エピソード 1ー5 お義母さん

「……貴方は?」

 走り寄って行ったアリスを前に、ミリィが首をかしげる。

「初めまして、おかあさん。私はアリスティアって言います」

 アリスはスカートの裾を摘んで膝を曲げる。

 その仕草は優雅だけど、いかんせん言っている事がおかしい。いつミリィがお前のお母さんになったんだ。と言うかそれはもしかして、お義理母さんって意味なのか?

 なんて思っていたら、アリスが自らの髪飾りに触れて取り払った。

 背後にいる俺からは見えないけど、瞳の色を偽装する紋様魔術が込められた髪飾りを外すことで、片眼の色が変わったのだろう。ミリィとミシェルが揃って息を呑んだ。


「その瞳……貴方はもしや、噂に聞くハイエルフなんですか?」

「先祖返りですけど、ハイエルフとしての力は持っています。それと、私のことはアリスって呼んで下さい」

「アリス様、ですか?」

「いいえ、ただのアリスで大丈夫ですよ、おかあさん」

「そのお母さんというのはもしや……」

 と、ミリィは俺をちらり。

「はいっ、リオンと親しくさせて貰ってます」

 むあああ。アリスの奴、外堀を埋めに来やがった! なんて慌てるけど後の祭り。

 ミリィは「そうだったんですか!」と、アリスと楽しそうに話し始めてしまった。それを渋い顔で見守っていると、暫くしてアリスが俺の側に駆けよってきた。


「リオン、おかあさんに私のことを紹介してよぉ」

 紹介してよぉじゃねぇだろまったく。可愛く首をかしげれば許されると思うなよ。

「ほらほら、早く」

「ちょ、腕を引っぱるな腕を」

 慌てるけど、体格差で引きずられるようにミリィの前に連れて行かれる。


「……リオン様、お久しぶりです」

「あ、うん」

 やっぱり上手く言葉が出てこない――と思ったら、アリスに肘で脇腹をつつかれた。

 ちょっ、痛い、痛いんですけど!? と言うか、身長差があるのに強引につつくから、ミリィから丸見えで笑われてるんですけど!?

 あぁもう、判ったよ、判りました!


「こほんっ。……久しぶり。それともう、様なんか要らないよ、その……お母さん」

 なんとか絞り出した言葉にミリィが息を呑んだ。俺は一度言ってしまえば後は同じだと、勢いに任せて自分の気持ちを吐き出す。

「ミシェルから聞いてると思うけど、あれから色々あったんだ。良いことも悪いことも、たくさん。でも、とにかく、もうお母さんが乳母のフリをする必要はないから」

「……リオン? 本当に、本当にもう良いんですか?」

「うん、本当だよ、お母さん。今まで……苦労ばっかり掛けてごめん」

「あぁ、ああっ! リオン、リオン!」

 ギュッと抱きしめられる。

「お母さん……」

 ミリィを連れてきてくれたミシェルと、指示を出してくれたであろうクレアねぇ。

 それに、ミリィと打ち解ける切っ掛けをくれたアリスに感謝をしつつ、俺は数年ぶりに感じるミリィの温もりに身を預けた。



 感動の再会の後。

 少し落ち着いた俺達は改めて紅茶を飲みながら話をすることにした。

「ミリィはここ数年、故郷で暮らしてたんだよな? どんな風に過ごしてたんだ?」

「あら、もうお母さんと呼んでくれないんですか?」

「……また今度な」

 ミリィに抱きしめられて泣いたのを思いだして恥ずかしくなる。外見は十歳だから不自然じゃないけど、過ごした時間は三十年ほどあるのだ。

 アリスにはそれを知られているし、あまり恥ずかしいところは見せたくない。

 あぁでも泣いちゃったのは、幼い体に心が引っぱられたせいかもしれないな。と言うかそういうことにしておこう。


「それで、村ではどんな風に過ごしてたんだ?」

「そうですねぇ。幸い屋敷を出る時に生活費は頂いていたので、村では村長さんのお仕事の手伝いをして過ごしていました」

「村長さんの手伝い?」

「ええ。村の寄り合いでのお手伝いなんかですね。リオンと一緒に暮らす前は、メイドとして似たようなお仕事もしていましたから」

「なるほど……」

 文字や計算が出来るミリィは、村でかなり重宝されたんだろう。この世界の教育レベルは低いからな。


「私が迎えに行った時も、村の男連中に引き留められていましたよね」

「なん、だと……」

 ミシェルの言葉に俺はかつてないほどの衝撃を受けた。


 ミリィに――お母さんに男の影? いやでも、父ロバートはもうこの世にいない。それに、ミリィはずっと妾として疎まれていた。

 もしミリィが新しい家庭を築きたいと願っているのなら、俺は応援するべきではないだろうか? いやでも、もしミリィのお金や体目当てなら許せない。

 まずは相手がミリィにふさわしいか審査を――あぁでも、それじゃ本人の意思を無視して政略結婚を押しつける連中と同じになってしまうのか!?

 ――くっ、ミリィの自主性に任せるべきか? でもそれだと不安要素がっ! うああああああっ、俺は一体どうしたら良いんだ!?


「リオン? なにをそんなに悶えているんですか?」

「いや、その、急な話でどうすれば良いか判らなくて」

「私はリオンの成長を見守るつもりなので心配しなくて大丈夫ですよ?」

「気持ちは嬉しいけど。それじゃミリィ自身の幸せが……」

 いや、俺を見守ることがミリィの幸せなのか? でもそれは、俺の都合の良い解釈な気がしないでもない。やっぱりミリィ自身のことを考えると――っ。


「……弟くんがかつてないほど苦悩してる」

「当たり前だろ!? ミリィには絶対に幸せになって欲しいんだ! でもミリィを幸せにするのは俺じゃない。誰かにゆだねなきゃいけない。それがどれだけもどかしい――って、クレアねぇ!? いつの間に!」

 さっきまでいなかったはずなのにと我に返る。


「ミシェル達と一緒に来てたのよ。空気を読んで大人しくしてたけどね」

「そう、なんだ……」

 もしかして俺、クレアねぇの横でお母さんお母さん言ってたのか? クレアねぇが両親を失ってまだ二ヶ月くらいしか経ってないのに?

「クレアねぇ。その……ごめん」

「うん? あぁ……私にとっての家族は、ミシェルや弟くん達だから。あたしのことは気にしなくて平気よ」

 そう言って少しだけ寂しげに笑う。……って、なんだよ。俺を気づかってるのが丸わかりじゃないか。

 でも、あんまり食い下がるのも、逆にクレアねぇを悲しませることになるかな? うぅん……今回はクレアねぇの優しさに甘えておくか。


「ええっと。なにはともあれミシェル、ミリィを連れてきてくれてありがとう」

「もったいないお言葉です。それと、ミリィさんをお迎えに行く途中で見聞きしたことで、少しお耳に入れたいことがあります」

「うん? なにかあったのか?」

 実は――とミシェルは前置きを一つ。グランシェス領が食糧難に陥りつつあるようで、口減らしに子供が奴隷として売られるケースが出てきていると話してくれた。


「食糧難の原因はなんなんだ?」

「今年はあまり雨が降らなかったことに加え、再びインフルエンザが流行したことにより、ただでさえギリギリだった食料が足りなくなっているようです」

「……インフルエンザが流行したら食料が足りなくなるのか?」

 関連性が判らなくて首をかしげる。


「普段は冬でも狩りとかをしてるんじゃないかな?」

「アリスさんの言うとおりです」

 あぁそっか。蓄えた食料プラス、狩りによる上乗せでぎりぎりの計算だったところが、寝込む人が増えて足りなくなった訳ね。


「取り敢えず税率は下げるとして……それじゃ現状の改善にはならないよな。――食糧支援は可能なのか?」

 後半はクレアねぇに向かって尋ねる。

「食糧不足なのはグランシェス領とその近隣だけだから、食料の買い付けは可能よ」

「ふむ。じゃあ今回は買い付けた食料で乗り切るとして……作物の収穫量はなんでそんなにギリギリなんだ? 今回みたいな非常時に供えて、少し多めに作れないのか?」

「それが出来れば良いんだけどね。そう思って新しい畑を開墾もしてるみたいだけど、数年で収穫量が落ちてしまうのよね」

「それって……連作障害じゃないのか?」

 クレアねぇの説明を聞いてもしやと思った俺は、アリスに視線で問いかける。と、アリスはこくりと頷いてくれた。

 やっぱりか。俺はこの世界の農業を知らないから自信が無かったけど、この世界で何年か旅をした経験のあるアリスが同意見なら間違いないだろう。


「ええっと、その連作障害って?」

 クレアねぇが皆を代表するように声を上げた。

「大雑把に言うと、同じ作物を同じ畑に植え続けると収穫量が減るって話だ。あとは栄養不足もあるかもしれないけど、とにかくそれらは改善できる」

「聞いたこともないけど……弟くんが言うなら本当なんでしょうね」

「ああ。その辺はアリスもいるし大丈夫だ。だから問題は、既に売られた子供をどうするかだなぁ。食糧を支援しても、売られた子供は帰ってこられないだろうし……」

 付け加えた俺の呟きに、ミシェルが首をかしげた。


「何故ですか? 食料があれば、子供を売ったお金で買い戻せるのではないですか?」

「奴隷商もちゃんとした商売なんだろ? 購入してからの人件費もあるだろうし、同じ値段では買い戻せないと思うぞ」

 それどころか口減らしで手放すような状況。二束三文で売り飛ばしていたとしたら、倍額でも買い戻せないかも知れない。


「それは……では、グランシェス家の使用人として買い集めることは出来ませんか?」

「一人二人なら、な。でもどう考えても数人のはずはないだろ? 働かす予定もないのに何十人も雇えないよ。そんな事をすれば、皆がグランシェス家に子供を連れて押しかけてくるのは目に見えてるからな」

「そう、ですね……」

 ミシェルは唇を噛んで俯いてしまった。随分と感情移入してるみたいだけど、ミリィを迎えに行く途中でなにかあったんだろうか?

 なにか事情がありそうだけど……無理に聞き出すのも良くないかな? 後でクレアねぇに探りを入れて貰うとしよう。

 それより問題は、子供達をどうするかだ。子供達が奴隷として売られると知ってのんびりとはしてられない。グランシェス領に戻って、本格的に考えないと。


「決めた。俺は明後日グランシェス領に帰る。それで、子供達を助ける方法を考えるよ」

「助けて……頂けるのですか?」

「初めに言ったろ、問題は子供をどうするかだって。単純にお金での解決は無理だけど、なにか他の方法を考えてみるよ。だから、少しだけ待っててくれ」

 売られた子供を第一に考えるなら、今すぐ帰って対策を練るべきだけどな。でも俺にはソフィアも大切だから。このままソフィアを放って帰る訳にはいかない。

 だから、明日一日だけはソフィアの為に使う。そしてソフィアを救って、堂々とグランシェス領に帰り、領地の人々も救う。

 それでミッションコンプリートだ。

 

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