31話
「人ってね、変わろうと思ったからってすぐに変われるもんじゃないんだよ。特に積み重ねてきたものがあれば余計にね。そうだな、自分が積み重ねたとの同じくらい正反対のことを積み重ねれば変われるかもね」
「私は変わっていない? どんなに容姿が変わっても私は私だというの」
「君はさ、外見が変わったことで自分は俯かなくなった、自信にあふれ外側だけでなく内側も変わった。そう思っていたんだろ?」
「そうよ、私はどんな人ごみの中にあっても俯かなくなったわ、自らの体型を隠すような洋服も選ばなくなった、人と話していても明るく笑顔であり続けられるようになったわ」
「知っているかい? それってね、普通の人が普通にしていて出来ることなんだよ。当然以前の君も普通に出来たこと。容姿が変わったことで君を否定する人間が居なくなって、君は逃げる必要がないから普通のことが出来るようになった。でも君の根本はまだそこにある。今、俺から目をそらし、この時間が速く過ぎてしまえばいいと思っている君がそこに居るだろ? 何一つ変わっちゃいないさ」
青年から視線をそむけたまま下を向き、奈津紀は観念していた。
奈津紀の考えなど鏡屋の前では何もならないと思い知ったのだ。
思考、行動、感情、まるで自分の全てをこの青年に牛耳られているようなそんな感覚。どんな反論も、どんな態度も自らの本質を理解してしまっている者にはその意味を成さない。
「私が、この体と引き換えになくしたものは何?」
「まだ聞きたいの? もう、とっくに気付いているだろ」
「どうしても教えてくれないつもり?」
「教えないつもりはないよ」
俯いている奈津紀の頭の中では、勝ち誇って嫌な笑顔を浮かべている青年の顔が思い浮かんでいた。自分が大嫌いな、以前の自分がずっと浴びてきた嘲りの笑い。
嘲りを受け止める覚悟を決めて視線を戻しつつ、青年の顔を見てみれば、そこには奈津紀が今想像したものは何一つなかった。
青年は奈津紀を見下ろし、悲しそうな、しかし見守るようなそんな感情を含んだ視線を奈津紀に向けていた。
その瞳に奈津紀は思わず青年を見返して呟く。
「どうして、教えてくれないの」
「今の君が知りたくないと思っているから。それにもしかしたら俺は君自身がそれを感じ、それを見出すのを待っているのかもね」
「私自身で。でもそんなもの、幾ら考えてもわからなかったわ」
「そう? それは知りたくないと思っているからじゃないの。君は知るのが怖いんだよ、だから逃げている。だって答えはあまりにも簡単だから。知りたくないって思っている君は分からないんだと決め付けている。姿が変わる前の君、姿が変わってからの君、そこには君が一番大切にしなければならない存在があったはずだよ。そして、姿が変わって再びこの世界に来た君は今、何かを知り、自分には何かが必要であるとそう思ったはずだ」
青年の言葉に奈津紀は再び下を向いた。
姿が変わる前の自分にあって、姿が変わってからの自分に無いもの。
先ほども同じように考えたつもりだった、でも結局その答えは見つからなかった。
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