第12話
「このお金で勘弁してあげてよぉ。それ以外のお金、多分この人はもってないだろうしぃ」
「ふぅむ、そうですか。では仕方ないですね。それじゃ、この紙切れ、あと二十八枚いただきましょう」
「はぁ? な、何だって? 逆だろう釣りをもらうのが普通じゃないか。どうして取られなきゃいけないんだ」
「メニューを見て、この定食を食べると決めたのはお客さんじゃないですか。なら、メニュー通りの金銭を支払ってもらわないと」
「だから、それがどうして一万円札を二十九枚も取られるっていう事になるんだ」
「五八〇に対して二十九万円、正当な取引だよ、お客さん」
「だから! どういえば分かるんだ。一万引く五八〇で、だったら釣りが出るだろうと言うことを言っているんだ。計算も出来ない奴が店をやるな!」
「計算が出来ないのはお客さんね」
「なんだと!」
「おやおや、そんなことも知らないお客さんだったのかい? ドゥシェ、困るよ。君の知り合いだろ? だったらちゃんと説明しておいてもらわないと」
「うん、すまないねぇ。光男、とりあえず後で説明してあげるからここは支払ってくれるかなぁ?」
「支払えって、あと二十八枚渡せって言うのか?」
「うん、払ってよぉ。どうせ、鞄にいっぱいあるんでしょぉ」
「そ、そりゃそうだが」
光男は理不尽だと言う苛立ちもあり、ドゥシェが自分の名前を知っていることに気付かず、そこに疑問を抱く事を忘れた。そして、納得できない気分のまま、鞄から二十八枚数えて一万円札を取り出し店主に渡した。
「はい、どうも、ありがとうね」
にっこり微笑む店主とは別に、光男の顔は曇る。そんな光男の肩を抱き、ドゥシェは店を出た。肩を抱いて、進む方向の主導権をドゥシェに握られた光男は鞄だけをしっかり抱えて身を任せる。ドゥシェはそんな光男を連れて噴水の所まで行き、周りに設けられた椅子に座った。
「ミッチーはレートって知っているぅ?」
「み、みっち。なんだ、その間の抜けた呼び方は」
「細かい事を気にすると禿げるよぉ。で、質問に答えて欲しいんだけどなぁ」
「知っているよ。貨幣価値だろ」
「そう、貨幣価値。つまり、ミッチーの持っている金のここでの価値はさっきの価値しかないってことだよぉ」
「あれだけ? あれだけしかないって言うのか?」
「店のメニューの値段の部分に単位が無かったのを覚えているかなぁ。ミッチーの持っている金なら単位は円。でもミッチーが食べた定食に単位はなかったはずだよぉ」
「……確かに、五八〇って言う数字がかいていただけだけど」
「ね? ならそれが円だとは限らないわけ。ミッチーは自分の中にある自分の定規で測ったことをあの店の主に押し付けようとしていただけ」
クスクスと笑みを浮かべ自分を見下ろすドゥシェの姿に怒りが生まれたが、何故かその胸は重苦しかった。肩にかけられたドゥシェの手を払いのけ、立ち上がった光男は、今度は逆にドゥシェを見下ろす。
「別に押し付けようとしたわけじゃない。そうして今までは支払っていたから癖が出ただけだ」
「ふぅん、ならどうして支払いを渋ったぁ?」
「渋ったって。誰でもそうするだろう? 理不尽だと思えばそれを履行する奴は居ない」
「だが、君はただの癖だといった。ただの癖ならあそこまで否定せずにサッサといわれるままに支払えばよかったんだぁ」
「そんなこと」
出来るわけないと言いかけて光男は唇を動かすのを止めた。反論するのは簡単だが、ドゥシェは先ほどからその反論に食い込んでこようとする。それが煩わしいというよりもそれに答えられないかもしれない自分が存在するのが嫌で押し黙ったのだ。
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