30話
「分からないくせに知りたいなんて、本当に欲張りだよね、君って」
「そして、貴方は楽しそうね。私が思い出せないのがそんなに楽しい?」
「別に楽しんでなんか居ないけど。ただ、いつまでやるのかなぁとは思っているよ」
「そうかしら、私が思い出せずにいる事を楽しんでいるように見えるわ」
「まぁ、おかしくはあるよね。思い出さなくても体は返すつもりはない、だったら思い出しても一緒なのに一生懸命になるなんておかしいでしょ」
「嫌な奴ね、貴方って。だったらなくしたものがあるって教えてくれなくてもいいのに態々教えて私が困る姿を見たかったんだわ」
「どう思おうとそれは君の心、気持ち次第だから別にいいけどね、ただ、いつまでもこうしていられるのは迷惑だよ」
おちょくるように言う青年の言葉に奈津紀は眉間の皺を増やしていく。
「あーあ、折角の美しい顔をあげたのに酷く醜くなっているよ。俺は君に対して特別な感情は何もない。つまり、楽しんでいるわけでも、見下しているわけでも、馬鹿にしているわけでもないよ」
「嘘、ずっとにやついた笑顔で私を見て、訳のわからない問いかけ、困る姿を楽しんでいるようにしか見えないわ」
「あのねぇ、それは君自身なんだよ。君の心がそう見せている。同じような笑顔でも歪んだ心で見れば、それは自分に対して嫌な感情の笑顔にみえる。逆に、素直な心で見ればただの笑顔にしか見えないはずだ」
「そんなこと……」
「ま、分かってもらうつもりはないからこれ以上議論するつもりはないよ」
青年は、表情を一変させて厳しい顔で奈津紀を見、鋭い眼光を浴びせた。
奈津紀はその視線に心臓を一度大きく跳ね上がらせて体を揺らす。
あまりに厳しい視線に奈津紀は以前のように下を向き、青年から視線をそらす。
「やっぱりそういう所はいくら容姿が変わっても変わるもんじゃないね」
「そういう所って……」
「相手に強く出られたり、自分の立場が悪くなると、その場所から逃げようとする、そういう所」
視線をそらした何もいえなくなってしまった奈津紀は、的確な青年の言葉に頭で否定しながらも心ではその通りだと納得していた。
怯えるように肩を揺らし始めた奈津紀の様子を見つめつつ青年は語る。
「人の顔色を伺って、相手のことなど知りもしないのに自分の中に生まれた感情だけで相手を見る。そして、その結果自分の中で結論付けた勝手な相手の感情を推測判断。自分に対してよくない感情だと判断すれば君は一目散にその場から逃げるんだ」
「逃げてなんか、ないわ」
「そして、理解しておきながら図星を指されれば意地を張る。そこも変わらないね、君。確かにね、今君は座っているし逃げてなんかないよ。でもね俺が言っているのは何も、本当にその場を去ることを逃げるって言っているわけじゃない。気持ちがね、逃げているといっているんだよ。見ないように視線をそむけ、現状の時間が早く過ぎれば良い。それってさ、逃げているってことでしょ?」
青年の言葉は自分を本当にそのまま写し取る様で、奈津紀には返す言葉も、怒鳴る言葉も、ののしる言葉も、まるで何も見つからない。
反論しようと開いた口から出てきたのは溜息に似た深呼吸だった。
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