エピソード 1ー2 生殺しな日々

「――ミリィ、今のはどういう意味?」

「……え、リオン様? 寝てらしたんじゃないんですか!?」

「ミリィの言葉が気になって目が覚めたんだ。それで、さっきのはどういう意味? 俺が結婚するまでって言ったよな?」

「それは、えっと……あ、もぅ、ダメですよ。そんなこと言って起きようとしても。ちゃんと昼寝をしないと、大きくなれませんよ」

「――ミリィ、誤魔化さないでくれ」

 腕から抜け出した俺は子供っぽいしゃべり方を止め、真っ直ぐにミリィを見つめる。


「俺はさ、自分は幸せだって言えるような人生を送りたいんだ。だから、この離れに幽閉されてる以外にも、俺の生活を脅かすようななにかがあるのなら教えてくれ」

「……リオン、様?」

「なんだよ、幽霊でも見たような顔をしてるぞ?」

「……どちらかと言えば‘エルフ’族でしょうか。生まれた時から知っているのに、リオン様がもうとっくに成人してるような錯覚を覚えました」

「‘エルフ’族って、耳が長くて長寿の?」

「一度もお話ししていないはずなのに……そんな伝承までご存じなんですね」

「まぁ、ね」

 言語が異なるので、日本語でエルフと言われた訳じゃないんだけど……話の流れからそうかなって思って聞いたら正解だった。この世界にもエルフがいるんだな。


「それはともかくだ。さっき呟いた言葉の意味を説明をしてくれないか?」

「それは……」

「大丈夫だよ。どんな話かはなんとなく想像がつくし、それくらいで取り乱したりしないからさ。……なんて、子供が言っても信用されないかも知れないけど」

「いえ、なんと言うか……リオン様が子供であることの方が疑わしく思えてきました。実は十歳くらい誤魔化していませんか?」

 残念、二十歳くらいでした――なんて言えるはずもなく、俺は苦笑いを浮かべる。

 ミリィはそんな俺を見て、何か考えるような素振りを見せていたが、やがて小さなため息をついた。


「……あまり楽しい話じゃありませんよ? それでも聞きたいですか?」

「うん、それでも聞きたい」

「即答なんですね。判りました。そこまで言うのならお聞かせします。……とは言ったモノの、どこからお話しすれば良いのでしょう?」

「どこから、とは?」

「この離れに幽閉されているのにお気づきの様ですが、その理由はご存じですか?」

「うん、なんとなくね。父さんが訪ねてきた時に色々と懺悔してたから。俺が妾の子供だから、キャロラインさんは息子の地位を俺が脅かさないか警戒してるんだよね?」

「そ、その通りです」

「それじゃ結婚させられるって言うのは、俺をグランシェス家から追い出す為?」

「そう、ですね……政略結婚的な意味もありますけど、そっちの意味合いの方が強いと思います。と言うか……本当にそんな事情まで理解しているんですね」

 ミリィが何度目か判らない感嘆のため息をつく。なんか驚きを通り越して呆れてるように見えるのは気のせいだろうか?


 ……しかし、政略結婚で婿に出される、か。幽閉されてるだけでも不自由を感じていたのに、結婚相手まで決められるとは。

 ……いや、待てよ? このままグランシェス家に留まっていても離れで飼い殺しにされるだけだし、相手次第では今より良い環境になるのかな?


「なぁミリィ。俺の結婚相手って、どんな風に選ばれるんだ?」

「……うぅん。そうですね。大雑把に言って、グランシェス家にとって都合の良い相手が選ばれるんじゃないでしょうか?」

「都合の良い相手ってどんな感じ?」

「それなりに権力やお金がある家になると思います。ですから、食べるものに困ったり、魔物に怯えるような生活は送らずに済むと思いますよ」

 ……この世界には魔物とかいるんだ。もしかして剣と魔法のファンタジー世界だったりするのかな? 気になるけど……取り敢えずは結婚について聞いてしまおう。


「家柄優先って……その、子供好きのおばさんとか、そう言う可能性も……?」

 行き遅れとかショタコンなんて単語をオブラートに包んで尋ねる。それに対し、ミリィは明後日の方向を向いてぽつりと呟いた。

「可能性としては……その、あるかもしれません」

「うわぁ……」

 そりゃ俺の精神年齢は二十歳を超えてるけど、肉体年齢で母親より年上とかそういうのはちょっと……いや、かなり抵抗がある。


「だ、大丈夫ですよリオン様! グランシェス家と懇意にしているスフィール家にも娘が生まれたそうですし、その子が相手に選ばれる可能性もありますから!」

「へぇ、そんな子がいるんだ?」

「はい。リオン様より三つ年下ですが、天使のような容姿の女の子だそうですよ」

「天使……ねぇ」

「あれ、あんまり興味ないですか? ……あ、そっか。リオン様はまだ幼いですし、異性に興味を持つのはもう少し先ですよね」

「いや……まぁ、そうかな?」

 赤ん坊の評価なんて、誰でもそういった評価になるんじゃないのかと思っただけなんだけど、この年で異性に興味があると思われるのも面倒なので曖昧に頷いておく。


 でも……三つ年下か。俺の三つ下と言えば、紗弥と同じだよな。今まで考えたことなかったけど、紗弥もこの世界に生まれ変わってるなんて可能性は――

 あったとしても、俺より年下のはずはないか。俺は紗弥が亡くなってから一年ちょっと闘病生活を送ったから、もし生まれ変わってたら一つほど年上になるはずだ。


「なぁミリィ。俺にお姉さんがいたりなんかは……しないよな?」

「いますよ?」

「そうだよな。そんな都合良くは……え、いるの?」

「ええ。リオン様とは腹違いの姉弟になりますが、一つ年上のお姉さんがいます」

「……………え、マジで?」

 まさかその子が紗弥の生まれ変わり――って、いやいやいや。そんな都合の良い話があるはずないだろ。ただの偶然に決まってる……はずだけど、気になるなぁ。


「そのお姉さんって、名前はなんて言うの?」

「クレアリディル様ですよ」

「クレアリディル……俺の姉さんかぁ。会えたりは……しない?」

「それは……すみません、私の口からは何とも」

「だよなぁ」

 腹違いの姉――つまりは俺を隔離した正妻の娘。俺に良い印象を持ってるはずがない。いつかは会ってみたいけど……機会を伺ってから、かな。


「お役に立てなくてすみません。いつでもリオン様の味方で居ると言ったばかりなのに」

「うぅん、そういうのはしょうがないよ」

「そう言って頂けると助かります……って、これじゃどっちが大人か判りませんね。何かほかに聞きたい話はありませんか?」

「ん~そうだなぁ……あ、さっきエルフがどうとか言ってたけど、この世界――じゃなかった。この辺にいたりするのか?」

「基本的には森から出てこない種族ですが、人と一緒に生活しているエルフも居るみたいですよ。この辺に住んでるかは、判りませんが」

 なるほどね。人里にいるエルフはかなり希少って感じか。その辺は俺の知ってるエルフと同じイメージなんだな。


「じゃあもしかして魔法みたいなのも……?」

「エルフは主に精霊魔術を使うそうですね」

「おぉぉぉ……あるんだ! と言うか、もしかして他にもある?」

「えっと……他にあるのは黒魔術、白魔術、紋様魔術ですね」

「ふむふむ。黒と白は攻撃と回復って感じだよな」

「……そうですが、本当にどうして知ってるんですか?」

「まぁまぁ気にしないで。それより、紋様魔術って言うのは?」

「紋様魔術は刻印を対象に刻み込んで、様々な効果を持続的に引き起こす魔術です」

 持続的にってことは……いわゆるマジックアイテムみたいな感じか? 良いなぁ、面白そうだなぁ、どれか使ってみたいなぁ。


「なぁ、ミリィは魔術を使えたりは……」

「申し訳ありません。私は魔術を学ぶ機会が無かったモノで」

「そっかぁ……じゃあ、魔術関連の本を取り寄せるとかは?」

「それは……その」

「あぁ……もしかして、俺には教育を施すなとか、そう言うことを言われてる?」

「……はい。ですから、私が知りうる知識ならお教えできますが、書物を取り寄せるとかは難しいと思います」

 くうぅ、なんとなくそんな気がしてたけどやっぱりか。

 せっかく異世界に転生して、あれこれやりたいことが増えてきたのに、離れに幽閉生活とか生殺し過ぎる。俺つえぇとか、内政チートとかさせてくれよぉ。

 はぁ……こんな環境で、ホントに自由に生きて幸せになんてなれるんだろうか。

 前途は多難だ。

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