36話
「本当にそう思っているのならそれでいいでしょう。ただ、ここを追われた我々の行く先はただ1つ。私に対して言っているような屁理屈は通りませんよ。有無も言わさずその場所に流されるんですからね」
「あぁ、分かっている」
「貴方は本当に分かっているんですかね。我等は既に転生の道を外れてしまっている外道。己の欲望のままの人の世を生き、この場所に落とされ、自らの業と同じ業を持つものを常に見つめ、自らの過ちを見せ付けられて永遠の時を生きなければならなくなった者。この場を追われれば我等に待っているのは阿修羅の道。安らぎも楽しみも持たせてはくれない場所しかないのです」
落ち着いた口調で言う仮面屋の言葉に、鏡屋は口をすぼませ分かっていると拗ねるように聞いていた。
「さらに我等は業の中にあるものたちから大切なものを奪い取り、彼等を苦しめることを課せられている。なくしたときに気付くのが人間ですからね、我等の上司はなんとも残酷な方、残酷でありながらそれが慈悲でもある。商売の仕方をとがめる方ではありませんし、その中で我等が慈悲の気持ちを出しても根本に揺らぎがなければ罰を受けることもありません。ただし、我等がこうして商売をしている、その真意が分かっていないと判断されたならあの方の慈悲を受けることはなくなる」
仮面屋の静かな口調と冷たい視線は怒鳴りつけるよりも恐ろしく、鏡屋はその言葉に素直に頷く。
「貴方はここにいる輩の中ではまだまだ若造。分からなくても当然ではありますが、あの方はこの街の輩のように、若輩だからといっておおめに見てくれなどしませんよ。年長である私の忠告を聞くも聞かないも貴方の自由ですけどね」
鏡屋は佇む仮面屋の背中を見つめながら「分かっているよ」と小さく呟き、仮面屋はその言葉に溜息をついた。
「貴方はそう言ってもう何度もこのようなことをしている。今回で私の忠告は最後だと思いなさい。我等が成す事、その意味を履き違えてはいけませんよ。いいですね」
「あぁ……」
項垂れて返事をした鏡屋の肩を優しく叩いて、仮面屋は鏡屋を後にする。
「全くお節介なんだよ。でも、あの爺は嫌いじゃない」
ドアが閉まって鏡屋の店前を通っていく仮面屋の背中を見つめながら、鏡屋は照れた様に呟いた。
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