第4話

 確かに先程店内に入った時は全ての時計が止まっていたはず。

 なのに、今は店中にその秒針と振り子の音が響き渡り、二人を包み込むように四方から聞こえてくる。

「な、なんだ?」

「ちょ、ちょっと、止まっていたはずでしょ?」

「小百合も起きたのか」

「規則的に鳴って耳につくのよ。あんたがやったの?」

「まさか。俺だってこの音が耳について起きたんだ。しかし、どうして動き出した?」

 起き上がって辺りを見渡した二人は、ここにある全ての時計が様々な時を表示させて動き出していることに気付きゴクリと喉を上下させた。四方から聞こえてくる時計の音はなんだか自分の耳の感覚を全て麻痺させていくようで、小百合は反射的に耳を両手で塞ぐ。しかし、不思議なことに幾ら耳を塞いでも外からではなく、内側から発せられるように耳の中でその音は響き渡り脳を揺らした。

 全ての感覚が音に乗っ取られ、意識が遠のいてうずくまった小百合の体に、凭れ掛かるように光男が体をくっつける。

 しっかりと鞄を両手で握り締め冷や汗を流して引きつった笑いを浮かべた。

 響き渡る秒針と振り子の音の中、かすかに聞こえてくる光男の笑い声に小百合は意識を何とか止め、冷や汗を流しながら眉間に皺を寄せる。

「ちょっと、何を笑っているよの」

「ハハハ、わ、笑いたくて笑っているわけじゃねぇよ。か、勝手に笑いが」

 二人が、気がおかしくなりそうだと思った瞬間、十二時を知らせる柱時計の鐘の音がひときわ大きく店の全体に響き、部屋を揺らした。

「な、何なのよ、今度は! いい加減にしてちょうだい!」

「アハハ。報いか? それとも天罰か?」

 放心状態で笑う光男と、おかしくなりそうな煩さに耳を塞ぎうずくまったまま大きく叫んだ小百合、その二人の周りの景色がグニャリと歪む。

 この店でひときわ大きな柱時計が最後の鐘を叩いたとき、振り子の扉が開かれ、店の中は蒼白い光りに包まれた。

「何? 光っている!」

「やっぱり、天罰だ」

 足元が掬われるような風が舞い起こり、流れる空気は徐々に強さを増して、開かれた柱時計の扉に吸い込まれていく。二人は引き込まれてなるものかと、辺りの物を手当たり次第に掴もうとした。しかし、何故か椅子も柱も掴もうとすればゆらりと揺れて幻影だったかのようにその場から消えうせる。

「一体どうなっているんだ!」

「そ、そんなこと、あたいに分かる訳ないでしょ!」

「た、助けてくれぇぇ!」

 二人の叫び声が店の中に一瞬木霊し、光が消え、揺れ動く景色が元通りになった時、店内に二人の姿はなくなっていた。

 静寂に包まれた店内は、今までここに人間が居たと言う痕跡さえなくなり、再び埃の積もった空き家の様相を呈している。

 懐中電灯が数個、人魂のようにガラスの向こうで揺らめいた。

 静まり返った店の扉、光男が鍵を掛けたはずのその扉が容易に開かれ騒がしい集団がなだれ込んだ。

「どうだ? 居たか?」

「いや、人の気配すらない。おい、本当にここで物音がしたのか?」

「はい、確かにこの路地を見回ったときに」

「逃げたか?」

「どうだろうな、人が居た気配も無い上に、これだけ埃がたまっているのに足跡一つ無いぞ」

「でも、本当に人の声と物音を聞いたんです」

「ううむ、この先は規制線を張っている、可能性が無いわけじゃない。よし、もう一度しらみつぶしだ」

 乱暴に閉められた扉はひとりでにかちゃりと鍵がかけられ、フッとまるで店が笑っているように風が駆けた。

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