第8話

「な、何なの? この街」

 石畳の路地を通り抜けた先にあった街並みを目に映し、小百合は思わず呟き足が止まってしまう。見上げれば階段があり、そこをさかさまで歩いている人がいる。街にある建物は階段でつながれているが、ここにある全ての建造物に天地や左右は無い。概念というものが無いといったほうがいいかもしれない。

「まるで騙し絵見たいな街……、ね」

 ぐるりと見渡せば見渡すほど、自分が立っているのは本当に地面なのかと疑いたくなり、頭の中心がくらくらとしてくる。

「とにかく、この街のことを聞き込まないと。何処かって事も大事だけどまずは宿。野宿は嫌だもの」

 吹き上げているように見えながら実は吸い込まれている噴水の広場に向かって歩いていく。広場だけあってたくさんの人が居るが、その誰もが人であって人でないような、異様な風貌をしていた。

 街の住人は皆、まるで影のように黒い服装に長い手足、そして表情も少ない。不気味さが際立っていたが、小百合はあまりそういうことは気にしない方。

光男にいわせれば鈍感な馬鹿というところだが、小百合は別にそれでいいと思っていた。

 今やらなければならないこと、気にしなければならないことが何なのか。それを明確にして優先順位をつけて動く。それが小百合のやり方。気にしすぎると、動いているつもりでも結局動けていないということを経験し続けた結果見出したやり方だった。

「今やらなければいけないことの最上位は宿屋と食事。こんな変な世界で死んでたまるもんですか」

 何人かの人に話を聞いたが、あまり的を射た答えが返ってこない。

 上下左右がばらばらな世界を歩き回ったおかげで、車酔いをしたように目の奥がじんわりと痛くなって吐き気が上がってきた。

「ちょっと、休憩」

 階段に腰を下ろせば、眼下には先程の噴水が見え、ハァと大きなため息をつく。

(あの追いかけられていた街でなかったことは良かったけど、一体この世界はどうなっているのかしら。頭がおかしくなりそうだわ)

 うなだれて流れる水の動きを目で追っていた小百合の視界にすっと影が入ってきた。

 夕日に照らされて流れてきた影の元へと視線を滑らせれば、そこには真っ白な猫をつれゴシックドレスを身に纏った少女が一人。小百合をじっと見つめてくる少女の瞳は紫色でくりっと大きく、意識が引きずり込まれそうなほど綺麗だった。

「あんまりこの子の瞳を見ない方がいいわよ」

「え? だ、誰?」

 女の子の唇は動いていないのに聞こえてくる声に驚いて言えば、「ここよ、ここ」と大きな黒いリボンをつけた左右の瞳の色が違う白猫が右の前足をあげて合図を送ってくる。

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