エピソード 1ー4 アリスチートの片鱗

 

 善は急げとその日の午後。

 俺とアリスはお菓子作りの為に厨房の片隅を借りていた。取り敢えずお試しで作ってみて、上手くいけば明日にでもお茶会を開く予定だ。

 ちなみに、料理人達が遠巻きにこちらを伺っている。俺が以前カスタードプリンを作ったのを知ってるからだろう。


「それでリオン、なにを作るかは決まってるの?」

「んっと……まずは冷やして作る普通のプリンだろ。それと生クリームのケーキに、アイスクリーム辺りかな」

「牛乳や卵は良いとして……バニラエッセンスと生クリーム。それに薄力粉あたりが用意できるかな?」

「聞いてみるか」

 俺は遠巻きにしていた料理人に視線を投げかけたのだけど……彼らは一様に首をひねっていた。この世界で見聞きしたことのない材料を日本語名で話していたので、みんな理解出来なかったみたいだ。

 と言うことで、これこれこういうモノと説明した結果、生クリーム以外はあることが判った。なので早速用意して貰う。



「それじゃ後は生クリームだな。あれってどうやって作れば良いんだ?」

 前世での記憶だけど、生クリームの作り方は、生クリームとグラニュー糖を入れてかき混ぜるとか書いてあって盛大に吹いた記憶がある。

 だけど、

「生クリームは牛乳を遠心分離器に掛けるだけだから簡単だよ」

 アリスはそう言って、牛乳がたくさん入った壺を用意した。

「それだけなのか?」

「加工された牛乳じゃ難しいけどね」

 あぁ……そういう意味か。

 加工された牛乳しか売ってない日本じゃ、生クリームを作る方法がないんだな。でもこっちの世界は加工されてない牛乳が普通だから、何の問題もない、と。


「それじゃ……牛乳を容器に入れて振り続ければ良いのか?」

 遠心分離器なんてないだろうと思っての発言だったんだけど、

「その必要は無いよ」

 アリスは悪戯っぽく笑って、魔力を宿した右腕を牛乳の入った壺にかざす。

「……え、なんか上に白っぽい塊が凄いスピードで浮かんでくるんですけど」

「精霊に頼んで、成分を分離して貰ってるの」

「…………なにそのチート」

 背後でも、彼女はなにをしてるんだ? まさか精霊魔術か? いやそんな馬鹿な。みたいなざわめきが上がってるけど、気持ちは良く判る。


 ハイエルフで容姿端麗、更には気配察知と感覚共有の恩恵を持つダブルで、精霊魔術のエキスパート。加えて異世界の知識持ちとかチートすぎる。


 まあそのお陰でソフィアの為にお菓子を作れるんだけどな。

 ……と言うか、冷静に考えたら、アリスに告白された返事を保留にしてるのに、他の女の子を励ます手伝いをさせてるんだよな。

 なんか急に自分が外道に思えてきた。


「アリス、その……ごめんな」

「ふえ?」

 俺がおもむろに謝ると、アリスはキョトンとして小首をかしげた。

「ソフィアを元気づける手伝いをさせて申し訳ないなって思ってさ」

「な~んだ、そんなの気にしなくて良いよ。私だって、あんなに小さな子が悲しんでるのは見てられないもの」

「……アリスは優しいな」

「これくらい普通だよ、さぁ早く作っちゃお? 私がケーキを作るから、リオンはアイスクリームをお願いね」

「ん、了解」

 俺は気持ちを切り替え、アイスを作る準備を始める。


 アイス、アイスね。前世では両親を失ってからはずっと二人暮らしだったから、それなりに料理の経験はあるんだけど……デザートはネットで調べた知識だけなんだよな。

 んっと、まずは生クリームを泡立てて……むぅ、ハンドミキサーがないから、なかなか大変だな……っと、ようやく泡だった。

 次に別の器で卵白と砂糖を混ぜながら泡立てるんだっけ。……これくらいか?

 最後に全部を合わせて、バニラエッセンスを少々。

 もう一度泡立てたら、精霊魔術で冷やして完成……なんだけど、精霊魔術で冷やすって大変なんだよな。


 テンプレート化した現象を引き起こすだけなら、呪文を詠唱してイメージを強化するだけでなんとかなるけど……ジワジワ冷やすとなるとテンプレートは使えない。

 ひたすらイメージしてなんとかするしかないか……


 なんて感じで精霊魔術を行使していると、再び背後でざわめきが上がった。

 子供の俺が無詠唱でアリスと同じようなことをしてるのに驚いてるみたいだけど、アリスとはレベルが全然違いますからっ。

 あんなハイレベルなのと同列に扱われると恥ずかしくなるから止めて欲しい。


「ねぇねぇリオン」

 冷やすのを試行錯誤していると、アリスが話し掛けてきた。

「丁度良かった、なかなか上手く冷やせないんだけど、どうしたら良いかな?」

「あ、混ぜ終わったんだね。それじゃ、上手くアイスクリームになるように冷やすね。リオンはその間に、ケーキの味見をしてくれる?」

「ああ、もちろん……………って、は? 混ぜ終わった材料を味見しろって意味?」

「うぅん。ちゃんと生クリームを塗ったスポンジケーキの味見だよ」

「そんな馬鹿な。作り始めてからまだ二十分も経ってな――ホントに出来てる!?」


 アリスの前には、真っ白なケーキが鎮座していた。さすがにデコレーションの類いはしてないみたいだけど、どこからどう見ても生クリームのケーキである。

 焼くだけでも小一時間とか掛かるはずなのに、一体どうやって……あ、上手く精霊が焼いてくれたんですか、そうですか。


「はい、アイスの方も上手く出来たよ」

「ふぁっ!?」

 驚いて視線を戻すと、さっきまでまったく固まってなかった材料が、丁度良い感じのアイスに変わっている。

「い、一体なにをしたんだ? こう言うのって、ゆっくりかき混ぜながら冷やすモノじゃないのか?」

「ゆっくりかき混ぜながら冷やす感じで仕上げてって、精霊にお願いしたの」

「……………………そうなんだ」

 もうなにも言うまい。……いや、やっぱり一言だけ言わせてくれ。


 精霊にお願いしたって言えばなんでも納得すると思うなよっ!?


 ……ふぅ。少しだけ気が晴れた。アリスのチート疑惑は置いといて、取り敢えずケーキとアイスの試食をしてみよう。

「アリス、このケーキ切って良いか?」

「あ、私が切り分けるよ」

「お、おう……」

 まさか手をかざすだけでぱかっと割れるのか!? と思ったら、普通にナイフで切り分けるだけか。なんか少し残念に思うのは毒されてきてるのかな?


「それにしても、綺麗に出来てるなぁ」

 綺麗に切り分けられたケーキを見ながら呟く。正直、見た目だけなら前世のお店に並んでた市販品と比べても遜色がないんじゃないかな。

「ふふ、そう言ってくれると嬉しいな。小さい時からずっと料理の練習をしてた甲斐があったよ」

「なるほど、小さい時から、ね」


 紗弥は小さい時から体が弱かったので、あまりそう言う機会が無かった。なので今のは、生まれ変わって直ぐに前世の知識を使って料理の練習をしていたという意味だろう。

 そりゃ料理の腕も上がるはずだよ。なんて考えながら、ケーキの切れ端をフォークで口の中に。甘くまったりとした味が広がっていく。

「おぉ……これはまさしく‘イチゴ’のないイチゴケーキ!」

「……‘イチゴ’、探してこようか?」

「ちょっとした冗談だから、そんな目で見ないでくれ。まぁなにか果物がないと、ちょっと寂しい気がするけど」


「――その‘イチゴ’というのはどんな果物なんですか?」

 話を聞いていたのだろう。こちらを伺っていた料理長さんが声を掛けてくる。

「えっと……赤くてぷつぷつした表面で、酸味と甘みが程よい果物、ですかね?」

「もしや、そのまま食べられる一口サイズの果物でしょうか」

「心当たりがあるんですか?」

「はい、恐らくは。この付近では――と言う名前ですが」

 なるほど。それがこの世界のイチゴなのかと、俺はその言葉をイチゴと脳内変換する。


「それじゃそのイチゴ、取り寄せられますか?」

「ええ、今ならぎりぎり収穫時期ですから。探せばあると思います。明日の昼までに調達すればよろしいですか?」

「それで十分です。お願いできますか?」

「お任せ下さい。おいそこのお前――」

 料理長さんは早速部下の一人に、伯爵家御用達のお店に注文を出すように言付けた。


「ところでリオン様、こちらのお菓子は、ソフィアお嬢様を元気づける為にお作りになってるんですよね?」

 なんで知ってるんだ……って、そうか。さっきアリスと話してたから聞こえてたのか。


「そうですね。お茶会を開けば元気が出るかなと思って」

「やはりそうでしたか。では、我々にも手伝わせて下さい」

「それは構いませんが……どうして手伝ってくれるんですか?」

 皆に発表した内容では、グランシェス家が過激派に襲われ、それを助けたスフィール家の当主が殺されたという内容になってる。

 俺はあんまり良い印象を持たれてないはずなんだけどな。


「ここに居る者達は、かれこれ十年近くスフィール家に仕えてきました。なので、我々にとってソフィアお嬢様は娘のような存在なんです」

「娘、ですか。ソフィアは人見知りが激しいと聞いてましたが」

「最近はそうですな。ですが以前のお嬢様は明るくて、皆に元気を分けてくれるような女の子だったんです」

「つまり、ソフィアを励ます為に手伝いたいと?」

「ええ。カルロス様が亡くなられ、エリーゼ様も床に伏せっている。そんな状況でふさぎ込んでいるとお聞きし、なんとか元気を出して頂きたいと話し合っていたんです」


「そう言うことでしたら、お茶会の時の手伝いと……これの味見をお願いして良いですか? 明日のお茶会に出す時に、ソフィア好みの味付けにしたいので」

「ええ、もちろんです。――お前達、話は聞いていたな。お二人の指示を仰いでお菓子を作って、ソフィアお嬢様を励ますぞ」

「「「――はいっ!」」」

 厨房にいた料理人や、話を聞きつけてきた使用人全員が一斉に返事をした。


 ……なんだよ。ソフィアはみんなに気味悪がられてるなんて言ってたけど、ちゃんと大切に思ってくれてる人が一杯いるじゃないか。

 みんなの気持ち、ちゃんと伝えてやらないとな。




 お菓子の試作は無事に終了。さっそく明日にお茶会を開く事にして、ソフィアに時間を空けておいて欲しいと伝える。

 その後は部屋に戻り、アリスと久しぶりにのんびりとした時間を過ごしていた。


「ふぅん、それじゃアリスも、あの病院で色んな知識を集めてたんだ?」

「うん。もし体が元気になったらあれをしたい、これをしたいって、毎日色々と想像を巡らせながら、窓から見える景色を眺めてたの」

「あぁ、あの景色な。箱庭を眺めてるみたいで創造意欲をかき立てられるんだよな」

「そうそう、それでね――」

 アリスは楽しそうに笑う。

 最近はずっとギクシャクしていたので、こんな風にのんびりとした時間を過ごすのは久しぶりだ。……うん、やっぱりアリスと過ごすのは楽しい。

 なんて感じで昔話に花を咲かせていると、不意に扉がノックされた。


「――ミシェルです、入ってよろしいですか?」

 ……ミシェル? ミシェルって、クレアねぇお付きのメイドだよな。無事だったのか? と言うか、いつの間にスフィール家に来たんだ?

「リオン様、いらっしゃいませんか?」

「あっと、空いてるから入ってくれ」

 慌てて答える。一呼吸置いて入ってきたのは、やはり俺の知っているミシェルだった。俺は思わずソファから立ち上がってミシェルを迎える。


「ミシェル、無事だったんだな」

「ご無沙汰してます、リオン様。それにアリスさん」

「お久しぶりです、ミシェルさん」

 俺達は軽く挨拶を交わし、ミシェルが今までどうしていたのかを尋ねた。


「実は、私はクレア様と一緒にスフィール家に捕らわれていたんです」

「え、そうだったのか? そのわりには、今まで一度も見なかったけど」

「ええ。クレア様の指示である村に出かけていましたので」

「……ある村?」

 もしやという考えが浮かぶ。それと同時、ミシェルが部屋の外に合図を送った。そうして部屋の外から顔を出した女性を見て、俺は思わず息を呑んだ。

「……リオン様、また会えましたね」

 ブラウンの髪をふわりと揺らし、穏やかな微笑みを浮かべる。紫の瞳が特徴的な彼女は、俺がいつか迎えに行こうと思っていた母親(ミリィ)だった。


「リオン様? 私のこと、忘れてしまったんですか?」

「……そんな事、そんな事あるはずないだろ」

 インフルエンザの件でミリィと引き離されるまでずっと、俺はミリィが母親だと知らなかった。だけど今はミリィが母親だと知っている。

 ――お母さんだったんだな。久しぶり、元気だった? ずっと会いたかった。そんな言葉はいくらでも思い浮かぶのに、声がかすれて言葉にならない。

 そして――


「おかあさん!」

 叫びながらミリィに駆けよったのは――アリスだった。……なんでだよ。

 

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