エピソード 1ー6 お茶会

 

 お茶会は中庭でやるのが理想だったんだけど、いくら暖かい地方とは言え、二月に外でお茶会をするのは少し肌寒い。

 なのでお茶会は、サロンで開催することが決定した。


 そんな訳で、午後三時頃――俺はソフィアを連れ出してサロンへと向かっていた。

「リオンお兄ちゃん、サロンで何をするの?」

「お茶会だよ」

「お茶会って……もしかして他の人もいるの?」

 俺と手を繋いで歩いてたソフィアが不意に歩みを止める。俺は同じく足を止め、ソフィアの顔を覗き込んだ。


「ソフィアは、他の人と会うのは怖いか?」

「……うん」

「どうして?」

「だって……お父さんもお母さんも、ソフィアを化け物って思ってた。……他のみんなも、きっとそう思ってるよ」

「そんな事ないと思うぞ。今日のお茶会に出すお菓子だって、厨房のみんながソフィアの為にって手伝ってくれたんだぞ?」

「きっとリオンお兄ちゃんが居たら、そんな風に言ったんだよ」

 ソフィアは信じないとばかりに、金色の髪を振り乱した。


「うぅん……でもさ、みんなソフィアを恐れてるように見えなかったぞ? それに、俺がソフィアを恐れてないのは知ってるだろ?」

「リオンお兄ちゃんは特別だもん」

「そうでも、ないんだけどな……」

 ソフィアがいきなり父親を殺した時は俺だって恐怖した。

 だけど、ソフィアが俺の受けた悲しみや苦しみを知って、俺の代わりに怒ってくれたんだって判ったから、怖くなくなったんだ。


 ようするに、ソフィアがなにを考えているか判らなかったのが怖かったんだと思う。そしてそれは、ソフィアの両親も同じだったんじゃないかなって思うんだよな。

 とは言え、今のソフィアにそれを判って貰うのは難しいだろう。だからいまは、当初の予定通りに計画を進める。


「ソフィアが不安なのは判った。けど心配いらないぞ。俺が呼んだのは信頼できる一人だけだから」

「……一人? もしかしてクレアお姉ちゃん?」

 お~、ソフィアにとってクレアねぇは信頼出来る相手なんだな。これは朗報だ。今度お茶会をする時はクレアねぇも呼ぼう。

 とは言え、今回はクレアねぇは撤収作業で忙しいので呼んでない。


「アリスティアって言うんだけど……俺がソフィアの部屋に忍び込んだ時に、俺と一緒に女の子が居たのを覚えてるか?」

「あ……うん。あのお姉ちゃんが一緒なの?」

「そうそう。あのお姉ちゃんなら平気だろ?」

「ええっと……」

 嫌そうって感じではないな。嫌ではないけど少し不安って微妙なラインかな。なら、ここで一気に畳み掛けよう。


「実は、アリスは色々なお菓子のレシピを知ってるんだ。だから今回のお茶会に出すお菓子も、色々な種類があるぞ」

「色々なお菓子って……プリンくらい美味しい?」

「あれよりもっと美味しいお菓子だ」

「プリンより美味しいお菓子……」

「ああ。しかも三種類だ」

「三種類……」

「一つは、まったりとした甘い生クリームにコーティングされた、ふわふわのスポンジにイチゴがちょこんと乗ったショートケーキ。そして冷たくて、食べると口の中で解けていく甘ーいバニラのアイス。それにカスタードプリンよりもとろっとした――」

「リオンお兄ちゃん!」

「うん? どうかしたのか?」

「早くお茶会に行きたい!」

 ちょろい。


 ……いや、マジでちょろすぎないか? かなり深刻なトラウマだと思ったけど、これなら、一気に社会復帰も夢じゃないんじゃなかろうか。


「なぁソフィア。ソフィアが平気なら、他にも何人か呼んでも」

「――それは嫌!」

「ふむ……アリスなら良いのか?」

「お姉さんの心を見た時、凄く優しい感じがしたから。だから、あのお姉さんなら大丈夫かなって……」

 お菓子の効果と、アリスの信頼の合わせ技だったか。そう言う理由なら、他に呼ぶ訳にはいかないな。

「判った。なら呼ぶのはアリスだけ。お茶会は三人で楽しもう」



 そうして始まった三人だけのティーパーティー。

「ふわああああっ、なにこの甘いお菓子、口の中で解けるよ!?」

「ふふっ、それはバニラアイスって言うんだよ。それに、こっちのケーキも食べてみて」

「んんっ、甘い、凄く美味しい! なにこれなにこれ、凄いよアリスお姉ちゃん!」

 ソフィアはお菓子に夢中だった。最初はアリスを警戒してか、少し表情が硬かったんだけど、完全にお菓子で籠絡された形だ。

 まだ、トラウマが解消された訳じゃないだろうけど、取り敢えず俺にだけ依存という形からはなんとか脱却できそうだ。

 ――なんて考えながら、俺は紅茶を飲んでいた。


 ちなみに、前世での俺は紅茶を自分で淹れる趣味がなかったので気付かなかったけど、この世界の紅茶はあんまり美味しくなかったらしい。

 アリスが淹れる紅茶を飲んでから世界が変わった。……いや、アリスの紅茶を飲んだのはこの世界に生まれ変わってからだけどな。


 ――こほんっ。

 とにかく、だ。紅茶を淹れるには、温度、対流、水など、いくつかのポイントがある。

 まずは、沸騰したお湯を使い、可能な限り途中で温度が下がらないようにする。そして水は空気を良く含んだ軟水を使い、対流が起きやすい丸い入れ物で紅茶を蒸らす。


 この辺が美味しい紅茶を淹れるポイントなんだけど……まずこの世界に保温性の高い食器なんてモノは存在しない。そして当然、対流に気を使ったポットもない。

 そして最後に、軟水かどうかは調べてないけど、汲み置きした井戸水にはあまり空気が含まれていない。

 なので、例え茶葉が良かろうと、紅茶本来の味を引き出すことは不可能だったのだ。


 ――アリスのチートがない限り。


 精霊の力で温度を保ち、水に空気を含ませて程よく対流を起こす。そうしてアリスが淹れた紅茶は、スフィール家のメイド長が弟子入りしたいと懇願するレベルだった。

 もちろん、俺もかなり気に入っている。

 と言うか、淹れ方でこんなに味が変わるなら、紅茶セットなんかを生産したら売れるんじゃないだろうか。でもって、グランシェス領にカフェを作るのとかも楽しそうだな。


「それじゃアリスお姉ちゃんは、リオンお兄ちゃんの恋人さんなの?」

「まだ予定だけどね」

 ……おいこら、人が紅茶を楽しんでる間になんの話をしてるんだ。

「良いなぁ……ソフィアはリオンお兄ちゃんと結婚する予定だったけど、無かったことになっちゃったの」

 ピシリと空気が凍り付いたような気がした。


 なんて爆弾を落とすんですかね、この子は。いや、確かにそう言う結果にはなったけど。それはなんて言うか、もっと政略的な話だったはずだ。

 と言うか、アリスが変な話をするからだぞ。この状況でなんて返すつもりなんだよ?


 無難に、元気出して――とか? いや、無難でもなんでもないな。となると、私に勝てると思ってるの? ――挑発してどうする。

 じゃあ例えば……もっと他にいい人が見つかるよ――とか? それは完全にアウトだな。少なくともソフィアの立場からすればイヤミにしか聞こえないだろう。


 ハッキリ言って、この状況は既に詰んでいると思う。どんな答えでも地雷を踏み抜きそうな未来しか想像できない。

 なんて思っていたら、アリスは満面の笑みを浮かべて言い放った。


「私が、ソフィアちゃんに協力してあげようか?」――と。


 ……な、なにそれどういう意味?

 アリスはソフィアの為に身を引くつもりなのか? それとも、軽い気持ちで言ってるだけ? もしそうなら、ソフィアを傷付けることになるぞ。

 なんて、俺が混乱してるうちにも二人の会話は進んでいく。


「アリスお姉ちゃんは良いの?」

「言ったでしょ。私もまだ予定だって。リオンはまだ実妹に手を出すことに抵抗があるみたいなんだよね。だから、義妹ぽい子に手を出させちゃえば倫理観も削れるかなって」

 なんか恐ろしいこと考えてるうううっ!?

 と言うか、サラッと実妹っていうなよ。転生の話はみんな知らないんだぞ。

「良く判らないけど……本当に良いの?」

「もちろんだよ、二人でリオンを攻略しよう!」

 ダメだ、意味は良く判らないけど、ダメなことだけは良く判る。とにかくこの場は逃げようと思ったその時、不意に扉がノックされた。


「入ってくれ!」

 即座に声を掛ける。

 ソフィアがいる今、本当なら俺が外に出て用件を聞くべきだった。

 でも俺はわりとマジで焦ってて気が回らなかった。それどころか、誰かが部屋に入ってくることで、この状況をうやむやに出来ると思ってしまったのだ。

 その結果、ソフィアは入ってきたメイドに表情を引きつらせた。そして、席を立って駆けよってくると、俺の背中に隠れてしまう。


「……あの? お話ししてよろしいでしょうか?」

「あぁ、悪い。なにか用か?」

「はい、ソフィアお嬢様を訪ねて、パトリック様がおいでです」

 俺の背中に隠れてるソフィアがビクリと身を震わせた。


「ソフィア?」

 首だけ向けて小声で尋ねる。

「……会いたくない、帰って貰って」

「嫌な相手なのか?」

「……ソフィアの話を聞いてくれないし、自分のことしか考えてないから嫌いなの」

 なるほど。あんまり良い性格じゃなさそうだな。それに、今のソフィアには絶対会わせたくないタイプの相手だ。


「ソフィアは会いたくないみたいだから、なんか理由を付けて断っておいてくれるか?」

 俺はソフィアの代わりにメイドに意思を伝えた。

「それは……あの……」

「断りづらい相手なのか?」

「……はい。パトリック様のご自宅は、ロードウェル子爵家なんです。本来であれば伯爵家であるスフィール家よりも格下なんですが、グランプ侯爵家の分家なので……」

 よりによってグランプ侯爵家の関係者かよ。クレアねぇの婚約を破棄した手前、あんまり関わり合いになりたくないんだよな。


「そいつの目的は判るか?」

「えっと……その」

 メイドはちらりとソフィアを見る。まあ考えるまでも無くソフィアがらみだな。と言う事で、俺は背後にいるソフィアに、話を聞く許可を貰う。


「ソフィアの許可は貰ったぞ」

「そう言うことでしたら。実は――」

 とメイドが教えてくれたのは、そのパトリックがソフィアに求婚していたという事実。

 ソフィアに婚約者が出来てからは大人しかったみたいだけど、婚約が破棄されたのをどこかで聞きつけてやって来たらしい。


 ちなみに歳は俺より四歳上で十四歳だそうだ。ソフィアは七歳なのでダブルスコア。政略結婚云々じゃなくて、ソフィア自身に求婚しているので完全にロリコンである。

 まあ地位云々じゃなくて、ソフィア自身が好きというのは評価対象なのかも知れないけど、どっちにしてもソフィアが嫌がってるならアウトだ。


「確認だけど、ソフィアは、どうしても会いたくないんだよな?」

「…………殺してもいい?」

「ダメに決まってるだろ!?」

 可愛い顔でなんて恐ろしい発言をするんだこの子は。

 しかもまったく冗談に聞こえないのが怖すぎる。あれか? お父さんを殺したのは罪悪感で一杯だけど、他人なら問題ないとかそう言うこと?

 と、取り敢えず、絶対に会わすわけには行かないな。


「悪いけど、日を改めるように言ってくれ。もしそれが難しければ、エリックさんに今の話を伝えてくれ」

「はい、かしこまりました」

 メイドは一礼。部屋を退出していった、



「ソフィア?」

 声を掛けてみるけどソフィアの表情は硬いままだ。せっかく以前のような明るい感じになっていたのに、また昨日の状態に戻ってしまった。

 うぅむ。パトリックとか言う奴、タイミングが悪すぎるぞ。


「もう帰って貰ったから心配しなくても大丈夫だぞ?」

「……でも、きっとまた来ると思う」

 それは……多分そうだろうなぁ。俺がソフィアと婚約を解消したのはつい先日だ。それで飛んでくるくらいだし、相当にご執心なのだろう。

 それに……グランプ侯爵の後ろ盾があるって話だからな。カルロスさんが死んだばかりで、エリックさんはまだ若い。強気に出られたら断れないかも知れない。

 放っておくとマズいことになるだろう。ソフィアの依存が加速するかもと思って迷ってたけど、こうなったら背に腹は代えられない。


「ソフィア、ちょっと聞いてくれ。俺は明日、グランシェス領に帰るつもりだ」

「え……リオンお兄ちゃん、帰ちゃうの? またすぐ戻ってくるよね?」

「いや、色々とやることがあるから当分はこっちに来れないと思う」

 そう言った瞬間、ソフィアが泣きそうになる。それを見た俺はすぐさま「だから――」と続けた。

「俺の妹にならないか?」


「……え、どういうこと? リオンお兄ちゃんはグランシェス家を継ぐから、スフィール家の養子になれないんだよね?」

「そうだな。だから、ソフィアがグランシェス家の養子にならないかなって。エリックさんには、ソフィアが望むなら良いって許可を貰ってるから、ソフィア次第だぞ」

「……養子になれば、リオンお兄ちゃんとずっと一緒にいられるの?」

「そうだよ」

「だったら妹になるっ! リオンお兄ちゃんの妹になって、一緒について行きたい!」

「……判った。それじゃソフィアは今から正式に俺の義妹だ。ソフィアを脅かすようなことがあれば俺が護ってやる。絶対、ソフィアを悲しませたりしないよ」


 グランシェス領に戻ったら奴隷として売られた子供を助けて、これから売られるかも知れない子供も助ける。

 そうしてグランシェス領のみんなが幸せに過ごせる環境を作る。

 自重なんて絶対にしない。例えグランプ侯爵が相手でもソフィアを護れるくらい、グランシェス領を豊かにしてみせる。

 きっとその先に、俺の求める幸せがあるはずだから。

 

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