エピソード 1ー3 アリスティアの気持ち
クレアねぇの部屋を後にした俺は、そのままアリスの部屋へ。だけど留守だったので、そのままアリスを探して屋敷をうろつく事にした。
「そういや、ここに来てからアリスが普段なにをしてるか知らないなぁ」
グランシェスの屋敷に居た頃は、それこそ四六時中――マリーなどの目を欺く為に、寝る時すら一緒の方が多かったけど……例の告白からはほとんど別行動をしている。
アリスと紗弥。
どっちも俺にとって大切な存在で、ずっと一緒に居たいって思ってるのに……二人が同一人物だったら一緒に居るのを躊躇うなんてなぁ。
ホント、世の中ままならないことばっかりだ。
「お、リオンくんじゃないか。丁度良かった」
呼び声に驚いて顔を上げると、目の前にエリックさんが居た。考え事をしながら歩いてて気付かなかったみたいだ。
「こんにちは。なにがちょうど良かったんですか?」
「もう聞いていると思うが、キミのお陰でスフィール家はお取り潰しにならずに済みそうだ、本当にありがとう」
「それなら何度も言ってますが、気にしないで下さい。もちろん、カルロスさん達がしでかしたことは許せませんけど、それを無関係の人に当たるつもりはありませんから」
「無関係と言うが、俺は息子なんだぞ?」
「でも知らなかったんでしょ? それにスフィール家が潰れたら、ソフィアや使用人まで路頭に迷うじゃないですか。だから、これで良いんですよ」
「そうか……ありがとう。心から感謝するよ。そして、こんな時に頼むのは心苦しいのだが、一つお願いがある」
エリックさんは申し訳なさそうに俺を見る。
「なんでしょう? 可能な範囲でなら聞きますけど」
「頼みというのはソフィアのことだ。婚約を解消した事情は理解しているが、あいつはキミに懐いている。グランシェス領に帰る時に一緒に連れて行ってくれないだろうか?」
「連れて帰るって言うのは……」
もしかしてと視線を向けると、エリックさんはこくりと頷いた。うぅん。ソフィアを連れて帰る、か。それは俺も考えたんだけどな……
「返事は少し待って貰っても構いませんか?」
「もちろん構わないが……意外だな。キミは迷わず受け入れてくれると思ってたよ」
「俺もソフィアは心配です。でもソフィアは俺に依存してる。それを加速させるようなマネをして良いのか迷ってるんです。だから、少しだけ考える時間を下さい」
「なるほど、色々と気を使わせてすまない。色よい返事を期待しているよ」
「すみません、ヤキモキさせてしまって」
「いやいや、こちらこそ迷惑ばかり掛けてすまない。この恩はいずれ返させて貰うよ」
エリックさんはそう言ってもう一度頭を下げた。スフィール家についてはこっちの都合でもあるし、あんまり気にしなくて良いんだけどな。
エリックさんと別れた俺は、再びアリスの捜索を開始。暫く屋敷を歩き回り、二階のバルコニーでアリスらしき人影を見つけた。
俺はアリスに声を掛けるべく近づき――その横顔を見て息を呑む。
柵に身を預けたアリスは物憂げな表情で空を見上げ、桜色の髪を風になびかせている。それを見た瞬間、胸が締め付けられるような錯覚を覚えたのだ。
「……あれ、リオン? こんなところに、どうしたの?」
俺に気付いたアリスがこちらを向いて微笑む。その瞬間、さっきまでの物憂げな雰囲気は消え失せ、穏やかな雰囲気を纏ういつものアリスに戻った。
「えっと……実は、その……」
困った。あらかじめ話す内容を決めてたはずなのに、アリスの顔を見た瞬間に全部抜け落ちてしまった。
「――リオン?」
いつの間にか、目線を合わせる為に片膝をついたアリスが俺の顔を覗き込んでいた。心まで見透かしそうな深く蒼い瞳が俺を見つめる。
「……もしかして、まだ気にしてるの?」
「それは……それは気にするに決まってるだろ。好きになった相手が妹だったんだぞ?」
「好きになった相手と認めてる時点で、答えは出てると思うんだけどなぁ」
「いやいやいや。好きになった相手が実は妹だったとか、それだけで物語のテーマにされるくらいの壮大な命題だろ?」
「それはさ、妹だって考えるからダメなんだよ」
「……ん? どういう意味だよ。現にアリスは――紗弥の生まれ変わりだろ?」
周囲に人がいないのを確認して小声で尋ねる。
「それは事実だけどね。例えば……そうだね。こんな風に聞いたらどうかな。リオンは好きになった人の過去を知ったくらいで、その人を嫌いになったりするの?」
「……そういう風に聞かれると、悩んでる俺が情けなく聞こえるな」
でもなぁ……
俺の気持ちはアリスの過去を知った程度じゃ揺らがない! そう、例えアリスが前世で実の妹だったとしても!
とか言っちゃうとアウトな気がするんだけどなぁ。
「大丈夫だよ、リオン。リオンがどんな答えを出しても、私の気持ちは変わらないよ。私はずっとリオンの側にいるから。だから、焦って答えを出さなくて良いんだよ?」
……ちくしょう、やっぱりアリスは可愛いなぁ。前世の妹じゃなければ迷う必要なんてなにもないのに。ホントに悩ましい。
そしてそれ以上に、ここまで言ってくれるアリスに答えられないのがもどかしい。
「アリス……ごめんな」
「もぅ、こういう時はありがとうでしょ?」
「そっか、そうだな。ありがとう、アリス。いつかちゃんと答えを出すから、それまでもう少しだけ待っててくれ」
「え、それは無理だよ」
「…………………え?」
予想外すぎる答えに俺の思考が一瞬停止する。
「ご、ごめん、今なんて言った?」
「だ か ら、待つのは無理だってば」
「えええええぇっ!? なんでだよ!? 今のはいつまででも待ってるよって答える流れだろ!? ほら、エルフとかって寿命が長そうだし、いくらでも待てるよ、とか」
「……何十年待たせる気なの」
ジト目で睨まれた。
「いや、さすがにそんなに待たせる気は無いけど、少しは待ってくれても良いだろ?」
「いやだよ。だって私、もう一生我慢してたんだよ?」
「あーあーあーっ、確かに一度死んでるから一生な!」
「だから、もう我慢するのは止めようって、さっき決めたの」
さっき決めたって、物憂げな表情でそんなこと考えてたのかよ。
「と言うか、さっき俺に、焦らなくて良いって言っただろ?」
「言ったけど、私が待つとは言ってないよ。どんな手を使っても、リオンを振り向かせてみせるつもりだもん」
そっちか! と言うか、どんな手を使ってでもってむちゃくちゃ怖いんですけど! と思ったら、アリスは少し頬を染めて微笑んだ。
「リオン、前世からずっと大好きだよ」
「~~~~~っ」
「ふふっ、リオン赤くなってるよ?」
「うううっうるさいなっ! いきなり告白されたら焦るに決まってるだろ!? と言うか、アリスだって赤くなってるだろ!」
「自分の想いを打ち明けたんだもん。恥ずかしいに決まってるじゃない」
「ぐはっ」
言い返したはずなのに、カウンターになって返ってきた。落ち着け、落ち着け俺。ここで動揺したらアリスの思うつぼだぞ。
「……は、はは、それくらいで俺をどうこう出来ると思うなよ?」
「大丈夫、さっきのはただ自分の気持ちを伝えただけだから。これくらいでどうにか出来るなんて思ってないよ」
「そ、そうか? だったら良いんだけど……」
「うん。その代わり、次の機会にはちゃんと搦め手でリオンを振り向かせに掛かるから、覚悟してね?」
「こえぇよ、なにする気だよ」
「秘密だよ」
「勘弁してくれ……」
なにが怖いって、妹に口説き落とされそうな自分が一番怖い。
「ところでリオン、私になにか用があったんじゃないの?」
「あぁそうだった。実はソフィアのことで少し相談が」
「ソフィアちゃんがどうかしたの?」
実は――と前置きを一つ、俺はクレアねぇに言ったのと同じ内容をアリスに話した。
「
「
「えっと……私もそんなに詳しくないんだけど」
「それで良いから教えてくれ。この世界でその手の知識があるのは俺達だけだと思うし」
「それもそっか。えっと……事故や事件で急になるのが
「症状的には一緒なんだな?」
「大雑把にはそうだと思う」
「ふむふむ。じゃあストレス障害なのは間違いない?」
「確実なことは言えないけど……相手の心を読む恩恵が使えなくなったって言ってたよね? トラウマの原因を避けるような症状も特徴の一つだよ」
「となると……どうするか、か」
日本でなら『病院へ連れて行く』が正解なんだけど……傷の手当てすらあやふやなこの世界で、精神病院なんてあるはずない。
もしあったら、それは一生出られないようなヤバイところに決まってる。そんな場所にソフィアは連れて行けない。
「アリスはどうしたら良いと思う?」
「そうだねぇ……リオンを信頼してるのは良いんだけど、リオンしか信じられないって言うのは危ういと思う」
「だよなぁ。完全に依存してる感じだもんな」
もともと、恩恵のせいで人見知りな性格だったところに、今回の事件が起きて俺以外は誰も信じられないって感じだもんな。
今の状態がこの先も続くと、俺の言葉がソフィアにとっての正義――みたいになりそうな気がする。
「もし良かったら、私が会ってみようか?」
「ソフィアの友達になってくれるのか?」
「うん。ほら、屋敷で会った時、一応は私の心を読んで信用してくれるって言ってたでしょ? だから、他の人よりは仲良くなれる可能性はあると思うんだよね」
あ~そういや、そうだったな。
……そっか。ソフィアが人の心を読めなくなって、以前より人と接するのを恐れるようになった今、過去に信用を得たアリスはかなり貴重な存在な気がする。
「それじゃ今……は寝てるから、明日でも部屋に行ってみるか?」
「ん~、いきなり押しかけても警戒させちゃうだけだと思う」
「それもそうか。じゃあ……お茶会をするとか?」
「あ、良いかもね。お茶会で一杯お話をして、ストレスを発散させるのも効果的かも。なんなら、私がお菓子とか作ってみようか?」
「そう言えば、ソフィアはプリンが気に入ってたな。もっとも、冷やして作る方のプリンは、冷蔵庫がないから出来なかったんだけど」
「それなら問題ないよ。私が精霊魔法で冷やせるから」
「おぉ、その手があったか」
言われてみれば、アリスが居れば冷蔵庫なんて必要なかったな。
と言うか、あれから一ヶ月。俺も精霊魔術の練習は続けてるし、モノを冷やすくらいなら自分でも出来そうな気がする。
そうだな……アイスクリームでも作ってみるか。カスタードプリンであんなに喜んでくれたんだし、アイスクリームとかならもっと喜んでくれるはずだ。
取り敢えず、お菓子作りに挑戦してみますか。
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