださらなければ、決して見られなかった光景です」
「……あ、あぁそういう意味ね」
勘違いだったか……すまん、ミシェル。わりと本気で心配してしまった。
「本当に、もうこんな光景は二度と見られないと思っていました」
「なんだよ、えらく大げさだな」
「大げさなんかじゃありません。リオン様がいてくださらなければ、私はあの日、焼き殺されていましたから」
なんのことかは直ぐに判った。数年前にインフルエンザが大流行した時の話だ。
「随分と懐かしい話だな」
「私にとっては昨日のような出来事です。あの日より、リオン様やクレア様への感謝を忘れたことはありません。それに……」
ミシェルは一度言葉を切り、麦を踏んでいる一人の女の子へと視線を定めた。それはまるで家族を見守るような――あぁ、そうか。そう言うことか。
俺はようやく、さっき引っかかった理由に思い至った。
「もしかして、ティナは?」
「一番下の妹です。実はミリィさんを迎えに行く途中に私の故郷がありまして。その時に妹が口減らしに売られたのを知ってしまったんです」
そっか、それであんなに必死だったんだな。――って、それなら先に言ってくれよ。下手したら、俺達が保護するまでにどこかに売られてたかも知れないのに。
……なんて、どうせ公私混同とか、迷惑を掛けられないとか考えてたんだろうな。
「ミシェル、もし今後似たようなことがあったら必ず相談してくれ」
「それは……いえ、私個人の問題でご迷惑を掛ける訳にはいきません」
「ミシェルはクレアねぇの母親みたいな存在だし、俺にとっても家族みたいなものだ。だから、遠慮なんてしないでくれ」
「……リオン様、ありがとうございます。このご恩は、一生掛けてお返しします」
「大げさだな。でも……そうだな。そう言うことなら、これからもクレアねぇを支えてやってくれ」
「それは望むところですが、なにかあるのですか?」
「クレアねぇは子供の頃、自分でなにかを為し遂げたいって言ってただろ?」
子供の時にこぼした夢。政略結婚が決まってからは口に出さなくなってたけど……最近は凄く頑張ってる。きっと今でも夢を諦めてないんだろう。
その証拠に、クレアねぇの成長っぷりは凄まじい。
僅か数ヶ月で俺やアリスが持つ知識の多くを吸収し、異世界の技術を惜しみなく注いでいる現場の監督をこなせるほどに成長した。
為政者としての才能なら、既に俺やアリスより上だと思う。
「クレアねぇは遠くない未来、この領地になくてはならない存在になるはずだ。だから、それまで支えてやって欲しいんだ」
「判りました。クレア様が一人前になられるまで、ずっとお側にいることを誓います。独り身のままで」
……いや、結婚はしてくれても良いんだぞ?
それから更に月日は流れ三月。
俺達が学校設立を計画してからちょうど一年が過ぎ、ようやく――いや、ようやくというか、もうというか。とにかく校舎は完成した。
俺はその三階建て校舎を感慨深く見上げる。
「結構ギリギリだったよなぁ」
「別に工期が遅れたわけじゃないよ? 他にも完成させなきゃいけない建物とかがあったから、そっちを優先してただけだよ」
校舎を見上げつつ呟く俺に、背後から答える声があった。
「アリス――」
振り返った俺は息を呑む。アリスは自らデザインした制服を纏っていたのだ。
「……制服、完成したんだ」
「うん。取り敢えずは袖がない夏服タイプだけだけどね」
腰の部分をリボンで絞るコルセット風のブラウスに、チェック柄のプリーツスカートといった、全体的に黒と赤を基調としたゴシック調のデザイン。靴も編み上げブーツ風で、おしゃれ感を出しつつも、外で動きやすそうな作りになっている。
更に言うと、ニーハイソックスとスカートの隙間に見える絶対領域がまぶしい。
「どう、かな? 似合ってる?」
アリスがクルリと身を翻す。桃色の髪と、チェック柄のプリーツスガートがそれぞれふわりと広がった。
紗弥が制服を着ていたらこんな感じだったのかなと思うと少し感慨深い。……いや、紗弥はもっと胸が小さかったけど……って、紗弥は中学生だったから当然か。
「リオン? なにか失礼なことを考えてない?」
「まさか、よく似合ってるなって思ってみてたんだよ」
「ありがと。でも私は先生側だから、本当は制服を着てたらおかしいんだけどね」
「………………………そう言えば」
言われるまでまったく気付かなかった。どうしよう。先生と生徒がみんな同じ服だとややこしいよな?
「まぁせっかく作ったから今日だけは、ね」
「もう着ないつもりなのか?」
「うん。私だけ先生なのに制服って言うのもおかしいし、さすがに他の先生達にもこの制服を着て貰うわけにはいかないでしょ?」
「それは……まぁ」
ミリィやミシェルが可愛いデザインの制服を着ているところを想像する。
二人とも三十路前とはいえ、美人だから似合わなくはないだろうけど……自分のお母さんが制服を着てるのはなんかヤダ。
でも、せっかく作ったのに、アリスが一度しか着ないってもったいないよな。それに、制服を着たいって夢は、学校に通いたいって意味だと思うし……
そうだな。いつかアリスが学校に通えるようにしてみるか――と、そんな結論に至りつつ、俺は改めてアリスへと視線を戻した。
アリスが着てる制服は可愛いけど、この世界の服は基本的に地味だ。
「うぅん。生徒はみんな可愛い制服なのに、教師はこの世界の地味な服って言うのは、威厳に欠ける……って言うのは違うかも知れないけど、味気なくないか?」
「それは平気だよ。前にも言ったけど、色々と服を作ってるから。ほら、これとか」
そう言ってアリスが取り出して見せたのは、オフショルダーのフリル付き白いトップス。そして黒いティアードのミニスカートだった。
記憶にある日本の既製品と比べても何ら遜色がないレベル。むしろ生地がシルクなので、一般的な既製品よりは優れてると思う。
「制服の時も思ったけど、物凄い完成度だな」
「でしょ~? 可愛さと上品さを目標にデザインしたんだよ。型紙から作るの凄く苦労したんだからね?」
「なるほどね。これなら街を歩いてても何ら違和感は……って、うぉい。異世界要素は何処に行った。さすがアリスチート。まるで自重してない感じが酷いな」
「えぇ、なにその不名誉っぽい呼称は。そんなことを言ったら、リオンの方がよっぽどチートじゃない、リオンチートだよ」
「失礼な、俺はちゃんと自重してるからな?」
「………へぇ」
思いっ切りジト目。アリスの蒼い瞳が、これでもかと言うほどに呆れ眼になっている。
「な、なんだよ? 俺はちゃんと自重してるだろ?」
「そのセリフ、自分が開発した街並みを見回してからもう一度言ってくれる?」
言われて周囲を見回す。
まず最初に目に映るのは学校の三階建て校舎。外壁はレンガ仕立てだけど、その基礎は鉄筋コンクリートだったりする。
そして次に窓だ。ガラスの加工技術が存在しないこの世界で、窓には透明でゆがみのない窓ガラスがはめられていた。
更には近くの道にはレンガが敷き詰められている。王都すら舗装されてない道がほとんどなのに、この街は全域に敷かれる予定だ。
そして極めつけ、水道がないこの世界で、井戸水や温泉を手動のポンプで運ぶ上水道と、簡易的に処理して川へと流す下水道が完備してある。
それらを見終えた俺は、ゆっくりとアリスへと向き直った。
「………………………ちゃ、ちゃうねん」
俺も別に、ここまでするつもりなんてなかった。
ただ、アリスが精霊にお願いしたら、この世界の技術では作れなかった耐火レンガがあっさり作れてしまい、その耐火レンガで作った窯で耐火レンガを量産。
そして、加工が難しい為に安価だった鉄鉱石を大量に取り寄せ、これまた耐火レンガを使って量産した窯で鉄を生成。そして鉄器を……と言った感じであれこれ。
気付いたらとんでもないことになっていたのだ。
「ま、まぁあれだな。これからは少し自重していこう」
さすがにここまでやれば、数年と待たずに結果は十分に出る。パトリックからソフィアを護る程度の力は余裕で手に入るだろう。
「……それ、絶対自重しないフラグだよね?」
「気のせいだって……たぶん」
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