第17話
クスクスと耐えず聞こえる笑い声を背中に光男はゆっくり歩き出す。
「何処に行くんだいぃ?」
「連れがいる。探しに行ってくる」
「連れ? ミッチーは一人だっただろぅ?」
「初めは二人だったんだ。二人で古い時計店にいたんだ」
「へぇ、時計店にぃ。なるほどぉ、それでこの場所に来たんだぁ」
光男はドゥシェのその物言いに立ち止まり、ほんの僅かに首を動かして視界の端に姿を映して言葉をかけた。
「それでとは、いかにも理由を知っていますという言い方だな」
「うん、知っているからそういったのぉ」
「どうして俺達はここに来たんだ。突然、時計が鳴り響いて、柱時計に吸い込まれ気がつけばここだった」
「答えが知りたいのかいぃ? うん、別に教えてあげてもいいよぉ」
「いいのか? ドゥシェのことだから何か条件を出して答えるのを渋るかと思ったけど」
「ミッチーには一体私がどう見えているんだろうねぇ。教えたからといって私が損をするわけでもぉ、ましてや得をするわけじゃないだろぉ?」
確かに言われてみればそうなのだが、今までのドゥシェの態度から光男はすんなりそれを信じることが出来ずにいる。ゆっくりと振り返った光男はドゥシェと距離を置いて向き合った。
「じゃぁ、教えてもらおうか」
「やれやれぇ、そんなに警戒しなくてもぉ。まぁ、いいかぁ。ミッチー、君達が何気なく使っている時計。それは君達とどういう関係だろうねぇ?」
「そんなことを聞いてどうする? 俺が聞きたいのは」
「分かっているよぉ、だから聞いているんだぁ。時計とは君達の行動や時間を縛る物でありぃ、過去を刻み込む物ぉ。そのたくさんの刻の中に君達はいたんだろうぉ? そしてぇ、何かを願わなかったかいぃ? 例えばぁ、ここからこの時間から逃げたいとかぁ」
心の中を読むように言ったドゥシェに光男はドキリと胸を跳ねさせる。
そう、あの時、光男は警察に追われ、小百合に強がってみたものの逃げ切れるだろうかという不安があった。
(俺は、確かに思った。今の状況から逃げたいと。でもそれはこんな世界に来たいという意味じゃないし、願った覚えは無い)
「心の底からぁ、真剣に思えばそれは願いになるんだよぉ」
「またか。ずっと思っていたが、どうしてそう俺の考えを読む」
「クスクスぅ、それは答えられないなぁ。その答えは私に損をもたらすぅ」
「さっきから、損得でしか物を言わないんだな」
「ミッチーに言われたくないよぉ。君が一番損得で物を考えているんだからぁ」
「最後に一つ良いか?」
「最後ぉ? 何の最後かわからないけれどぉ、良いよぉ」
「ここから出るにはどうしたら良い?」
光男の言葉にドゥシェの顔色が変わった。今まで見たことの無い瞳に生気が感じられないじっとりとした気配に光男はじりっと後ずさる。
「フフ、フフフ。どうしてそんなことを聞くのかなぁ」
「一番分かりやすいのは貴様の得意な損得で説明することだろうな。俺はこんな酷いレートの場所に居たくない。俺は俺の金のキチンとした価値のある所へ戻りたい。それだけだ」
「キチンとした価値ぃ? それって何だろうねぇ。君の持っている金の価値がこの世界で微々たる価値が無くてもそれもキチンとした価値じゃないかいぃ?」
「ふん、また屁理屈か。もう貴様の回りくどい屁理屈は聞きたくない。質問に答えろ、ここから出る方法をドゥシェは知っているのか?」
「あぁ、知っているだろうねぇ。でもぉ、教えないよぉ。それは私の損になるぅ」
「また、それか」
損得とやたらそれを気にして言ってくるドゥシェ。光男は自分が自分だから、損になることを絶対にしないというのは良くわかっていた。だから、それ以上問い詰めたり、何をしてもドゥシェが口を割らないだろう事は想像がつく。
「じゃぁ、良い。あんたと付き合っていると俺の神経がどうにかなりそうだ。他の奴に聞くさ」
光男はそういってドゥシェに背を向け、目的地も分からないまま、街の中へと歩いていった。そんな光男を黙って見送ったドゥシェは怪しい光を瞳に宿して「他の奴がちゃんと答えてくれるといいねぇ」と意味深に呟きゆらりと揺れる。クククと不気味な笑い声を残して炎が吹き消されるように姿を消した。
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