第11話
光男は明かりの灯っている店らしき建物の入り口を一つずつ覗く。
飲食店や飲み屋らしい店の中には森の広場で出会ったドゥシェと同じように手足の長い影のような人々が溢れ、ゆらゆらと店の中で揺らめいて笑っている。
「気味の悪い場所だな。しかし、店があってあいているというのは良かった」
一軒の人が少ない店に入って行った光男はカウンターの一番端の席に腰をおろし、メニューだろう紙切れを眺めた。
様々なメニューの中から、無難な定食を選んで頼んだ光男に口の端をにんまり引き上げて了承する店主。
(くそ、感じの悪い店だな……)
料理が出てくるまでの間、横目で何気に店の中をうかがう。警察に追いかけられていた場所から、ここに来た経緯が明らかに常識から外れているからここが自分の常識ではかれる場所でないことは理解していた。
(うん、多分、ここは俺のいた世界とは違う世界なんだろうな。フン、まさかこの俺が物語の世界を体験することになるとは)
自分で自分の世界をつくり、そこに相手を誘い入れるのが光男のやり方だった。想像し、それが自分でも本当か嘘かわからなくなるほどにその世界に陶酔する。だからこそ、相手は騙されてしまう。
本や映像の物語の世界は自分が作り出している世界と似たような物。しかし、自分の作り出している世界が存在しないように、物語の世界も存在しないと思っていた。
明らかに自分の世界の住人とは全く違う、気味の悪い住人を多数目の当たりにしてようやく光男にもこの世界を受け入れようという気持ちが出てくる。
「はい、こちらが貴方の注文した定食」
「あぁ、どうも」
目の前にやってきたのは焼肉定食。少し臭みのあるラム肉のような焼肉だったが、空腹だった光男は臭いも気にせず目の前にある定食にがっついた。この世界の人間の味覚に合わせているのだろうか、まずくは無いが美味しくもない食事。とにかくお腹を満たすという目的だけで口へと運んだ。
全て食べ終わり、暫くぼんやりしていると店の主人がやってきて光男は食べた定食の料金を請求される。
「あ、支払いね。ちょっと待ってくれ」
光男は膨らんだ鞄から一万円札を一枚取り出し店主に渡した。しかし、受け取った店主の顔色がふっと曇り、じっとりとした瞳をこちらに向けてくる。
(なんだ? もしかして、世界が違うから金も違うのか?)
「別にね、特別ここに通貨があるわけじゃないし、それぞれにそれぞれの金の価値がちゃんとありますから、この金も使えますよ」
「(まただ、俺の考えを読むように)。使えるなら問題ないだろう。それで支払うよ」
「まぁ、いいんですけどね。お客さん、これは貴方の金じゃないね」
「え?」
「これ、貴方が働いて汗水流してもらった金じゃないだろ」
「そ、そんな事は無い。方法はどうであれそれは俺が稼いだ俺の金だ」
「クスクス、そうそうぅ、それはその人のお金だよぉ。今のところはねぇ」
店主との会話をしていると背後から突然、自分を擁護する言葉がかけられ振り返ればそこにはドゥシェが。光男の肩に手を置き、ドゥシェは続ける。
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