第10話

「別に逃げるんじゃない、ちょっと食べる物を調達しに行こうとしただけだ」

「ほぉ、森の中にぃ? 森の中には何にも無いよぉ。そうだな、街に出ればそろそろ飲み屋が開く頃ぉ」

「街? やっぱり街があるのか?」

 小百合が言っていたことは本当だったのかと驚き、ドゥシェを見れば、こくりと頷く。

「そうか、やっぱり街が。その街には警察はいるのか?」

「警察ぅ? 何だいそれはぁ。飲み屋の名前ぇ?」

「え? 警察を知らない。まさか、もしかして、その街には警察が無いのか」

「だからぁ、警察って何ぃ?」

「悪い人を捕まえる所だよ。法を犯した奴とか、人に迷惑をかけた奴とか、人を騙したり人を殺した奴だったり、とにかく人で無しというかそんな連中をだよ」

「へぇそうぅ、そんなものがあるんだぁ。知らないねぇ。少なくともこの街には無いよぉ」

「本当か! それは凄い!」

 喜びに顔を緩める光男の横で「そんなのあれば皆捕まっちゃうしねぇ」とドゥシェは呟いた。しかし、喜び嬉々としていた光男の耳にその呟きは届かない。

 警察がいないと聞いた光男の足は自然と街へ向かおうと歩き出していたが、ふと、自分は何も知らないことを思い出しドゥシェの方を見た。

「ドゥシェとかいったよな? あんた、その街に住んでいるのか?」

「私ですかぁ、えぇ、住んでいるといえば住んでいるかもねぇ」

「迷惑かもしれないが、案内してもらえないだろうか。俺はその街に行った事がないから」

「迷惑ぅ? そうだねぇ、いいよ、別にぃ。私もこの後何をするというわけではないからねぇ」

 言葉とは裏腹に、ドゥシェの表情はとても迷惑そう。人の心の中を探り、読む事が仕事の光男にとって、その表情は了承されても頼むべき物ではないと判断された。

「いや、やっぱり、俺一人で行くことにするよ」

「おやぁ? 良いのかいぃ?」

「あぁ、一人で見て廻る方が身軽だろうし、あんたに迷惑をかけるようなことじゃない」

「フフ、それじゃぁ、一つ忠告をしておいてあげようぅ。この街の人には気をつけることだ。一挙手一投足、きちんと気を配るようにねぇ」

「それが忠告?」

「そう、忠告ぅ。これ以上に無いほどの私の優しさぁ」

 一見優しい微笑みに見えるドゥシェの表情の裏にあるものを垣間見た光男はジッとその瞳の奥を見つめ、その眼力にドゥシェはフイッと視線をそらす。

(一挙手一投足、そんなものは俺の商売には欠かせないことだ。だから、あんたに案内を頼まなかったんだよ。にしても、気味の悪い奴だ。瞳の奥を覗かれるのを嫌がるのは何かしら隠している証拠だ)

 ドゥシェの微笑みに同じように満面の笑みで「忠告、ありがとう」とお礼を言って光男は小百合が行った道を下って行く。

 月明かりがまるで街灯でもあるかのように道を照らし、腰ほどの高さの周りの草は光男を導くように開かれていて、山道ながらも苦労せずに下りることができた。石畳を抜け、目の前に現れた街並みは地中海の街並みのように真っ白な壁が目立つ。大きな噴水広場を中心として、円形に建ち並ぶ街並みはとても整然として、規律正しく見えた。

 そう、不思議なことに小百合の見た街並みはそこには無く、光男の見ている街並みは非常に整った建物の形や高さ、幅まで同じ風景。同じ場所のはずなのにまるで違う場所にいる。しかし、二人はそんなことを知る由も無く、街の中を探索した。

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