32話

(一体何のことを言っているのかしら)

 この世界に再び訪れた自分が知ったこと。

 思い当たるのは知りたくなかった嫌な事実。

 自分の容姿が変わり性格や、言動が変わったと思っていても、その中に眠っている、今まで生きて作られた自分と言うその中身が変わっていなかったという事。

(そんな変わらない私にとって一番大切な存在。存在? それは人なの? それとも何か別の物?)

 再び考え込んで動かなくなってしまった奈津紀に青年は言う。

「仕方ないなぁ、それじゃぁ、俺から提案」

「提案?」

「だって、このままここで考え込まれても俺はただ困るだけだもの。俺にとっては一つも得じゃないし、君にとってもそうでしょ。だから提案。一度、君から頂いているその大切なモノを俺は君に返すよ」

 青年の急な提案に奈津紀は少しうろたえた。

 確かに知りたいとは思っているが、それを返されれば自分の容姿も元に戻ってしまうと思ったからだ。

 素直に分かったといわない奈津紀の気持ちが手に取るようにわかると言ったように、青年は微笑して更に続ける。

「そうだね、当然だけど君からもらったものを返すということは契約は成立しなかったということだから容姿は元に戻ることになる。でも君は知りたいんでしょ? だったら別に容姿がどうなろうと気にする必要はないじゃない」

「元に戻ってあそこで生活しろなんて、無理よ」

「あぁ、そうだね。だから君が姿を取り戻したときに戻るのはさっき君がここに来るときに居た世界じゃない」

「あの世界じゃないって、何処に私は戻るの」

「当然、はじめに姿を変えたその前に居た世界さ。その時点に戻ったほうが一番しっくり来るだろう。本当にこんなこと普通はしないんだよ、君があまりにも知りたがるから特別にそうしてあげるんだ。感謝して欲しいね」

 奈津紀の顔は険しい表情になっていく。

 昔のあの酷い仕打ちを思い出し、あの醜い自分であの時間を過ごさねばならないと恐怖にも似た感情が押し寄せた。

 惨めで、耐え忍ぶだけの世界。

 明るさも無ければ楽しさも無く、贅沢も出来ないそんな世界に戻らなければならない。醜い自分のときにあった様々な感情は鮮明に自分の中によみがえる。

「嫌よ、それは絶対に嫌」

 奈津紀の口は反射的に結論を吐き出していた。

「嫌なの? だって君が知りたがったんだよ」

「確かに知りたいと思ったわ。だってそれが交換条件だというんだもの、知る権利があると思ったのよ。でもそれを知るために今の生活、今の容姿でなくなるなんて嫌よ。そうよ、何を固執していたのかしら。貴方はずっとこの容姿であるのなら必要ないことだといっていたのに」

「固執ね、確かにこだわっていたね。でもそれは君の中でそれがとても大切な事かもしれないと思ったからじゃないのかな、本当にいいの。チャンスはもう今しかないよ」

「必要は無いわ。貴方だって言ったじゃない、姿が変わってからそれが無くても私は生活していたって。考えてみればその通りよ、なくして大切なものなら必要だと思うだろうけど、ただの一度もそれを思ったことは無かった。つまり、そう言う事でしょ?」

 開き直ったように言う奈津紀に青年は瞳を閉じて顎を少し上げ、口の端を持ち上げて微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る