39話

「ふぅ、折角の綺麗な鏡だったけど、少し欠けちゃった……」

 そう、彼女にあの手紙を届けたのはこの俺。

 幸いな事に彼は彼女を忘れていなかった。だから俺は彼に言ったんだ。

「彼女に手紙を届けてあげるよ。きっと彼女もそれを待っている」

 とね。彼の書いた手紙に彼女の鏡の装飾の一部を粉にしてふりかけ、彼女から貰ったものを少し返した。

「あとはあの人次第……」

 今回は特別、ズルをしたお詫びかな。

 当然契約しているし全部は返せないけど、仮面屋の爺にも言われちゃったし、俺だってこの場所を追い出されるのは嫌だから。

 それに、気づいたのならもう一度その気持ちを作り上げるのは人間にとってそんなに難しい事じゃない。

 自分一人で変わることはとても難しくて困難だけれど、誰かが居ればそれは結構容易に出来るもんなんだ。

 誰よりも美しく!

 誰よりも一番に!

 誰よりも認めて欲しい!

 そんな気持ちは誰にでもある。

 でも、誰よりもと願う気持ちを歪ませ左右され、世界には自分以外の人間が居てそこにも心が存在することを忘れてしまってはいけない。

 自分のした事は必ず自分に返ってくる、それが必然。

 世界は鏡さ。

 映りこんだ自分が自分であり、その世界が自分の居るべき世界。

 他者から奪ったもので幸せになんてそれは幻想だ。

 誰よりもというその気持ちに流され、支配されている人を他人が責める事も咎める事もできない。それが出来るのは自分だけ。

 人を傷つけ、人を嘲り、人を笑う。己は高見に他人を見下して。己自身を見つめているようで見つめていない濁りきったその瞳に責めの光を向けるのは自分自身。

 まぁね、大概が行き着くところまで行き着いて気付くものさ。

 でも、まだ自分のしている事に疑問を持つなら、相手の言葉を真摯に受け止める事が出来るなら、救いはあるかもしれないよ。そして、そんな自分に嫌気がさすうちに一度、自分自身の心の鏡をのぞいてみると良い。

 己だけが不幸と思うのは大きな間違いだ。

 己の才を自慢し、己の驕りを生むのは小さな間違い。

 鏡を覗けば鏡の世界にその時の自分が記憶されている。無数の自分の残像が存在するその部屋は清らかな白色か、はたまたくすんだ黒か。それとも、もっと別の色?

 そんな鏡の世界を楽しむ俺は鏡屋。

 見たことも無い街並みの中で一際光を反射して輝く場所があれば、そのドアの前に立ってみるといい。俺はいつでも飛びっきりの笑顔で迎えてあげるよ。訪れてくれた君が行く先は一体何処になるんだろうね。

「やぁ、こんにちは。よく来たね、いらっしゃい」

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