第31話

「さぁ、逃げ場は無くなったわよ。そうね、じわじわと思ったけど、その根性に免じて苦しみを与えず一気に殺してあげる」

 セイラムは鋭い牙をむき出しに大きな口を開いて光男に向かって首をもたげた。

「や、やめてくれぇ!」

「フフン、流石に死ぬのは嫌なんですねぇ。命乞いですかぁ?」

「って、言うと思ったんだろ?」

「何ですって?」

「下等、下等と馬鹿にするんじゃねぇよ。馬鹿さ加減で言えば俺達よりも下なのはお前等だ」

 怪しげに微笑んだ光男は握っていた小百合の手を自分の方へ引っ張り、金の入った鞄をセイラムの開いた口へと投げ込む。金の鞄がなくなったことで空いた自分の胸に小百合を閉じ込めるように抱きしめた。

 突然のことに驚いた小百合だったが、金に執着していた光男が金を手放したことに、決意を見たような気がして、光男の腕の中で瞳をギュッと閉じ絶対に離れないとばかりに腰からまわした手を背中で握る。

「小百合と一緒に死ぬのも良いが、生きる方がもっと良い! 元の世界で後悔しながら生きる方が良い! 元の世界に返してくれ!」

 背中を石に預けた光男が叫んだ。

 その瞬間、地面を揺るがすほどに大きな、振り子時計の刻を知らせる鐘の音が鳴り響く。

「しまったぁ!」

「これを狙って逃げた振りを! おのれぇ!」

 ドゥシェは悔しさに顔を歪ませ、セイラムはまだ間に合うと口の中に入ってきた金を吐き捨て、光男に向かって牙を向けた。

(クッ、間に合わないのか!)

 光男が瞳を閉じ、生まれて初めて神と仏に祈りをささげれば、その祈りが通じたのか地面から白緑に近い蒼白い無数の光りが生まれ出る。それは蛍が舞い踊るように揺れ、光りに触れたセイラムの体はジュッと音を立てて焦げセイラムは「ぎゃぁ! 」と叫んだ。

 セイラムはそれでも二人を行かせまいと踏み込んでくるが、地面の色と同じ色に輝き始めた十二本の石柱の光に阻まれ悔しそうに退き、光男の背中が石にめり込んで吸い込まれていく。

 強烈な光が瞳から頭の中まで入ってくる感覚に小百合を抱きかかえている腕を離しそうになったが、光男は一緒に帰るそれだけを考え、決して小百合を放そうとはしなかった。

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