第2話
「あの男は金を持っているはずよ」
確かに小百合の見立てに間違いは無く、小百合が誘ってきた男は予想以上の金を持っていて無防備。
そのあまりにも絶好の機会は、まじめに詐欺師という仕事にいそしんでいた光男を惑わしてしまうほどだった。
(今、ここで奪わないでどうする? これだけあればいつもの仕事の何年分にもなる)
悪魔が囁いた瞬間だった。
様子を見に来た小百合の叫び声で他の人間もやってきて大きな過ちが発覚、今までの仕事も気付かれることになってしまう。
(くそ、こんな馬鹿な女を相棒にしたのが間違いだった。さっさとくたばりやがれ)
光男はここで小百合を切り捨てようと「ついて行けない」と小百合が言えば更についていけなくするために全力疾走していた。
しかし、どんなに早く走っても小百合は食いつくようについてきて、しかもその後方には無数の明かりが追いかけてくる。
暗闇の中、警察に追われた二人は疲れきって、近くにある鍵のかかってない空き家に逃げ込み鍵をかけた。
二人とも肩で息をし、出てくるのはハァハァという呼吸のみ。
「くそ、お前のせいで目茶目茶だ」
「何よ、その言い草は! あたいのせいじゃないわ。あたいはあんたの言う通りにずっと働いてきた。欲をかいてどじをやったあんたが悪いんじゃないのよ」
「フン、大きな悲鳴を上げて人を集めた馬鹿に言われたくないね」
「馬鹿ですって? 血だまりをみて何も思わない人間なんてあんたぐらいなもんよ」
「死んじゃいなかっただろ! それをたかが血を見たくらいで。ハァ、お前みたいなのを相棒に持った俺がかわいそうだ」
「よく言うわよ。上手くいっているときはお前のおかげだとか言っていたくせに。それにね、あんたみたいな守銭奴にとやかく言われたくないわよ」
「しゅ、守銭奴だと?」
「だってそうじゃない? あたい、知っているんだから。あんたがあたいに渡している分け前は儲けの十分の一だってこと」
「当然だろう。お前はカモを呼び込んでくるだけの仕事しかしてないんだから」
「はっ! それがどれだけ大変だと思ってんの。あの苦労の報酬として十分の一は安すぎるわ。せめて三分の一はもらわないと」
「カモを引っ張ってくるだけのお前に誰がそんなに渡すか。カモだけ居ても仕様がないんだよ、そこに俺の口八丁手八丁が加わることで仕事ができるんだ。ふざけた事を言うな!」
光男は小百合に苛立ちを込めて怒鳴り、鞄を抱えたまま奥へと歩いて、窓からぼんやりとした月明かりで照らされて浮かぶ逃げ込んだ空き家の部屋を眺める。
裏手から入ったその空き家の奥は店舗となっていて、店を閉めてからかなりの時間が経っているのか埃にまみれていた。どうやら昭和初期の時計店のよう。天井から床までの壁は時計で埋め尽くされ、それらの時計は様々な時間を指し示して止まっていた。
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